第1話 魔女を探して

 私ルルカ!ごくごく平凡な魔法使いです!

 今朝、いつのまにか呪われていて呪いを解くために絶賛奮闘中!

 なにやら私の呪いは7人の魔女たちが無意識のうちにかけてしまった巨大な恋愛感情が呪いになったものらしいです!


 いや、まっっったく見に覚えがないんですよね!ほんと!!


 頼りにしてた先生からは鈍感あんぽんたんだとか不名誉なことを言われる始末!だぁれがあんぽんたんじゃーい!

 今は魔女たちを探すため、一通り校内を回ってきたんですが…。


「いやわかんないっ!」


 教室に戻るや否や、私は自分の席でうずくまるように頭を抱えていた。

 スーリア先生は自分の身近な人と言っていたものの、正直に言うと身近な人でそんなモテたような試しがなく私は悩んでいた。


 それに、今こうして悩んでいるだけで呪いは着々と私の体を蝕んでいると思うと鳥肌がぞわぞわと立つ。

 しかし、恐怖心とは裏腹に時間はそれなりに経ったものの身体に異常はない。

 一応、保健室を出る前に先生から呪いの解除薬と呪いの進行を遅らせる術が記された包帯を貰ったんだけど…。


「使う機会…あるのかなぁ」


 私の席の上には薄茶色の小瓶が一つ。

 中には丸薬があり、先生曰くマンドレイクやコカトリスの蛇の牙を煎じて作られた呪いの特効薬なのだとか。

 しかし、私の呪いは複雑化しすぎていてこれでは直せない。あくまでも呪いが発動した時の一時的な気休めにしかならないと言っていた。


 それと、もう一つ貰ったこの包帯。

 これは呪いの上に被せるように巻くもので、巻くと肌の色に合わせて変色する機能を持つ。

 呪いの進行を遅らせるものではあるけれど、実際はべつの意味を持っていた。


『あまり呪いのことは人に言わないように』


 保健室を出る前、念押しされた先生の言葉を思い出す。

 人の呪いは笑いながら言ってたくせに、こればかりは真剣な顔つきで、その時は緊張が走った。


『ここは、いい意味でも悪い意味でも魔法使いで溢れている』

『君の状態は類を見ないほど珍しいものだから…きっと君を、呪いを研究したがる人間が現れるだろうね』

『最悪モルモットにされる、なんてこともありえるから、肌身離さず包帯は巻いておくように』


 ああ、思い返すだけでもぞぞぞ〜っと背筋が凍る。

 そうだよ、この街は魔法使いばっかりだ。

 研究に固執しすぎて非合法なことをしてる人なんて新聞でよく見るくらいだし。


「そうだよねぇ、ここって安全な街とは言い難いしね…」


 魔法で便利になってる反面、魔法の研究は大事なワケで…。

 その中には人体実験なんてなんのその、なんて人もいるんだろう。

 だから私はこの包帯を外せない。けど、隠すことによって見つけることが難しくなったんじゃないかと不安になる。

 呪いを見せびらかしてれば、勝手に来てくれるんじゃないかと思っていたけど…。


「ああ、ほんと…どうやって探したものかなぁ…」


 うへぇ、と項垂れるように顔を隠す。

 なんかねぇ、まだ一日目なのに見つかる気しないよぉ…私のこと好きな子っているわけぇ?


