第9話

「でさぁ、博士っていうのはそれはもードがつく変態なわけなのよ。あーしのこの見た目だって博士がデザインしたんだけどね? なんでも子供の姿だったら魔王が油断するからって理由らしいんだけど絶対嘘。だって博士ってば毎回毎回あーしの服を脱がせて検査するんだもん。ぜったいあーしの裸がみたいだけなんだよ。ね、アレクくんもそう思うでしょ?」


「知らん」


 荒れ果てた教会の中。長椅子に座る俺の膝の上になぜか座っているナイン。俺の手は彼女の頭の上に置かれており、さっきからずっといい子いい子している。


 ナインは俺の所有物になったらしい。いまは俺がマスターであると認識するために、可能な限り俺の情報を集めているのだそうだ。


 肌を密着させることで匂いを、頭を撫でることで指紋を登録しているのだそうだ。


「いつまでくっついていればいいんだ?」


「アレクくんの体液とか体細胞を摂取させてもらえたらもっとはやく登録できるんだけどなぁ」


「断る」


 下手に情報を与えて俺が魔王の息子だってバレたら困るからな。血の繋がりはないけど、異世界から来てるって知られても同じことだ。


 俺の体がこの世界の人間の体と同じとは限らないし。


 ナインは俺の膝に座っている間、ずっと切られた左腕を断面に押し当てている。


 こうしているとナノマシンとかいう微細な機械が修復してくれるのだそうだ。


「古代の技術ってすごいんだな……怪我が治る機械なんて、ほとんど人間じゃないか」


「人間だって魔法を使うと怪我が治るじゃん。あーしは治癒魔法が効かないし、こういうところはまだまだ人間の方が上だよ」


「そっか」


 ナインはこのまま放置しておけばいつか治るとして、問題はシスターだ。


 いまはエリシアが介抱しているが、なかなか目を覚まさない。


「エリシア、そっちはどうだ?」


「話しかけないで」


「……なんか怒ってる?」


「別に?」


 絶対に怒っている。


 なぜかはわからない。


 俺たちのやり取りを聞いてナインがキシシと笑った。


「あー、さてはエリシアちゃん、あーしがアレクくんにべたべたするのが気にいらないんじゃないのぉー?」


 ナインが悪魔のような笑顔でそういったが、エリシアはこちらを見向きもしなかった。


「そんなんじゃないわ。ただ……」


「ただ?」


「……ごめんなさい、わたし、ちょっと外で風に当たってくる」


 エリシアはそう言い残して教会を出ていった。


「あ、ちょっとまてよエリシア!」


「ああん、まだ登録がおわってないよぉ、アレクくぅん」


「そんなのいま完全にやらなくてもいいだろ! 後にしろ!」


「ちぇ、バレてたかぁ……」


 ナインを置いて外に出た。


 すでに夕暮れ時で、王都の城の向こう側に太陽が隠れようとしている。


 春特有の温もりと寂しさを孕んだ風が丘を駆け上がってきてエリシアの金髪をさらった。


 黄昏色に染まって風に踊る彼女の髪は、息を飲むほど美しかった。


「むかしね」


「え?」


 髪に魅入っていたせいか、俺はエリシアが話し始めて驚いた。


 彼女はただ美しいだけの存在ではない。


 紙の中にいるお姫様とは違う、怒るし笑うし言葉も発する。


 そんな当たり前のことが、今の俺にはとても不思議に感じられた。


 ああ、こんなに美しい人でもしゃべるんだ、と。


 それほどまでに、俺と彼女は別の生物に感じられるほど、黄昏に染まった彼女は魅力的だった。


「むかし、この髪を切ろうと思ったの。戦うときに邪魔だし、それにほら、手入れだって大変だから」


「それは、もったいないな」


「ふふ、お父さんも同じことをいってた。エリシアの武器は剣だけじゃないんだよ、って優しい声でいいながらわたしの頭を撫でてくれたの」


「髪も武器ってことか?」


「そういうこと。女らしくあることも武器になるんだってお父さんは教えてくれたの。だからわたしは、きっとこの武器が活かせる時が来ると思って、剣と同じくらい髪を手入れしてきた」


