第3話 汝は狂人なりや?
満月の日、自らの安息地を手に入れたことを祝う宴は、今日ばかりは少々空気が違っていた。
喉の奥で唸り声を押さえながら車座で焚き火を囲う人狼の中心に、苦々しい顔をした人間の男が一人座らされている。
男の両手には武器は無いが縛られてもいない。しかし何か変な事をしようとしたら周りの人狼たちに食い殺されてしまうだろう。
かくいう私もその人狼たちの中にいるのだが。
「ったく、人間の男を連れ込むなんてな」
男衆のまとめ役が言った
「どういう教育してんだ?え?」
「ごっごめんな「顔が良かったの。」あなた・・・」
女衆のまとめ役が謝るよりも先に、なんてこともないように私が行った。
「だから拾ってきた。悪い?」
「あ゛あ゛ぁ?」
「ま~ま~」
睨みを利かす若男を、長の側近が抑える。
「今は、この人間の事を決めないと、ですよね?長」
「そうだねぇ・・・」
黙りこくった人間の前に座る、この村の長は杯を煽りながら言った。
「せっかく生かしたまま連れてきたんだ、ここはひとつ、チャンスでも与えようじゃないか。」
「チャンスだと?」
口を開いた男をよそに、長は近くの女衆を一人呼ぶと、例の物を持ってくるように伝える。
それを取りに行ったのを見届けて、長は切り出した。
「お前も分かっている通り、こっちはこの場であんたを酒の肴に変えてもいい。が、新顔が増やすのもたまにはいいかと思っているんだよ。そこでだ、
お前が私らに完全に組するのであれば、私らはお前を歓迎しよう。」
女衆の一人が香り立つ何かを持ってきて、長の前に置いた。長はそれの臭いを嗅ぐと、にんまりと笑って人間の前に投げ落とした。
「食え、一片も残さず完食しろ。それができれば、お前を仲間と認めて生かしてやる。」
それは、腕一本分はありそうな干し肉だった。
私は、それの臭いを知っていた。
「美味しかったのに・・・」
「そういえば、アレを持ってきたのもあなただったよね」
思わずつぶやいた私の声に、女衆のまとめ役が応えた。
「相変わらず、人間との遭遇率高いよね。」
それは、子供の肉だった。
森の中に迷い込んでいた人間の子供で、私が仕留めた獲物の腕の肉だった。
「・・・もし、嫌だと言ったら」
「今日の宴がごちそうになるだけだ」
苦々し気に見る人間の男の声に、長が間髪入れずに嗤う。
「同族食らいの狂人であれば、私らも歓迎するよ。」
人間が止まったまま時間が流れる。
やがて、目から雫を落としながら、目の前の肉を手に取った。
恐る恐るといったように、その干し肉にかじりつく。
きっと、その肉は美味しいんだろう。女衆いちばんの腕自慢の料理だ、昼に食べてもおいしいのは良く分かる。
男は涙を流しながら、無言でかじりつく。
周囲の人狼も、無言でそれを見つめていた。
やがて、最後の一片が男の喉を通った時。
長が1つ遠吠えをした。
それに木霊するように、全ての人狼が声を上げる。
目の前で項垂れる男を、歓待する遠吠えだった。
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