第6話


 俺とエリシアは行動を共にすることにした。


 ここは森を抜けてすぐのところにあるグレイシャーウッドの村。

 

 大きな風車が特徴的な農業が盛んな村だ。


 牧歌的で穏やかで、というと平和に聞こえるかもしれないが、魔王が王都を攻め落としたころから事情が変わったらしい。


 実はエリシアのお父さんが親父に負けたことで大勢の騎士が職を失ったそうだ。


 それは責任の所在もあったのだが、そのほとんどは辞職。つまり自ら城を去った。


 きっとエリシアのお父さんは大勢の人の希望だったのだ。そんな彼が悪の親玉である魔王、つまり俺の親父に負けたことで責任を感じる人が続出したというわけだ。


 そこからまっとうな生活に戻れるものは少なく、多くは王都での居場所をなくして地方に流れた。


 そんな流浪人たちが集まっているのがこのグレイシャーウッドの村だ。


 村には酒瓶を手に昼間から飲んだくれている輩や、路地裏で怪しい煙草を吸っている人々がいる。


 はっきりいって、雰囲気はあまりよくない。


「それじゃあモブリー、コリンモブ。あなたたちはここで療養しなさい」


 そんな村の中、モブリーとコリンモブは村の小さな診療所に担ぎ込まれ、ベッドの上でこくりと頷いた。


 俺は彼らが言葉を発するところを聞いたことがない。


 いったい彼らは何者なのだろう。せめて顔くらいは見ておきたい。


そう思ってじっと見つめていると、彼らの兜の十字の穴に吸い込まれそうな気分になったので考えるのをやめた。


「一泊で百ゴールドになります」


「まぁ三泊もすれば王都まで帰れるでしょう。三日分先払いするわ」


「かしこまりました」


 エリシアが袋から銀貨を三枚取り出した。銀貨三枚は結構な大金のはずだが、それをひょいと出すとは恐れ入る。


「さあ、ここからは二人旅ね!」


 エリシアが診療所の入口で意気揚々と口にした。


「だな。しかし、本当に俺でいいのか? こんな素性もよくわからないやつで」


「没落貴族の末裔なんでしょ?」


「あ、ああ。うん。そうだよ」


 一度ついた嘘がどんどん重荷になってくる。


「なら大丈夫。貴族はプライドが高いものだもの。一度交わした約束は絶対に違えないと信じているわ」


「そっか……がんばるよ」


 重荷に重荷が積み重なってきた。


 ただ、よく考えてみればエリシアと出会ったのは幸運だったのかもしれない。


 俺一人で王都にいっていたら、なにかしらのトラブルに巻き込まれて素性がバレていた可能性がある。


 少なくともこのエリシアという少女は王都出身のようだし、彼女と一緒にいれば怪しまれる可能性も減るんじゃないだろうか。


 それに闘技大会で優勝すれば魔王、つまり親父と戦うチャンスが与えられる。


 長い道のりを越えるよりずっと簡単でわかりやすいじゃないか。


 闘技大会への挑戦権を得たのは、かえって好都合だ。


 うん、きっとそうだ。


 ポジティブに考えよう。


「どうしたの? 拳なんか握りしめちゃって」


「え? あー、えっと、闘技大会への意気込みみたいな感じかな」


「やる気を出してくれたみたいで嬉しいわ。じゃあ、さっそく」


「王都に向かうんだな?」


「いいえ、あと一人の仲間を探すのよ。闘技大会に出場するには三人必要だもの」


「そうなのか……」


 仲間、か。


 あれ、ちょっとまてよ。


 仲間って友達とどっちが上なんだろう。


 どっちも似たようなものだよな。


 てことは、俺には友達ができたと思っていいのかな。


 友達。初めての友達かぁ。


「なにしてるの? はやくいくわよー」


「え? えへへ、ちょっとまてよー!」


 なんか気分があがってきた。


 エリシアの後ろをご機嫌についていく。


