ルルカと魔女達の呪厄
犬
プロローグ
魔法都市ソルセルリア。
世界各地から魔法使いが集まり、研究と魔法によって栄えた都市。
その街の中心には広く大きく伝統のある魔法学園『アムレート』があり、私ことルルカ・ハイメルンはそこで学生として日々を送っている。
けど、この魔法が発展したこの世界で私が活躍することはない。
魔法の扱いは中の下、実技も座学も下から数えた方が早いくらいで、自分のことを言葉にして例えるならごく平凡な魔法使いと言ったとこだろう。
でもこれはルルカ・ハイメルンの物語。
世界の命運を賭けた戦いとか、財宝を巡る大冒険とか心震わせる感動超大作とかそんなストーリーではないけれど…。
これは、私が七人の魔女達にかけられた呪いを解くための物語だ。
プロローグ 《呪われた私》
呪い、それは感情の発露。
それは憎しみか、はたまた願いか。
人が元来持つ強く激しい感情が、巡り巡って現実になってしまう事象。
しかし、強い感情があれば呪いが発生してしまう訳ではなく、その事象を引き起こせるほどの強い魔力がないと呪いは成立しない。
でも、ごくたまーにだけど強い魔力を持つ者が強い思いを持っていて、無意識下に呪いを掛けてしまうことがある。
けど、それはたまーにという話なので気にするほどではないんだけど、どうして急に呪いの話になったのかと言うと……。
「こ、ここ…これって」
震えた声と震える小柄な魔法使い。
鏡の前に立つその女の子は、背中あたりまで伸ばした亜麻色の髪が特徴の、幼い雰囲気をもつ小柄な子。
まぁ、この小さな魔法使いが私ことルルカなのですが、その顔はゾンビ顔負けの真っ青な顔で震えていた。
「いや、なにかの間違い…そ、そうだよねっ!?」
鏡に映る私の首には黒い円状の印があった。
それは間隔をあけて縦線が7本入っている。
驚くほどに真っ黒なそれは、どれだけ擦っても水ですすいでも消える気配はない。
まるで元からそこにあったかのように私の首にあるそれは、魔法使いであればすぐに気付くおそろしいものだった。
「や、やっぱり…これってぇ!」
「の、呪いじゃあないですかぁ!!」
そう、それは呪いでした。
「うん、これは完全に呪いだね」
時は加速し、場所は私が通う魔法学園アムレートの保健室へと移動する。
腰まで伸びた艶やかな黒髪を靡かせ、大人の色気を纏う長身の麗人は私の呪いを見てきっぱりと断定した。
容赦なく事実を告げるこの人は保険医のスーリア先生。
スーリア先生は右目に掛けているモノクルをくいっと上げると、溜息混じりに私を睨む。
「しっかし君…一体どういうことだねこれは」
「そ、それは私が聞きたいですよぉ!朝目が覚めたら急にこうなってるし!それに呪われるってことは私死んじゃうんですか!?」
「はぁ…慌てないでくれたまえ、まず死の呪いなら明らかな前兆があるはずだからその心配はない、授業で習っただろうに…」
確かに、スーリア先生の言う通り死に至る呪いなら前兆がある。例えば体調がおもむろに悪くなるといったのが最たる例だ。
でも、そんなことを言われても私はどうも冷静になれなかった。
だって呪いだよ?呪われてるんですよ!?
いの一番にスーリア先生の元へ助けを求めてきたのに、この態度っておかしくないですかぁ!もっと本気にしてくれたっていいじゃないですかぁ!!
「じゃ、じゃあこの呪い治るんですかね?」
「…………」
「ス、スーリア先生?」
「…………………」
「あ、あの〜?黙られるとすっごく怖いんですがぁ!」
どうにか呪いの解除を夢見るものの、スーリア先生はまったくと言葉を発しない。
その恐ろしくもあるだんまりに私は青冷めた悲鳴を上げると、スーリア先生は諦めた様子で手をぶらぶらとさせて言った。
「無理だね、これは」
投げやり気味に先生はそう言って椅子に腰掛ける。
足を組んで溜息を吐くと、先生は私に疑問を投げかけてきた。
「はぁ〜……君は一体なにをどうしたらそうなるんだ…」
「へ?へっ!?あ、あの無理ってどういう…!ってなにをどうしたらってなんのことですか!?」
どうしよう、先生の言いたいことがさっぱりわからない。
無理って言われたショックのせいで、気が動転してうまく口が回らない。しかも先生は心底軽蔑するような目で私を見てくるし!一体全体どういうわけ!?
