第31話

 涼と桂香と祥二だ。二人はびっくりして立ち止まった。向こうも気がついて立ち止まった。

「おう。お前ら元気だったか。」

「はい。あの、どうしたんですか?」

 勇太が尋ねると、祥二が口を開いた。

「俺? 俺は二人の運転手。」

「え?」

 言いながら桂香と涼に目を移す。

「あら。勇太君と貴奈ちゃんね。」

 桂香があたかも知り合いのように声をかけてきた。

「二人とも元気そうね。」

 桂香は動きやすいスキニージーンズに、だぼっとしたチュニックの服を着て、その上にコートを羽織っている。靴もモカシンシューズを履いていた。涼もジーンズにタートルネックのセーター、その上にコートというスタイルだが、二人ともやたらとモデルか何かのように、センス良く着こなしている。

「わたしはね、産婦人科に行ってきたところなの。涼は護衛よ。」

 勇太と貴奈は、びっくりして二人を見つめた。祥二がその運転手と補足した。

「え!? でも、男の人が一緒に行くんですか?」

 思わず勇太が尋ねると、桂香がおかしそうにくすっと笑った。大層な美人だ。しかも、以前は髪が長かったのに、今は思い切ったショートヘアーだ。

「行くわよ。夫は一緒についてくるもの。」

「え!? じゃあ、結婚したってことですか?」

 今度は貴奈が驚いて尋ねた。

「違うわ。涼は弟ってことにしてあるの。私達、京太郎のこと、なかったことにできないもの。だから、彼はわたしの婚約者で事故で急死したことにした。彼は運転手だから外で待ってたの。」

 そう言って桂香は指輪を見せた。

「え?」

「本当に婚約してたのよ。」

 貴奈が口元を両手で押さえ、その両目に涙が盛り上がった。桂香も涼もびっくりしている。

「……ごめんなさい。でも、だって、かわいそう。」

 貴奈のことばに桂香はにっこりすると、近くの公園に二人を誘った。そして、貴奈だけを連れて少し離れたベンチに座る。

「ありがとう。貴奈ちゃん。あなたはいい子ね。ショッピングモールのトイレで会っただけなのに。」

 桂香は泣いている貴奈の肩を抱いて、背中をでた。

「ねえ、知ってる? あの日、トイレで会った日だけど、どうして、あなた達に会ったのか。山岸夫妻を襲撃しゅうげきする日だったの。だから、あなた達が巻き込まれないようにするため、わざわざ京太郎は、面倒なことをしたのよ。」

「…京太郎さんっていい人だったんですね。あの、下の名前しか知らないので。」

 貴奈が言うと、桂香はにっこりした。

「いいの。分かってるもの。でも、京太郎はいつも言っていたわ。因果応報だって。ただ、京太郎がいい人だっていうこと、わたしもそう思っているわ。因果応報だと思うことさえしない人達が、彼を殺したのよ。彼は組織内で、目立つ出世をしていた。それをねたましく思う人達がいたのも事実。

 彼の車、発表されていないけれど、港に来る前に爆破されているの。

 だから、あなたが落ち込んだりしなくていいのよ。あなたは、これから高校生として、残りの高校生活を楽しんで。精一杯勉強も恋もするの。」

「勉強、しないとダメですか?」

「ええ。わたしは、両親を亡くしたの。七歳の時に。勉強して努力したわ。そしたら、京太郎と出会えた。それに、生き抜いていくには知識は必要。勉強は世の中で生きていくために、身につけるものよ。

 だから、必要なのよ。貧しさで苦労したくないなら必ず勉強する事よ。そして、誰もがやらないことをするの。」

 貴奈はそんなことを言われたことがなくて、桂香の顔を見つめていた。実感がこもっていたのだ。

「誰もがやらないこと?」

「あなたがやりたいことよ。たとえば、何かの研究で誰も注目していないような、ブルーベリーのめしべについて研究したかったとするじゃない。本当に役立つかは分からないけど、将来役立つかもしれないでしょ。」