「ル・ル・カ!なーにしょげてんのさぁ!」


 突然、私の後ろから明朗快活な声と共に背中からばしんっと痛みが走る。

 わっと驚いて顔をあげると、そこには元気溢れる笑顔が素敵なポニーテールの女の子…クラスメイトのニニコが立っていた。


「ニ、ニニコ…!急に背中叩くのやめてくれないかなぁ!」

「おうおう!しょげてるルルカが悪いんだぜぇ?」

「まぁまぁ、ニニコちゃんだって悪気はないんだからさ〜」


 反省皆無で元気満々なニニコの横で、おっとりとした声と一緒に姿が現れる。

 丸いメガネに魔女のとんがり帽、こってこてな魔法使いのイメージを持つ黒髪の女の子は、ニニコ同じくクラスメイトのアイネだ。


「やっほルルカちゃん、今日は来るの遅かったねぇ〜」

「そうだよ、いくら待っても来ないからなんかあったのかと思ったぜ」

「あ、もしかしてその暗い表情が原因なのかもなぁ?」


 アイネとニニコに囲まれて、教室に遅れた理由を問われる。

 特にアイネの勘は鋭く、アイネの言葉に反応してニニコが勢いよく顔を近づけてくる。

 二人とも私の友達、話したいのはやまやまだけど、それでも呪いのことは話せない…。


 私は唸るように悩んで、呪いのことは伏せつつ状況を話そうとした。


「じ、実は…」

「「実は?」」


「私のこと、好きな子を探してるの!」


「「…………」」

「なにいってんだおまえ?」

「しょうもな〜」

「ヒドイ!真剣に悩んでるのに!!」


 とても冷ややかな視線を向けてくる!

 ほんとなのに!呪いのこと伏せたらたしかにしょうもなく聞こえるけど!!

 

「なにルルカ、もう婚活してんの?」

「いやそうじゃなくて…」

「ルルカちゃん普通に可愛いけど、あまりがっつくと引かれちゃうよ〜?」

「いや、男子じゃなくて女子で私のこと好きな子を探してて!」

「「女の子…」」

「なにいってんだおまえ?」

「あらぁ〜〜〜!」

「二度目!!」


 今度はアイネだけ興奮気味だけどさっきとおんなじ!!

 いや、だめだ!このままだと話なんにも進まない!なんとか呪いのことを伏せつつ正確に言わないと!


「その、どうやら私のことが好きな女の子が7人もいるみたいで…私はどうしてもその子らを探さないといけないんだけど…」

「つまりその人らが見つからなくて困ってるわけか?」

「そう!みつかんない!おぼえがない!」

「うん?覚えがないならなんで7人も自分が好きな女の子がいるってわかるのかな?」


 う、相変わらずアイネだけ勘が鋭い…。

 けど、全部言うのもあれだし…。


「そ、その…かくかくしかじかあったわけです」

「それを教えろよ!」


 ごもっとも、ごもっともなんだけどニニコちゃん!言えないんだよぉ!


「まぁまぁ、魔法使いにはやましいこと100個や1000個とあるものだし深掘りするのはここでやめとこうよ〜」

「さすがにそんなにはないよ!?」

「あはは、でもさルルカちゃん」

「7人もいるってなかなかすごいことになってるねぇ?」


 なんだろう…アイネってばやけに上機嫌だ。

 両手を合わせてウキウキと肩を踊らせてる、もしかしてこの状況を楽しんでない?


「百合来てる♪ちょうきてる♪」


 やっぱ楽しんでない!?


「まぁ、話を聞く限りだとルルカちゃんはどうしてもその7人を探してる…だけどその7人は全員女の子くらいしか情報がなくて探すのが困難ってことだよね?」

「そ、そうそう!アイネってば勘が良くてすごく助かる!」

「ふふふ…それほどでも」


 帽子を深々とかぶって照れるアイネを褒めつつ、私は聞くべきことを聞くためにすがるように二人を見た。


「それで!私のことを好きだと思ってる女の子しらない?」


 いや、知るわけないよね。

 私だってなんにも知らないんだから、当たり前だよね……。


「まぁ一人だけなら…」

「知ってるぜ?」

「…へ?」


 へぇえええええああああ!!?


「し、しってるの?ほんとに!?」

「そりゃあ、すごく分かりやすいのが…ん?なにアイネ?」

「いや、ここで答えを言うのはやめようよニニコちゃん」


 あれ?ニニコが言う前にアイネがなにか話してる。

 それもすごく小さなこしょこしょ声で、割と近くにいるのに言葉一つも聞こえてこない。


「なんでだよアイネ、ルルカのためにも言ったほうがよくないか?」

「いやいやぁ、ネタバレ厳禁だよぉ」

「百合好きの私のた…げふんっ…ルルカちゃんのためにもその子のためにも気付くまで待つべきだよ」

「そういうものなのか?」

「そうそう、大体…私達が気付いているのに当の本人はあの態度だよ?スーパーミラクルハイパーウルトラ鈍感あんぽんたんだよ?」


 おい、なんか陰で私のことバカにしてないか?


