第6話 愛はだれに?


 ギシ…とベッドが軋む。

 キングサイズの大きなベッドの上で、私はイライナに押し倒され獲物を見るような目で見られていた。


「イ、イライナ…だ、だめだよ!」

「だめ?なにがだめなんですの?こんなにも汗だくで何一つ身に纏っていない姿を見せられて…なにもしない人はいるのかしら?」

「ひゃっ…!」


 荒い息遣いでイライナは私の首元まで迫ってくると、すんすんと綺麗な鼻が揺れる。

 そしてそのまま私の肌に顔をうずめて、大きく息を吸う。

 すぅはぁすぅはぁと、イライナの息の音とむず痒い吸われる感覚が襲う。

 一体、どうなっちゃったの?いつものイライナじゃない…!


「あ〜…いい匂い♡」

「わたくしルルカが好き♡」

「じゃ、じゃあイライナが…」

「魔女でしょうね、その首筋の呪いの中にわたくしらしき呪いがありますから」


 や、やっぱり!

 やっぱりイライナが魔女だったんだ!な、なら!!


「なら、呪いをここで!」

「解くわけないじゃない?」

「……え?」


 クスッと笑みを浮かべ、さも当然のように否定されて私は困惑の声が上がる。

 …な、なんで?

 私の顔に混乱する表情が浮かんで、イライナは鋭い目を細めて言った。


「わたくし、ルルカと友人になった時からずっと…ずっとずっとずぅっと好きでしたの」

「四六時中ずっとルルカのことばかり考えてたのに、ルルカはわたくしの気持ちも考えずにわたくしの元から離れていった!」

「ねぇ、あのはなんでしたの?わたくしが何かしました?ルルカが好きだったのに!ルルカに愛されたくてルルカを愛してたわたくしが!」

「それは…」


 問い詰められて、後ろめたい気持ちに襲われた私は申し訳なさのあまり顔を背ける…。

 その行動がイライナを傷付けると分かっていたのに、私は唇をつぐむ。


 その様子を見たイライナは、さらに目が細くなって、冷ややかな声とともにその両手が私の肩を強く掴んだ。


「…ああ、そうですか」

「でしたらもう、奪うしかありませんわね」

「イ、イライナ…!」


 ギシギシとベッドが軋む。

 イライナの力強さに私なんかが勝てるわけもなく、私の抵抗は虚しく終わる。

 両手は片手だけで縛られて、その間にイライナが動きやすいよう場面が整えられていく。

 下腹部あたりがずんと重くなり、イライナが馬乗りになって私を見下ろしている。


 影が出来たイライナの顔は、瞳が鋭く光り…私が捕食寸前の獣なんだと思った。

 ぺろりと、舌なめずりをして…イライナは空いた片手でシャツのボタンを解いた。


 ぷち、ぷち、ぷちと…カウントダウンが始まり、イライナの鼻息は荒くなって歯止めが効かなくなってるようだった。


「怖がらなくても大丈夫ですわルルカ」

「確かにわたくしは怒っているけれど、だからと言ってこの程度でルルカの愛は変わらない…」

「むしろ、前よりもルルカが欲しくなったりましたわ♡」

「あ、あぁ…」


 しゅるるる…とイライナの尻尾が足に巻きついてくる。

 制服のリボンを使って両腕をきつく縛ると、ようやく空いた両手を合わせ、まるで御馳走を目の前にした少女のようにイライナは笑う。


「まずは、ルルカをいただくわ♡」

「そして次に、ルルカを竜にする♡1年前はわたくしを避け始めて失敗に終わったけれど、こんどこそあなたを竜にする♡」

「な、なにいって…」

「ああ、そうでしたわねルルカは知らなかったわね…」


 さっきから何を言ってるのかさっぱりだった。

 突然、竜にするだなんて私が竜になるとかそんなの無理に決まってる。

 のに…イライナは無邪気な笑顔を浮かべて衝撃的な事実を口にした。


「竜の血はね、人を竜に変えるのよ」

「わたくしはこれまで、ルルカにわたくしの血や毛をこっそりと食べさせてきたの♡」

「え、え?食べさせてきたって…」

「ルルカが離れていったときに紅茶の中に血を混ぜたり♡作ってきた料理に血と髪の毛をバレないように入れたり♡」

「…え、えぇ……?」

「ぜーんぶ、ぜんぶぜんぶぜぇんぶ♡ルルカのためにと行動してたの♡」


 光が見えないほど暗く盲目的な瞳が私を捕らえて離さなかった。

 私が顔を引き攣らせているのに、イライナは気にもせずに私の頬を撫で回す。


「え?じゃあ、私今までイライナの…」

「ええ♡美味しそうに食べてくれて嬉しかったわ♡」

「…でも、身体の変化は起きなかったからやはり量が少なかったみたいね」


 聞きたくもない事実に、お腹が痛い…。

 今まで何も知らずに食べてたイライナのご飯の中には血が入ってたなんて。

 なんかちょっと変な味だなと思ってたけど、そういうことだったんだ…!


