第12話

「な、なんだぁ!?」


 みると、さっき黒の騎士団と遭遇した辺りから黒煙が立ち昇っていた。


「いってみましょう!」


 エリシアが武器をもって走り出した。


 俺たちも後を追う。


 丘を登ったところで見た光景に俺は絶句した。


 大きな二頭立ての馬車と、その護衛らしき人々が赤い鱗の竜に襲われている。 


 あの一団はきっと商業旅団キャラバンだ。よくみると、さっき遭遇した黒の騎士団の連中もいる。


 地面には大きな焦げ跡があることから、赤竜がブレスを放ったに違いない。


 赤竜はさらに胸を膨らませて息を吸った。


「まずい! キャラバンが狙われてるぞ!」


「まっかせてぇ!」


 ナインが丘を滑走し、赤竜の前に躍り出た。


 傘を開いて防御の姿勢をとる。


 あれじゃ駄目だ。傘で防げる範囲なんてせいぜいナイン一人。


 赤竜のブレスの攻撃範囲をカバーできない。


 そう思ったが、ナインはにやりと笑うのが見えた。


「機構展開、前面防壁プロトコル始動、術式シークエンス最適化

出力四十パーセント……」


 彼女はなにやらぶつぶつと、呪文らしきものを唱えた。


「アース・パラディン!」


 ナインの周囲の土が盛り上がり、巨大な傘の形になった。それはまるでキャラバンたちを守る円盾のような役割を果たし、赤竜のブレスを防いだ。


 俺たちも遅れてナインのもとに駆けつけた。


 キャラバンは横倒しになっていたが怪我人はほとんどいないようだ。


 馬は半狂乱状態。騎手がなだめてはいるが、いつまでかかるかわからない。


「あんたたちぃ、なーんで竜になんか襲われてんのぉ?」


「ひ、ひぃぃ! さ、さっき、黒い鎧の騎士がきて、あっしらに魔王の息子について知らないか聞いてきたんだ! その時に荷物を漁られて……これを吹かれた!」


 団長らしきカール髭のおっさんが取り出したのは、角笛だった。


「ただの角笛にしかみえないが、これは?」


「ただの角笛だなんてとんでもない! こいつぁ、竜飼いの笛って代物で、かの伝説の放浪民族である竜人族が作った竜を従える笛なんだ! だ、だ、だけど、こいつには欠点があって……」


「欠点?」


「竜は自分より強い者にしか従わないんだ! なのに、あの黒騎士どもはそれを知らずにこの笛を吹きやがった! 竜は高い知能をもっててプライドも高い! 無意味に呼び出されたとわかったらここにいいる全員を皆殺しにしなきゃ気が済まないぞ!」


「じゃあ、とりあえずあの竜を倒しちゃっていいんだな?」


「ででで、できりゃあ苦労はしねぇよぉ!」


 団長はすでに諦めているのか、手をすりあわせて念仏を唱えている。


 黒騎士はというと、自分たちの馬にそそくさと乗り込んだ。


「我々は先を急ぐ! ではな!」


「あ、おい! ……マジかよあいつら」


 都合が悪くなったら速攻でとんずらこきやがったぞ。


「ほーんと最悪って感じぃ」


「ナインはこのままみんなを守っててくれ。俺はあの竜を止める」


「わたしも行くわ」


「エリシア!? でも……」


「この指輪の力、試してみたいの」


 エリシアの手には赤い指輪が輝いている。


 きっと、止めても出てくるに違いない。


「ゴブリンとはわけが違うぞ」


「もしかしたら竜退治こっちのほうが得意かもよ?」


「へっ……よし、行くぞ!」


 俺たちはナインの盾から飛び出した。


 相手は成熟した赤竜。口から吐き出す炎の温度は瞬間的にとはいえ摂氏一万度にも達する。


 竜同士の争いでも相手の皮膚を焼くほどなのだ。魔力を伴う炎を浴びれば、たちまち骨まで溶かされる。


 俺は以前、塔の上で黒竜と戦ったことがある。


 赤竜よりも一回り小さい、未熟な竜だ。


 竜は脱皮を繰り返すことによって鱗の色が代わっていく。


 最初は緑。もっとも小さな、いわゆる小竜と呼ばれる竜。


 それから黒竜となり、姿かたちは成熟したものとほぼ同じで、口から炎も吐く。


 次がいま俺たちの目の前にいる赤竜。ここまでくるとサイズは桁違いに大きくなる。翼を広げるとその大きさはことさら際立ち、竜の影でいくさができるなんて言葉もあるくらいだ。