「たしかに…」

「そう考えるとさ、ムカつかない?」

「たしかに…!」


 うんうんと頷き合ってるけど、一体全体何を話しているのだろうか?

 なにか酷く不名誉なことを言われ、勝手に好感度がだだ下がっているような気がしてならない…。

 そんな嫌な予感を覚えつつ、二人は話し終えると私の方を見た。


「ごめん、やっぱ今は言わんでおくよ!」

「なぜぇ!?」

「それはルルカちゃんのためだから〜」


 どこに私のための要素が!!?


「いやいや!教えてもらわないとすごく困るんですが!」

「まぁまぁ、落ち着きなよ〜ほんと身近な人だからさ〜」


 いや、そう言われても分からないから困っているワケで…。

 だ、だめだ…二人ともなあなあな空気にしてぼかしに来てる…!


 そんな、私の駄々を聞かない二人に理不尽を感じていると、私の足元に大きな影が出来ていた。

 それは私を影で塗り潰すくらいの長身で、背後から冷たい空気を感じる…。

 同時に、ニニコとアイネ達が黙りこくって…私の視界に雪のように白い手が当てられた。


「だーれだ♪」


 少し低めの、イケボに近い女の子の声。

 上機嫌で悪戯なその声の主には覚えがあった。

 私は面倒くさそうに、その名前を口に出す。

 

「ジェアリスでしょ?今こんなことしてる暇ないんだけど…」

「正解♪ルルカ先輩、そんな怒っているとせっかくの可愛い顔が台無しですよ?」


 声の主はジェアリス、私の後輩だ。

 名前を当てると視界を覆っていた白い手は離れ、それと同時に次は私の肩へと抱きついてくる。

 ふわっと舞う、心地いい冷気が身体に伝うと私の顔の横からにゅうっとジェアリスの顔が出てきた。


「おはよう♡ルルカせ〜んぱい♪」

「はいはい、おはようおはよう」


 見慣れているけど、どうして人の顔はここまで差異があるのだろう…。

 透き通るような白い肌、氷のような青白い髪、男子ですら追い越す長身と凍りつくような鋭い眼差し…。

 校内にたくさんのファンがいるくらい、彼女は超がつくほどのイケメンで、別名…氷麗の魔女という。


 ちなみに、身長は私達を追い越して180くらいだったはず…。

 いや、どういうものを食べてたらそんなに大きくなるわけ!?


「元気ないですね先輩?キスしてあげよっか?」

「もう…またいつもの冗談?そういうの今はいいから…」

「冗談じゃないんだけどな……それで先輩達は何を話してたんです?ボクも混ぜてくれません?」


 また話す人が増えてしまった…。

 同じ説明をするのもなぁ、と考えていると私達を見ていたアイネが面白そうに言う。


「相変わらず二人は仲良いよねぇ〜」

「ええ、ボクと先輩はラブラブですからね」


 そっと私の肩に手を添えて、ジェアリスは低く魅惑的な声を発する。

 並大抵の女の子ならここでイチコロだ。

 だけど、ジェアリスとの仲が深い私にとってはいつものことだった。


「ジェアリスは相変わらず好き好きアピール強いよね…」

「言わないと意味がないから♪」


 鋭い視線に貫かれて、思わず固唾を飲む。

 慣れているけど、どうしてこんなに懐かれているのか分からない。

 会えば好き好き言ってくるのは、正直言って嬉しい。

 けど、これはきっと後輩特有のスキンシップなんだろうなって考えると冷静になってしまう。


 そんな時、私達二人をよそにニニカ達が私を見て何かを言っていた。


「なんであんなに言われて気付かないのかね」

「それはルルカちゃんが鈍いからだねぇ」

「バカだよねぇ…いっつもルルカちゃんに抱きついて、私達を睨みながら自分のものアピールで威嚇してきたり、いつも告白まがいの台詞を吐いてるのに当の本人は冗談扱いでなーにも反応しないんだもん」

