第5話
家の前に来た時、あ、と貴奈が思い出したように呟いた。
「なんだよ?」
「たぶんね、家に帰ったら中は大変なことになってるよ。うちもそうだもん。」
貴奈がニヤついた。
「大変って?」
「まあまあ。何事も体験でしょ。」
貴奈の様子に嫌な予感がしつつも、玄関の鍵を開けて中に入る。
「ただいまー……!? なんじゃ、こりゃあ!!」
慌てて勇太は一度、家の外に出た。玄関の廊下までゴミだらけだ。両親の夢のマイホームはゴミ屋敷と化している。もう一度、勇太は意を決して中に入った。
「おえっ、くせー!」
鼻を押さえながら家の中に足を踏み出す。一応、靴を脱いだのだが、脱がない方が良かったかもしれない。迷ったが、靴をはき直すのも面倒なほど、廊下はゴミに溢れている。戻るのも一苦労だ。仕方なく、勇太は足を廊下に踏み出して歩き始めた。
(一体、いつからうちは、ゴミ屋敷になってたんだ!?全然気づかなかった!)
それくらい『あなただけ♡』に夢中になっていた。毎日、頭の中はそれだけだった。本当にあなただけしかいなかったのだ。ゴミの中を泳ぐようにして前に進む。
ようやくリビングダイニングに到達した。両親は共働きで、今は外に働きに出ている時間だ。だが、勇太はリビングから続く台所に怪しげな人影を見つけて、心底ぎょっとした。
(今、誰か、いた。ゴミの影に隠れてるが、確かにいた!)
勇太は腹を決めて、そっとリビングダイニングに進んだ。片付いてもいないこのうちに、何か盗む物があるだろうか。でも、泥棒か何かだったら困る。そんなゴミ屋敷に盗みに入る奇特な泥棒がいるのか疑問だが。
ゴソッ、ガサガサッ、と音がした。その人物が立ち上がったのだ。カーテンとゴミで光りが遮られた薄暗がりの中、電気のスイッチも見当たらず、ぼーっと浮かび上がる姿。
「!」
勇太はかろうじて、悲鳴を上げるのを堪えた。ぎゃーと叫ばなくて良かった。叫びそうだった。
髪がぼーっと伸び、顔が分からない。その時、ぱっと顔の下から光りが差し、
「ぎゃー!」
思わず後ろに下がったが、ゴミになだれ込んで倒れた。ぱっと電気がつき、声が響く。
「…勇太?」
その声はまぎれもなく、母の
「…か、母ちゃん!びっくりしたあ……。まるで、幽霊屋敷の幽霊!」
「失礼ね。わたしの愛しのマル君はそんなこと言わないもんね。」
マル君って誰と思ったが、母の手にはスマホが握られている。さっきの光はスマホの画面がついた光だったのだ。
「なんで? 会社じゃないの!?」
勇太の疑問に美子はため息をついた。
「もう。半年も前にやめたって言ったでしょ?マル君に集中したかったからさー。」
つまり、半年も前から我が家はゴミ屋敷と化し始めたのだ、きっと。しかも、我が家の経済状況も大丈夫だろうか。母の稼ぎ無しでやっていけるのか?
「母ちゃん、何やってたの?」
「ああ、マル君、ごめーん。」
おい、無視かよ…!もう、母の美子の視線はスマホに向いている。自分の世界に入り込み、勇太が何を言っても聞こうとしない。つい今朝までの自分と同じだ。
勇太は気を取り直すと、着替えることにした。だが、自分の部屋もカオスだった。洗濯できてない服だらけだ。なんとか、箪笥の中から、かろうじて着れそうな服を探し出し、制服から着替えた。よく見ると、制服も臭いし、よれよれだ。最近ずっと着替えていないようだ。今朝までの自分の行動を覚えていない。
自分はかなりまともだと思っていた勇太だったが、かなり重傷だったらしい。勇太はどこから片づけるか混乱しそうだったが、生ゴミの臭いが強烈だったことを思い出し、キッチンが最優先だと思い立つ。
母の牙城に向かい、ゴミ袋を探し出した。いつもゴミを詰める担当だったので、ゴミ袋がどこにあるかは、分かっている。引き出しから取り出して、袋に片っ端から詰め始めた。
ゴミ袋があって良かったが、考えてみればゴミ担当の勇太と父の昌義がサボったので、ゴミ屋敷化が進んだのだ。おそらく、父もゲーム中毒になっているだろう。
このゲームはリセットという組織が言っているように、かなり危ない気がしてきた。だって、こんなにゴミ屋敷と化しているのに、全く記憶にない。今朝の行動ですら覚えていないということに、勇太はショックを覚えていた。
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