第21話

「ただの獣人じゃない……純血獣人か!?」


「フゥー……そうだ小僧。我が名はウルフェリア・マーガレット。五大天のひとりにして沈黙の右上星うじょうせい!」


 五大天って、俺と親父の戦いに首をつっこんできたやつらのことか!?


「なんでお前がここに!? いや、それよりも」


 なんでエリーゼさんといっしょにいたんだ。


 それじゃまるでエリーゼさんが、魔王の仲間みたいじゃないか。


「わたしは娘とこの国を守るためならなんでもするわ。そのためなら、たとえ夫の仇であっても靴を舐める覚悟がある。あなたにわたしを上回る覚悟があるかしら? ロイド!」


「くっ……」


 やるしかない。相手は魔王軍の幹部。手加減できる相手じゃない。


「わかっているな小僧。今この瞬間から、これは試合ではなくなった。本気の戦いだ」


「そのつもりだ」


「ワフフフフ、ならばよい。試合だと思われて中途半端な戦い方をされては、貴様を倒すという大役を仰せつかった手前、前王様に面目が立たないところであったぞ」


「へっ、沈黙の星っていうわりにはよくしゃべるじゃないか」


「沈黙するのはわたしではない。貴様だっ!」


 ウルフェリアが爪で地面をえぐりながら突進してきた。


 見るからにパワー型だ。身体能力に物を言わせてスピードもある。


 動きを読めば躱すのは難しくない。そう思っていたら、時の流れが緩やかになるのを感じた。


デッド•アイズが反応している? 


 ウルフェリアが明らかに間合いの外から爪を振り上げようとしている。


 なぜそんなところで?


 距離を見誤ったとは思えない。


 嫌な予感がして、俺は横に飛びのいた。


 すると俺が立っていた場所までリングの床が切り裂かれた。


 みると、ウルフェリアの爪が伸びていた。


「なんだ!? 爪が伸びてる!?」


「これがわたしの能力! わたしはスライムの細胞を植え付けられた強化純血獣人なのだ! ワフフフフ!」


 ウルフェリアは爪だけではなく腕を伸ばして俺の喉を握りつぶそうとしてきた。


 緩やかな時間の中で俺はバックステップで躱した。


 続けざまにウルフェリアは伸ばした腕で地面を叩いて飛び上がった。


 上空で足を伸ばし、全身を回転させた。


「切り裂く独楽キリング・スピナー!」


 ウルフェリアの強烈無比な踵落としはもはや巨大なギロチンのようにリングを割った。


 伸縮自在の体を持つ相手にどう戦えばいいのかわからない。


 不用意に距離を詰めればかえって危険だ。かといって離れていても狙われる。


 隙を探すんだ。

 

 あの体が繰り出す攻撃には、どんな隙がある。


「ワフフフフ! 逃げてばかりだな小僧!」


 腕が伸びて俺の顔をかすめた。


 そうだ、伸びきった腕は無防備じゃないか。


 俺の剣がウルフェリアの腕を切り落とそうとしたその時、時の流れが遅くなった。


 くる。


 そう察した俺はすぐに腕から距離をとった。


 すると伸びきった腕が鎌のように曲がってきて、俺に絡みつこうとしてきた。


「うおっと!」


 とっさに跳躍して回避したが、もしも下がっていなけばあのまま巻き取られていた。


 あの腕、伸ばし切った状態からでも動かせるのか。危なかった。


 ほっとしていると、目に激痛が走った。


「ぐあ!? な、なんだ!?」


 ぽたたと、目から血が垂れてきた。


 まさか、エルフィンと戦ったときの反動がでているのか。


「ワフフフフ! なんだかしらんがチャンス! 死ねえええええ!」


 ウルフェリアは両腕を地中に埋めた。


 どうする。どうすればいい。目の力を使うと自分にダメージが来る。

 

 かといってこのままじゃ勝てない。


 俺が勝つには、使うしかない。


 思い出せ、さっきの感覚を。


 時の流れを操る、その感覚を。


「できた! っぐぅ!?」


 目に激痛が走る。


 だけど、たぶん成功している。


 俺の目はいま虹色に輝いていることだろう。


 俺は任意に時の流れを操る力を手に入れた。


 これは、そう、【激痛の代償オールオーバー・ザ・ペイン】とでも名付けようか。


 使うたびに痛い技だ。しんどい。


 ひとまず、足下から襲ってきている両腕を左右に動いて躱した。


 俺が躱すと、ウルフェリアは腕をひっこめた。


 いつもよりやや時間の流れが早い。普段が百パーセントだとしたら、いまはせいぜい三十パーセント。ちょうど水の中で動いているくらいの速度感覚だ。


 とはいえそれでも相手の動きを見るには十分だ。


 腕をひっこめたウルフェリアは次に右足を伸ばしてきた。

 

 横に薙ぎ払う動きだ。俺は飛ばずに屈んで躱し、前進する。


 薙ぎ払いを躱すと今度は左足を上空に伸ばし、特大の踵落としが迫ってきた。

 

