第4話 ルルカとイライナ
『わぁ…あなたおっきいねぇ、私ルルカって言うんだけど名前はなんて言うの?』
魔法を学ぶため家を出て、新たな地で出会ったのは好奇心のままに近付いてきた無知な平民。
本来なら馴れ合う必要なんてない、そもそも貴族と平民が同列ではないと考えていたのに…。
見ず知らずの土地で人恋しかったのか、それとも出会ったあなたの無垢な表情が、あまりにも可愛らしかったからか…。
理由は定かでないけれど、わたくしはその日初めて…。
『イライナ…いい名前だね!今度からイライナって呼んでもいい?それと友達になろう!』
ただ一人の友人が、出来たのです。
◇
「イライナは…私のこと、好きなの?」
イライナが魔女なのか確認するため、私は意を決してその心意を聞いてみる。
イライナはギクリと肩を揺らすと、その顔は真っ赤に染まっていく。
「ねぇ、どうなの?」
イライナが魔女なら、私の呪いが一つ解ける。
私は急かすようにイライナに寄ると、イライナはバッと顔を逸らした。
「そ、その答えを聞くよりも先に…今の姿を考えてくれません!?」
「へ?」
「さ、さっきから胸を揺らして!何も隠さずに!誘ってるんですの!?」
顔を逸らしつつも、チラチラと目線がちくちく刺さる…。
視線の矛先はもちろん…私の裸体。
「〜〜っ!」
し、指摘されて思い出した…!
呪いのことばかり考えてたから、完全に頭に抜けてたよ!私、ずっと裸だった!!
「ご、ごめんねイライナ……」
「我慢するの大変でしたのよ!ああもう!さっきから情報ばかりが増えて完結しませんわ!」
「た…たしかに、困惑させてごめん」
イライナが私の服でシてたのを見られた事とか、私が猫だとか、呪われてるのだとか…。
一旦落ち着いて話し合わないとイライナの怒りが爆発しちゃうよこれ。
「と、とりあえず何か服とかってある?」
「あなたが脱ぎ去ったものならありますわ…でも」
「でも?」
「…………な、なんでもありませんわ」
「…?」
なぜかものすごく物悲しそうな顔をして私の制服をチラチラ見てる。
私のなのに、なんでそんな残念そうにしてるんだろ?
「じゃあ私、着替えるね!裸のままじゃイライナも辛いだろうし」
「ええ、そうしてくれると助かりますわ」
「………ルルカの制服、いい匂いでしたのに」
「なにか言った?」
「な、なにも言ってません!」
イライナ、さっきからどうしたんだろ…?
でも、考えてみればイライナは私のことが好き…なんだよね。
呪いを解くことしか頭になかったけど、私に呪いを掛けた魔女達はみんな私のことをそういう目で見てるんだ。
さっきのイライナの目、なんだかいやらしかったな。
全身が狙われてるような感覚だった、本当に私のことが好きなんだって初めて気が付いた。
……ほんとに女の子同士で恋愛って出来るんだ。
私が知らなかっただけで、イライナみたいに私のことが好きな人があと6人…。
「一体…どうなるんだろ」
未知を想像した瞬間、胸が高鳴って身体がピクンと揺れた。
その感情がなんなのかは分からなかった、探りを入れる前に私達の間に横槍が入ったからだ。
トントンっとノック音がした。
音は扉の方から、ノック音に続いて女の子の声が入ってくる。
「ドラングレイさま〜?さっきから物音がしてましたが、なにかありましたか〜?」
「まずいですわね…」
「うわ、最悪…」
ねっとりとした嫌味な声、その主はいつもイライナの周りにいる女子達だ。
しかもこんな時に現れるなんて、二人して嫌な顔をするくらい最悪のタイミング…。
「ど、どうしよ?」
「どうするもなにも、帰ってもらうしかありませんわ」
ひそひそ声で話し合って、イライナが前に出る。
その姿はいつになくカッコよくて、私の胸はドキッと高鳴る。
いやいや、なにこんなときにドキドキしてんのさ!
「何用かしら?」
「あ、ドラングレイさま!随分と物音が酷かったので心配になって来てしまいました〜」
「なにかありました〜?」
「なにも無いわ、心配してくれるのはありがたいのだけど早く部屋に戻りなさい」
心配してくれてるのに対し、イライナの声はひどく冷たかった。
心なしか怒ってるようにも見えて、その目は相手を目で射殺すほどの鋭さがある。
だけどその視線は扉越しでは分かるはずもなく、扉の奥からねっとりとした声が大きくなった。
「いえいえ!ドラングレイ様になにかあれば問題ですから!少しお部屋を見せてもらってもいいですか〜?」
「…別にあなたに見せる理由なんて」
「まあまあまあ!」
「ちょっ、ドアを無理やり開けようとしないで!」
ガチャガチャガチャとドアノブが暴れ始める。
イライナも慌て始めたあたり、あの女の子は強硬手段に出たようだ。
でも、これかなりやばい展開になったのでは?私、今も着替えられずに裸のままなんだけど…このまま見られたらとても大変なことになっちゃうかもしれない!!
「や、やばくない?!」
「ああもう!ルルカ!こちらに来なさい!」
頭を抱えたイライナは私の手を取ってベッドの方へ走った。
一体どんなことをするのか分からないまま、私はイライナにされるがままに押し込まれていって……。
そして、部屋にあの子が入ってきた、
「おじゃまします〜……ってイライナ様、ベッドで寝ていらしたんですねぇ」
「問題ないから入ってこなくてもよかったでしょうに…」
「ですが何かあっては困りますから〜」
「それに、最近はあの下民にご執心ではないですかぁ?もしかして隠れて会っているのではと思いましてぇ」
「………そんなことはありませんわ、それとその言葉を取り消しなさい、ルルカを侮辱しないでくれる?」
「で…ですが、貴族は貴族としての振る舞いが必要ですから、あんな人間と関わっていてはドラングレイ家の名が汚れますよ?」
う、うわぁ…イライナがキレてるのに、あの子気付いてないのかな?
しかし、咄嗟とは言えイライナってばよく考えたね、まさかベッドの中に私を潜り込ませるなんて。
普通人が入ると盛り上がって違和感が出てしまうけど、イライナには大きな尻尾があるから第三者から見ると尻尾が盛り上がってるように見えてしまう。
だから私は潜り込んでもバレてないんだけど、まさか初手から私の悪口を言うなんて…取り巻き達には流石の嫌われようだ。
けど、ちょっとこの体勢は窮屈だ…。
バレないよう屈み、下にはイライナの大きな尻尾が私の下敷きになっている…。
裸のせいでゴツゴツとした鱗の感触が直に伝ってくるし、時々イライナが動くからなんか変なところに当たって…!
「汚れるものなにも、あなたには関係のないことでしょう?わたくしにすり寄っても何も得られませんわよ?」
「い、いやですねぇ〜私はドラングレイさまのためにと思いまして…」
「ために?大切な友人をいじめてほしいと、わたくしがいつ頼んだのかしら?」
「……それは」
「はぁ…あなたは二度とルルカに近付かないで、そしてわたくし達の邪魔をしないで」
ズバッと言い切って、取り巻きの子は押し黙る。
イライナの怒りは確かなもので、喋っている最中尻尾がぐねぐねと怒りを露わにして暴れていた。
でも、動く尻尾は私の敏感なところをゴリゴリと当てて……。
「んにゅぅっ♡♡」
抑えていた声が、外に漏れ出した…。
「…!」
「今の声…誰?」
しまったと、口を抑えるももう遅い。
意気消沈となっていた取り巻きの子が私の声に気付き、疑いの声がイライナに向けられる。
「もしかして、誰かいるんですか?」
「そんなことないですわ、まさかわたくしを疑ってるのかしら?」
「でも、今の声…どこかで聞いたことが」
「…しつこいですわね、ないと言ったらありませんわ」
「ですが………では、その盛り上がった布団を覗かせてください」
疑いは一向に晴れないまま、その矛先はついにイライナが隠していたベッドの中へと向けられる。
まずい、このままだと見つかってしまう。
ただでさえ裸になってイライナの尻尾にまたがって、尻尾の振動で変な声が出てるっていうのに…見られたら何を言われるのか分からない。
どうしよう、本当に大変なことになってきた!!