 エリシアは穏やかに微笑みながら、自身の髪を撫でた。


「俺も、エリシアの髪はとっても綺麗だと思うよ」


「本当?」


 エリシアがふりかえって、俺の目の前まで歩み寄ってきた。


 そのまま何をするのかと思いきや、俺の前に頭を突き出してきた。


「ど、どうした?」


「撫でて」


「え?」


「髪、綺麗だっていってくれたでしょ? 綺麗なだけじゃないんだよ」


 そう言われて、俺はエリシアの頭に手をおいた。


 まるで空気よりも軽いの水のような、はたまた繊維状の空気のような手触りが指先から伝わってくる。


 重さを感じないのに、たしかに指をすり抜ける感覚がある。


 不思議だった。同じ髪なのに、俺の髪とは硬さも重さも違う。


 いつまで触っていても飽きない気がする。


「はい、終わり」


 頭をひっこめられてとてつもなく名残惜しい気がした。


「どうだった? わたしの武器」


「控え目にいって最強かもしれないな」


「ふふふ、ありがとう。でもね」


 エリシアはまたしてもくるりと振り返って俺に背を向けた。


「わたし、あなたたちの戦いを見て……悔しいなぁっておもっちゃった」


「悔しい? どうして?」


「わたしにはあなたたちみたいな力はないんだもの。ナインなんて、あんなに強いのにそれでも魔王を倒すことが目標だなんて……それじゃあわたしはいったいどれくらい魔王と差があるんだろうって思っちゃうよ」


「……落ち込んでるのか?」


 俺が尋ねると、エリシアは無言で頷いた。


 こんなとき、どうすればいいんだろう。


 どんな言葉をかけてあげればいいんだろう。


 どんな行動をすればいいんだろう。


 俺は何も知らない。


 俺が知っているのは、戦うことだけだ。


 そんな自分が、酷く惨めに思えて嫌になる。


「エリシア……あのさ……」


「なぁに?」


「こんな時、どうしたらいいのかわからないけど……エリシアならきっと大丈夫だと思う」


「どういうこと?」


「うまくいえないけど……きっとエリシアも強くなる。だってエリシアは勇者の娘だから。だから、きっと大丈夫。いまは俺やナインのほうが少しだけ強いかもしれないけど、いつかきっと俺たちと同じくらい……いや、俺たちよりも強くなる。そう思うんだ」


 人は強くなる。


 それはある日とつぜん訪れることじゃない。


 すべては日々の積み重ねだ。


 エリシアの髪がどんな宝石よりも美しいように、日々鍛錬を続ければきっと強くなる。


 俺がそうであったように、きっと。


「ありがとう、アレク」


 エリシアはそれきり黙ってしまった。


 ここは、俺が話すべきタイミングなのだろうか。


 どんな話しをすればいいんだ。

 

 小粋なジョークでも飛ばしてみるか?


 いや、正解はわからないが、これは絶対に違うからやめておこう。


 俺が密かに頭を抱えていると、耳元で「ガヴァっといっちゃえばいいんだよぉ」という囁き声が聞こえた。


「うわぁ! ナイン!?」


「あんまり遅いから様子を見に来たんだよぉ。それにしてもアレクくん、こんな美味しいシーンでなんで黙ってんの? 男なら背中から抱きしめて、俺がお前を大人にしてやるぜ……くらいいえばいいのに」


「ば、馬鹿言うな! なんだよ大人にするって!」


「その意味がわからないんじゃ、アレクくんはまだまだ子供ってゆーこったねぇ」


 ナインは大げさに呆れて両手を空に向かって開いた。


 たぶん、大人になるってそういうことじゃないと思う。


 大人がどういうことなのかよくわかっていないが、それだけは間違いない。


「ナイン……もしかして心配してくれたの?」


「んにゃ、あの筋肉シスターが目を覚ましたから伝えにきたんだよぉ」


「お前、シスターと二人でいるのが気まずくて逃げてきたんじゃないだろうな」


 そういうと、ナインはびくりと肩を震わせた。


 わかりやすいやつだ。


「キシシシ! あーしはとっても最先端で超優秀なロリロリゴーレムだからそういうの気にしちゃうんだよねぇ! ところでさぁ、エリシアちゃん」


 ナインはエリシアの左手を握って、赤い宝石がついた指輪をはめた。


「これあげる。お近づきの印ってやぁーつ?」


「これは?」


「あーしが倒してきた人たちの中に、いろんな魔道具を集めている人がいてね。あーしの好みだったから奪ってきちゃったんだけど、実はこれ魔道具だったの」


「どんな効果があるの?」

「んーとねぇ、致命の一撃っていうスキルが使えるようになるんだよぉ。これをつけて指輪に魔力を溜めると、次の一撃の威力が跳ね上がるの。溜めれば溜めるほど威力が上がるんだよぉ」


「致命の一撃……ありがとう。もらっておくわ。でも」


 エリシアは薬指から指輪を引き抜いて、人差し指にはめなおした。


「薬指はやめてね」


「キシシシ! ジョークだよぉ! さ、あの筋肉が待ってるからはやく中にもどろうよぉ!」


 ナインはそういって教会の中に入っていった。


 ついにシスターですらなく筋肉になってしまったか。


 振り向くと、エリシアが指輪を夕日に当てていた。


「エリシア?」


「え? あ、ごめんなさい。すぐにいくわ」


 俺とナインの戦いを見てから、エリシアの様子が変だ。


 なにか問題が起きなきゃいいけど。

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