あわわあわわと慌てている私を前に、先生は何度目かの溜息をつくと順を追って説明をし始めた…。
それは、とても信じられない内容だった。
「君の呪いは元々七つの呪いが同時にかかり、それが複雑に絡まって一つになったものだ」
「正直驚いたよ、世界中どこを探しても君と同じ境遇の人間はいないだろうね…」
「けど、呪い自体は大したものじゃない…が、問題は複雑すぎて解除が非常に難しいということだ」
びっと首元の呪いを指差して、先生は心底めんどうくさそうに言った。
いやいや…七つの呪いが一つにまとまっているってそれってつまり。
「呪いをかけた人が7人もいるってことですか!?」
「そうだ」
「わ、私そんなことされる覚えないんですが!!?」
「だから何をしたらそうなるんだと聞いたんだ!」
あ、だからそう言ってたんですね!
って納得してる暇はなくって!私、ほんとに呪われる理由がないんですけど!
だって私、平民の出で金目のものとか持ってないし、特別なことをしてるわけでもない!むしろ成績とか下から数えた方が早いくらいの平凡魔法使いですよ!?呪う価値ないですよぉ!!
「とりあえず少し落ちつきたまえ…それに、ルルカの呪いをある程度見て分かったことがある」
「ふぇ…わ、わかったことですか…?」
「ああ、呪いというのは案外分かりやすいものでね、診れば元となった感情…根源が分かるんだ」
先生はそう言うと、こほんと咳払いをした。
少しだけ気まずそうな顔をしつつも、スーリア先生は答える。
「七つの呪い、それら全ての根源は…君、ルルカに対する恋愛感情だよ」
「れん、あい…」
かん、じょう……。
「…………」
「………?」
「………!!?」
「れ、恋愛感情ぉ!!?」
「溜めに溜めたな…あと声がでかいぞ」
いやでも!でもでもだって!!
七人分の呪いが、全部私に対しての恋愛感情!?私これっぽっちもモテた試しがないのですが!
「全く覚えがなさそうな顔だな…」
「だが呪いとして形成されるほどの感情だ、日常生活のなかで該当するようなシーンがいくつかあるはずなんだが…」
「…いや、まったくわかんないです」
「当の呪いをかけられた本人がここまでの大バカ鈍感あんぽんたんとなると、呪いをかけた魔女達が浮かばれないな…」
だぁれが大バカ鈍感あんぽんたんですか!
遠い目で彼方を見てないでこっちを見てくださいよ!!
……って魔女達?
