第10話 虎太郎Side⑤ 理屈
★★★虎太郎Side★★★
「虎太郎くんのおすすめの曲を聴きたいな。でもその本みたいに裸の女の子が出てくる作品だと学校から反対されるかもだけど」
難しそうな顔で凛は懸念を示す。
「頼まれてもおすすめしないよ」
「そう言ってなにも知らないわたしを騙したらやだよ? わたし、ピアノ以外はあんまり詳しくないから」
「大丈夫だよ。凛みたいなかわいい子を騙すような真似したら、俺が各方面から殺される」
「か、かわいいって……えへへ」
都合よく切り取った部分を繰り返して、照れて顔を赤くする凛。
「でもわたしなんて全然だよ。毎回どの服を着るか鏡の前で悩み出すと止まらなくなって本当に困るんだよね」
「服のレパートリーに困ってるのは俺も同じだな」
俺は基本無地で黒一色の上下をローテーションさせている。
あやかからはオタクファッションと馬鹿にされているが。
「学校は制服があるからいいよね。私服登校だったら毎日大変だったよ」
「文化祭くらいメイド服着て演奏してもいいんだぞ? クラスの宣伝にもなるだろうし」
「ふふ。虎太郎くんがどうしてもって言うなら、いいよ?」
そう言ってちょっとだけ意地悪そうに、口元をおさえて笑う。
そんな何気ない仕草に、なぜか心臓が跳ねあがった。
「……ちょっと参考になりそうな動画でも探してみるか」
俺は誤魔化すようにスマホを手に取って、「文化祭 ピアノ」と検索すると、他校の文化祭の様子が収められた動画がたくさんヒットした。その中から気になった動画を再生する。
「メドレーでサビ部分を何曲もつないで弾いてるケースが多いな。歌ったり踊ったりコスプレしているのもあるみたいだ」
「わたしにも見せて」
小さな画面をのぞき込もうと凛が横から身を乗り出してきて、俺は思わず硬直する。
上から胸の谷間が見えてしまったためだ。
「うわあすごいねっ、盛り上がってるなあ……」
「ああ、すごく大きいな」
夢中になって動画を見ている凛は気づかない。
「参考にするどころか逆に自信なくしちゃうなあ。規模感もすごいしみんな楽しそう」
「そんなことないだろ。サイズ感なら凛も全然負けてない」
「ええっ、わたし一人でこうなるかなっ? 歌ってる人、あんなに激しくダイナミックに動きながら声量安定しててすごいと思う」
「大丈夫だ。むしろ凛が激しく動いたらこの百倍は盛り上がるだろう。凛はもっと自分に自信を持っていいんだぞ」
「う、うん?」
そしてこの空間には突っ込み役が存在しなかった。誰か俺を止めてくれ。
「虎太郎くん、こっちのサムネイル気になる……あっ」
「うおっと」
神様がしょうもない心の声に答えてくれたのか、次の瞬間に俺の思考は止まることになった。
凛の二の腕がぴたっと俺の腕にくっついたためだ。
二の腕は胸と同じ柔らかさだと聞いたことを思い出した。
「す、すまん」
「ううん。わたしが当たっちゃっただけだからっ」
そんなことを言いながらも、凛が離れることはなかった。むしろ「いいことを思いついた」とキツネのようなにんまりとした笑みを浮かべて、身体全体を押し当ててくる。
途端に俺の思考は服越しにかすかに感じる体温と、女の子特有のいい匂いに支配される。
彼女が見せる新しい一面がいちいち可愛らしくて、そんな子と部屋に二人きりだという現状を思い出してまた心拍数が上がっていく。
「えへへ。こうしてたほうが見やすいもん……ね?」
「そ、そうだな」
これはあくまで調査のためだ。小さい画面を二人で一緒に見るためには、横でくっつきながら見る体勢が一番いいに決まっている。
「この学校は体育館きれいだね。私立かな?」
