第3話 お出かけごっこⅡ

 遮るものの少ない、モノレール独特の車窓。

 それを眺める秋葉さんを見ていて、ふと新鮮な気持ちを覚えた。


 今更だけど、秋葉さんの私服姿ってほとんど見たことなかったな。

 小学生の頃は制服なんてなかったから、同級生の私服なんて見慣れたものだったけど、中学生からは制服やらジャージやらで私服を……特に、あまり関わりのない相手のそれを目にする機会は多くなかった。

 この感覚はそのせいか、と思ったところでもう一つ、俺は気が付いた。


「秋葉さん、今日はいつもと違う髪型なんだね」

「やっと気が付いたの? いつ気が付くかなって黙ってたの」


 そう言って、秋葉さんは長く伸びた金の髪に触れる。

 いつもの彼女は髪を下ろしているか、体育に合わせてポニーテールにしているかだ。

 けれど今は……その中間とでも言えばいいのか?

 髪の一部……具体的には後ろの上半分というかなんというか……とにかく、ポニーテールと下ろしている状態を一体化させたような。

 それと頭の左右から後ろにかけては、髪を編み込んでいる部分もある。

 随分手が込んでるけど……なんて言えばいいんだろうな?


「ハーフアップっていうのよ、これ」

 言葉に詰まった俺を見透かすように、秋葉さんはクスクス笑って言う。

 なるほど、ハーフアップね。


「どう、似合ってるかな?」

「うん、似合ってる」

「可愛い?」

「かわっ……う、うん」

 似合ってないわけがないし、可愛くないわけがない。


「似合ってるはすぐに言えるのに、可愛いは詰まっちゃうんだね」

「う、うるさいな。慣れてないんだよ、こういうの」

 俺の反応に満足したのか、秋葉さんはにんまり笑うだけに留めた。


「まぁ、普段は面倒だからこうしないんだけどね。デートのときくらいね」

「え?」

 ついきょとんとすると、秋葉さんは「どうかした?」と控えめに首を傾げる。


「いや、秋葉さんから面倒だからって言葉が出てきたのが意外で」

「そう? 普通じゃない?」

「それはそうかもしれないけど、秋葉さん、いつもしっかししてるから。授業も真面目に受けてるし、掃除の時間とかもサボらずちゃんとやってるし。いわゆる優等生ってやつ」

「授業はともかく、掃除はキミもちゃんとやってるでしょ?」

「そりゃまぁ」

 曖昧に頷いてから気が付いた。


「……今更だけどさ。俺、そんなに秋葉さんのこと知らないんだよね」

 俺が知ってる秋葉さんの情報って、人伝に聞いたものくらいだ。 

 一年の時はクラスが違ったから、そこまで接点なかったし。

 二年になって一月ちょっとの付き合いで、席が近いとかいうわけでもないとなればまぁ、普通のことだと思う。

 ……普通だよね? 決して俺が内向的すぎるとかコミュニケーション能力が欠如しているとか、そういうことではない……はず。ないと思いたい。


「そうなの? 私はキミのこと、よく知ってるけどね」

「え?」

「久遠或翔君。誕生日は十月十日。中学時代はサッカー部に所属。高校からは帰宅部。得意科目は社会科で、苦手科目は数学。好きな食べ物は餃子で、嫌いな食べ物は特にないけど牛丼があまり好きではない。趣味は聞かれても困るくらいには思い当たるものがない。頼まれごとは断れないたちで、だからこそ、こうして私のお願いを聞いてくれてもいる都合……いや、良い人だよね」


「最後のそれ、褒めてないよね」

 すかさず言えば、そんな俺の言葉なんてどこ吹く風。

 秋葉さんは肩をすくめて苦笑した。

「客観的な評価よ。私はキミのそういう性格も好きだけど」

「また俺をからかって……」


 最後のはともかく、それ以外の……誕生日、中学時代の部活、得意科目、苦手科目、食べ物の好き嫌いや趣味については正しい。

 クラス替え直後の自己紹介で好きな食べ物くらいは言った気がするけど、それ以外の情報は一体どこから……。

 まさか、クラスメイト全員の情報をこうやって集めてるわけじゃないだろうな。

 なにかこう、弱みを握って……。


「あ、やだなぁ。そんな疑り深い目で見ないでよー」

「いや、それ無理でしょ。なんだって秋葉さんみたいな人が、俺なんかのことを」

「さぁ、なんででしょう?」


 煙に巻くように秋葉さんは笑う。

 相変わらず、真面目に俺の質問に答えてくれるつもりはないらしい。

 結局この恋人ごっこの理由も含め、俺は自分で秋葉さんについて探るしかないってことか。


『まもなく立飛、立飛です』

 会話の途切れたタイミングで、アナウンスが流れた。

 俺たちが降りる駅だ。

 秋葉さんと二人で車両を降りて、目的地はすぐそこ。

 というか実は、少し前から車両の窓からその姿は見えていた。


「着いたね、立飛モール」

「だね。……にしても、モノレールの混雑でもう分かり切っていたとはいえ」

 立飛モールは立飛駅を出てすぐの場所にあるのだが、当然ここからでもその混雑具合が伺える。さすがに休日なだけあって、大盛況なようだ。


「まぁそこは織り込み済みよ。それに今から行く場所なら、周りの混雑なんてあまり関係ないもの」

「そうなの?」


 今日は一応初デートということになるが、俺はプランについて何も聞かされていない。

 なにせ、恋人ごっこを了承したすぐ後。具体的には翌日に誘われたのだ。

 恋人(偽)関係になってから、まだ二日しか経っていない。

 当然俺みたいな彼女いない歴イコール年齢のような人間にデートプランを立てられるわけもなく、果たしてそれも織り込み済みだったか見越していたのか、秋葉さんは「そこは私に任せて」と言い、今に至るわけだ。


「それで、最初に行く場所って?」

「ふふっ、デートの定番……かどうかは、正直私もあんまり経験ないから分からないけど」

 秋葉さんはスマホの画面を示してきた。

 ……なるほど。たしかに、一応目を通しておいたネットの記事にも定番っぽく書かれていた。


「じゃあ」

 ぴとっと指先に触れたと思えば、自然な流れで秋葉さんの柔らかい手が俺の手を包む。

「行こっか」

「っ、うん」

 つい言葉に詰まる俺を見て秋葉さんは、もはやお約束のように楽し気な笑みを浮かべ、俺の手を引いて歩き出した。

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