第11話

 教会で朝を迎えた俺たちは、シスターに別れを告げた。


 シスターはひとまず近くの村、つまりグレイシャーウッドの村からマッシブ教を布教し始めるらしい。


 その後は魔法学的に筋肉を研究したいとのことで、エルフの里を目指すそうだ。


 大陸の西側に行くことになるので、俺と会うことはないと思う。これが最初で最後のお別れだ。


「お元気で。テストステロン神のご加護がありますように」


「シスターも、体に気を付けて」


 俺はシスターと握手を交わし、それぞれの道を歩き始めた。


 目指すは王都。俺たちは街道に沿って歩いていく。


「なぁエリシア、王都まで歩いてどのくらいかかるんだ?」


「ええと、明日のお昼にはつくと思うわ」


「途中で馬車を見つけたら乗っけてもらおうよぉ」


 のんびりとした旅が続いた。


 ほどなくして、街道の向かい側から二頭の騎兵がやってきた。


「馬車……じゃなさそうだな」


 どうにも怪しい雰囲気だ。


 全員が黒の鎧に身を包んでおり、乗っているのも黒馬。マントも黒い。


 謎の黒ずくめ集団は俺たちの近くで馬を止めた。


「お前たち、止まれ」


 ずいぶんと威圧的な態度だ。


 鎧には王都の紋章が刻印されている。ということはこいつら、王国騎士団だ。


 奇妙なことにこの騎士たちの鎧は黒い。本来の王国騎士団は白い鎧のはずなので、彼らがエリシアがいってた黒の騎士団なのだろう。


「なんのようですか?」


「貴様、その紀章……騎士団アカデミーの生徒だな? こんなところでなにをしている」


 なぜか兜の額に白い文字で「98」と描かれた騎士がいった。


「闘技大会に出場するために特訓をしていたところです」


「特訓だと……?」


 98番は俺たちを見下ろして鼻で笑った。


「まぁ好きにするがいい。あんな八百長に特訓までして出場する価値があるとは思えんがな」


「八百長?」


 どういうことだ。


 闘技大会ってのは魔王と戦う者を選別する栄誉ある大会なんじゃなかったのか。


「……失礼ですが、王都の闘技大会は歴史ある大会です。騎士団の方ともあろうお方が貶していいとは思えません」


「ふん、確かに古臭い催しではあるな。だがいまやだれも本気で挑むものはいない。なぜならだれも魔王と戦いたくないからだ。かつて闘技大会を何度も優勝しているリーデルハイド氏が魔王に破れて以来、闘技大会の威光は地に落ちた。あれはもはや、死にたがりを選別するための馬鹿発見器でしかない」


 98番の言葉に、エリシアは歯を食いしばっていた。


 彼女が怒るのもわかる。遠回しに父親を馬鹿呼ばわりされているようなものだ。


 言い返したいところだが、王国の騎士を下手に刺激するのは不味い。しかもこいつらは普通の騎士とは違うように見える。


 国の兵士というにはあまりにも品がないというか、なにをしでかすかわからない危うさを感じる。


 悔しいが、ここは穏便にすませた方がいい。


「へぇー、闘技大会って馬鹿発見器だったんだ。でもさ、あーしにいわせるとむしろ雑魚発見器って感じぃ?」


 そう思っていたら、ナインが口を挟み始めた。


「なにがいいたい」

「だぁーかぁーらぁー、出場するのが馬鹿なら出場しないのは雑ぁ魚っていいたいのぉー。馬鹿と雑魚、どっちがいいかなぁ? あーしはこれでも腕に覚えがあるほうだしぃ? 馬鹿っていわれるのはまだいいけど、雑ぁ魚っていわれるのは耐えらんないなぁ?」


「貴様っ! まさか我々を雑魚呼ばわりするつもりではあるまいな!」


「天下の騎士様に向かってそんなこと恐れ多くていえませぇん。でもぉ、ぶっちゃけ雑ぁ魚かどうかなんて戦ってみないとわかんないですしぃ? 権力と武力は必ずしも比例しないみたいなぁ?」


