第20話

「え、エルフィン!? あんただったのか!?」


「う、嘘!? なんでエルフィンが!? てことは、まさか!」


「だからあーしずっと言おうとしてたよねぇ!?」


 黒ドレスがカップをソーサーの上に置いた。


 彼女は目元の月の仮面を外し、素顔をあらわにした。


「お母さん!?」


「ごきげんよう、エリシア」


「まさか、あの黒ドレスがエリーゼさんだったなんて!」


「だからさぁ……あー、もーどーでもいいやぁー」


 これは衝撃だ。まさか謎の仮面集団の正体がエリシアの家族だったなんて。


「だとしたらなぜこんなことを!?」


「愛娘を魔王と戦わせるわけにはいかないもの」


「前に言ってたのはこのことだったのね!」


「その通り。あなたたちが優勝することは絶対にないわ。だって、ここで負けてしまうんだもの」


 エリーゼさんは完全に勝つつもりでいるようだ。


 だとしても俺たちだって負けるつもりはない。


「俺たちは負けない! さあこい! エルフィン!」


「押して参ります!」


 エルフィンが距離を詰めてくる。


 さっきよりもかなり遅い。なにか狙っているのだろうか。


 そう思っていると、エルフィンは顔の前で印を結んだ。


「秘儀、三重影分身の術!」


 エルフィンの体がぼやけ、三人に分裂した。


「分身の術だと!?」


「ただの幻影ではございませんぞ! 三体すべてが質量をもった実体でございますゆえ! 多少のお怪我は覚悟なされい!」


 三対一になってしまった。


 まずいな、俺は多人数戦闘の訓練はしていない。


 俺が学んだ剣術は、常に一対一を想定しているんだ。

 

 それは俺の親父も同じ。俺と親父は、同じ流派だから。


 じゃあ、親父はどうして軍隊なんか相手にできたんだ。


 多人数を想定していないこの剣で、どうやって……そうか!


 俺は正面のエルフィンめがけて駆け出した。


「血迷いましたか!」


「俺ならやれる……俺ならやれる……うおおおおおお!」


 正面のエルフィンを撃破。正面のエルフィンは丸太になって床に転がった。


 けれど、左右からナイフが振り下ろされる。


 時間がゆっくりになる。寸止めなんかするつもりは無いようだ。それでもいい。


 俺は魔法を発動させた。


「きえええええええええええい!」


「チェストおおおおおおおおお!」


 エルフィンの挟撃は俺の肩に向けられた。


 けれど、俺の魔法が一瞬早く発動。

 

 肩から腕にかけて鎧が出現し、二人のナイフを防いだ。


親父は絶大な防御力で防ぎ、強制的に一対一の状況を作り出していたんだ。


親父にできるんなら俺にもできる。


「もう一人!」


 二人目のエルフィンも切り伏せると、丸太に姿を変えた。


「最後!」


 三人目、最後のエルフィンに剣を振り下ろすがナイフで防がれる。


「まだまだでございます!」


「一対一ならこっちのもんだ!」


 俺の連撃に回避と受け流しで対応するエルフィン。ところが徐々に受ける回数が多くなり、最後にはナイフを弾き飛ばされ俺の剣が彼の喉を捉えた。


「くっ、無念!」


 もちろん本当に切るわけにはいかないのであえてスカし、俺は彼の胸ぐらを掴んだ。


「むお!?」


「おりゃあああああああ!」


 そのまま背負い投げをして場外に投げ飛ばす。


「くぅ!」


 エルフィンは糸を地面に伸ばした。


 吹っ飛ばされないようにするつもりなのだろうが、そうはさせない。


「はあ!」


 俺は斬撃を飛ばしてエルフィンの糸を断ち切った。


魔法弾の応用だ。


「ぬおおおおおお!」


 徐々に高度が下がり、エルフィンの爪先が床に触れた。


 彼は床の上を滑っていく。リングの端っこでギリギリ持ちこたえた、かに思われたが。


「……も……もうしわけ……ありません……奥様あああああああああ!」


 一歩、後ろに踏み出した。

 

 これにより場外負けだ。


「……無念」


「あらあら、負けてしまったのねエルフィン」


 エリーゼさんがエルフィンに気を取られている間に俺はエリシアたちの下に駆け寄って糸を切った。


「ありがとうアレク!」


「はぁ、やっと解放された」


「さあ、あとはあなただけですよエリーゼさん!」


 俺がエリーゼさんに剣を向けると、彼女はソーサーごとカップをもって立ち上がった。


「エリシア、本当にわたしと戦うつもりなのかしら?」


「たとえ相手がお母さんでも、わたしは魔王への挑戦権を勝ち取るつもりよ!」


「そうまでしてリーデの仇をとりたいの?」


「それだけじゃない……わたしはこの国を守りたいの! お父さんが守りたかったこの国を!」


「なら、魔王を倒すことが一番の目的というわけではないのね?」


「……そうよ」


 エリーゼさんはエリシアの返事を聞いて、「それなら少し安心したわ」と答えた。


「だとしても、あなたに勝ちを譲るつもりはないわ。これは親としての役目。わたしはあなたの壁になる。その手で越えてみなさい」


「この状況でまだそんなはったりをいうつもりなの! わたしはお母さんを倒して魔王への挑戦権を勝ち取ってみせる!」


「残念だけれど、あなたはすでに窮地に立たされているのよ」


 エリーゼさんがカップの縁を人差し指で弾いた。


 ちぃん、という音とともに目の前の景色が歪んだ。


 これは、眠気か?


