第3話

 勇太は地下鉄に乗っていた。駅で電車が来るのを待っている間も、電車に乗ってからもずっと、スマホを見つめていた。

 駅の人々もみんなそうだ。みんなそうだから、変だと思わなかった。みんなそうだから、大丈夫だと自分を正当化している。だって、何か罪を犯したわけじゃないし。『赤信号、みんなで渡れば怖くない。』の心理だ。

『…ねえ、昨日も勇太くんったら、授業をサボっちゃったの、ぴょんぴょん。』

 うさ耳の花衣が、くるくる体を半分ずつ、右左に回転させながら尋ねる。

「うん。だって、花衣がかわいいからさあ。ずっと会いたいんだもん。」

『ふふふ。ほんと、ゆう』

 突然、スマホの画面がブラックアウトした。しかも、電車の車両の中も停電している。ちょうど駅に止まっている時だった。もし、動いている時だったら、人がなだれるように倒れたに違いない。

「なにー?」

「停電?」

「何だ、これ?」

 乗客が騒ぎ出した。

「皆様、落ち着いて」

 駅員がそこまで言った時、電気が回復した。電車の車両内も電気がついた。

「皆様、落ち着いて下さい。落ち着いて行動をお願い申し上げます。大変申し訳ございませんが、安全を確認してから出発致します。しばらく、そのままでお待ち下さい。」

 そんなアナウンスが流れている一方で、乗客達は異変に気が付いた。

「! あ、なんだこれ!? ない!」

「何これ!? ユン君がいないー!」

「アンインストールされちゃったの!?」

「どういうことだ!?」

「ロスト・ラヴだ…! 間違いない!」

 誰かが叫んだ。ロスト・ラヴとは、『あなただけ♡』が短い停電の後にアンインストールされている現象のことだ。なぜか停電の間、スマホも使えなくなる。謎の現象で、巷では謎の世界的ハッカー集団『Back』が暗躍しているとか言われている。

 勇太も急いで手元のスマホを確認した。すると、いつの間にかゲームがなくなっていた。完全に消えている。ゲームのアプリのアイコンも無くなっていて、その部分が穴になっていた。

「!!」

 あまりにショックで声すら出ない。勇太はスマホを凝視ぎょうしした。思わずスマホを裏返してしまった。人間あまりに驚くと、意味のない行動を取ってしまうものらしい。どんなにスマホのアプリを捜して確認しても、ないものはなかった。

(うそー!お…俺の花衣ちゃんがぁぁぁ!いなくなったぁぁぁ!)

 勇太は半泣きで学校に向かった。しかも、電車が遅れたせいで遅刻もした。だが、先生はとがめなかった。一応、先生には電車が遅れたことは伝えた。

 がっくりしながら、席についた。だが、他の同級生達は、相変わらずスマホを見つめてニヤニヤしている。ヒソヒソと小声でスマホに話しかけ、じっくり見つめ、頬を赤らめ、興奮している。

 なんだか、無性に腹が立ってきた。それと同時に、かなりの異常状態だと気がついた。しかも、先生ですらそれにはまっているのだ。花衣のことを気に入っていたので、すぐにアプリをインストールしなおして、ゲームをやり直す気にもなれなかった。

(なんだよ、これ!絶対におかしいだろ!)

 ついさっきまで、自分もその内の一人だったことを棚に上げて、勇太は憤慨ふんがいした。勢いよく立ち上がり、手に席を立って廊下に出たが、誰一人勇太に目を向ける者はなかった。

(くそ、何なんだよ、これは!)

 勇太は早足で廊下を歩いたが、隣のクラスも自分のクラスと同じ状況だった。どのクラスも同じなのだ。自習用のプリントが机の上に乗っているが、誰一人として問題を解いていない。しかも、先生が注意しない。

 勇太は腹立ち紛れに、一階に下りてみた。一年生の授業も見てみたが、自分の二年生と同じだ。今度は三階に行ってみた。三年生も同じだ。

(三年がこれって、ヤバいだろ! ヤバすぎだろ! 受験があるだろ! どうするんだよ、あんた達!)

 勇太は心の中で三年生に怒鳴った。それで、心の中で怒鳴りながら、事務室に行ってみた。すると、事務員達もスマホを見つめている。半ば呆れつつ、まっすぐ職員室に向かう。授業がない、体育や音楽の教師もスマホを見つめていた。

「……。」

 もう、おどろかない。だって、自分の担任だってそうなのだから。それで、最後に校長室に行ってみた。開かれた校長室を目指していた校長は、校長室の扉を開けていたはずだったが、扉が閉まっている。それで、そっと扉を開けて様子をうかがった。

「ああ、桜子さん。そんなこと、言わないで欲しいな。つれないなあ。」

 というデレデレした声が聞こえてきた。スマホに語りかけている。

「……。」

(なんだ、これ!この学校、おしまいなんじゃないのか!)

 目が覚めた勇太は、現状に青ざめた。人気の少ない渡り廊下を歩いていると、不良グループの少年達がたむろしていたが、その彼らもスマホを片手にうっとりしていた。スマホに向かって投げキッスをしたりしている。

(う! 何か見たらいけないもんを見た…。)

 慌てて通り過ぎた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る