第5話

 女騎士を取り囲んでいるあの毒々しい緑色の肌の魔物はきっとゴブリンだ。塔の上には生息していなかったけど、図鑑で見たことがある。


 初心者の冒険者が戦う相手らしいが、ずる賢い性格で様々な罠を張るそうだ。


 単体では弱いそうだが、集団になるとそれなりに危険度が増す。ゴブリンの数は四体。いままさに危険度があがっている状態だ。


 ゴブリンが生息している地域には絶対に一人で入ってはならない、と図鑑には書かれていたが、よくみると女騎士の傍に二人の兵士が倒れている。


 腕や腹に矢が刺さっており、たぶん毒を盛られたのだと思う。


「くっ、まさかゴブリン如きに追い詰められるとは!」


 女騎士は苦々しい顔をして後ずさりする。


 彼女はちらりと足下の兵士たちに視線を送り、彼らがまだ生きていることを確認すると、レイピアを構え直してゴブリンを睨みつけた。


「部下をおいてはいけないわね。さあ、くるならこい畜生どもめ!」


 ゴブリンの一匹が矢を放った。女騎士はその矢をレイピアで切り落とし、片手で魔法を放った。


 火球の魔法だ。拳大の火球が矢を持っていたゴブリンに直撃して炎上させた。


 ゴブリンは醜い断末魔をあげて絶命。残りは三体で、三体とも棍棒を持っている。


「はぁ!」


 女騎士の刺突が一匹の喉を貫いた。


 彼女が剣を突き出している隙にもう一匹が横から殴りかかるが、女騎士は体をひねってレイピアを横なぎに振るい、ゴブリンの首を切り落とした。


 だが最後の一匹は抜け目なかった。


 最後の一匹は女騎士が自分を見ると同時に握っていた砂を投げたのだ。


「くっ!? 目つぶしですって!?」


 女騎士は強引に攻めたが、それがいけなかった。


 彼女の突きをゴブリンは躱し、棍棒で反撃した。


 腹部に重い一撃をもらった女騎士は口から涎を垂らして両膝を地面に落とした。


 ゴブリンはすかさず女騎士の脳天に棍棒を振り下ろそうとした。


 さすがにこの状況で放っておくわけにもいかないだろう。


 俺は指先から特に名前もない単なる魔法弾を発射。放たれた魔力の塊はゴブリンの後頭部を貫いた。


「大丈夫か?」


 俺が歩み寄ると、女騎士は呆然としていた。


 俺も不思議な感覚がした。これはそう、初めてスノーホワイトの花を見つけた時の感覚に似ている。


 腰まで伸ばした白に近い金髪はまるで繻子のように繊細で、エメラルド・ブルーの瞳はガラス玉に森の泉の水を垂らしたかのように光を反射している。


 陶磁器のように白い肌はきめ細かく滑らかで、蕾のような唇の赤色が際立っていた。 


 鎧も上等だ。白銀の鎧は胸部に見事な装飾が施されており、胸元はハート型に切り抜かれている。


 腹部の装甲は彼女のウエストの細さを際立たさせており、腰回りのフレアスカートのような装甲に流れるようなラインを引いていた。


 脚部にはこれまた豪華な薔薇の彫り物が施された脚部装甲レガースを装着している。


 騎士であり妖精。そんな印象だった。


「あなたは?」


「俺はロイ……」


 彼女の姿に見惚れてしまい、うっかり本名を口にしそうになった。


 そういえば自分のことは明かさない方がいいってヨームさんの手記に書いてあったっけ。


「ロイ?」


 途中で黙ったことで、女騎士が怪訝な表情をしていた。


「ろ……ロイ……ロイルアレクサンドロス……十五世だ……」


 やばい、なんかゴージャスな偽名を使ってしまった。


「貴族の方だったのですか!?」


 案の定、女騎士がすごいかしこまった感じになってしまった。


「いや、貴族ではない……」


「貴族ではないのですか……? そういえば、身なりも貴族とは言い難い雰囲気ですが……まさかわたしをかどわかそうなどと考えている盗賊ではないでしょうね?」


 あからさまに警戒心を強める女騎士。いくらかダメージが回復したのか、レイピアを握って立ち上がった。


 まずい、なんか警戒されている。


 いや、待てよ。よく考えたら俺って魔王の息子なわけだから、貴族と言えなくもないのかもしれない。


「いや、やっぱり貴族……かも……」


「……かも?」


 ますます警戒されてしまった。


 いまにもえいやっと刺してきそうな雰囲気だ。


「没落した貴族の末裔……的な……」


「……的な?」


 あ、刺される。


 そう思ったが、意外なことに女騎士が突き出したのは自身の手だった。


「そうとは知らず失礼な質問をしたご無礼をお許しください。あなたのおかげで助かりました。感謝いたします」


「あ、ああ……どうも」


 俺はその手を握り返した。

 

