第4話

 とりあえず、自分の教室に戻ろうと階段を上っていると、踊り場に幼馴染みの斉藤貴奈が立っている。

「おはー。お疲れー、ロスト・ラヴしてない人の学校巡りツアー。」

「……はあ?なんだ、それ。」

 勇太は脱力しながら返した。さっきまで怒りにまかせて学校中を歩き回っていたが、さすがに疲れた。

「まあまあ、座りなよ。」

 貴奈は階段に座り込んだ。勇太も隣に座る。家も隣同士で、三歳の頃からの幼馴染みだ。

「わたしもさ、一昨日、ロスト・ラヴしたんだよー。でも、勇太、聞いてなかったでしょ。ていうか、一昨日、会ったの、覚えてる?」

 貴奈に言われて、勇太はびっくりした。まるで覚えてない。その後にさすがに気まずい気分になる。

「ごめん、全然覚えてない。すまん。」

 勇太が素直に手を合わせて謝ると、うん、と黒いボブショートを揺らして貴奈は苦笑いした。二重の黒い目をくるくるさせて口を開く。

「しょうがないな。でも、まあ、お互い様よねー。みんな、同じだもん。私も昨日さ、勇太と同じように学校巡りをしたよ。でも、だーれも気がつかないの。」

「そうだよな。でも、ロスト・ラヴして初めて分かるなんて。なんか、全員催眠術にでもかかってんのかって。そんな感じだよ。絶対に変だって。」

「うん。おかしい。実はね、これ、秘密があるんだよ。唯ちゃんもさ、ロスト・ラヴしたのよ。それで、唯ちゃんと検証したんだけどね、このロスト・ラヴした『あなただけ♡』もう一度、ダウンロードしようとするとね、変な画面が出るんだよ。」

「何それ?もしかして、We Dome(ウィードーム・世界的に有名な動画配信サービス)で、都市伝説みたいに言ってるヤツ?もう一回ダウンロードしようとすると、『リセット』っていうアプリがダウンロードされるっていう。」

 勇太が言うと、貴奈は大きく頷いた。人指し指を突き出し、指揮棒のように振り回す。

「そうそう!それ!」

 貴奈の声が階段の踊り場に響き渡り、さすがに気になった。

「声、でかいって。誰かに気づかれたらヤバいだろ。」

「あ、ごめん。でも、大丈夫だよ。きっと、誰も気にしてないからー。」

 一応は授業中なのだ。貴奈も少し顔を赤くして反省したが、すぐに開き直る。

「とにかく、それが出て来るの、『リセット』ってヤツ。やってみたんだよ、昨日、唯ちゃんと。勇太もやってみなよ。」

 貴奈に言われて、勇太はスマホの画面を開いた。検索エンジンのlinkoole(リンクール)を使って検索する。確かに『あなただけ♡』を見つけてインストールボタンを押したのにも関わらず、画面が硬直したように反応しない。

「あ、ほんとだ。動画で言ってた通りだ。なんで?」

「知らないよー。でね、五回続けて押すと、『リセット』が出て来るよ。」

 勇太が硬直した画面を続けて五回押すと、『本当に再インストールしますか?』という文字が現れた。

「で、はいを押す訳か。」

 言いながら勇太は、はいを押した。すると、映画のような壮大なスケール感の映像が流れ始めた。

『全ては世界を支配している者達の企み。これは陰謀論ではない。陰謀論で全てを煙にまく、それが彼らのやり口だ。このゲーム、あなただけ♡は、世界の人口を抑制するために考案された。人間が恋をせず、AIとだけ恋をするようになれば生殖活動が抑制され、人口が減少するというものだ。』

「はあ?」

「何これ、そんな計画なのー!?」

 貴奈の発言に思わず、勇太は動画をストップした。

「お前、これ見たんじゃないの?鳥山と確かめたって言ってなかったか?」

 鳥山唯、貴奈の親友だ。さきほど、貴奈がロスト・ラヴしたと言っていた友人が、この唯だ。

「途中までね。怖いから見てない。五回押してさ、変なの出てきたら困るじゃん。」

「はあ!? それで、俺にさせてんの、お前。」

「いいじゃん、別に。先を見ようよ。」

「良くないって。ほんと、調子いい奴だな、お前は。」

「ごめん。でも、怖かったんだもん。」

 もう押してしまったものはしょうがないし、勇太も好奇心に負けて動画の続きを再生した。

『世界の人口が増え続ければ、地球上が人間で溢れ、資源が枯渇し破綻するという理由は理解できる。しかし、だからといって、恋までコントロールしていいことにはならない。誰にも愛をコントロールする権利はない。自由に愛することができる世界を構築するべきだ。』

 何か小難しいことを言っているが、ようするに地球が人間で溢れるから、これ以上産ませないように、AIと恋愛しておけということか。で、まんまと世界中の人間は、その計画通りにAIとの恋愛に夢中になっているということのようだ。

「確かに、恋愛までコントロールされたくないわ。だって、好きになる気持ちって、誰にも止められないじゃん。なんだ、今までそのためにコントロールされてたのか。」

 貴奈が呟いた。確かに何だか妙な気分になる。急にスマホゲームにはまっていた自分が薄っぺらい気がしてきた。

『彼らがしてきたことはたくさんあり、これは、氷山の一角だ。だが、その一角でも壊す意味はある。みんなで世界を取り戻そう。そのために我々リセットは活動している。一人の力は小さいが、大きくなればできることは多くなる。

 敵の名前はThe Shine Eyes(シャイン・アイズ)。彼らは昔から世界を支配してきた。彼らは根深く……。』

 途中で動画を止めた。

「これ、一体何分あるわけ?」

 よく見ると四十五分と書いてある。長い。はっきり言って、これを延々と見るのは辛い。面倒になって、二人は立ち上がった。

「ねえ、家、帰る?」

「一応、学校が終わってからな。補導されても面倒じゃん。」

「あ、そだね。」

 そんなんで、二人は学校が終わってから家に帰った。

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