 なんで、ブルーベリーのめしべと思うが、なんとなく分かったような気はした。

「そして、恋も思いっきりするの。」

「…恋か。でも、相手もいないし。」

 すると、桂香はふふふ、と笑った。

「本気で言ってるの? 勇太君がいるじゃない。いい子よ。いつまで、幼馴染みで収まっているつもりなの?」

 なんで、幼馴染だと知っているのだろうと思いはしたが、世界的な謎の組織の一員だったのだ。それくらいは知っていておかしくない。貴奈は思い直した。

「え、だって、でも、勇太は恋人って言う感じじゃ。」

「そうかしら? わたしが見た感じ、まんざらでもないんじゃない?」

 桂香は勇太と涼の方を見ながら、貴奈の耳元でささやく。涼と勇太は、そっちはそっちで何か話しているようだ。以外に話が盛り上がっている様子だ。

「早くしたほうがいいわよ。誰かに取られるかもしれない。」

「と、取るって。」

 貴奈がもごもご言っていると、桂香はさらに囁いた。

「勇太君って、可愛い顔してるわね。実は涼って両方いけるのよ。」

「え?」

「ふふ。だから、涼は男女にモテるし男女を恋人にできるの。この間まで、可愛い男の子の恋人がいたわよ。でも、長続きしないの。ヒットマンのせいかしら。どうしても、仕事が入ると別れてしまうのよ。自分が死ぬかもしれないって、思うからでしょうね。

 でも、ヒットマンじゃなくなったから、今度は本気でいくかもしれないわ。そうなったら、勇太君、引き込まれてしまうかも。彼、涼の好みの顔立ちしてるもの。涼は好みの顔立ちだったら、男女両方どっちでもいいの。」

 貴奈の顔色が変わった。意外な盲点だった。今時、ライバルは勇太の異性、つまり、女だけじゃないのだ。同性の男だって、ライバルになり得るのだ。

「じゃ。」

 そう言って、桂香は立ち上がった。

「行くわよ。」

 涼と祥二に声をかける。涼が先に桂香の元に行き、話を始める。それを貴奈がなんとなく頬を赤らめて見つめている。

「おい、勇太。」

 その姿を見て、祥二が声をかけた。

「なんっすか?」

「勇太、お前、いつまで貴奈と幼馴染みでいるつもりだ?」

「え?」

「涼のやつ、モテるぞ。かなりな。男女問わず受け入れるヤツのようだが、さすがに好みはあるようだ。で、貴奈だけど、女ってのは少し悪い男が好きになるもんだ。涼は外国生活も長い。貴奈は日本人形みたいな感じの子だろ。結構、好みじゃないかな。」

「え!?」

「ほら、見てみろ。貴奈のやつ、涼と目を合わせようとしないし、ほっぺが赤い。」

「……。」

「じゃあな。気をつけろよ。ご両親にはお世話になりましたって、もう一度、言っておいてくれ。」

 祥二は言って、走って二人の元に行った。

「……。」

「……。」

 勇太と貴奈は二人だけに戻って、最初はなんだか妙に沈黙してしまった。

「なあ。」

「ねえ。」

 二人同時に話し出してしまう。

「明日。」

「明日。」

 勇太は吹き出しそうになって、先に貴奈に話すように促した。子どもの頃からそうしてきた。母の美子に女の子に譲ってやりなさいと言われていた。すると、昌義もそう言っていた。

「映画、見に行くでしょ?」

「うん。行こう。遊園地にするか?」

「ううん。映画を見に行こう。」

「うん。行こう。」

 そう言って、二人はどちらからともなく、手を繋いだ。

「ねえ、どこまで手を繋ぐ?」

「…裏通り出る前までだろ。それ以上は、さすがにはずいだろ。」

「うん。」

 貴奈の声がはずんだ。

 普通に生活できて、普通に恋愛ができる。これが、幸せなことなんだ、と二人は思った。

 ロスト・ラヴして本当に良かった。


                            終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロスト・ラヴ 星河語 @suzurann3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