第5話 恋せよドラゴン 《おまけつき》
ルルカ・ハイメルン。
小さくて、柔らかくて、いい匂いがして、はにかむ笑顔がなんとも可愛いらしい、初めてで唯一のわたくしの友人。
初めての出会いは学園の入学式、好奇心のままに駆け寄ってきたルルカの誘いからわたくし達の関係は始まったのですわ。
最初は、わたくしは困惑してました。
見知らぬ土地で心細かったとはいえ、どうしてわたくしは友人という関係を受け入れてしまったのでしょう?
その理由が分からぬまま、わたくし達の関係は始まったのです。
◇
「イライナ!次は野外授業だってさ!なにするんだろうね?」
「さぁ?ですが最近、近くに遺跡が発掘されたとの事でしたしその探索なんじゃないかしら?」
「あ、確かに!イライナってば頭が回ってすごいね!」
出会って一ヶ月が経過した頃。
その時は遺跡発掘がされており、魔法使いはその研究に熱を注いでいた頃でした。
もちろん学園も黙っている訳もなく、わたくしが考察した通り、ルルカが言い出した授業は遺跡探索だったのです。
ルルカは相変わらずの明るい笑顔を振り撒いて、わたくしに熱い視線を送ってくる。
相変わらず、可愛いお顔ですわね…。
その視線にくらりと目眩を感じながら、密かにわたくしはそう思いました。
くりくりとした目、ぷっくりとした頬。
身長差故、わたくしとルルカはかなりの差があり…わたくしは常に見下ろす形でルルカを見ている。
本来、ここまで差があれば誰であれわたくしを恐れ、視線を合わせてくれる者などいませんでしたわ。
ですが、ルルカの目には恐怖がなく、いつもその笑顔でわたくしを迎えてくれる。
それは小動物のような可愛さで、わたくしの心臓は大きく高鳴るばかり…。
しかしそんな感情を話せるわけもなく、わたくしはひっそりと胸の奥にしまい、話に出ていた野外授業の時間が来たのでした…。
「うわぁ…結構大きいね」
「最近発掘されたばかりとは言え、かなりの規模感ですわね」
「でも、授業って言ってもなにをするんだろう?生徒全員呼び出して奥まで進むのかな?」
「それはないですわね、あくまでも浅い階層の探索と言ったところでしょう…まだまだ発掘されていない物があると思いますし、学園は授業という
遺跡の規模は大きく、それ故に浅い階層でも発掘品が多く取れていた。
ですが、発掘をするにも人がいる。
それ故に人を動かすには金がいる…のですが、学園には生徒が多数いるため『授業』という名目で遺跡発掘に来させていたのです。
まあ経費削減ですね。
もちろん、それに気付いていなかったルルカは眉を寄せながら言いました。
「集めるって、それってつまり遺跡で手に入れたものは学園側に取られるってこと?」
「そうなりますわね、もちろん報酬はありませんわ、みんなで遺跡探索して思い出作り!と言って終わらせたいのでしょう」
「は、はぁあ!?そ、それはひどくない!?てかズルくない!?」
ええ、ドラングレイ家の令嬢がいるというのにも関わらずこの仕方です、学園側は生徒を低く見ているのでしょうね。
ですが、わたくしもルルカと同じく「はいそうですわね」と了承できないタチでして…。
わたくしはニヤリと笑いながら、ルルカの耳へと近付いて耳打ちします。
「そうですわね、ですからわたくし達二人で深いところに潜ってお宝を集めましょう」
「へっ!?で、でもそんなことしたら怒られ…いや、私じゃ何かあったら力になれないよ!?」
「大丈夫ですわ、わたくしがルルカを守るから」
「それに、友人同士というのは悪さを一緒にするものでしょう?」
怒っていたのに、深い階層に行こうと提案した瞬間びくびくと不安になるルルカ…。
見たことない一面に心臓が高鳴りながらも、わたくしはルルカを安心させるため視線を低くして彼女の頭を撫でます。
「それに、見てもらいたいのですわ」
「見てもらいたい?」
「ええ♪わたくしのかっこいいところを♪」
「それに無茶はしませんわ、ルルカを第一に考えて行動するから…安心しなさい?ね?」
「う、うん!」
そうしてわたくし達は秘密裏に遺跡の奥へと行くのでした。
「うわ、階段を下るだけでこんなにも暗くなるんだ…」
「ここから先、道も悪くなりますから魔法で照らしておきますわね」
上層から中層へと降ると、そこは暗闇が広がっていました。
ルルカの身体は強張り、恐怖を含んだ声が溢れている。
そんな怖がるルルカの一面にゾクリと名前の分からない喜びの感情を覚えつつも、わたくしは魔法を唱える。
ぽうっと光球が掌から現れ、わたくし達の頭上に浮かぶ。
「さ、行きましょうルルカ♪」
「わぁ…かなり明るいね、やっぱりイライナはすごいよ!」
「ふふ♪でも、照らしているからと言っても足場は悪いから、ほらルルカ手を出しなさい」
「手を?どうして?」
「もう、手を握って移動すれば安全でしょう?だからほら!」
ぎゅっと、ルルカの手を取って握る。
ただ握るのではなく、互いの指先を絡めて恋人繋ぎをする…。
「こ、ここまでするの?」
「もし万が一離れ離れになる場合があったらどうするのかしら?事前にこうしておくことでそういった事故を減らすことが出来るのよ?(嘘」
「そ、そうなんだ…でも、なんだかちょっと恥ずかしいね…これ」
…頬を染めて下を向くルルカ。
顔を、顔をまっすぐ見たいのに!どうして下を向くのかしら!?