 友達の後ろを歩くのっていいなぁ。


 しかもあと一人増えるわけだろ。


 きっとこの旅は楽しくなる。そんな予感がする。


「それで、もう一人の仲間はどうやって探すんだ?」


「ここで見つけるのよ!」


 エリシアは酒場の前で立ち止まった。


 両開きのスウィング・ドアの上には、髑髏の看板が掲げられている。


 そこには冒険者ギルド、と書かれていた。


「ここ?」


「ここ」


「本当に?」


「本当に。さあ、入るわよ。たのもー!」


 エリシアが道場破りみたいな掛け声とともに中に入ると、強面の男たちがいっせいにこっちを睨みつけてきた。


 なんだこの敵意むき出しの視線は。


 なんで八割がた上半身裸なんだ。


 大勢の人間に慣れていない俺はさっそく委縮し始めたが、エリシアは物怖じすることなく最奥部のカウンターに向かっていった。


「おいおい、ずいぶんと貧相な騎士様がきたぜ」


「ここはあんたの居場所じゃないんじゃないか?」


「城でミルクでも飲んでなよ、嬢ちゃん」


 そこら中から歓迎されていない雰囲気が伝わってくる。


 そんな中、エリシアはカウンターに貨幣が入った袋を置いた。


「これで雇える最高の人材を紹介して頂戴」


 白い髭ズラのおっさんマスターは、しばらく小袋を見下ろすとゆっくりと握りしめた。


「中身は、銀貨十五枚ってところか?」


「いいえ、銀貨五枚と金貨十枚よ」


 ギルドの人々がざわついた。

 

 みんな目の色を変えてこちらを見ている。


「金貨十枚だってよ」

「マジかよ、三年は遊んで暮らせるぜ」

「マスター! 俺がやるぜ! どんな仕事でもかまわねぇ!」


 一人の大男が名乗り出てきた。


「……他には?」


 マスターが尋ねると、俺も俺もと男たちが名乗りをあげた。


 みんな、どんな仕事かわからないのによく手をあげるもんだな。


 最終的に七人前後の候補者が集まった。


「さて、この中から好きな奴を選べ」


「わたしは強い人を仲間にしたいの。だから試してもいい?」


「かまわんよ。そうだろお前ら?」


 マスターが恫喝するように尋ねると、男たちは薄ら笑いを返した。


 たぶん、ここにいるだれもがエリシアに勝てると思っているのだろう。


 だが彼女を甘く見ない方がいいと俺は思っていた。


 少なくともここに集まった誰よりも彼女は強い。

 

 俺には見るだけでわかる。なぜならそういった見識眼がなければ塔の上の森では生き残れなかったからだ。


 筋肉のつき方や体重の移動、魔力の質。


 どれをとってもエリシアはこの中では頭一つ抜きんでている。


 はたして、この中に彼女が納得する逸材はいるのだろうか。


「さあ、表にでなさい」


 俺たちはエリシアを先頭に表に出た。


 男たちと俺とエリシアが向かい合う。


「最初はだれ?」


「俺だぁ!」


 最初に出てきたのは目がぎょろついた男だ。


 ナイフをべろべろと舐めている。涎もぼたぼた落としている。


「汚いわね……」


「まてエリシア。あの行為には意味があるのかもしれない」


「どんな?」


「前に本で読んだことがあるんだけど、遠いドワーフの鉱山ではトロッコと呼ばれる乗り物が使われているそうだ。それは二本のレールの上を台車が滑走するというもので、レールは金属製なんだ」


「だからなに?」


「そのレールを野生の鹿なんかが舐めに来るそうなんだよ! レールの金属からミネラルを摂取するためらしいんだけどな! これって、それと似ていないか? あの男ももしかしたらミネラルを摂取するためにーー」


「はいはい、お馬鹿なことをいってないでいきなさいアレク」


「はぁ、わかったよ。……え?」


 戦うの、俺なのか?


