第2話

 その日の放課後、私はホームルームが終わってすぐにひとりで教室を出た。雨足が強くなってきている、一刻も早く家に帰りたい。

 まだ人の少ない昇降口、あたふたと傘立てから突き出た無数の柄をかき分ける。その合間にふと目線をあげると、見覚えのある後ろ姿。

 男子生徒がひとり、大きな傘を差さずに手首にぶら下げたまま校舎を出ていく。


 間違いない、ずぶ濡れくんだ。


 途端に上がる心拍数、瞬時に周りに目を走らせる。誰もいない。

 きっと、”私たち”を始めるなら今しかなかった。


「雨、強いですね」


 広げた傘を掲げて駆け寄る。正面に回り込み、初めてちゃんと見上げた彼の顔。

 小動物のような丸みを帯びた瞳、何かに耐えているかのように結ばれた口角。それが緩む瞬間を、見てみたくなる。


「……え、そう、ですね」

「帰るんですよね、傘は差さないんですか」

「あぁ、今は、まあ」

「制服が濡れちゃいますよ」


 真っ直ぐに見上げていると一瞬目が合う、その中に微かに困惑の色が浮かんでいる。立ち止まった私たち、やがて校舎の中から聞こえてきた生徒たちの会話。誰かに見られたら、この機会を失ってしまうかもしれない。私は瞬間的に、意を決した。

 誰もいない、ふたりきりの昇降口で。


「傘一緒に入りませんか、駅までです」


 最後の一言は、慌てて付け加えた。手招きすらもどかしくて、彼の手首を掴んで自分の傘に引き込んだ。

 狭い空間で、お互いの肩がぶつかって視線が交わった瞬間。君は驚きに満ちた瞳で私を見下ろす。私は慌てて目を逸らし、その手を強引に引いて一緒に校門を抜けた。

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