「バッカだなぁ…」


 うう、なんだろう…二人がなにか話してるけどめちゃくちゃバカにされてる気がする。

 問い詰めてやりたいけど、ジェリアスに抱きつかれてる私は一歩も動けない…。


「ねぇルルカ先輩、なに話してたんです?」

「へ?ああ、それは私がたいへんなことに巻き込まれちゃってさ…」

「大変なことに…ボクが力になりますよ?」

「いやいや、可愛い後輩に助けられるのは先輩としてのプライドがあるので大丈夫だよ」

「むぅ…」

「その、私はいま人探しをしていて、その人が見つからなくて困ってるの」

「へぇ、どんな人を探してるんです?」


 ジェリアスに聞かれて、私は苦笑混じりに答えた。


「私のことが好きな人」


「あはは…変だと思うよね!なにいってんだって」

「…探してるって、その人の顔も名前も知らないんですか?」

「え?そうだよ」

「どうやって自分のことが好きな人がいるって知ったのか検討がつきませんが…」


 声がいつもより低くて、ぎゅっと腕に力が入って少し締め付けられる。

 密着が強くなって、思わず不安になった。


「ど、どうしたの?」

「いえ、どうもしません」

「ねぇ、ルルカ先輩」

「ボクの国に来ませんか?」

「へ?く、国?」

「ボクが遠い所から来ているって知ってますよね?ここから北に生まれ故郷があるんです」


 急になにを言っているのか分からない。

 ジェリアスは説明もなく淡々と言いながら…。


「一週間後、先輩のことが好きな人を連れてきます」

「え?」

「それで連れてきたら…ボクと一緒にその国へ行きましょう?」

「後悔も不自由もさせません、ボクのものになってくださいね?ルルカ」

「へ?最後何を言って…」


 最後の言葉をうまく拾えず、私は聞き返すもジェリアスはパチンっとウインクをして誤魔化す。

 なんだかモヤモヤするなと思っていると、ジェリアスは抱きつくのをやめて離れていく前に私のほっぺに何かを当てた。


 ちゅっと、弾ける音。

 右の頬にやわらかい感触が弾けて…思わず目が点になった。

 あれ、今…なにされた?


「ジェ、ジェリア…」

「それじゃあボクは授業があるので戻ります!ルルカ先輩、一週間後楽しみにしてますから♪」


 まだ来たばかりなのにジェリアスはさささっと三年の教室から姿を消していった。

 その顔はとても嬉しそうな表情で、あそこまで弾けているのは数えるほどしか見たことがない。

 それに、今の感触って…。


「い、いや、まさかね…」



「…………」


 三年の教室、その片隅で。

 ルルカ達の一部始終を見ていた女生徒がいた。

 だん、だんと怒りを込めた、地団駄に似た音が床を叩いている。

 だけどその女生徒の両足はしっかりと床に足をつけていて、地団駄をする暇なんてない。


 だが、その子は普通の人間ではなかった。

 

 貴族令嬢のようにくるりとカールを巻いた縦ロールの輝くような金髪。

 蛇が如く鋭い金の瞳、美しいその顔の目の下には鱗が出ており、頭には夕焼け色の角がふたつ生えていた。

 すらりと伸びた長身はまっすぐで、だけどそのお尻には床につくほどの巨大な尾が生えている。


 びっしりと夕焼け色の鱗で覆われた、ドラゴンを彷彿とさせるような立派な尾…。

 それは主人の感情を代弁するかのように、だんだんっと床を叩き付けていた。


「ルルカ…!」


 拳を握り、その瞳はルルカを睨む。

 人の形でありながら人ではないその女生徒の名はイライナ。イライナ・ド・ドラングレイと言う。


 学園では、竜炎の魔女…と呼ばれている。





 

 


 

 






 


 


 

 

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