第4話 暗がりのなかで垣間見る
秋葉さんと一緒に向かったのは、立飛モールに併設された大型映画館だった。
あらかじめ座席は予約していたようで、券売機に並ぶことなく、俺は映画館の中を軽く見回した。
映画なんていつぶりだろう。出不精……とまでは言わないが、あまり外出しないから、久しぶりな気がする。
「そうだ。今のうちに飲み物とか買っておく?」
「そうね。込み合う前に買っちゃいましょ」
俺はメロンソーダ、秋葉さんはアイスティーを注文した。
「うーん……」
「どうかした?」
珍しく悩んでいるような素振りを見せる秋葉さん。
聞けば、メニューの一角を細い指で示す。
「こういう場所に来ると、そのつもりはなかったのについ食べたくなっちゃうのよね」
「あぁ、チュロス」
「ええ」
秋葉さんは形のいい眉をひそめた後、肩をすくめて店員さんに「一つください」と微笑みかけた。
受け取って、ちょうどアナウンスが流れたから俺たちは揃ってシアターの中へ向かう。
ちらりと横目で見た秋葉さんの表情は、満面の笑み……とまではいかないんだろうけど、上機嫌なのが見て取れた。
「そんなに食べたかったんだ、チュロス」
「そういう言いかたをされると認めるのも癪だけど、まぁそうね」
苦笑を浮かべ、秋葉さんは言葉を続ける。
「私、家では間食とか絶対させてもらえないからさ。学校帰りの買い食いも、見つかったらなに言われるか分からないし」
「厳しいんだね、秋葉さんの家は」
「そうなの。古臭いのよ、考え方が」
分かりやすく溜息を吐き、愚痴る秋葉さん。
……恋人ごっこを持ちかけたのは、こうして買い食いしたり買い物したりする口実作りだったりするのかな?
納得しかけて、それなら女友達と出掛ければいいだけだと思い至る。
うーん、分からない。
「あ、ごめんね或翔君。せっかくのデートなのに愚痴なんて」
「いや、謝るようなことじゃないから気にしないで」
少しでも秋葉さんのことを知れてよかった。
本人からしたら、あんまりいい気はしないだろうから言わないけど。
劇場内に足を踏み入れると、まだアナウンス直後だったからかそこまで人はいなかった。
ちなみにこれから見るのは、有名な会社のアニメーション映画だ。
千葉県にテーマパークを構えるアレ、といえば名前を出さずとも誰もが分かるアレだ。
並んで座席につくと、互いに無言になってしまった。
別にまだ映画は始まってないから、もう少し喋ってても問題はないんだけど。
「そういえば、なんだけどさ。どうしたこの映画にしたの?」
「嫌だった?」
「あ、そうじゃないんだ。ただ……。ごめん、なんか気まずい気がして思いついた話題振っただけ」
「なんだ、そんなこと」
秋葉さんは微笑みながら言う。
「別に特別な理由があるわけじゃないの。今上映してる映画のなかだと、これが無難だと思っただけで」
「そっか。まぁたしかに、尖った映画だとリアクションに困ったかも」
尖り方にもよるけど、サスペンスホラーとかだとちょっと。
あとは知らないアニメの映画とかも困るけど、まぁさすがに初デートでそれを選ぶような人はいないだろう。
「ね、或翔君はどんな映画が好き?」
「……んー……アクション映画とか?」
「ふふっ、随分溜めたね」
「咄嗟に出てこないくらいにしか、映画は見ないからさ。そういう秋葉さんは、好きな映画のジャンルとかあるの?」
聞けば、秋葉さんは人差し指を頬に当てながら小首を傾げた。
「特別好きなジャンルがあるわけじゃないの。逆に、苦手なジャンルはあるんだけど」
「へぇ……なんか意外。どんなジャンルが苦手なの? ホラーとか?」
「残念。ホラーは苦手じゃないの」
秋葉さんは悪戯っぽく笑うと、少しだけその笑みを薄めてから言った。
「実は私、恋愛映画は苦手なの」
「えっ? それってなん──」
言葉の最中、劇場内の照明が暗くなり始めた。
すると秋葉さんは、人差し指をピンと伸ばして口元に当てる。
薄暗さも相まってミステリアスな印象を帯びる彼女の仕草に、俺はそれ以上追及することはできなかった。
そんな俺を見て微笑むと、秋葉さんはスクリーンに顔を向ける。
劇場の暗さの中でスクリーンの光を浴びる横顔に釘付けになりそうになっていると、開演ブザーの音が鳴って我に返った。
有名な会社のアニメーション映画は、あらすじによれば「さまざまな制約に縛られるヒロインの生活が、主人公との出会いをきっかけに大きく変化していく物語」なんだとか。
ありがちな設定だな、なんて考えながらふと気が付いた。
恋愛映画が苦手って言ってたけど、この作品だってつまるとこと──。
本当に無難だと思ってこのタイトルにしたのか、それともなにか他に理由があるのか。
気にはなれど、スクリーンの光はそれを許してくれるはずもなく。
俺はただ、気もそぞろに映画を見ることしかできなかった。
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