第13話

 王都の跳ね橋を渡り巨大な城壁の門をくぐると、そこは大層な賑やかさだった。


 人々が大勢歩いていて、大通りの左右に展開された露店の数も多い。


 普通の商店もあるようで、灰色のレンガで作られた建物には色とりどりの看板が掲げられている。


 小さな山をそのまま街にしてしまったような作りになっており、街の中心部にある城は最も高い場所にそびえ立ち、一際存在感を放っていた。


 定期的に花火があがっているし、なぜか風船もふわふわと漂っている。


「今日は祭りなのか?」とエリシアに尋ねると、「いつもこうよ」と返ってきた。


 グレイシャーウッドの村の寂れ具合とは大違いだ。実際のところは魔王の存在によって税が増えて、国民は生活が苦しいはずだ。


 この活気が都会なのか、それとも都会が見せる幻想なのかはわからない。


「とりあえずわたしの家に招待するわ。ついてきて」


 エリシアの案内に従い、彼女についていくことになった。


 途中でナインが宝石の形をしたキャンディに夢中になって店の前から動こうとしなかったので買う羽目になった。


 それと、塔の上から持ってきた魔物の素材は道中の貴重素材専門店で買い取ってもらった。全部で金貨五百枚になった。


これって、とんでもない大金なんじゃないだろうか。


エリシアに尋ねるとリンゴがひとつで銅貨三枚だそうだ。


あまりピンとこなかったが、大事に使おうと思った。


「わぁ! なんか立派な建物があるよぉ!」


荷物が軽くなったところで、ナインがはしゃぎだした。


 ナインが指さした先には、たしかに他の建物とは趣の違う建物があった。


 鉄柵の門扉があり、その先には噴水がある。噴水の向こう側には、白塗りの壁と赤い屋根の建物が鎮座している。


「あれはわたしが通っている騎士団アカデミーよ。ほら、門の上のところにこれと同じ紀章が飾られているでしょ」


 よくみると、たしかにエリシアの肩の紀章と同じものが飾られている。


 ここがエリシアが学んでいる場所なのか。


 ここではきっと戦い以外のことも学んでいるのだろう。


 世の中のこととか、人との関わり方とか。


 ヨームさんは俺をここに通わせたがっていた。


 その願いは叶わなかったけど、こうして見てみると、なんとなく寂しい気持ちになる。


 俺が自分が通うことになるかもしれなかったアカデミーを眺めていると、どこからか「おい!」と呼ばれた。


「エリシア! お前、帰ってきてたのかよ!」


 金の短髪で色黒の青年が駆け寄ってきた。


 どうやら呼ばれたのは俺ではなくエリシアだったらしい。


 彼の後ろには眼鏡をかけた大人しそうな女の子もいる。


「ビート! それにミネアも! いまは授業中じゃないの?」


「今日は休みだから特訓してたの。エリシアこそ、闘技大会に向けて外で修行してたんじゃなかった?」


「うん。でもちょっとトラブルに巻き込まれちゃって……」


「と、トラブルだってぇ!? エリシア! 大丈夫だったのか!?」


 ビートと呼ばれた青年がエリシアの肩を掴んで揺さぶった。


 エリシアは困ったように笑みを浮かべて俺の方をちらりと見た。


「わたしは大丈夫。そこのアレクに助けてもらったから」


 エリシアがそういうと、ビートは俺を睨みつけてきた。


「こいつがぁ? おいお前。いったいどこのだれで普段何をしている馬の骨なんだよ?」


 あ、こいつの絡み方、苦手かもしれない。


 俺は友達はいればいるほどいいと思っていたが、それは大きな間違いだったのだ。


これまでに出会った冒険者ギルドのマスターやマッシブ教のシスターは大人の対応が許された。


 しかし、いま目の前にいるのは感情剥きだしでこっちの話なんてはな《••》から聞く気なんてない感じの青年だ。


 たぶんこの人とは友達になれないと感じた。


「俺はアレクだ」


「だーから、どこのアレクだって聞いてんだよ!」


「アレクは、なんだっけ? フルネーム」


 やばい、俺もちょっと忘れてるぞ。たしか。


「ろ、ロイアレクサンドロス……十五世だ」


 いえた。俺は自分を褒めてやりたくなった。


