第9話 虎太郎Side④ 続き
★★★虎太郎Side★★★
その後。
気恥ずかしい空気に耐えて帰り道を戻り、俺は自分の部屋に凛を招いていた。
今考えるとなにも俺の部屋ではなくてカフェでよかった気がするが、選択肢には出てこなかった。あそこはあそこで根暗には厳しい空間だからな……。
「おじゃまします。虎太郎くんの家、久しぶりかも……えへへ」
「去年も来てなかったっけ……あ、そこのベッドに座っててくれ。飲み物用意するから」
「うん」
凛はしわにならないように配慮してか敷布団を軽く払って(汚いからじゃないよね)、ぽすっと可愛らしい音を立てて座る。
それと同時にふわっとスカートが重力に反発してめくれそうになり、あわてて視線を逸らす。
ガードが甘い……。
俺は雑念を払うように階下に降りて、お茶を淹れて部屋に戻る。
「おまたせ……ってなに見てる?」
凛は暇だったのか本棚を物珍しげに眺めていた。
「こ、虎太郎くん調査」
「また恥ずかしいことを言い始めたな」
一度クールダウンしたおかげで冷静な突っ込みができた。
「は、恥ずかしいのは虎太郎くんのほうだよ。虎太郎くんは普段どういう本を読むのかなって思っただけなのに」
「見ての通り漫画ばっかりだな」
しれっと答えた俺にジト目を向けて、凛は無言で棚にある一冊の本を指さす。
「『幼馴染の女の子が巨乳すぎてやばい』ってなに?」
「……普通の漫画だな」
どうやら誤解を与えるようなタイトルを見つけてしまったらしい。
違うよ?
感動的なストーリーだと聞いたから買ったんだよ。断じてタイトルから連想されるような低俗な話じゃない。だから手に取って中身を確認しようとしないでくれ。
「ソウダネー」
頬を膨らませながらも、凛の視線はなおも本棚に向けられている。
まだなにか言いたいことがあるようだ。もう勘弁してくれませんか。
「……このマグカップかわいいね。虎太郎くんインテリアのセンスいいんだ」
「っ、……あーそれな、気に入って同じの二つ買っちゃったんだよな」
まずい。
凛が指さしたのは、あやかからお揃いだと渡されたペアの赤いマグカップだった。
それぞれのカップに半分ずつプリントされたハートマークは二つのカップを向かい合わせにすると完成するようになっているのだが、男子高校生の持ち物としてはちょっとファンシーすぎる。しかも長いこと使っていなかったせいで埃かぶっているし……しまっておけばよかった。
というかこの部屋にはあやかの私物がそこかしこに置いてある。
あの女は「お前のものは俺のもの」理論で俺の私物は好き勝手に使うくせして、「自分のものは自分だけのもの」理論で俺が勝手に使うと機嫌が悪くなるのだ。
俺の部屋なのに。
……こう考えると、俺って優しいよな?
ともかく基本的にはあやかが置いていったものはなるべく動かさず(動かせず)そのままにしているわけだが……ペアのマグカップはちょっとグレーゾーンだ。実は俺の趣味なんだと言い訳するにはキモすぎる。
「使ってもいい?」
俺が別の言い訳を考えているうちに、凛は左側のマグカップを手に取って聞いてきた。ハートマークが半分になった。
「……まあ、かまわないよ。最近使ってなかったから一回洗ったほうがいいかな」
断るのも変だと思って俺は承諾し、軽く洗ったあとマグカップにこぽこぽとお茶を注いで渡す。
それを小動物のように両手で受け取った凛は、ゆっくりと口をつけて飲むと「ぷはぁ」と色っぽい息を吐いた。
「……じゃあ、さっきの続きね」
「うい」
そうだった。
俺の性癖を見られるために招いたわけじゃない。演奏の練習をするために集まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます