第3話 虎太郎Side② 保留

★★★虎太郎Side★★★


 俺は凛に告白された。

 ………………………………………………え?


「その、虎太郎くんもいきなりこんなこと言われて困るかもだけど、でも、ずっと好きだったの」


「……あ、ああ」


 フリーズした俺を置いて、凛は一人でつらつらと語りはじめる。熱に当てられた瞳をこちらに向けて。


「わたしたちが幼稚園にいたころ、ちょうど五歳になったころかなあ。わたしがいじめられてたのを虎太郎くんが守ってくれたんだよね」


 凛は宝物に触れるように両手を胸元にそろえてそっと抱いた。

 同時にぶわっと強い風が吹き抜けて凛のあでやかな髪が広がり、夕日を逆光にしてきらきらと輝きはじめる。


「それからずっと見てたの。虎太郎くんのこと最初はなんとなく目で追いかけてただけなんだけど、あるとき気づいたんだ。これが好きってことなんだって」


「凛?」


「虎太郎くん、好きです。大好き。好き。虎太郎くん。ああもう、本当は言いたいこともっといっぱいあるのに……虎太郎くんしか出てこないよ虎太郎くん虎太郎くん虎太――――あ」


 恍惚とした表情で暴走していた凛は、ようやく我に返った。

 そしてすぐに自分の発言を思い返したらしい。


「あ、あははは……ご、ごめん。なんかわたし、一人でおかしくなっちゃったみたいで……あはは…………」


「い、いや。なんというかその、俺もこれが」


 ――人生二回目の告白だった。

 などとうっかり口が滑りそうになり、あわてて口を閉じる。俺も俺で相当テンパっているようだ。


「これが?」


「いや、なんでもない。ま、まああれだな、びっくりした……な」


 不安そうに首をかしげてこちらを見つめる凛を直視できないまま、なんとか言葉を紡ぎだす。


「うぅ、あの……はい」


「えっと、すまんこういうこと慣れてなくて。告白の返事……だよな」


「あっ――」


 前にクラスのモテ男が、「逆に告白される方がつらいよ。だって断る方が大変なんだから」などと自虐風自慢をしてきて血管が二、三本ぷっつり切れたことがあるが、今だけは彼の気持ちがわかった。

 俺はこれから伝えなければならないのだ。

 触れたら溶けてしまう淡雪のような女の子の想いに対する、答えを。


「えっと、凛の気持ちはすごくうれしい。でも俺は――」


「ま、待って!」


 なんとか口を動かして言葉を発しようとしたところで、凛に大きな声で遮られた。


「言わなくても知ってるよ。虎太郎くんは昔からあやかのことが好きだったもんね」


「っ」


 不意にあやかの名前が出てきて、反射的に顔が引きつることを自覚する。

 俺とあやかとの関係は、凛には絶対秘密。

 あやかから何度も念押しされていたことを思い出す。


(……あやかのやつ、どうするんだよこれ)


 もう一人の幼馴染に対する文句が頭をよぎったが、あいつが答えるはずもない。


「あやかじゃなくてわたしを見てほしい、とは言えないけど――わたしにもチャンスがほしいの」


 いじらしくもそっと俺の袖をつかんで、目元に涙をためていっぱいいっぱいの表情で懇願される。これで落ちない男がいるのだろうか。


「……そ、そうだな」

「文化祭が終わるまででいいから。今ここで返事くれなくていいから。好きって言ってもらえるように頑張るから。お願いします。時間をください。お願いします」


 深々と頭を下げた凛は小さく震えていた。スカートのプリーツが彼女の手で強く握られて、しわになるくらいに。

 無理もない。

 誰かに好きと伝えることはエネルギーを必要とする。きっととてつもない勇気を振り絞って伝えてくれたのだろう。

 凛のような奥手の性格であればなおさらだ。

 空を見上げて、長い深呼吸をする。俺の一挙手一投足に反応する凛が、視界の端でびくりと震えたことが分かった。

 今は誰とも付き合う気になれないんだと誤魔化して断ることも出来るが、それは幼馴染からの好意に対して真摯ではないのではないか。彼女の頑張りを無視していることにならないか。


「わかった。文化祭が終わるまでにちゃんと答えを出すよ」


 悩んだ末に、俺はよくないことをしていると思いながらも……凛への答えを保留してしまった。


 なにをやっているんだろうな、俺。


 震えている凛を見て同情した? そうかもしれない。

 傷つけたくないと思った? そうかもしれない。

 これじゃあ嫌なことから目を逸らして先延ばしにしただけだ。延びれば延びるほどつらくなるというのに。

 それとも……。


「ほんとっ? う、嬉しい……!」


「ちょっ!?」


 感極まった凛に勢いよく抱き着かれた。

 あやかよりもさらにすごい、柔らかくふくよかな双丘が押し付けられて形を変える。

 それとも……制服越しにもはっきりわかるくらい大きなそれに、劣情を催しただけなのか。はあ、これで落ちない男がいるのだろうか(二回目)。


「ご、ごめんっ! 保留になっただけなのに、舞い上がっちゃって……」


「お、おう」


「あ、あの、告白したあとで聞くのもどうかと思うんだけど、虎太郎くんって彼女とかいるの……?」


 また上目遣いでじーっと見つめられる。


「…………いや、いないよ。いない」


 よどみなく答えられた俺を、あやかは褒めたたえるべきだと思う。

 というかここで彼女がいると答えたら、彼女がいるのに別の女からの告白を保留するゴミ男になってしまう。そんなやつがこの世に存在していいはずがない。

 俺は違う。俺はただ、告白を断ったら凛が泣いてしまうかもしれないと思っただけだ。


「そっか! じゃ、じゃあその……文化祭終わるまで練習頑張らないとだし、それまで今日のことは一旦なかったことにしてほしいというか、誰にも言わないでほしいの。誰にも」


「も、もちろんだ」


 俺たち以外に誰もいない屋上で、凛は内緒話のように耳元でこそこそと囁く。

 そしてそれはとてもありがたい申し出だ。

 俺は大いに頷いて、誰にも言わないことを約束した。


「あ、ありがとっ。その、これからしばらく一緒にいることが多いと思うから……今後ともよろしくお願いしますっ」


 恥ずかしがりながらも、身体は密着したまま離れてはくれない。

 なんなら匂いまであやかと同じ気がするのは、香水をつけているからか? 女の子特有の甘い匂いだけでなく、ふわっと柑橘系の香りがしていた。

 おそらくあやかがいろいろ教えたのだろうが……今日の凛はとにかくかわいい。

 このかわいい凛が俺のことを好きだと言ってくれたのだ。

 子供の凛ではなく、高校生の凛が。


 ……どくんと心臓が跳ねるのを感じた。


 凛は俺が昔からあやかのことを好きだったと言っていたが、そんなことはない。

 俺は……。



 こうして――俺たちの不可思議で破滅的な関係がスタートした。

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