 強烈な睡魔が俺を襲った。


 森で魔物に襲われて三日間寝ずに警戒していたことがある。いまはその時の比じゃないないくらい瞼が重い。


「なに……これ……」


「うう……ねむい……よぉ……」


 エリシアとナインにも同じ症状がでているようだ。


 ナインにいたってはすでに耐え切れなくなり倒れた。


 なんなんだこれは。魔法じゃない。魔法なら俺やナインが見逃すはずがないからだ。


 これの技はいったい。


「催眠術……って知ってるかしら」

 

 エリーゼさんの声が、まるで水の中で話しているかのようにぼやけて聞こえた。


「催眠……術……?」


「そう、催眠術。方法はいろいろあるけれど、わたしの場合は特定の音をトリガーにして相手に暗示をかけるの。例えば、カップを弾いた音を聞いたら眠くなる……とかね」


 前にあったときに俺たちにカップを弾く音を聞かせておいて、今日この時その仕掛けを発動したってことだな。


 なんて用意周到なんだ。


 勝利への執念か、はたまた親の愛情か。


 どちらにしろ俺たちはかなり追い詰められている。


 このままじゃ五分と持たない。


 かといってこんな状態で攻撃してもまともに剣が振るうこともできない。


 どうする。どうすればいい。


 俺が考えていると、エリシアが振り返った。


「覚悟して……アレク……」


 エリシアは俺に向かってレイピアを構えた。


「エリシア……?」


「先にいっておくわ……わたしはあなたの秘密に気づいてる……」


「なに……?」


 俺の秘密に気づいてる、だって?


 それってつまり、俺が魔王の息子であることを知っているってことなのか。


「エリシア……まさか……」


「わたしはこの国を守りたい……そのためなら何だってする……だからアレク……いいえ、ロイド・アルデバラン……わたしのために……」


 エリシアはレイピアを突き出した。


 その切っ先は催眠術にかかっているとは思えないほど鋭く俺の左腕を貫いた。


「エリシアっ……!」


「勝って……あなたを……信じて……る……」


 がくりと倒れこんだエリシアを、俺は抱きとめた。


 どういうことだ。エリシアは俺を殺して魔王から見逃してもらうつもりだったんじゃないのか。


「あらあら、痛みで眠気を吹き飛ばすなんてやるじゃない」


 エリーゼさんの言葉ではっとした。


 たしかにいまはもう眠気がない。

 

 エリシアは俺を殺そうとしたんじゃない、託したんだ。


 俺ならエリーゼさんに勝てると思って、最後の力を自分ではなく俺の目を覚ますためにふり絞ったんだ。


 俺を殺せばこの国も自分も家族も助かるのに、彼女はそうしなかった。


「エリシア……わかった、任せとけ」


 俺はエリシアを横たわらせると、腕に刺さったレイピアを引き抜いた。


 左手は使えそうにない。それでも、戦えない状態から戦える状態になったんだ。勝機はある。


「エリーゼさん。覚悟してくれ」


「わたしとやるつもりなのね……」


「当然だ!」


「ならわたしは……」


 エリーゼさんはカップを落とした。


 何か仕掛けてくるかと思い身構えたが、彼女は明後日の方向へ歩き出した。


 やがてリングの縁にたどりつくと、なんの躊躇もなく飛び降りた。


「降参だわ」


「え?」


「残念だけど、わたしは催眠術が使える以外はちょっと優秀な魔法使いでしかない。それも専門は回復魔法。どうやってもあなたには勝てないわ」

  

 えっと、それじゃあ。


「俺の……俺たちの……勝ち?」


 優勝ってことじゃないか?


「それは違うわ、ロイド・アルデバラン」


「なっ!」


 エリーゼさんの口からその名前を告げられるとは思ってもいなかった。


 なぜ彼女が俺の名前を知っているんだ。


「わたしはあなたをこの世界に召喚したうちの一人。だからわたしは、まだ赤ちゃんだった頃のあなたを知っているわ。その左手の痣もね」


 たしかに俺の左手には星型の痣がある。


 前にエリシアの屋敷で会ったときにこっそり見られていたのか。


「なら、どうするんだ?」


「どうしようかしらね。エリシアはあなたの強さをこの闘技大会で見せつけて、魔王討伐のために王都の人たちの協力を得ようとしていたみたいだったけど……」


 エリシアはそんなことを考えていたのか。


「わたしはそこまで優しくないわ。エリシアを守るためならもっとも堅実な方法をとらせてもらうつもりよ。だから……あとは任せたわ、ウルフェリア」


 エリーゼさんがその名を呼ぶと、ただ一人残っていた犬耳のメイドが苦しみだした。


 息を荒げて仮面を握りつぶし、自身の服を引き裂いた。


 彼女のメイド服の下は、黒い革のベルトでがちがちに拘束されていた。


「な、なんだ……? ただのメイドじゃないのか?」


「ち、違う……わたしは……」


 ぶちぶちっと、ベルトが引き裂かれていく。


 ウルフェリアの体があらわになると同時に、体が大きく膨れ上がった。


 最終的にウルフェリアの姿は完全に獣と化した。

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