第4話 あやかSide② 疑念

★★★あやかSide★★★


 数日が経ったある日の放課後。

 私はいつものように凛と待ち合わせして一緒に帰り道を歩いていく。


「今度神戸でコンクールがあるんだ。帰りにお土産買ってくるね」


「じゃあ神戸牛がいい」


「ええっ、お肉がいいの? 神戸はお菓子も有名なんだよ。あやかはラスク好きだったよね?」


「好き」


「じゃあ両方買ってくるね!」


 そんな他愛無い雑談に花を咲かせいるのだが……一向に「あの」話題が出てこない。

 しかしこちらから探りを入れようとしても、


「……で、例の件はその後どうなのよ」


「……あーうん。なにもないよ。まだ、そんなすぐには……ね」


 ふるふると首を横に振って否定するだけだった。


「……」


 ――本当に告白するのかな。


 シチュエーションはどうなるんだろう。文化祭終わったタイミングなら誰もいなくなった教室とか。もしくは練習中にふといい雰囲気になったときか。

 この臆病な凛と告白という組み合わせが、頭の中でどうにもうまく想像できない。あるいは想像したくないだけかもしれないが。

 メイクのやり方を教えた。

 ドキッとするような仕草やボディタッチについてアドバイスした。

 あの陰キャと会話が続くように共通の話題も入れ知恵した。

 今度はデートのプランや着ていく服も教えてあげようと思う。

 普通に考えて親友がここまで協力したのだから、なにか進展があれば連絡してくるはずだ。まさかもう告白して二人で付き合うことにしました、なんてことはありえないだろう。

 ……彼女に悪意がない限りは。


(いやいやいや、凛はそんな子じゃない)


 女の子にはライバルにけん制する意味で好きな人を周囲に公表することがよくあるが、凛がそういう駆け引きに長けていないことは明らか。

 単純に一番信頼している私だからこそ相談を持ち掛けたのだろうし、これから進展があれば逐一報告してくれるはず。

 むしろ心配すべきは凛の告白よりも、私と虎太郎の関係がバレてしまうこと。

 これは二人が秘密にして隠し通すしかないけど、流石に虎太郎もそこはちゃんと守ってくれるはず。


 ……だよね?


