第5話 あやかSide③ 延長戦

★★★あやかSide★★★


 ということで、そのまま延長戦に突入する。


「お邪魔しまーす。おうちデートにきたよ」


「おうちデートってなんだよ……果物持ってきたんじゃなかったのか?」


「そうだよ。田舎からみかんが送られてきたからおすそ分け」


 これはもちろん建前だ。

 私はまだ虎太郎に聞きたいことがあるから二人になりたいだけ。

 しかし、いくら私たちが家族ぐるみの付き合いとはいえ、年頃の男女が用もなく一緒にいるのは要らぬ勘繰りをされるだろう。

 まして、凛も虎太郎もそれぞれの自室からそれぞれの家の玄関が見えるくらいの距離で生活している。

 私たちの関係を隠し通すには用心するに越したことはない。


「……おっ、うまそうだね」


 そういう私の配慮、分かってんのかなこいつは。


「彼女とデートなんだからもっと嬉しそうにしなさいよ。あーあ、虎太郎はあんまりデートしてくれないから寂しいー」


「そ、そんなことないだろ。ただあれだ、急に恋人っぽいことするのがちょっと恥ずかしいというか……お前俺の家に入り浸りすぎて半分家族みたいなもんだし……」


 もごもごと言い訳しているが、字面だけ切り取るとすごいこと言われてるよねこれ。

 曰く、まだ幼馴染と恋人で距離感の違いに戸惑っているらしい。

 今のところ、私たちの「お付き合い」は幼馴染の延長線上だった。

 付き合う前から一緒に登校することもあったし昼休みに談笑することもあったわけで、付き合う前とあまり変わっていないとも言える。


 虎太郎に案内されて部屋に入る。

 六畳の間取りには物置きと化している勉強机と乱雑に敷かれたベッドに掛け布団、床に散らばったゲームの数々。

 おしゃれの欠片もないあたりがまさしく高校生男子の部屋って感じだ。


「どーん」


 とりあえずベッドにダイブすると、あからさまに嫌そうな顔をされた。


「埃舞うからやめれ」


「私の匂いをマーキングしてあげてるんだよ」


「なぜそんなことをする」


「だっていつも思うんだけど、この部屋ちょっと変なニオイするよ? イカが干からびたみたいなニオイ」


「それはマジでやめろ」


 怒られた。

 当たり前だけど虎太郎のニオイが充満しているのに変なニオイなわけがない。持って帰りたいくらいだ。

 というのは冗談だけど。


「ふう」


 今度はベッドにごろんと横になってみる。

 虎太郎の匂いが私を包み込んで独占できているような錯覚に陥る。男の子独特の匂いではあるけれど、これはこれで悪くない。


「で、突然おうちデートってなんだよ」


「それね。とりあえずお茶いただいていい? ……と催促するまでもなく持ってきたのは褒めてあげよう」


「ほらよお前の好きなミルクティー。我が家では誰も飲まないのにお前専用で冷蔵庫に常備されてんだからな」


 阿吽の呼吸すぎる。

 実際自宅にいるより居心地いいまであるので、この部屋には私の持ち込んだ物もそこそこ置いてあったりする。虎太郎も気にしない性格だから気づけば共用になっているものも多い。

 こうしてみると、ある意味では普通の恋人より先に行っていると思わないでもない。

 私は用意してもらったミルクティーを受け取ろうとして起き上がると、虎太郎が左手にも何か持ってきているのが見えた。


「お、それ新作ゲームじゃん。買ったの? 一人で練習しちゃダメだからね」


「ゲームをやるにはお前の許可がいるんだろ?」


「うん」


 ただでさえゲームが上手い虎太郎に一人で練習されたら私はボロボロに負ける。負けたら腹が立つし、かといって露骨に手加減されても腹立つ。

 だから私が上達するまで虎太郎にも遊ばせないことにしたのだ。


「……ちなみに自分で買うって選択肢は?」


「ないよ」


 がっくりと肩を落とす虎太郎。

 そもそも私がゲームをやるのは虎太郎の影響なんだけどな。

 この部屋でのんびり過ごしているうちに虎太郎の持っている対戦ゲームを一緒にやるようになって、今はそれなりにハマっている。


「あやか、そんなに趣味とかないだろ? 部活もやってないしさ。あやかがゲーム買うくらいハマってくれたら俺としてももっとハイレベルな勝負を楽しめるんだけどな」


「だってお金ないし。女の子はおしゃれでお金使うんだから……てゆーか、虎太郎こそ彼女が新しい服をお披露目してあげてるんだから感想の一つくらいほしいものだよ」


「うっ」


「ほらほらこのスカートよくない? ふとももが露出しててセクシーでしょ? さっきから視線が行ってるの気づいてるからね」


「……ま、まあゲームやろうぜ」


 そんなこと言って、虎太郎はゲームを起動する。


「今日はまだやるって言ってないんだけどなあ」


「キャラ選択あと三十秒だぞ」


「露骨に話題そらしてるし」


「だからなんか恥ずかしいんだよ……お前と彼氏彼女の関係ってのが」


「そろそろ慣れなさいよ。いろんなもの共有してたり彼氏の部屋に入り浸ってたりしてるほうがよっぽど彼氏彼女だと思うけど」


 虎太郎は無言で開始ボタンを押す。

 相変わらずよく分からないポイントで恥ずかしがるやつ。

 そんな判然としないままの私を置いてすぐゲームがはじまって、初回から圧倒される。私が集中力を欠いているのもあるが、それ以上にこの男はゲーム全般が得意なのだ。流石に陰キャだけのことはある(悪口)。