 事実、それくらいのサイズはある。


 腹部以外にびっしりと生えた鱗は天然の鎧。口に生えた牙は光沢のある黒色で金属質だ。


 あれは高温のブレスを吐き出す際に主食の鉱石の成分が表面をコーティングしているからああいう色になる。


 前足はなく翼と後足だけだが、前足の代わりを補って余りあるほどあの翼は器用に動く。オマケに骨はミスリル並みの硬い。


 本来、飛行する生物というのは骨が軽くて脆い。ところが竜というのは厄介な生き物で、体内に浮袋を持っている。


 この浮袋は水中で使われるのではなく、体内で発生したガスを溜めることによって体を浮かせるのだ。


 だから竜は体が重くても空を飛べる。奴らは自然界に存在する熱気球ってわけだ。


 食性は主に鉱石だが、肉も食べるし植物も食べる。基本的に炭素が含まれていればなんでも食べるらしい。


 食べている物によってその後の成長が分岐する。


 海にすむ青竜や森にすむ緑竜。あとは特殊な条件下でのみ観測される白竜や金竜が存在する。それらは食性の違いによる変化だと言われている。


 俺は赤竜との戦いは初めてだからいまのところ攻めあぐねいている。


 黒竜みたいに首を一刀両断できれば話は早いんだが。


「でてきたのはいいけど勝算はあるのか!?」


「突く! ただそれだけよ!」


「それだけ!?」


「いろんな種族の中で唯一人間だけが竜退治を生業にしているの! その理由がわかる!?」


「いや、知らない!」


「人間領の紋章の薔薇! あの茨は竜から宝を守ることをあらわしているの! だからきっと、わたしのレイピアもあの竜に効くはずだわ!」


「だといいな! 来るぞ、避けろ!」


 ブレスの連続攻撃がくる。


 赤竜は上空に滞空したまま降りてこない。


 この距離じゃ直接攻撃は無理だ。


 こうなりゃ斬撃を飛ばすしかない。


「食らえ!」


 斬撃に水の魔力を纏わせて飛ばした。


「ガアアアアアアアアア!」


 ところがブレス一発で蒸発してしまった。


 やっぱり直接攻撃じゃなきゃまともにダメージを与えられない。


「あーしが撃ち落すよ!」


 ナインが地魔法を発動し、地面から無数の棘を突き出した。


 しかし赤竜はその巨体からは想像もつかないほど軽やかな身のこなしで、棘を躱していく。


「そうだわ! ナイン、もっと棘をだせる!?」


「オッケー、まかせてぇ!」


 エリシアの指示でさらに大量の棘が生えた。


 棘は完全に俺たちを覆い隠しており、赤竜のブレスを防ぐ盾になっている。


「なるほど! 考えたなエリシア! これなら時間を稼げる!」


「時間稼ぎじゃないわ! 勝つための一手よ!」


 エリシアは棘を駆け上がっていった。


 彼女は棘の先端から飛び上がり、竜の頭上に舞い上がった。


「はああああああああああああああああ! 致命の一撃!」


 彼女の赤い指輪がまばゆい光を放った。


 彼女が突き出したレイピアは、この間俺が使ったときのように先端が赤黒く赤熱し、凄まじい貫通力をもって赤竜の頭部を粉砕したのだった。


「やった!」


「エリシア!」


 棘の隙間から落下してきた彼女を、俺は抱きとめた。


「アレク! わたしやったわ! やったのよ!」


 エリシアはすっかりご機嫌な様子で俺に抱きついてきた。


「あ、ああ。すごかったよ。しかし、よくあんなの思いついたな」


「アップなんちゃらとダウンなんちゃらでしょ? ようは飛び上がってずどーん……違うの?」


 全然違うけど、赤竜を倒せたので細かいことは言わないことにした。


 その後、団長に死ぬほどお礼をいわれて馬車に乗せてもらえることになった。


 そのおかげで王都には思いのほか早く到着したのだった。

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