 私はふっと息を吐いて思考を止め、気配を殺して後ろをついてくる男に声をかける。


「ねえ虎太郎、さっきから黙ってないでなんか話しなさいよ」


「女子二人で仲良く帰ってくれ。俺は空気になってるから」


 一切余裕のない声が返ってきた。

 壁と同化するように道際に寄って歩いているのは、何を隠そう私の彼氏だ。


「なんでちょっと不機嫌なの?」


「なんで俺と一緒に帰ることになったんだよ」


「私が誘ったからだけど」


「……なんで凛もいるんだよ」


「私が誘ったからだけど。というか凛とはだいたい一緒に帰ってるし」


 そう。

 二人の様子を見るため、凛には「虎太郎と仲取り持ってあげるから」と、虎太郎には「ちょっと面貸しなさい」と言ってそれぞれ呼び出したのだ。

 結果、私と凛が隣を歩いて、虎太郎は傍から見ると他人に見えなくもない絶妙な距離感を保って後ろをついてくる構図になっている。


「凛がいるなんて聞いてないぞ」


「言わかなかったからね」


 しれっと開き直ってみたら、ぶつぶつと地面に向かって文句を言いはじめた。


「くっ、お前はそういうやつだよ。まったく、あやかと二人で下校するだけでもアレなのに、凛までいるとさらに注目されるし……」


 どうやら人目をやたらと気にする虎太郎は、同級生の女の子二人と歩くという状況に精神が持っていかれているらしい。

 確かに同じルートで下校する同級生から不躾な視線を感じなくもないが、そんなものは私の心労に比べれば大したことないだろう。

 こっちは気になって気になって夜も眠れない日々を過ごしているというのに、呑気なものだとさえ思う。

 放っておくと歩幅を落として後列に逃げようとする虎太郎を強引に捕まえ、三人横一列で歩く。この三人だと中心にいるのはだいたい私だ。


「き、気を遣わせてごめんね、虎太郎くん」


「い、いや俺のほうこそ空気を乱してすまん。べ、べつに一人が良かったとかではないから」


 本当は一人のほうがよかったくせに、凛に謝られると途端にデレデレして、彼女を気遣う素振りまで見せる虎太郎。

 ……私とはえらい違いですこと。

 ちょっと面白くなくて口を閉じたままでいると、代わりに凛が努めて明るい声で虎太郎に話しかける。


「さ、三人で一緒に帰るなんていつ以来だろうねっ」


 この子は口数が多いわけではないが、この三人でいるときはよくしゃべるのだ。


「中学で同好会やってた頃……まで遡るんじゃないか? 三年の文化祭かな。ほら、凛がピアノ弾いたとき」


「後夜祭抜け出して、ファミレスでお疲れ様会やったよね! そっか、あれが最後か」


 懐かしむようにしみじみと思いを馳せる凛を見ると、胸が痛くなる。

 最後になっちゃったのは、そのちょっと後から私と虎太郎が付き合いはじめたから。


「ふん。私も凛もラブレターもらって後夜祭の後に屋上来てくれって言われてたんだよね。だから虎太郎を盾にしようとしたのに、こいつ相変わらず他人のフリするしさー」


「あはは」


 受験とか、凛のコンクールとか、いろいろなものに流されたことにして……私たち幼馴染は三人の関係でなくなったから。


「文化祭で思い出したけど、そういえば今年の文化祭でもピアノ弾くことになったんだよね。すごいよねー凛は。当日絶対見に行くからね」


「う、うん。ありがとう」


「……虎太郎知ってた? 凛が演奏するの」


 私はまた声を発することなく気配を消しはじめた男に話を振って、反応を確かめてみる。


「……ま、まあな。俺も凛も文化祭実行委員だから」


 わずかな間があった後、ぎこちなく首を縦に振る虎太郎。

 日ごろあまり感情を表にしない男が、妙に動揺した様子を見せた。


「そ、そうなんだよ! 実は虎太郎くんとたまたま二人で文実だったから、いろいろサポートしてくれることになって」


 凛が大慌てでこの前の話をあたかもはじめてするような口調で説明しだす。


「ふーん。じゃあしばらく虎太郎は凛と二人っきりで行動するんだね」


「別に二人きりというわけでは……な、なんだったらあやかも手伝ってくれてもいいんだからな」


「そうだよっ。なに演奏するするか考えないといけなくて困ってるし、二人より三人のほうがわたしも楽しいし!」


「そう?」


 私は凛に意味深な目配せをしつつ、


「……んー、でもやめとくわ。めんどくさいし」


 いつもの調子で断った。

 ……いつもの調子だったはずだ。

 私は凛の恋を応援することになっているし、ここは断って二人の時間の邪魔をしないことが正解……のはずだ。


「それに、凛は虎太郎のほうがいいんでしょ?」


「あ、あやかっ!?」


 素っ頓狂な声を上げて「な、なんのことかなっ」と慌てだす凛。

 そうだ、この奥手な女の子の恋路を陰ながら支援してあげないといけない。それこそ親友が取るべき自然な行動なのだから。


「ふふ。だってよくよく思い出してみると、中学のときもこのペアでやってたしね。二人の相性はきっとすごくいいと思う。虎太郎、ちゃんと凛のサポートしてあげないとダメだよ」


「わ、分かってるって」


「でも変なことしちゃダメだからね」


「な、なに言ってんだっ」


 一つからかうたびに真っ赤になって反応する二人。

 相変わらず変なところで息ぴったりだなあと胃もたれする。

 そんな感じで二人をつついて様子をうかがっているうちに、家についてしまった。


「ここまでだね。三人で帰るとあっという間だ」


 私たちの家は歩いて一分以内、同じ団地の同じ区画にある。


「あ、虎太郎。このあとすぐあんたの家行っていい? ……田舎からの贈り物、食べきれないから渡してくれってお母さんに頼まれてて」


「おう」


「じゃあちょっと家に寄って着替えて持ってくるから、また十分後に」


「うい」


 ふと思い出したように伝えると、虎太郎は二文字で快諾する。

 クラスで誰かに話しかけられたとき、この男はいつも足りない対人スキルでやたら気を回した言い方をするのだが、私に対してだけはメッセージの返信でも「ん」だの「ああ」だのを多用する。

 素っ気ないというよりは、気を遣わなくていい相手だと思われているのだろう。

 同時に、これが凛に対する態度と私に対する態度の違いでもある。


「…………いいなあ」


 そして、聡い凛はそのことを察している。

 おもちゃを欲しがる子供のように、羨ましそうな目でこちらをじっと見ていた。

 そのことが私にちっぽけな優越感を覚えさせ、同時に嫌悪感で塗りつぶされる。


「ん? 凛、なにか言った?」


 せめて醜い自分を見なくて済むように、私は彼女が何と言ったのか聞こえないふりをした。

 実際、風にかき消されてほとんど聞きとれない声量だったし、思わず口をついて出てしまっただけの言葉をいちいち追及するのは彼女にも悪いことだ。


「……ううん、なんでもないよ。また一緒に帰ろうね!」

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