「むー」


 劣勢なのでガードと回避を駆使して逃げ回る。

 虎太郎は無理して追いかけてこない。代わりに遠くから飛び道具でネチネチと攻撃してくる。

 くそう。戦闘スタイルがまんま虎太郎そっくりの姑息なキャラクターだ(悪口)。


「なああやか、昔から俺らって結構勘違いされてたよな」


 虎太郎が突然話しかけてきた。

 これはいつものことで、こいつはゲーム中が一番饒舌になるのだ。


「なにが」


 私は画面とコントローラーに集中しつつも、適当に相槌を打って会話を続ける。


「いやさ、付き合う前から付き合ってんじゃねえのかってよく言われてたよなって」


「それあんたがいつも私と一緒にいるからでしょ」


 嘘。

 私が虎太郎のいそうな時間を見計らって、「うわーまた一緒になった。ストーカーなの? 仕方ないから一緒にいてあげるわよ……なによ、本当はうれしいくせに」と声をかけていただけだ。


 ストーカーか私は?

 いやいや、今は付き合っているんだからなにもおかしくなんてない。

 そうでなくとも虎太郎とは波長が合うからか、一緒にいて居心地がよかったのだ。

 人生において出会える人の数なんてたかが知れている。その中にそういう相手がいるだけ幸せなことだと私は思っている。


「お前そこそこ人気あるから、俺に対する質問攻めがひどかったぞ。違うって答えてもお前がフリーなのかしつこく聞いてくるやつもいたしな」


「誰がそんなこと言ってたの?」


「誰だっていいだろ……っと、俺の勝ち」


 虎太郎は少しだけぶっきらぼうに言い放って、コントローラを投げ捨てた。

 勝ったのにあまり嬉しくなさそうだ。

 私はまじまじと虎太郎を見つめる。

 すると、あまり動じない彼の瞳の奥にほんのりと嫌悪感を見つけて、私は幸せな気持ちになる。


 それはつまり、私を誰かに取られるんじゃないかと気にしてくれてるってことだから。


 気分が良くなったので私はさらに調子に乗った。


「そのしつこく聞いてきた男子にちょっと心当たりあるかも。今でもたまーに告白されるからね。先週同じクラスの男子から呼び出されてさ」


「……なんて言って断ったんだ?」


「おー、断ること前提なんだ。流石に信用されてるね」


「うっせ」


「大丈夫大丈夫、『今は誰とも付き合うつもりないんだ。ごめんなさい』って言っただけだよ。あえて虎太郎のことを言う必要は……ね?」


 私が濁した言葉の意味は虎太郎もよくわかっているはずだ。

 世間一般で陽キャと呼ばれるであろう私はクラス内のトップグループに属していて、逆に虎太郎は底辺グループとして扱われている。

 そんな私たちが付き合っていることが知れ渡ると、周りからはつり合いが取れてないと見られてしまうだろう。

 学校内のゴシップネタとして消化されたいとも思わないので、こちらから付き合っていることを言う必要はないのだ。

 めんどくさいね。


「恋人関係にならなかったら、たまに廊下ですれ違うたびに挨拶するか悩むような微妙な関係になってたかもね」


「ああ。中途半端に手をあげて無視されちゃったときなんか、前髪いじって誤魔化したりな」


 謎に乗ってきた。しみじみとした言い方からして経験があるらしい。

 まあ実際のところ、虎太郎は私と凛以外の子とは碌に会話もできないので、特に可愛い女の子に話しかけられたときの慌てようは見ていられないものがある。


「ということで、残念だけどしばらくはこのままかなー」


 私はこの関係をオープンにしたいくらいだけどね、と言外に含みを持たせてつぶやく。

 まあその前に私は凛にどうやって打ち明けるか考えないといけないわけだけど。

 しかし、そんな私の反応に虎太郎は不満があるらしい。少し口をとがらせて言う。


「じゃあなんで今日は突然一緒に帰ろうとしたんだんだよ。三人だったらいいってことか?」


「んー? 別に? そういう虎太郎こそ、なんか急に凛と仲良くなってるように見えたけど?」


「……幼馴染なんだから、別に普通だろ」


 凛の名前を聞いたとき、わずかに視線が泳いだように見えた。

 それが少し……ほんの少しだけ引っかかった。

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