「き、さ、ま!」


「もうよせ、ナイン」


 ナインの肩を掴むと、彼女はべーと舌をだした。


 98番も、仲間に止められていた。


「よせ、関わるな。我々は目立たずに行動しなければならないと忘れたか」


「……くっ」


「失礼した。先を急ぐのでこれにて」


「まて108番! こいつらなんだか怪しいぞ! もしかしたら覇者の塔にいったんじゃないか!?」


 98番はついに剣を抜いて俺たちに突きつけた。


 俺は柄に手をかけ、ナインも傘を畳んだ。


 エリシアだけが両手を広げて和解の意志をあらわにしていた。


「ま、まってください! なんのことですか!?」


「しらばっくれるな! 先日、魔王が発したあの宣言のことだ!」


 これから一年ごとにひとつの種族を滅ぼす。魔王の息子を殺した種族だけは見逃してやる。


 そんな内容の宣言だ。


 この黒騎士たちが親父のその宣言に関係しているのはわかっている。


 あんまり話を長引かせると俺の正体がバレかねない。

 さて、どうしたもんか。


「我らは先んじて魔王の息子とやらの調査に来た! なにか有益な情報があるなら大人しく吐け!」


 98番は剣をエリシアの眉間につきつけた。


 俺は剣を抜きかけたが、エリシアは「まって」といい止めた。


「わたしたちはなにも知りません。魔王の息子の姿も名前も知りません」


「本当か!?」


「本当です。主神アステラに誓います」


 エリシアは98番に睨まれるもいっさい動じない。


 ただまっすぐ見つめ返していた。


 すると108番が98番の肩に手を置いた。


「もうよせ。時間の無駄だ」


「しかし……」


「馬鹿にされたのはお前が間抜けだからだ。こんなところで油を売っている暇はない。いくぞ」


「ぐぅ……おい貴様ら! 我らは王都の隠密部隊、黒の騎士団! もしも魔王の息子に関する情報を得たらすぐに報告しに来い! わかったな!」


 黒騎士たちはそいって、馬を走らせていってしまった。


「なぁにが隠密部隊なのさぁ。あんな格好してたら嫌でも目立つってぇの」


「確かにな。それにしてもあいつら、どこへ向かったんだろう」


「きっと魔王の息子を探しにいったんだと思う。彼を倒せば人間領は救われるから」


 エリシアのただならぬ雰囲気に、何と声をかければいいのかわからなかった。


「どったのエリシアちゃん? なんか、声暗いよ?」


「ごめんね、ちょっと疲れてるみたい。昨日はしゃぎすぎちゃったからかな。……行こ」


 俺たちは、再び王都を目指して歩き始めた。


 あれ? そういえばさっき、エリシアは魔王の息子の名前を知らないっていったような。


「どうしたのアレク。早くいきましょう」


「あ、ああ……」


 気のせいだろう。黒騎士たちをいくるめるために無関係を装った。ただそれだけのはずだ。


 少し歩いたところにちょうどいい木が生えていたので、木陰で休憩をすることにした。


「ふぅ、まだ半分も歩いてないねぇ」


 きゅぽん、と水筒から口を離してナインがいった。 


「ああ。近そうに見えて案外遠いんだな」


 ナインから水筒を受け取り俺も水を飲んだ。


 ナインはオイル・キャンディと水しか摂取しない。


 いちおう普通の食べ物を食べることはできるらしいのだが、そういうのは雰囲気で決めるそうだ。


「ようはあーしってさぁ、ノリで生きてるんだよねぇ」


 ということらしい。


 楽しそうな、なんか逆に生きづらそうな、よくわからない感情が胸の中に渦巻いた。


「そういえば、その猫はどうしたの? なんだかずっと眠っているみたいだけど」


 エリシアがナインの傘についている鳥籠の黒猫を指さした。


 たしかに丸くなって眠っている。


「ああ、これは博士と連絡をとるための道具だよぉ。この猫の目を通して博士はあーしの戦いっぷりを覗いているんだけど、いまのあーしはアレクくんの所有物だからねぇ。みられたくないし、オフにしちゃったのさぁ」


 それはありがたい。


 俺たちの様子が見ず知らずの誰かに監視されているなんて気持ち悪いしな。


 俺がナインの頭を撫でてやると、彼女はぐいぐいと頭を押しつけてきて喉をごろごろと鳴らした。


「遠隔で景色を見る魔法ってことか……なかなか高度だな」


「ノンノン、魔法じゃなくて科学科学ぅ。これは猫型ロボットなんだよぉ。中に入っているのは衛星通信用の発信機なのさぁ」


「ろぼ……? つーしん……?」


 エリシアには聞きなれない単語らしい。


 俺も初めて聞いた言葉だが、なぜか初めて聞いた気がしなかった。


 ってことはきっと前世の俺が知っていたことなのだろう。


「つぅーまぁーりぃー、上空36,000キロメートルにある静止軌道上にある端末にアップリンクしてぇ、そこから博士がいるアイアンクリムゾンの研究施設に映像をダウンリンクしてるってわけぇ。わかったぁ?」