「なんだかその言い方、呪いをかけた人達が女の子みたいな言い方じゃないですか」
「ん?ああ、呪いをよく診れば掛けた側の人間の特徴も分かるものでね、七人とも女性だよ」
「だ、男子じゃなかったんですか!?」
「? 別に同性愛くらい普通だろう?」
「いや、いやいや…!いやいやいや!!」
ぜったいに嘘だと、平手でぶんぶんと否定しながら私はスーリア先生に近付く。
先生は当たり前のような態度で言った。
「それくらい君が魅力的なんじゃないのか?まぁ君ほどのあんぽんたんがここまでモテるのは何かの間違いだと思うがね」
「褒めたと思ったら急に失礼!!いやそうじゃなくて…!その、えっと…!」
「女の子同士でも付き合えるものなんですか…?」
私の問いに、先生はずこっと身体を傾ける。
まさかそこまでか、と驚きに満ちた様子で傾いたモノクルを元の位置に戻すと、どう説明したものかと悩み始める。
いや、正直に言って今までの私には女の子同士で付き合うなんて発想がなかった。
だってそういうの見た事ないし、普通男の子と女の子で付き合うものだとばかり…。
「まぁ、恋愛というのは自由ってことさ」
「しかし、君がどうして恋愛感情に気付いてなかったのか理解できたよ…」
「なんで急に憐れむような優しそうな目に…そ、それでどうして魔女って呼称なんですか?」
「ああ、それは説明し忘れていたが七つの呪いは全て無自覚にかけられたものだからだ、つまりそれは魔力が著しく高くそれでいて優秀な魔法使いということだ」
「そういう秀でた女性の魔法使いを、人は畏怖と畏敬の念を込め魔女と呼ぶ、授業で習っただろ?」
ほんのうっすらではあるけど、覚えてる。
魔女は女性にのみ与えられる一種の称号で、魔力がそこそこな私にはまったく縁のないものだから頭の中からすっぽりと抜けていた。
けど、呪いをかけた7人が全員魔女だなんて…それこそまったく覚えがなさすぎて余計に困惑する。
「あと、この呪いが無自覚のまま掛けられてるってことは…恋愛感情とはいいつつも、かなりやばめのものだったりしません?」
だって、呪いとして形成されるということはつまりはそれだけ大きな感情ということ。
とても普通の恋愛感情とは思えず、私は冷や汗をかきながら先生に問う。
「……まぁ、うん」
目を瞑って下を見る。
「……そうだな、うん…」
こくこく頷いて、上を見る。
「………………ウン」
落ち着かず行き場のない先生の顔は、左右を見たあと諦めたように息を吐いて、私の目を直視する…。
「…………ダイジョブ(ニコッ」
ぎこちない笑顔でそう言った。
「不安!!!!!」
「なんですかそれ!めっちゃくちゃ不安になるじゃないですか!助けてくださいよ!!」
「ええい!元はと言えば君が蒔いた種が芽吹いただけだろ!君が後始末をしろ!」
「身に覚えがないのにできるわけないじゃないですか!」
ぎゃいのぎゃいの、やいのやいの。
助けを求め、求めを跳ね除け、保健室が騒がしくなり…過呼吸気味のすり切れた声が両者ともに聞こえる中、先生は息を整えつつ言った。
「はぁ、はぁ…さきほども言ったが君にかけられた呪いは無意識故に大きな効果はない」
「が、それでも呪いは呪いだ…やがて君の身体を蝕むだろう」
「こ、怖がらせないでくださいよ…」
「まあ聞きなさい…呪いを解く方法だが、ない訳じゃない」
先生は真面目な顔でそう言うと、私の顔も思わず力が入る。
呪いを解く方法…それは一体。
「呪いをかけた魔女達に会って、直接解除をしてもらう」
「一番早いのはそれだ、一つ一つを解除するしか呪いを解く術はない」
「けど、それって全く身に覚えがない魔女を探さないといけないってことですよね?ほぼ無理じゃないですか?」
「いや、既にヒントは得ているからね…君のことが大大大好きで身近な人物、魔力も実力も魔女クラス…ほら、これだけでかなり絞れただろう?」
…って言われましても。
見つけられる自信がないんですが…。
「君、ここは魔法都市だぞ?魔法に秀でた者は持て囃され優遇される、魔女なのは確定なんだ探すのは簡単だろ?」
「…そう、ですかね?」
「まぁ、探さなくても向こうから来るだろうし、その間に君はもう少しその鈍感を治しておきたまえ」
「私、そんな鈍感に見えます?」
「少なくとも、私の中では君は超が付くほどの鈍感だね」
ふんっと鼻息を鳴らして、大変不服そうに先生は言う。
先生は呪いと関係なさそうだし、そこまで言わなくてもいいと思うんだけどなぁ。
けど、この学園を通い始めて2年…あと1年で卒業だっていうのに、面倒くさいことに巻き込まれてしまった…。
7人の魔女。
きっと私に関わり深い人達なんだけど、どうしよう心当たりがなさすぎて焦る。
けどそれは、私の物語の始まりだった。
「と、とりあえず…!魔女達をなんとか見つけて呪いを解いてやります!」
「ああ、頑張りたまえモテモテルルカくん」
「呪われるくらいならモテない方がマシです!」
にやにやと先生の意地悪な笑みにそう返して、私は保健室を出た。
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