 すぐに放そうと思ったが、女騎士が握りしめて離せない。


 彼女はまだ警戒した目で俺を見つめていた。


「ひとつお聞かせ願いたいのですが、先ほどの魔法はなんという魔法なのでしょうか? なにぶん、初めて見るものでして」


「名前もなにもただ魔力の塊を飛ばしただけだよ。名前なんてない」


「魔力を飛ばしただけ!?」


 なぜそんなに驚くんだ。


「そ、そんなにおかしいかな?」


「魔力は魔法をつかうきっかけにすぎないのよ!? 自然の摂理に作用して事象を起こしてこその魔法! それを魔力だけであの威力なんて信じられないわ!」


「そ、そうなんだ……」


 知らなかった。親父もよくやる戦い方だったし、普通だと思ってた。


「あ、すいません……つい口調が荒くなってしまいました」


「いいよ。普通に話してくれて構わない」


「そう……そうね。そうするわ。わたしはエリシア・ガードナー。あらためて助けてもらったお礼をいわせてもらうわ。ありがとう、ロイアレクサンドロス卿」


 エリシアはそういって手を離した。


「貴族扱いはやめてくれ。俺のことは、そうだなぁ……アレクと呼んでくれ」


「わかったわ。あなたみたいな強い人と出会えて光栄よ、アレク」


 そういって微笑むエリシアの後ろにはうーうー唸っている二人の兵士が倒れている。


「それは嬉しいんだけど、後ろの二人はほっといていいのか?」


「ああ、忘れてた! いま手当てするからね、モブリー! コリンモブ!」


 エリシアは慌てて二人に駆け寄った。


 真面目そうな人だけど、ちょっとそそっかしいところがあるみたいだ。


 それにしても、どっちがモブリーでどっちがコリンモブなんだろう。


 ふたりとも十字の穴があいたバケツみたいな兜をかぶっていて外見では違いがわからない。


「はい、毒消しよ。はやく飲みなさい」


 エリシアが十字の穴に緑色のどろっとした液体を注いでいる様子を眺めながら、俺はふと疑問がうかんだ。


「君たちはこんなところでなにをしていたんだ?」


 当然の疑問だった。さっき地図で確認したかぎり、この辺りはなにもないただの森だ。


 隣国との国境とかならまだしも、こんな辺鄙なところに騎士の格好をした人たちがくるなんて普通ならあり得ない。


 まさか、俺を探しにきたんじゃないだろうな。


「王都で行われる闘技大会の特訓をしていたのよ」


 俺の不安は杞憂に終わった。


 その代わり、新たな疑問が浮上したのだった。


「闘技大会? なんだそれ?」


「あなた、闘技大会を知らないの? 月に一度開催される王都の催し物よ。優勝者は特別騎士に選出されるの」


「特別騎士になるとなにかいいことがあるのか?」


「一つは栄誉。もう一つは魔王に挑む権利がもらえるわ」


「魔王に挑む……? え、魔王ってまさかおや……」


「おや?」


「お、親の許可もなしに挑むのか?」


 エリシアはじとっとした目で俺を睨みつけてきたが、ほどなくして「そうよ」と答えた。


 危ないところだったが、なんとか誤魔化せたようだ。


「といっても、わたしにはお父さんがいないんだけどね。小さい頃に魔王に殺されたの。目の前で」


「な……それは……」


 ってことは、この子の親は俺の親父が殺したってことになるんじゃないだろうか。


「わたしのお父さんは人間領の勇者と呼ばれる人だった。そんなお父さんのことをわたしは誇りに思ってた。それがあの日……魔王の手で……」


「エリシア……」


 罪悪感が込み上げてくる。


 俺は親父が憎い。血の繋がりもない。それでも、俺は親父を家族だと思っている。


 おかしな話だが、ヨームさんを殺されたいまでも、やっぱり親父は親父なんだと認識しているんだ。


 その上で、あのクソッタレの頑固者を家族だと認識したうえで、俺は親父を倒すつもりでいる。


 同時に家族だからこそ、親父がしでかしたことに俺自身も罪の意識を感じてしまう。


「だからわたしは決めたの。強くなっていつかこの手で魔王を倒すって! お父さんの仇をとって見せるんだって!」


「そうなのか……俺にもなにか手伝えることはないかな?」


 エリシアの仇は俺の親父だ。俺にも責任がある。


 もしもなにかの手助けができるならするべきだ。


 それが単なる自己満足の罪滅ぼしだとしても。


「手伝ってくれるの?」