 俺は自分を指さしながらエリシアを見ると、彼女は頷いた。


 次に相手を指さすと、彼女はまたしても頷いた。


「それはちょっと不味いんじゃないか?」


「あなたなら勝てるでしょ?」


「そりゃまぁ……」


 勝てる。勝てるかどうか以前に勝負にならない気がする。


 エリシアなら、きっと彼女の圧勝だろうけどそれなりに勝負の形にはなると思う。


 だけど俺とやったら、相手が生きている保証ができない。


「ここはエリシアがやったほうがいいんじゃないか? ほら、君が納得する人を仲間にしたいんだし」


「駄目よ。わたしはあなたの力も確かめたいの。あの魔法がまぐれじゃなかったって証明して」


「っていわれてもなぁ……」


 あの名もなき魔法をつかったらそれこそ即死だ。


 例えるならタイタンに挑む有精卵だ。相手はまだ産まれてもいない。


 無論、タイタン側が俺。うっかり踏みつぶしてしまわないように細心の注意を払って戦わなくてはいけないのだ。


 考えてみて欲しい。タイタンが有精卵を割ることなく無事にゴールまで運ぶことができるだろうか。


 無理だ。可能だとしてもその難しさがわかると思う。


 人間サイズでいうなら手に握ったイクラを潰さずに登山するようなものだろうか。


 いずれにしろ逆の意味でハードルが高すぎる。


「ぎゃはっ! ぎゃはっ! ぎゃははははっ! どうしたなよっとしたニイチャン! 怖気づいちまったかぁ!?」


 などと挑発されても相手は有精卵なので怒る気にもならない。


「どうしても俺じゃなきゃ駄目なのか?」


「駄目よ。いって」


 エリシアの目は本気だ。


 このままだと文字通り仲間外れにされかねない。


 俺は観念することにした。


「なら、せめて君のレイピアをかしてくれ」


「わたしの? どうして?」


「俺は産まれてこの方、直剣しかつかったことがないんだ」


 親父には直剣だけを極めろと言われ続けてきた。


 他の武器を習得する暇があるのなら直剣だけを天下無双の域にまで鍛えろと。


 だから俺は直剣以外の武器を触ったことがない。まともに扱えるはずがないからこそ、変に手加減しようとするより相手の戦意を喪失させるのに使えるはずだ。


「ますます意味がわからないけど、いいわ。かしてあげる。けっこう業物だから無茶しても平気よ」


 エリシアはレイピアを貸してくれた。


 たしかにいい鋼を使っているようだ。


 ミスリルと、アダムスカ鉱石も含まれている。


 光の加減で虹色に光るその姿はまるで天使の祝福を受けたように美しい。


 俺はエリシアのレイピアを手に、ナイフ男と向かい合った。


「ちょっと、荷物しょったままよ!」


「大丈夫」


 俺の背中には大量の食料と魔物の素材がはいったリュックが背負われている。


 その重さはだいたい百キロ前後。重りにもならない重量だ。


「ひゃひゃひゃ! 俺の前に立ったことを後悔させてやるぜええええ!」


「うん」


 俺は挨拶もそこそこにエリシアに視線を送った。


「じゃあ、用意はいい!? よーい、始め!」


 エリシアの腕が振り下ろされた直後、俺は相手の足下に刺突を繰り出した。


 音速を上回る速度で放たれた刺突は切っ先の空気を圧縮。一時的に空気の圧力が高まったことで温度が上昇。強烈な熱波となって相手の足下を爆散どころか溶解させた。


 レイピアもただではすまなかった。あの美しかった刀身が赤黒く赤熱しており、それはまるで地獄の使者が罪人を断罪するために使う拷問器具のようであった。


「あ、へ? あ……」


 相手の男は失神した。


 無理もない。亜音速の衝撃波が彼の全身を襲ったのだ。全身の骨が振動し、脳はシェイクされている。


 目が覚めた時、まともな状態だといいんだが。


「あ、あああ……わたしのレイピアが……」


「ご、ごめん」


「いいよ……でももうかさないからね……」


 そういってエリシアは撃墜されたドラゴンのような顔で変わり果てたレイピアを受け取った。


 レイピアを受け取った彼女は、ふぅふぅと息を吹きかけて一生懸命レイピアを冷まそうとしていた。


 俺は対戦相手の男が気になって様子を見てみると、水をぶっかけられて目を覚ますところだった。


「あれ? 僕はいったいなにをしていたんだろう……こんなことしてないで真面目に仕事をしないと」


 彼はとても澄んだ目でそういうと、どこかへ歩き去っていった。

 

