第4話 汝は恋人なりや?

「もう昼だよ、起きて、起きろ。」

「うぅう・・・」

 宴の明け、すっかり明るくなったころにベッドに声を掛ければ、元狩人がやつれた顔で起きだした。

「あさごはん、テーブルに置いとくよ。お肉。」

「・・・」

「牛肉だよ」

 献立を告げると怪訝な目をしてくるので補足を入れる。

 人間の肉ごちそうがそんなに取れるわけないじゃないか。

「食べたら一緒に来て、いろいろ見せないといけないから。」

「・・・お前、服着ないのか?」

「着てるじゃん」

 今日の予定を簡単に告げれば、男は妙なことを言い出した。私は今着てるぞと両手を広げて見せつける。

「・・・外套マントだけだろ」

「当たり前じゃん。夜になったら破けるもん。」

 男の言葉に返すと、男は苦々しい顔をしながらも何も言わずにテーブルへと向かった。

 夜を迎えれば、私たちの体格は大きくなる。だから体に沿わせるように服を着ると。夜になった瞬間に全身を締め付けられ、しまいには服が内側からちぎれてしまう。


 人間の服は、私たちには窮屈だ。

 昼に着るものなど、毛皮替わりに全身を覆う外套マントで充分である。




 ご飯を食べて、自分の持っていた服に着替えた男の手首を掴んで村を歩く。新しい同胞となった男に村の設備を教えるのが今日の役割だ。

「ここら辺が畑」

「・・・畑?畑がある割には、昨日から野菜を見かけないが・・・」

「作ってるのは動物のエサがメイン。近くの牧場用のやつ」

 村の畑を指さしながら説明する、生まれた男の質問に近くの牧場に指を動かしながら答えると、男は合点がいったように言う。

「村で作ってるのか・・・」

「そう、外に頼れないから、全部村で作ってる」

「あ、お~い!」

 そのまま、畑と牧場の前を通りながら話していると、道の向こうから声と共に駆け出す姿が見えた。

 茶色い髪をうなじの辺りで揃えた女性。

 女衆のまとめ役をしている、気弱だけど頭が良くて、みんなに好かれる女だった。

「こんにちは、人間さん。昨日ぶりですね。」

「えっと・・・」

「昨日凄まれてたやつ、女衆のまとめ役してる。」

 まとめ役の挨拶に戸惑った男に伝える。

 人間には、夜中の人狼の区別がつかない事は、昔からよく知っていた。

「あ・・・ごめんなさい、分かりませんでしたよね?」

「あ、いえ・・・」

「で?なんかあったの?」

 人懐っこい女性にたじたじになる男をよそにまとめ役に話しかける。

 たとえ人懐っこくても気弱でも、彼女は女衆私たちのまとめ役である。何か大きな決定があれば、私たちに伝えるのは彼女の役目だ。


「いや?何もないよ。会ったから話しかけただけ。」

 でもこういうことするからちょっと厄介だ。


「あのね・・・」

「ちょっといいか・・・手首、痛いんだが・・・」

 文句を言おうとした矢先に隣の男から声が上がる。

 手首?と心の中で呟いて視線を下ろすと、ギリギリと言わんばかりに力を込めて手首を握る私の手があった。

「あ、ごめん、力入った」

「ごめんで済ませるのか・・・っていうか、案内するだけならわざわざ手首掴まなくてもいいだろ。」

「何しでかすかわからないじゃん。逃げるかもしれないし、急に殴り掛かるかもしれない。」

「人狼相手にフィジカルで勝とうなんざ思わないわ。夜に追いつかれて死ぬだけだ。」

「っていうか、最初の口調どうしたの。もう少し丁寧だったでしょ。」

「そんなのお前らを油断させるための演技に決まってんだろ。」

「油断させて殺そうってしてたんじゃん。」

「あんなことした後でいまさらできると思うな!」



「なんか、痴話喧嘩みたいだね」

 ちょっとした怒りで腕に力が入ったことを皮切りにした口論に、まとめ役の女が言った。



「「何処がっ!」」

「わっごめんなさい!・・・でも、息ぴったりで恋人みたいだよ?」

「誰が恋人だ!」

 謝りながら油を注ぐという器用なマネをしでかした女に怒りと恥ずかしの火を燃やしていると。



 バキィッ!って、

 畑の方から木がへし折れるような大きな音が鳴り響いた

「ふえっ!?」

「何っ!?」

「何だっ!?」



「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛折れたぁ゛ぁ゛!!」

 私たちの驚いた声に続いて、悲鳴のような声が上がった



「ねぇ、なにがあったの~!」

 まとめ役が悲鳴の先に声を掛けて向かう。

 ついていってみれば、男衆の一人が畑の真ん中でクワと思わしきものを持っていた。


 クワが頭と棒に分かれていたけど。


「頭の付け根に力がかかり過ぎたみたいだね。」

 私の簡単な分析に周りの人が首を傾げる

「スペアは無いんですか?」

「無いなぁ、全部使っちまってる・・・」

 まとめ役と農夫の会話に考える。

 この前子牛が生まれてきて、消費が増えるのは決定している。

 備蓄があるとはいえ飼料の生産が遅れるのは死活問題だ。

「そもそもとして数が足りねぇよ。農具がどいつもボロボロだ。」

 農夫の口は、さらに不満を吐き出した。

「直せる人いないしね」


「・・・。」

 不満に相槌を打つと、人間が折れたクワを持って言い出した。


「えっ直せるの!?」

「すぐには無理だが、道具と材料があれば直せる。」

 元々鍛冶屋だったからな、と男は自嘲するように続けた。

「さっき、使ってない鍛冶場について聞いた。使わせてくれないか。」

「お、長に聞いてくる!」

 男の言葉に、まとめ役はすぐに駆けだした。

 まぁ、鍛冶場は元々使ってなかった場所だし、農具やらなにやらを作ってくれるなら願ったり叶ったりだ。



「それじゃあ、私も住処変えないとな」

「・・・は?なんでお前も引っ越すんだよ。」

「私の役目はあなたの監視だから、夜に武器でも作られたら困る。」

 その程度の信頼しかないんだよ。と言外に告げると、男はそうかよ、と吐き捨てた。

「大丈夫、ご飯は用意したげる。私のついでだけどね。」

「・・・そうかよ。」




「・・・え、なに、お前ら付き合ってんの?」


 バカ言った農夫をぶん殴った。

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