と、もどかしさを感じつつも、とてもいいものが見れたと思い心にしまう…。
しかし、最近のわたくしはルルカに夢中で、ルルカのことしか考えていない気がしますわ。
でも、初めての友人にどうしてここまで固執するのか…どうしてこんなにも気持ちが昂るのでしょう?
あと少しでその理由に届きそうな気がする、そう思いつつもわたくし達の遺跡探索は進んでいく。
「歩いて10分は経ったけど、発見されたばかりの遺跡はすごいね!廊下を歩いてるだけでも古代の金貨とか落ちてるよ!」
「あまり触れない方がいいですわよ?そういったのは基本呪われてますから」
「ひぇっ!あぶなぁ!?」
「ふふっ、まぁ軽い呪い程度ならわたくしが解いてあげますわ」
「それはすごく頼りになるけど…金貨は取らないようにしよ…」
うへぇと青冷めた顔をしながらルルカは金貨を避けて道を進む。
しかし、中層とはいえ道端に落ちている物に呪いがついているとなると警戒しなければなりませんわね。
それは、もちろん…。
「ん?イライナってば急に立ち止まって…って、うわあっ!」
廊下から十字路へ、その死角になる位置まで歩いていたルルカを、わたくしは一気に引き戻す。
強引、けれど優しくルルカを抱き止めて…ルルカに迫っていた凶刃をわたくしは受け止めた。
『…ガッ!?』
「鋭利な鎌ですこと、ですが残念でしたわね?奇襲はわたくしがいる時点で失敗ですわ!」
指先で鎌の先を受け止めたわたくしは、そのまま先端を砕く。
奇襲をしかけたは闇に溶け、命を狙う死神を彷彿とさせる魔物。
全身は黒いローブに纏われており、中身は空洞。
正体は暗く澱んだ呪いの集合体、行き場のない意思が探索者を殺すためだけに現れたゴースト!
「ルルカを殺そうなんて万死に値しますわ!」
ルルカをぎゅうっと抱き寄せながら、わたくしは左手を手刀として形作る。
そしてゴーストが逃げる間もなく…。
一閃!!
『ゴォォォオオ!』
胴体を切り裂き、ゴーストは霧となり世界に溶け込む。
そんな魔物の消滅反応を見送ったのちに、わたくしは抱き寄せていたルルカを見ました。
「こ、ごわかっだぁ…」
「ッ…」
プ、プルプルと震えてる…!
涙目になって、声がガラガラになってる!
か、かわいそかわいい!!
「かわ…いえ、もう大丈夫ですわよ?ルルカ」
「イ、イライナが助けてくれなかったら…私、ほんとに危なかった…」
「言ったじゃない?ルルカを第一に考えるって♪」
「あ、ありがとうイライナ…だいすき、ほんとうにありがとう…!」
「〜〜〜〜ッッ♡♡♡」
だいすき…!だいすきですって!!
嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しいっ!!
尻尾が激しく動いて、気持ちがバレてしまいそうですわ!熱が昂って、炎を吐き出してしまいそう!!
「ル、ルルカはわたくしの友人で、大切な宝物ですからいつだって守ってあげますからね」
「た、宝物って…なんだか嬉しいな、えへへ///」
「ふふ、ドラゴンは宝物を好み…それを奪うものを許しませんからね♡」
だから、誰にもルルカを傷付けさせない。
そう誓い、わたくしはルルカの頭を何度も撫で回す…。
スリスリとスリスリと……♡
ふふっ♡うふふっ♡
だいすき、だいすきですって♡えへ、えへへへっ♡
言われて気付いたことが一つあります。
わたくしはルルカを番いとして見ている。
それは紛れもない事実。
竜人ではなく、竜として生を受け…人として生活をしてきたわたくしには、いつも疎外感が棘のように差し込んでいた。
生まれついて差のある世界、人はみな脆弱で竜とは相容れない…。
そう、思い込んでいた時にルルカはわたくしを一人の友人として見ていた…わたくしを竜だと知りながらも、わたくしに対等に接してくれた。
可愛い笑顔も、愛くるしい姿も、怖がってわたくしに抱きついて感謝の印にだいすきという姿も、全部全部全部!