「ああ、君の目的が叶うならなんだってするよ」


「でも、あなたにもなにか理由があってこの森にいるでしょう? つい先日、魔王が全世界に発信したあのこともあるし」


「あ、あのこと……って?」


「知らないの!? この森の奥にある覇者の塔に、魔王の息子がいるのよ! 魔王の息子はいま魔王の命を狙っていて、魔王は自分の息子を殺した文明にはこの世界で生きる権利を与えるといっていたわ! 

 その息子を殺さないと一年おきに一つの文明を滅ぼすともいっていた! こんな大ニュースを知らないなんて、あなたいったいどんな生活をしていたの?」


 知っている。なんならだれよりも最初に聞いたのが俺だ。


 実はほんの少しだけあれは冗談だと、もしくはその後に考え直したんじゃないかと期待していた。


 それがもうあっさりと打ち砕かれた瞬間だった。


 親父は一度口にしたことはなにがなんでも押し通す男だ。


 だから万に一つもあの言葉が覆るとは思っていなかったが、億に一つはあるのかななんて思っていた。


 けっきょくのところそれは占いを信じるより無意味な願いだったわけだ。


 それはさておき、俺のことをどこまでエリシアに話せばいいか悩むな。


 ずっと森のなかで修行していましたと素直にいうべきだろうか。


 そこまでならたぶん、親父との繋がりを見つけるには至らないと思う。


 いや、わからないな。ここは念には念をいれて、とにかく俺が魔王の息子じゃないってことをアピールした方がいいかもしれない。


「あ、ああ。そのことね。実は俺もその魔王の息子を探しに来たんだ。ほら、そいつを捕まえれば人間は生き残るわけだろ?」


「そうね。実際に王都でも魔王を倒すより魔王の息子を処刑しようという考えの方が有力だもの」


 え、国が俺を殺そうとしているのかよ。


 自分のことを隠さずにいたらいまごろ大変なことになってたな。ありがとう、ヨームさん。グッジョブ、俺。


「あ、ああ。そうらしいな」


「魔王の息子を捕らえたら報酬が出るらしくて、冒険者や傭兵なんかも彼を狙っているらしいわ。噂では王宮の暗部である黒の騎士団まで動員しているとか。まったく、その魔王の息子の、なんていったかしら」


「……ロイド・アルデバラン」


 俺がその名前を口にすると、エリシアの目つきが一瞬鋭くなったように感じた。


「そうそう、ロイド。まったく可哀そうよね。わたしが彼の立場だったら絶望しかないわ」


「ははは……そうだね……」


 すぐに普通の態度にもどった。


 いまのは気のせいだったのかもしれない。


 どうしよう、このまま彼女と一緒にいるのは危険な気がする。


 ここはそれとなく理由をつけて離れた方がいいかもしれない。


「あ、そういえば俺、大事な用事があって……」


 そういって逃げようとしたら、腕をがっしりと掴まれた。


「手伝ってくれるっていったわよね?」


「……うん」


 少し迷ったが、やっぱりだめだ。

 

 このまま逃げたらすごく罪深いし、それに彼女も離すつもりはないらしい。


 まぁ、森の出口まで送り届けるとかそのくらいだろうし、ここは彼女の手伝いをするとしよう。


「じゃあお願いなんだけど、わたしといっしょに闘技大会に出てくれないかしら」


「わかった……はぁ!?」

 

 いま、なんていった。


 いっしょに闘技大会に出て欲しいだって!?


「よかった。断られたらどうしようかって思っていたの」


「いやいやいや、ちょっとまった。なんで俺が!? その二人は!?」


「二人とも傷が深いから二週間はまともに剣を振れないわ。七日後の闘技大会には間に合わない。その点、あなたは無傷。強さもいい感じ」


「だからって、俺はーー」


「手伝ってくれるっていった」


「う……」


「手伝ってくれるっていった……よね?」


 瞳を涙でうるませながら、上目づかいで訪ねてくるエリシア。


 その表情をみたら、俺は首を縦に振るしかなかった。


「決まりね。ふふっ、よろしくアレク」


 エリシアはそういって俺の背を叩いた。


 しかもそのあと彼女は、モブリーとコリンモブを「よいしょ」といって担いだ。


 彼らを運ぶのに俺の力なんて必要なかったのだった。

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