ずぶ濡れの君

汐野ちより

第1話

 もしかしたら、彼も。

 始まりはそんな小さな期待と、好奇心からだった。


「またあの人だー、ずぶ濡れくん」


 雨が降る朝、隣を歩いていた真奈まなが呟き、私は傘の下で顔を上げる。道の脇にある公園には確かに、雨の中傘も差さずに立ち尽くす彼の姿。


「……ほんとだ」

「なんでいっつも雨浴びてんだろね、謎すぎ」


 真奈の声が雨音の隙間を縫って私の耳に届く。私は曖昧に笑って頷き、今日も少し離れた場所から「ずぶ濡れくん」を見つめた。



 「ずぶ濡れくん」は私たちと同じ高校の男子生徒だ。雨の日に、彼は決まって通学路のどこかで雨に打たれていて、生徒の間ではこの名前で煙たがられている。

 話したことも、ましてや目が合ったことすらないけれど、私は彼に密かに興味があった。



「……風邪とか、ひかないのかな」

「うわー、恵実めぐみって優しいね。私なんか少しもそんな心配しなかったわ」


 緩い雨の中、公園を横目に学校へと歩き続ける私たち。ずぶ濡れくんは空を見上げ、目を閉じている。

 彼はいつもひとり。そして私はずっと、そんな彼と話がしたかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る