 俺は半歩動いて躱し、その足の上にのると、ウルフェリアが引き戻す勢いを利用して一気に近づいた。


「なんだと!?」


 ウルフェリアの間延びした声が聞こえる。


 そろそろ目の痛みが限界だ。


 ここいらで決着をつけよう。


 距離を殺すことに成功したら、ウルフェリアは逆に腕を縮めて超連続攻撃を繰り出した。


 腕を短くすることで振り切った際のロスを少なくしているのだ。


 もしも普通の速度なら俺はいまごろ細切れだったろう。


 残念だが、いまの俺には通用しない。


 すべての連撃を紙一重で躱し、俺はウルフェリアの胴体を斜めに切り裂いた。


「ば……かな……なんなのだ……その回避力は……」

 

 時の流れを元に戻すと、ウルフェリアはその場に倒れた。


『え、えー! 途中からなにがなんだかわからない試合になりましたが、兎にも角にも決着がついたようです! 勝者、エリシアチーム!』


 実況の言葉によって、会場中が沸き立った。


「そんな……まさかウルフェリアが負けるなんて……」

「…………」


 エリーゼんさんを責める気にはなれなかった。彼女は彼女なりに娘のエリシアを守ろうとしたのだ。


 その強さは、どこかヨームさんを思い出させた。


 俺はいまだに倒れているエリシアとナインのもとに駆け寄った。


「んーむにゃむにゃ……えへへ、お菓子のお家……これ全部あーしのぉー……」


 ナインは完全に熟睡しているようで起きそうにない。


 エリシアの肩を揺すると、彼女はうっすらと目を開いた。


「アレク……ううん、ロイド……」


「目が覚めたか?」


「うん……試合は?」


「俺たちの勝ちだ」


「……本当に?」


「ああ……うわっと!」


 俺が頷くと、エリシアが抱き着いてきた。


「やった! やった! 勝ったのねわたしたち! やっぱりあなたに任せてよかった!」


「エリシアのあの一突きがなかったら終わってた。ありがとう、エリシア」


「ううん、お礼をいうのはまだ早いわ!」


 エリシアは俺の手を握って立ち上がった。


 大きく息を吸って、胸を張った。


「聞いて、みんな!」


 彼女の声は会場中の歓声にも負けず良く響いた。


 会場が静かになっていく。彼女の声に、優勝者の言葉に耳を傾けようとしている。


「わたしの名はエリシア・ガードナー! かつてこの闘技大会で優勝し、この国の守護者として勇者の称号を与えられたリーデルハイド・ガードナーの娘よ!」


 会場の一部がざわついた。


 きっと、彼女のお父さんのことを知っている人が大勢いるのだろう。


「わたしは今日、魔王への挑戦権を得た! それは父の仇をとるためよ! でもわたしは少しだけ迷ったことがあるの! もしも魔王の息子を倒せば、それでいいんじゃないかって! そうすればお父さんが愛したこの国だけは守れるんじゃないかって!」


 きっとエリシアはこの数日の旅の中で迷っていたはずだ。


 俺を殺すかどうかで。


 俺を殺せばこの国は助かる。父親の仇よりも、彼女が優先すべきはそっちだったはずだ。


 だけど俺たちはいま、こうして手を繋いでいる。


「だけど、それじゃ駄目だって思った! わたしたちだけが助かっても、きっとそれはなんの意味も無いことなんだってわたしは思ったの! なによりわたしは希望を見つけた! 魔王を倒せる希望を! それが彼よ!」


 エリシアは俺の腕を掲げた。


 会場中の視線が俺に向けられたのがわかった。


「彼の名前はロイド・アルデバラン! かつてこの国に召喚された異世界の勇者! そして魔王に連れ去られたわたしたちの希望! その人が! いま帰ってきたの! だからみんな、力をかして! わたしたちといっしょに立ち上がって! みんなのために! 未来のために!」


 エリシアの話が終わると、会場の全ての人たちが立ちあがり盛大な拍手を打ち鳴らした。


 花火があがり色とりどりの風船が空に飛んでいく。


 俺はエリシアを見た。


 彼女の横顔は、喜びと希望に満ち溢れていた。


 そんな俺たちに、影が降りかかった。


「こ……ぞ……う……」


 いつのまにかウルフェリアが立ち上がり真後ろにいた。


 とっさに剣を振ろうとしたが痛めた左手が動きを抑制する。


 一瞬の間によって、ウルフェリアの爪がエリシアに襲い掛かろうとしていた。


「エリシア!」


 俺が叫んだ直後、ごいん、という鈍い音がした。


「ふぁーあ、なんなのぉ? なんか盛り上がりすぎてうるさいんだけどぉ? っていうかこの狼……狼女? 叩いちゃったけどよかったわけぇ?」


「ナイン!」


 俺とエリシアはナインを抱きしめた。


「え? え? ちょっと、なにぃ? なんか嬉しんだけど、えへへ」


 ヨームさん、俺はやったよ。


 俺たちは勝った。仲間もできた。王都の人たちにも受け入れられた。


 外の世界にでて、ようやく自分がどれだけ子供だったか知った。


 少しずつ大人になれるようにこれからも頑張るよ。


 だから、天国で見守っててくれ。


 俺たちを包む大歓声は、いつまでも続いた。

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