 そして、私が過去の食事を思い出している間にもイライナは残念そうな顔から立ち直り、にこやかな笑顔で頭を撫でた。


「でも、大丈夫よルルカ♡たっぷりとルルカを楽しんだ後、竜になるまで血を飲ませ続けてあげるから♡」

「そうすれば、首にかけられている呪いを上書きできる♡」

「…ひっ」

「最初から、こうすればよかったのだわ…♡さぁ、ルルカ…わたくしを見て♡」


 絡みつくような甘い声と共に、イライナの手が肌を滑っていく。

 なめらかに、侵略するように、味わうように足先からふともも…お腹に脇腹、胸から首筋へと指先が伝っていく。


 つぅーっと走るこそばゆさと、初めての女の子同士の関係に私の心臓は訳がわからずに跳ね上がる。

 痛い、怖い…逃げたい。

 なのに手足は縛られ、逃げることは叶わない。


「じゃあ、まずはその唇から♡」

「だ、だめっ!イライナ!」

「ダメじゃありません、大人しくしてなさい?」


 イライナの唇が刻々と迫ってきてる。

 私の言葉はイライナに届かない、なにを言っても私のことしか頭にない状態だ。

 こ、こんなところで初めてのキスを奪われるなんて。

 もっと、ちゃんとしたムードで…したかったのに。


「イ、ライナぁ…」


 今のイライナ…怖いよ。

 

 お願い…誰でもいい、誰かこの状況を止めて欲しい。

 キスされる直前に、私はそう願った。

 そして、それは叶えられるように…。


「…ドラングレイ様、なにをしてるんです?」


 第三者の声が私達の間を貫いた。


「は?」


 素っ頓狂な声をあげたのは、意外なことにイライナだった。

 私に向いていた瞳は乱入者の方へと向いており、その目は丸くなって驚いている。


「なぜ、あなたが」

「ド、ドラングレイ様に言われて去りましたが、結局物音が酷くなるばかりで…心配で」


 それは、忠誠心に溢れた言葉だった。

 乱入者は、さっきまでイライナを心配してやってきていたイライナの取り巻きの一人だった。

 その子はいつもの絡みつくような調子ではなく、裸で拘束された私と服がはだけて拘束しているイライナを交互に見て酷く困惑している様子だ。


「わ、わたくしは言いましたわよね!?関係ないと!」

「そ、それはそうとなぜ嘘をついていたのですか!いるじゃないですか!下民が!!」

「ッ!!わたくしの質問に答えなさい!」

「「ひっ…」」


 鬼気迫るイライナの声に、取り巻き共々私までも怯えた声をあげた。

 まるで竜の咆哮のような怒り様に私達は身をすくめるしかなかった。

 だけど、その竜の怒りに反抗するように取り巻きの子が声を発した。


「ど、どうしてドラングレイ様はあの下民ばかりお気に召すのですか!?あの女は貴族でもなんでもないただの下民!竜であるあなたがどうして!?」

「ッ…!下民下民と…!!わたくしのルルカを侮辱するな人間が!!」

「な…」

「あぁ〜もうっ!!なんでっ、こんないいところで邪魔が入るのかしらッ!!」

「わたくしはあなたなんて微塵も興味ないのよ…!わたくしはルルカが好きで好きで!ルルカを竜にしたらそれでいいのに!!」


 取り巻きの怒りを通り越すように、イライナは右手で髪を掻き上げながら取り巻きを睨む。

 心の底から私のことしか考えていないその言葉は、取り巻きの女の子に対して相当なダメージを与えていた。


「微塵も、興味が……下民を竜に?」

「それはつまり、そこの女にドラングレイ様の…尊き竜の血を与えようとしてたのですか?」


 わなわなと取り巻きの子が信じられないと言わんばかりに震えている。

 

「…どうして、私には」

「私はずっと、ドラングレイ様のために…」

「なんであの下民ばかり……」


 震えたまま、下を向いて何か喋っている。

 よく聞いてみると疑問の声で、それは次第に怨嗟が巻き付くように言葉としてあふれ出ていた。


「なんで、なんでなんでなんでなんで!」


 金切り声に近いその声は、イライナの怒りを一瞬忘れさせるほどで、イライナの部屋に一瞬だけ静寂が訪れた。

 そして、取り巻きの子は私を睨んで…。


「決闘よ……!」


 制服の内から杖を取り出し、切先を向ける。

 ビリビリと伝わってくる殺意と、決闘という言葉。

 それは貴族同士の諍いの際に使われる戦闘方式、殺人も起きるが…なんといっても敗者は勝者に服従というルールがある。

 そして大概、貴族との決闘は逃げることができない…。


「私が勝ったら二度とドラングレイ様に近付くな…!そして、ドラングレイ様の寵愛を受けているお前を、殺す!」

「な、なななっ…」

「急に何を!!大体あなたはわたくし達になにも関係な…」

「関係ならあります!!私だって、ドラングレイ様の事が…!!」


 そう言いかけて、取り巻きの子は私を見る。

 涙を含んだ赤く充血した目は、鬼気迫る様子で私はその顔にすくんで震えるしかなかった。

 だけど、その顔は決闘から逃げるなと言わんばかりに物語っていて……。


「か、考えさせて…ください」


 私はベッドの上で乱雑に置かれていた私の制服を取って、胸を隠しながらそう答えたのだった。

 


※仕事の都合上、明日以降の投稿が不安定になります。

完成次第すぐに出すよう心掛けます

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