そんなルルカの全てが好き♡
ルルカを番いにして、わたくしの卵を産んでほしい♡♡
数は何個あっても足りませんわ♡たくさん産んでたぁくさん幸せにしてあげますの♡
そして一生わたくしの宝物として愛されて、永遠にわたくしに愛されてほしい♡
「………♡♡」
「ルルカ♡ずっと一緒ですからね♡」
「ん?うん、怖いから一緒にいてね?イライナ」
「ええ♡ええ♡♡」
一生一緒ですわ♡ルルカ♡
◇
こうして、遺跡探索はほどほどのお宝を集めて地上に帰還。
しかし本来の目的はルルカと二人きりでどこかに行きたかったわたくしにとって、大成功となった日でした。
うっすらと気付いていた気持ちに整理がつき、ルルカを愛するようになった私はそれからというものルルカにアプローチを仕掛けるようになりましたの。
ある日はデートに♡
ある日は恋人繋ぎで遺跡探索♡
ある日はこっそり血や髪の毛を混ぜて料理を振る舞ったり♡
ある日は大胆に告白をしたり♡
ぜんぶ、ぜんぶルルカを思ってのことでしたのに、ルルカは鈍感だから気付いてくれない。
ましてや、わたくしを避けるようになってしまい…わたくしは諦めていた。
なのに、ルルカの方から
もう、もう…♡♡
襲ってしまうしかないじゃない…!!!
《おまけ》
イライナがこっそりルルカに血を呑ます話
こんなお伽話がありますわ。
竜を倒した英雄が、竜の血を被り竜になったお伽話が。
それは迷信ではなく真実、竜の血は強大な生命力ゆえに人を竜に変えてしまう。
それはもちろん、イライナことわたくしの血も例外ではありませんでした。
わたくしは、ルルカに恋をしていますわ。
ルルカが好き、番いにしたい、愛したい、ルルカに愛されたい!!
愛は日に日に強くなっていき、それと同時に不安が募っていきました。
それは人と竜の寿命。
わたくしは先祖返りにより人ではなく竜として生まれた特異な存在、もちろん寿命も竜のものであり人より遥かの年月を生きる。
故に、わたくしとルルカが結ばれたとしても、必ず別れが来てしまう…。
わたくしは一人取り残され、ルルカは過去になってしまうと考えると死よりも恐ろしい感覚を覚え、初めて身震いをしました。
そんな時、ふと脳裏によぎったのが…。
「え?新しくできたカフェ?行く行く!」
遺跡探索から一ヶ月が過ぎた頃、わたくしは学園の近くに出来たカフェへと誘いました。
ルルカはにぱっと可愛らしい笑顔を咲かせて返事を返すと、その日の放課後にカフェへと行くことになったのです。
まぁ、目的はルルカとゆっくりお茶会をする訳ではないのですが…。
「わ、すっごいオシャレ…!」
「そうですわね、しかし店内は人が混んでますわね…」
「確かに、あ…!でもテラス席は空いてるみたいだよ?ちょうど二人席だし、よかったね!」
「ええ、運が良いですわ」
まあ、あの席は事前に空けておくよう店主に命じていたものですけどね。
しかし、ルルカと放課後カフェデート!はしゃいで満足気なルルカの表情は最高ですわ♡
「ねえねえ!なに頼む?私パフェとか食べてみたかったんだよね!」
「頼んでもいいですが、夕方ですし夕食に響きますわよ?」
「だいじょぶ!甘いものは別腹ぁ!!」
このあと絶対後悔しますわね。
さて、ルルカにパフェだけを注文されると困りますので、ひとつ提案を。
「パフェだけだと寂しいですし、ここは紅茶やコーヒーでも頼むのはどうかしら?」
「そうだねぇ…じゃあ紅茶頼もうかな!」
はい、これで準備は整いましたわね。
店員を呼び注文を終えると、ほどなくして店員が紅茶を持ってきました。
しかし、今はルルカが見てるいる状況…そんな中で血を入れるなんてことはできませんわ。
まぁ、じっくりと機を待つとしましょうか。
だって、ルルカとのデートなのだから!