「まさか貴族なのか!?」


「没落してるがな」


「なんだよ、じゃあ平民じゃんか」


 こいつ、本当に腹が立つやつだな。


「それよりエリシア。モブリーとコリンモブはどうしたんだ? いつもお前の後ろに引っ付いてただろ、あの従者たち」


 あの二人はエリシアの従者だったのか。


「実は、二人ともゴブリンの毒矢にやられちゃってね。いまは療養中なの」


「ゴブリンだって!? まさかゴブリンからお前を助けたのが……」


 ビートが憎々し気に俺を睨みつけてきた。


「アレクだよ」


「んやーっぱり!」


「ちなみにアレクとナインはモブリーとコリンモブの代わりにわたしといっしょに闘技大会に出るの」


「なんだってえええ!? 俺やミネアをさしおいてこいつらが!? やいお前!」


「アレクだが」


「どーだっていいんだよそんなこと! 名前なんか覚えるつもりもねぇ! 俺と勝負しろ!」

 

 実はちょっぴりこうなると思っていた。


 このビートとかいう男の小物感。グレイシャーウッドの村にいた冒険者たちとそっくりだからだ。


「ちょっとビート! それはやめておいたほうがいいよ! アレクもそう思うでしょ?」


「俺は構わないけど」


「ええ!?」


 あの冒険者たちのおかげで格下のあしらい方は心得ている。


 なによりこの手のタイプは力の差を見せつけなきゃ黙らない。


 ナインとの勝負も不完全燃焼だったし、ここは少し遊びたい気分というのもある。


すこしからかってやろう。


「よーし! いい覚悟だ! 決闘を即座に受けるなんてわりと男らしいところがあるじゃねぇか!」


「いいからさっさとやろう」


「やる気十分じゃねーか。ほらよ」


 ビートから木剣を投げ渡された。


 強く握ったらつぶれてしまいそうなほど心もとないが、遊ぶ分にはちょうどいいのかもしれない。


「どっからでもかかってこい」


「いわれなくてもやるっつーの!」


 ビートは真正面からとびかかってきた。

 

 動きは単純で見切るのは容易い。


 俺は半歩下がって躱した。


その後も退屈な攻撃が続いてあくびが出そうになる。


「どうしたどうした! 避けてばっかりじゃねーか!」


 まずは足をひっかけてやった。


「ぐえ! く、クソ! 躓いちまった……」


 ビートはバツが悪そうに立ち上がり仕切り直す。


 さて、今度はどうやって料理してやろうかな。


 そう思っていると、エリシアの不安げな顔が目に飛び込んできた。


 ……調子に乗りすぎかもしれない。


 あのマッシブ教での一夜で変なテンションになったせいで、いまもなんだか興奮状態になっているような気がする。

 

 ヨームさんもいっていた。人はその日の気分によって意地悪したくなる時があると。


 いまの俺がまさにそうだ。たぶん赤竜を華麗に倒したエリシアをみて、対抗意識が芽生えてしまったんだと思う。


 自分の力を誇示したいというか、なんかそんな感じのもやっとした気持ちだ。


 一番格好悪いのはさっき転んだビートじゃない。


 圧倒的な力の差がありながら辱めてやろうなんて子供みたいなことを考えている俺自身だ。


「はぁはぁ……おりゃあああああ!」


 かぁん、と俺の木剣が宙に打ち上げられた。


 俺の負け。それでいい。


 ビートは体力を使い切ったのか、その場に尻もちをついた。


 俺は彼への非礼を詫びるつもりで、手を差し伸べた。


「強いな」


「は、はは。そりゃそうだ。お前のフットワークもなかなかだぜ」


 ビートは俺の手を握り返して立ち上がった。


「ちょいと攻め手に欠けるがな」


「そっちは強引に攻めすぎだ」


 なぜか笑いが込み上げてきて、気づけば俺たちは互いに笑っていた。


 それからビートとミネアと別れると、エリシアにぼそっと「ありがとう」といわれた。


「なんのことだ?」


「別に」


 知らんぷりを決め込んだが、内心では顔から火がでそうなほど恥ずかしかった。

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