スマホ画面の中では生徒会出し物としてピアノを演奏する他校の文化祭が映されていたが、右から左にすり抜けて頭には入ってこなかった。
それはおそらく凛も同じで、甘えるようにことりと頭を寄せてもたれかかってくる。
「んふふ」
上機嫌だった。
狭い部屋に肩を寄せ合っていちゃついている姿は完全に恋人同士だ。
彼女がこんなに甘えた顔をするのは俺だけだと思うと、とてつもない優越感が生まれる。それと同時に誰にも渡したくない、誰にも見せたくないという独占欲もわいてくる。
この女の子は俺の彼女でもなんでもないのに……。
「……今日、ほんとにありがとうね」
「……なんのことだ?」
「急に虎太郎くんの部屋に行きたいなんて言ったこと」
「文化祭準備が最優先なんだから断れないだろ」
「そうなんだけど、ね。下心見え見えのお願いだったから、嫌がられても仕方なかったかなって」
「下心?」
「その……すっ、好きな人と、もっと長くいたかったから……ってこと。もう、何回も言わせないでよ。いじわる」
「お、おう」
なんという破壊力。
恋人の距離感で甘えた声を出す凛があまりにもいじらしくて息が詰まりそうになる。
恋は人を変えると言うが、俺が知るこれまでの引っ込み思案な彼女からは想像もできない。
「わ、わたしをからかった罰として、もう一つわがまま言ってもいい?」
この蠱惑的な瞳から逃げられる男がいるだろうか。
続く言葉が発せられる前から「いいよ」と言ってしまいそうだ。
「虎太郎くんから、ぎゅって、してほしい」
「はっ!?」
熟れたりんごのように火照った顔でじっと見つめてくる凛。今にも泣きだしてしまいそうな、そんなふうにも見えた。
視線を落とすとたわわな双丘がこれでもかと自己主張している。
緊張で身をよじって両手が縮こまっている格好のため、胸がプレッシャーで押し出されて一層存在をアピールしているのだ。
だ、ダメだろこれは。
正直、凛を家に上げた時点でまったく期待してなかったわけじゃないが……凛は俺のことが好きだから、どこまでも求めてきてしまう。俺のほうで線引きしないとまずい。まずい。まずい……。
「あっ」
そうやって頭ではわかっているのに、気づいたら凛を抱きしめていた。
まるで峠を走って上ったあとのように、はあはあと荒い息を立てて。
「こ、こう……か?」
自分でもなにをしているのか一瞬分からなくなった。ただ俺の中のなにかが音を立てて吹き飛んでいったことだけが分かった。
背中で交差させた手に少し力を入れるだけで腰の柔らかい部分にそっと指が食い込んでいく。
他でもない凛本人が抱いてほしいと言ったのだ。
誰よりも俺をかどわかす顔で、甘い猫撫で声で言ったのだ。
だったらもう理屈じゃない。
止まれないんだ。
倫理観も道徳心も今だけはどうでもよくなった。
くだらないことを考えるより、もっと大事なことがあるだろう。
全身の神経という神経が研ぎ澄まされて、てのひらの触れている部分から女の子の感触がダイレクトに伝わる。
バクバクと鳴っている心臓は、俺のものか凛のものか……あるいは両方か。なんにせよ童貞の高校生にはいろいろと刺激が強すぎて、気持ちを抑えられる気がしなかった。
「もっと強くがいい」
凛が俺の首の後ろにそっと両手を回して要求する。
俺はすぐにそれに答え、背中に伸ばした両腕をぐっと引き寄せる。ほわんという擬音が鳴ったと錯覚するくらいに、凛の大きな胸が俺の身体に沿うように潰れて貼りつく。
マシュマロの海に飛び込んだような極上の気持ちよさ。
脳内から快楽物質があふれ出て、身体の穴という穴から液体になって流れ出そうだった。
……これ無理じゃね。
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