「ねぇ、ルルカは竜についてどう思うのかしら?」
「へ?竜について?…うーん、そう言われるまで何も考えてなかったけど、まあまずはカッコいい…かな」
「へぇ、それはどうして?」
「うーん…その、イライナは竜…なんだよね?」
「ええ、人に変化する魔法で化けてるだけですからね」
まぁ、その魔法を使っても完全な人間にはなりきれないのですが。
例えば尻尾やツノ…頬に浮き出た竜鱗がそうですわね。
「私にとって竜は、イライナしか知らないわけで…前の遺跡探索で守ってくれた時、すごくかっこいいって思ったの」
「お伽話とか村にやって来ていた吟遊詩人は恐ろしい怪物って言ってたけど、イライナを見たらそうは思えないよね」
えへへ、と照れ笑いをしながらわたくしを褒めてくれるルルカ。
ぐ、ぐうっ…!なんて破壊力のある言葉なのかしら!今すぐ抱きしめてあげたい!!
「お褒め頂き感激ですわ♪ではもう一つ聞きたいのですが…」
「もし、ルルカがわたくしと同じ竜になったらどうします?」
「へ?私が…竜になったら?いや、それこそ答えが出ないなぁ…だって竜がなにするかも分からないもん」
「まあまあ、想像でもいいので聞かせてくださいな♪」
「う、うーーーん…まあ、そうだなぁ」
頭をひねってルルカは深く考えている。
一体どんな答えを出すのかと心を踊らせながら、ルルカは絞り出した答えを声に出しました。
「イライナと…空を飛びたいな」
「…!」
「イライナの竜の姿なんてみたことないけど、その…もし同じ竜になれたら大空の上を二人で飛びたいなって思ったな」
「ふ、ふへっ♡」
「って、どうしたの?すごいニヤけてるけど…」
「い、いえ…ルルカはわたくしを喜ばすのが得意ですわね!ええ…ええ、ええ!いつか一緒に大空を二人で飛びましょう!」
「ええ!?もしもの話だよ?私が竜になれるわけないじゃんか!」
「ふふふ♪なれたら…空を飛びましょうね?ルルカ♡」
「…え?うん?」
「あ、それはそれとして話してる間にパフェが来たみたいだね!って…でかぁ!!?」
ルルカが反応した通り、巨大なパフェを乗せて店員がやってくる。
そういえば言うのを忘れていましたわね、ここのパフェ…特大サイズの大きさで評判ということを。
「……食べられそうです?」
「や、やればできる!」
「……夕食は?」
「な、なんとかする!」
「……本当は?」
「た、たすけてぇ…イライナぁ(涙」
もう、見栄を張るなら最初から張らなければいいのに…。
でも、そういうところも好き♡
「まったく、わたくしも手伝いますわ」
「! あ、ありがと〜イライナ!ほんと大好き!」
「ほ、褒めても何も出ませんわよ!?」
「えへへ、でも頼んでよかったかもね!ふたりで食べれるなんてさ!」
「〜〜ッ♡そ、そうですわね」
ほんと、この子ったら…!!
◇
「う、ご、ごめん…ちょっと席離れるね…」
「ええ、いってらっしゃい」
パフェの量がそろそろ底を尽きる頃、ルルカは苦しそうな顔で席を立つ。
そのまま店内へと姿を消すところまで見届けたわたくしは、口元に付いたクリームを拭い…唇が僅かに歪んだ。
「…ようやく一人になれましたわ♡」
そして、隠し持っていたナイフを取り出す。
キラリと光るナイフを、そのまま手首の方へと持っていくと…刃先を強く肌に押し付けた。
「………ルルカ、ルルカ♡」
痛みはありませんでした、痛みよりもルルカのことばかり考えていたせいか何も感じませんでした。
「少量の血で…どこまであなたの身体を変えられるか分からないけど♡」
「きっと、ルルカを竜に変えて…わたくしの番いにさせてあげますわ♡」
たらり、たらりと…赤い血が滴る。
ぽつ、ぽつと紅茶の中に入っていく。
本当はもっと、もぉっと入れたかったけれど…これ以上はルルカに気付かれてしまうので、ここで打ち止め。
「…♡」
傷付いた手首は、すぐに再生を始めていた。
竜故の再生能力、その速度はわかりやすいほどの勢いで傷口は空いていても血は止まっていた。
ナイフは既に隠し、わたくしは笑みを隠さずにルルカの紅茶をティースプーンでかき混ぜる…。
「竜になぁれ♡竜になぁれ♡」
わたくしを一人にさせないためにも、ルルカには竜になってもらうの♡
人間なんて脆い身体、そんなものはいらないのだから♡
だからルルカ♡
なるべく早く、わたくしの血に馴染みなさいな♡
「フフフ♡」
補足
この後紅茶はルルカが美味しく頂きました
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