「…いやですわ」
「い、いや…!?」
「そうでしょう?なぜわたくしが眠ってた最中にあなたに起こされ、あまつさえあなたにその中を見せないといけないのかしら?」
「大体あなたには関係がないのだから、さっさと部屋に戻りなさい」
ズババッと真っ向から取り巻きを言葉で斬る。
もう徹底的に受け付けない姿勢は、流石の取り巻きもこたえたのか、意気消沈とした声が聞こえてきた。
「わ、わかりました…」
「ですが、なにかあればまた来ますからね?」
「はぁ…好きにしなさい」
そう言って二人の会話は終わり、バタンとドアが閉められる音がして部屋に静寂が訪れた。
そんなシンと静まる静寂を破るように、大きく深い溜息が吐き出された。
「はぁぁ……」
「まったく、面倒な子でしたわね…」
「さて、黙っていないでルルカも出てきなさい?もう誰もいないから…」
ちらっと潜り込んだ布団に光が差し込む。
光の奥ではイライナが覗き込んでいて、私はイライナの言葉を信じてよじよじと布団から出た。
ベッドの中はとても暑かった。
人と竜では体温が違うのか、イライナの尻尾はとてもあったかくて隠れている間は汗でビショビショだ。
早くシャワーを浴びたい、そんな風に思っていた頃だった。
「はふぅ……ほんと大ピンチだったねぇ、怖かったぁ…」
「ル、ルルカ…」
「どうしたの?なんだか声がうわずってるけど」
「そ、その…一つ聞きたいことがあるのだけれど」
「うん?なんのこと?」
「さっきの声は…なんだったのかしら?」
「…うっ、それはその…隠れてたとき、丁度イライナの尻尾にまたがってて、それでその尻尾が動いて…へんなところに当たって、おもわず……って言わせないでよ!」
「へ、へぇ……じゃあルルカは、わたくしの尻尾で快感を感じてた…ってことなのね」
か、快感って………。
まあ、そ、そうなるかな?
それにしても本当にイライナは大丈夫なのだろうか?さっきから調子が悪そうに見えて心配になってくる。
「……それと、ルルカ」
「裸で…汗だくになって…ルルカは」
ゆらっと、イライナが揺れるように動いて私の肩を掴む。
ぎゅぅぅうっと強く掴んで、鼻先が当たるほどの距離でイライナは竜の瞳で私を閉じ込めながら…恍惚とした表情で言った。
「誘ってるのかしら?」
「へ?」
フーッ!
フーッ!!
獣のような息遣いと瞳孔が開いた目。
まるで好物を前に我慢できなくなった子供のように、イライナに抱きつかれる。
「ルルカ♡ルルカ♡♡♡」
「え?えっ!?」
「もう、もう我慢出来ませんわ…!ルルカがフェロモンをここまで撒き散らしておいて、我慢なんて出来るわけないじゃない!!」
「わたくしの尻尾でイッてしまうなんて、なんて可愛いのかしら♡ベッドの中で隠れて、たくさん汗をかいて出てくるなんて誘ってるとしか言い様がないでしょう♡」
「イ、イライナ!?ど、どうしたの!?」
「どうしたもこうしたもありませんわ!もう、もうここで!!」
「わたくし達は
◇
友人に恋をするのは時間の問題でした。
竜とは孤高の存在、人と竜は分かり合えることなんてできない。
長らくそう信じ、そう考えわたくしは生きてきましたわ。
ですが、わたくしの家はそんな二つの種族が結ばれて出来たもの…。
結局、竜は孤高なのではなく、わたくし自身がが孤高を感じていただけでしたの。
その孤高を変えてくれたのは…。
『イライナ!次は野外授業だってさ!なにするんだろうね!』
小さくて可愛らしい、ただ一人の魔法使いでした。
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