ごっこ遊びをしませんか? 私は彼女であなたは──
結剣
第1話 高校生のごっこ遊び
生徒たちが帰路について、随分静けさの増した校舎の中。
そんな場所にいるのは俺、
やっているのはグループ発表のある課題の、発表資料をちまちまと作るだけの作業。
「あ、やっぱり1人だけだ」
「……ん?」
近くから声がした。
いつの間にか、誰か教室に入って来てる。
俺は顔を上げた。
それと同時、良い香りが鼻をつく。
目に入るのは風に揺れる、俺の黒髪とはまるで違う金の髪だ。
整った顔つきは穏やかで、青い瞳は俺を包むように見つめてくる。
──そこにいたのは、クラスメイトにして誰もが見惚れる美少女、
「えっと……なに?」
なにか用かなと思って首を傾げると、珠洙奈さんは前の席に座る。
「他の人たちは? 部活とか?」
「え? ……あ、うん。帰宅部なの俺だけだからさ」
「ふーん」
珠洙奈さんは資料に目を落とす。
「凝ってるね。こういうの得意なの?」
「うーん、どうだろ。慣れてはいるけど」
どうせ授業で一回使うだけの資料といえば、そこまでのもでしかないけど。だからといって手を抜くのもどうかと思う。
だから放課後もこうやってちまちま作業をしているわけだけど、果たして得意といえるのかどうか。
……ところで。
「てっきり帰ったんだと思ってたけど、忘れ物でも取りに来たの?」
「ううん、違うよ」
2人きりの教室で、夕陽を受けていっそう輝く金髪をなびかせて、珠洙奈さんは微笑む。
「ねぇ、ごっこ遊びしようか」
「ごっこ、遊び?」
ごっこ遊びというと、あのごっこ遊びか?
戦隊ヒーローとか、あとは……ケーキ屋さんとか、そっちはおままごとか?
いやまぁ、とにかくそういう、なりきる遊びだよな?
「……いきなりどうしたの、珠洙奈さん」
「そうだね。いきなりだよね」
珠洙奈さんは、それこそ鈴をころがすように笑う。
その顔があまりに綺麗で、つい頬が赤くなるのが分かる。
そんな俺の様子を見抜いてか、彼女は少しだけ悪戯っぽく笑みを深めた。
俺はますます意味が分からなくて、怪訝な視線を向けてしまう。
「えっと……そもそもごっこ遊びって、いったいなにを?」
「うん、それはね──」
勿体ぶるように間を開けて、珠洙奈さんは言葉を続ける。
「恋人ごっこ。私が彼女で、キミは──彼氏役」
「──はっ?」
素っ頓狂な声を出す。
それがあまりに予想通りすぎたのか、それとも予想をこえて間抜けだったのか。
珠洙奈さんは唇を震わせ、それから控えめに吹き出した。
そんな仕草さえ可愛くて、俺は呆然としつつも、ただ見つめることしかできなかった。
「ねぇ、どうかな? 私の彼氏……役に、なってくれる?」
「──……なっ、かれっ……はぁ!?」
ブラスバンド部の楽器の音が聞こえてくる校舎の中──俺の、やっぱり間抜けな驚き声が、音色に混ざるように響き渡った。
「ね、どうかな? 私の彼氏役、引き受けてもらえる?」
なにも言えずにいると、もう一度彼女はそう言って、トントンと俺の肩を叩いた。
それでハッとした俺は、強制停止していた思考を再起動させる。
「いや……いやいやいや!」
「ダメかな?」
「ダメとかダメじゃないとか以前に、恋人ごっこってどういうこと!?」
「言葉通りの意味だけど」
そうだろうけど!
俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて……!
「なんで急にそんなこと……。あっ、もしかしてなにかの罰ゲーム? 悪戯?」
「いやいや、そんな小中学生じゃあるまいし。そもそも罰ゲームの告白でごっこ遊びって、変じゃないかな?」
罰ゲームじゃなくても恋人ごっこは十分変だと思うんだけど、そこのところどうでしょう。
「というか、久遠君には私がそういうことする人に見えてるってこと?」
「えっ、いやそれは」
「なんだかショックだなー。私、久遠君みたいな良い人にもそういう扱いなんだー」
なんて言って、珠洙奈さんはぷくーって頬を膨らませる。
青い瞳が避難がましく俺を見てくるから、ぶんぶんと首を振った。
「ないない、そんなことないから! 全然、珠洙奈さんはみんなに気配りできて勉強も運動もできて……とにかく、そういう悪戯をするような人じゃないって分かってるから」
宥めようと捲し立てると、なぜか珠洙奈さんはそっぽを向く。
……逆効果だったか?
「ふっ……ふふっ、あははっ」
珠洙奈さんは朗らかに笑った。
そっぽを向いたのは、吹き出すのを堪えようとしたからか。
「そこまで言ってもらえるとは思ってなかったかな。けどまぁ、そう思ってくれてるからには、引き受けてもらいたいところだけどなー」
怒ったり拗ねたりしているわけじゃないのは良かった。
ただそれはそれとして、やっぱり変だ。
「私が彼女役じゃ嫌かな?」
「……嫌とかじゃないけど」
むしろ嬉しいだろう。それが、役じゃない本当の彼女なら。
「せめて理由くらい聞かせてよ。どうしてごっこ遊びなの? ……本当の」
言いかけて、俺は一度口をつぐむ。
勢い任せに変なこと言おうとしてないか、俺。
この言葉は、期待しすぎというかなんというか、恥ずかしくないか?
……いやでも、珠洙奈さんはもっと変なこと言ってるしな。
そう思った俺は、続きの言葉を口にした。
「本当の恋人じゃいけないの?」
束の間の沈黙。
「ごめっ、変なこと言って……とにかく、理由を教えてくれても」
珠洙奈さんは微笑んだまま人差し指を立て、唇に当てる。
「なーいしょ。今はね」
「っ……!」
その仕草に思わず息を呑んでしまう。
──おかしな話なのは分かってる。
嫌がらせや罰ゲームじゃないならなんなのさって、気になるけど。
嫌がらせや罰ゲームじゃないからこそ、なにか理由があるからこそ、断るのは忍びない。
……それに身も蓋もない話だけど、俺にだって人並みに彼女が欲しいという欲はある。
珠洙奈さんとこんなに近くで、2人きりで話をするのなんて片手で数えられるくらいしか経験のない俺が。
例えおかしな関係性でも珠洙奈さんとお近づきになれるなら、それは一歩前進なんじゃないかなって。
うん、そう考えることにしよう。
「分かった」
真面目な顔で頷けば、そこまで含めて予想してでもいたのだろうか、珠洙奈さんは笑みを深める。
恋人ごっこの彼女役と彼氏役。あまりに意味不明な関係性だけど……。
「俺でよければ、よろしく」
「キミがいいの。私の方こそ、よろしくね」
──その言葉が、ごっこ遊びじゃなきゃよかったのに。
頷いておきながら。
いや、頷いたからこそ。
俺は心底そう思わずにいられなかった。
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