第2話 お出かけごっこⅠ
春夏秋冬は過去の言葉。
もはや春春冬冬と四季が消滅して二季となった日本にしては珍しく、暑すぎず寒すぎない、天候に恵まれた5月末日。
澄み渡るような青空を見上げてから、俺──
いつも土日は家にいてばかり、インドア派の俺ではあるが、今日は予定がある。
目的地はガニガラ広場という……つまりはまぁ、公園だ。
別に公園に行って遊具で遊ぼうというわけじゃない。俺は高校2年生だ。
……いやでも、ごっこ遊びと遊具で遊ぶの、あんまり大差ないよな。
そんなことを考えながら、けれど確かな足取りで俺は目的地を目指す。
遊具で遊ぶわけでもない。かと言って携帯ゲーム機を持ち寄って友達と遊ぶでもない。
というかそんなことをしていたのは俺たち世代の小学生くらいまでだろう。
今どきの子供たちにはきっと、放課後の公園に集まって携帯ゲームで遊ぶという概念が存在しない……って、そんなことはどうでもよくて。
公園はあくまで待ち合わせ場所に過ぎない。
そんなこんなで公園が見えてくる。
土曜の昼間だ。まぁ当然、近所の子供たちの姿が見受けられるわけで。
けれどその中に、一際存在感を放つ人影があり、子供たちと楽し気に話していた。
日本人は外国人慣れしていない……というのはもはや迷信か、あるいはただの風評被害か。
そこはさておき、少なくとも慣れ切っていないのは事実だろう。
ところで外国人慣れしていないとは言ったが、存在感を放つ彼女に流れる血の半分は日本のものだ。
ではもう半分はというと、これが英国だか仏国だか……まぁとにかく、ヨーロッパの方らしい。母親がそうなんだとか。
そしてこの情報は、彼女が自ら口にすることはほとんどなく、義務教育課程における保護者会やら運動会やら……とにかくまぁ、つまり目立ちまくっているが故に広まっているソースの怪しい情報だったりする。
ま、間違いってことはないんだろうけど。
そんなことを考えながら近づくと、存在感の主が俺に気が付いて振り向いた。
「あっ、
「うん、おはよ、
腰の辺りまで伸びる、まるで絹のような金髪。
瞳は青空を写したかのような透き通った青で、背筋はピンと伸びている。
服装は見慣れた制服ではなく、白のブラウスに青い膝丈のフレアスカート。
華美というわけでも派手というわけでもない。
だからといって質素には見えないのは素材の良さか。
……この場合の素材は、生地ではなく人を指すものとする。
「むっ」
珠洙奈さんは俺の挨拶に対し、何故か視線を鋭くした。
「珠洙奈さん、じゃなくて」
「えっ?」
「だーかーらー。そうじゃないよね? 私はちゃーんと名前で呼んでるよ?」
「いやそれ、珠洙奈さんが勝手に……」
「むむっ」
さらに青い双眸が細められる。
このままでは晴れ渡った空のような瞳が、どんよりとした曇り空のように……なってしまうわけはないけど、なんだかなにを言っても聞かなそうな気配がある。
「分かった。
「よろしい!」
珠洙奈さん……改め秋葉さんは、満足そうに満面の笑みを浮かべる。
なんか調子狂うなぁ……。
いや、そもそもそれは最初からか……。
気苦労に心中で溜息を吐いていると、すず……秋葉さんと話していた女の子がくいくいと彼女の袖を引いた。
「ねぇお姉ちゃん」
「ん? なーに?」
秋葉さんはしゃがんで女の子と視線を合わせる。
すると女の子は、秋葉さんではなく俺の方をちらりと見た。
「このお兄さん、お姉ちゃんの恋人?」
「はっ!?」
「へぇ?」
驚く俺とは対照的に、秋葉さんは面白そうに笑みを深める。
「そうだよ。或翔君は私の彼氏なの」
そう言われた女の子の「ふーん?」といった、まるで値踏みするような視線を受けて、俺は曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。
……この女の子、小学校低学年くらいだよな……。
「ばいばーい!」
女の子に手を振り返し、俺たちは公園を後にする。
すぐ近くの柴崎体育館駅で多摩モノレールに乗り、目指すは立飛駅だ。
「それにしても」
「うん?」
「す……秋葉さん、俺を待ってる間に子供たちに懐かれてたね。待たせすぎちゃったかな?」
一応、時間より早く着いたつもりだったんだけど。
具体的には十五分ほど早く。
「ううん、そんなことないよ」
秋葉さんは窓の外に向けていた視線を俺に向けると、花の咲いたような笑みを浮かべる。
「楽しみだったから、つい早く来ちゃっただけ」
「っ……!?」
か、可愛すぎるだろ!
ただ笑っているだけでもとっても可愛いのに、その笑みと共にこんなことを言われたら、男はみんな堕ちてしまうに決まってる……!
いや落ち着け。これはあくまでごっこ遊び。
そう、ごっこ遊びだ。
俺は彼氏役で、つまり今の言葉は本心じゃない。
「……ッスー……」
「あれっ、急に落ち着いてどうしたの?」
「別に? なんでもないよ」
平常心、平常心。
「そっか。まぁたしかに、全部が全部本心ってわけでもないけどね」
「えっ」
まるで俺の心を読んだかのように、秋葉さんは苦笑して言う。
そんな彼女をまじまじと見つめると、苦笑を微笑に変え、秋葉さんは言葉を続けた。
「けど、そうだね。半分は本当。私には私の思惑があるけど、それとは別に、今日キミと出掛けることはとっても楽しみだったよ」
「なっ……!?」
恥ずかしげもなくそういうことを……!
「ふふっ、或翔君顔赤いよ?」
「う、うるさいな」
「あははっ、ごめんね」
謝っているのに、秋葉さんは笑ったままだ。
まったく……この前もそうだったけど、こうして俺なんかをからかって楽しいんだろうか?
「ね、或翔君」
「なに?」
「そういう或翔君こそ結構早くに来たよね」
「俺は……まぁ、待たせたら悪いかなって思って」
「そっか。気を遣ってくれてありがとね」
「別に、こんなの当たり前のことでしょ」
「当たり前のことを当たり前って言えるキミの謙虚さ、私は好きだよ」
また臆面もなくそういうことを言う……!
顔が真っ赤になるのを自覚して、思わず目をそらす。
そんな俺を見た秋葉さんが楽しそうに笑うのが、視界の隅にちらりと見えた。
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