 あらゆる意味でまともになったようで少しだけホッとした。


「次は俺が相手だ」


 二番目にでてきたのは、まっさきに名乗りをあげた大男だった。


 どうやら一戦目で俺の力量を計ったらしい。


 なら戦うのはおよしよ、と言いたいところだったか、大男は人差し指を立てて左右にふった。


「おっと。お前の言いたいことはわかるぜ。さっきの戦いを見たんなら、挑まない方がいい。そう言いたいんだろう?」


「うん」


「だが、それはこれを見てからにするんだなぁ! んほおおおおおお! 竜化!」


 男の体がめきめきと音を立てて変形していく。


 全身に赤い鱗が生えて、顔の形も変わっていく。


 口には牙が生え、背中には翼が生え、両手には鋭い爪が備わった。


 挑戦者たちが、大男の変貌ぶりにどよめいている。


「これは……」


「ふはははは! 驚いたかぁ! 俺は半竜人の血を受け継ぐクオーター! 魔力の操作によって竜の血を呼び起こせるのだ!」


「竜人ですって! 特定の文明をもたない、あの伝説の民族の!?」


 エリシアも驚いているようだが、俺にはリザードマンの亜種にしか見えない。 


 見たところ戦闘力もリザードマンと同程度だ。


 耐久力もリザードマン並みといったところだろう。


 俺がいた森にも最弱の魔物として住んでいたリザードマン。幼少期はいい練習相手だったが、今となってはもはや懐かしさすら覚えるレベルだ。


 素手でも一撃で沈める自信はある。


 ないのは相手を殺さない自信だ。


「用意はいい?」


「お前を血祭りにあげてやるぜ」


「たのむから死なないでくれよ……」


 俺は神に祈った。


「よーい、始め!」


 エリシアが叫ぶと同時に大男が走り出した。


「うおおおおおお! その首、引き裂いてやるぜええええ!」


 狙いは首だ。両手に生えた爪で切り裂こうとしてくる。


 命の危険が迫って時間がゆっくりに感じた。


 さて、考える時間はたくさんある。


 どうやって相手を傷つけずに無力化すればいいのだろうか。


 俺は徹底的に相手を叩きのめす方法しか学んでこなかった。


 投げ技はもちろん、絞め技や関節技でも致命傷を与えかねない。


 ここは絡め手の絡め手。小手先のさきっちょの技で勝負しよう。


 俺は切り裂き攻撃を回避すると、土を握った。


「ふん、ちょこまかと!」


「目をつぶっといてくれよ!」


 俺は土を投げつけた。


 それはさながら散弾銃のような勢いで大男の皮膚を貫き出血させる。


「うぎゃああああああ!? な、なんだ!?」


「さすがに目つぶしじゃ威力が低いか」


 さらに両手で二発ぶち当てる。


「うっぎゃああああああ! 痛い! 痛い!」


「ほらほら、まだまだいくぞ!」


 何度も土を叩きつけると、しまいには大男は頭を抱えてうずくまってしまった。


「も、もうやめてくれぇー! 降参だぁ!」


 なんとか無事に勝つことができた。素晴らしい発想だった。よくやった、俺。


 俺はハンカチで手を拭きつつエリシアの下に戻った。


「むごいわね……」


「ちょっと砂遊びしただけさ」


「うわ……」


 本気で引いている目だった。


 相手の命があったのだから、むしろ褒めてもらいたいくらいなのだが。


「さあ、次の挑戦者は誰なの!?」


 エリシアが叫ぶと、男たちは口々に「こんなのやってられるか!」といって冒険者ギルドの中に戻ってしまった。


「不甲斐ないわねぇ、まったく」


「こりゃ驚いた。お前さん方、ずいぶんと強いんだな」


 マスターが冒険者ギルドの中から出てきて目を丸くしていた。


「まぁね」


 エリシアはさらっとそう返した。


 そういえば、エリシアは俺の戦いっぷりを見てもそれほど驚いていないように見える。


 このくらいの戦いは予想していたってことなのだろうか。


「悪いが、うちにはお前さん方のお眼鏡にかなう人材はおらん。そうだ、もしよかった教会へ行ってみてはどうかね?」


「教会ですって?」


「ああ、この村の南東にある丘の上にぽつんと建っている教会だよ。そこは修行僧の修練場として王都の騎士団なんかもよく来る。あそこなら、あんたがたにも負けない戦士がおるかもしれん」


「ああ、あそこね……」


 エリシアには心当たりがあるようだった。


 次の目的地はその教会になりそうだ。


 もののついでと思い、俺はひとつ尋ねてみることにした。


「マスター、ひとつ聞きたいんですが、このあたりに魔物の素材を買い取ってくれる場所はありますか?」


「素材ならうちでも多少取り扱っとるよ」


「なら、これを見てもらえますか」


 俺はリュックの中から魔物の素材が入った袋を引っ張り出してマスターに見せた。


 するとマスターのみならずエリシアまでもが顔色を変えた。


「こ、こりゃあ、ベヒーモスの角!? それに皮も!?」


「こっちは一角狼の角じゃないの!? 博物館でしか見たことがないわよ!?」


 二人とも唖然としており、俺は反応に困った。


 どうやら珍しいものだったらしい。


 怪しまれないようにうまく誤魔化した方がいいだろう。


「あー、いや。実は我が家に伝わる家宝で……」


「かなり状態が良い。つい最近まで生きていたように見えるが……」


 マスターの鋭い意見にぎくりとした。


「どっちにしろこんなのその辺で売れるものじゃないわ。下手したらお店の方が破産しちゃうもの。貴重素材専門のコレクターショップとかに持ち込むしかないわね」


「だなぁ。悪いがうちじゃ扱えんよ。王都にでももってってくれ」


「そうですか……見ていただいてありがとうございます」


 残念ながら売ることはできなかった。


 その上、リュックにしまうときエリシアから疑惑の目を向けられ続けてすごく居心地が悪かった。


 村を出発する頃には機嫌も治っていたので良かったが、いつかエリシアに正体がバレるのではないかとひやひやしている。


 なにはともあれ、次の目的地は丘の上の教会だ。

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