「あっぷ……だうん……? とにかくすごいってことね! オッケー!」


 エリシアは完全に理解することを放棄したようだ。


 俺はなんとなくわかった。前世の記憶頼みだが、ようは直接この場所から山の中に電波を送信しようとしても様々な遮蔽物に阻まれて送ることができない。


 だから一度上空に送って、遮るものがなにもない空からあらためて電波を送ろうとしているのだ。


「なんでそんな技術があるんだ?」


「物自体はずっと昔からあったみたいよん。それを科学研究団の連中がいじくりまわしてこの時代に適合させたアステラナイズドしたって感じぃ」


 古代文明の技術を紐解くなんて、ドワーフの科学力は凄まじいな。


 エルフのマジックアカデミーにいる学者たちでさえ、古代文明の解析は匙を投げたって話なのに。


「その科学技術団が目指しているのはなんなんだ? 魔法と科学の融合?」


 俗に魔法科学と呼ばれる未来の技術だ。


 いまこの世界の科学と言えば一般的に、鉄を熱すると柔らかくなるとか、水車や風車をつかって脱穀するとかそんなものしかない。


 そういった物理法則を利用したものを魔法の力を借りることで簡単に実現するのが魔法科学だ。


 例えば金属を加工する前の段階。鉱石から必要な金属を抽出する冶金やきんにしたって、科学の力ではかなりの手間と時間と設備が必要になる。


 そこを魔法の力で省略することで簡単に金属を抽出できるって寸法だ。


 魔法科学とは、科学を魔法で簡略化することなのである。


「表向きはねぇ。でも実際は魔法の駆逐らしいよぉ。ほら、ドワーフってエルフを目の敵にしてるじゃぁん? 魔法で勝てないからムッキーってなっちゃって、それで自分たちは科学で勝負するんだーい! って拗ねてんのよぉ」


 世界の情勢とかはよくわからないが、これだけの装置があるなら世の中のために役立てればいいのに。


 俺は歴史に疎い。多少は本を読んでいるから知っているけど、確かに人の歴史っていうのは新しい技術が産まれるたびに古い技術は廃れていく。


 映像魔法装置が流行りだしている都会だと本はあまり読まないなんて話も聞く。


 それでも、どう考えてもいまは魔法が最先端の時代だ。この時代がそう簡単に覆るとは思えない。


 仮に覆ったとしても、魔法を愛する人がいる限り、この文化は遥か未来まで継承されることだと思う。


 時代にあわせて形を変えて、その時代の人々が必要とする形に最適化されていくんだ。


 いつまでも、きっと。


「ま、でもぉ、いちおうは世の中のためにって考えは微妙にあるみたいだよぉ。ほら、魔法ってどうしても才能に左右されちゃうじゃーん?

 それが科学だったら使い方さえ覚えればだれでも平等に扱える代物なわけねぇ。ってことはつまり、遠隔監視魔法が使えない雑ぁ魚でも監視装置の使い方を覚えれば……ありゃま! 一介の警備要員に早変わりーってわけぇ」


 そう考えると、魔法は優れた英雄を作り出す反面、力がない者は蹴落とされる競争社会を作る。


 ところが科学は才能に左右されずに優秀な技能をもった人間を輩出できるってことなのか。


 なんていうか、俺は魔法がそこそこ使えるからいいけど、魔法がぜんぜん使えない人からしたら夢のような話なんじゃないか。科学の力って。


「すごい話だな。だれでも努力次第で優れた人間になれるなんてさ。なんていうか、わくわくする。なぁエリシア。そう思わないか?」


 エリシアを見ると、彼女は頬をリスのように膨らませていた。


「え? ああ、うん。そうね」


 エリシアはあまり興味がないのか、両手にもったおにぎりを黙々と口に運んでいた。


「ま、もしも科学の時代が来ちゃったら才能とか家柄で悠々自適に過ごしてきた人はたまったもんじゃないかもねぇ。いーっぱい勉強しなきゃならなくなるしぃ」


 ナインが悪魔的な笑みを浮かべておにぎりをほおばるエリシアの背中にもたれかかった。


「ナインの意地悪……」


「キシシシ、ごめんごめーん。エリシアちゃーん。オイル・キャンディ舐めるぅ?」


「ふーんだ! どーせわたしは勉強が嫌いだもーん!」


 エリシアがそっぽをむくと、ナインはまたしてもキシシと笑った。


 のどかな風景を背景に、美少女二人が仲良くしている光景はなんとも微笑ましい。


 いやいや、まてまて。美少女だって?


 そういえば俺、こんなすごい美少女と一緒に旅をしているのか?


 しかも二人は俺の仲間。イコール、友達。


 俺はいま、猛烈に感動している。


 つー、っと右目から涙が一筋こぼれ出た。


「ねえねえ、エリシアちゃん。なんかアレクくんが泣いてるんだけど」


「ほっといたらいいと思うわ。彼、わりと頻繁に変なのよ」


 なぜ美少女という存在にここまで喜びを感じるのかなんて、俺にはわからない。これはきっと前世の価値観だ。そうだと思う。


 ただ俺は思う。とめどなく思う。生きててよかった、と。


 そんなことを考えながら過ごす穏やかな昼下がり。


 木陰で休む俺たちの平穏をぶち壊すかのような爆音が轟いた。

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