第二章 ひねくれ錬金術師のカタリゴト
0017 事後処理
あの劇場支配人という存在が消えてから数時間が経ったばかりの早朝のひと時、僕はナナセ大司教の下に居た。
こんな朝早くにも関わらず彼女の服装は大司教のものでその素顔は白い長帽子と一体になった半透明のヴェールに隠されていて、部屋に差す陽射しのようなナナセさんの長髪が窓辺から吹き込んだ風に揺れる。
ナナセさんの長いまつ毛の綺麗な閉じていた瞳が開かれると、その表情も相まって儚げな美人の姿がそこには存在していた。
「ナナセ大司教」
「………」
「……ナナセ大司教?」
「…あ。コホン…はい、どうかされましたかレシュノラさん?」
「いや、さっきから名前を呼んでいたのに返事をされなかったので…。
…すみません、報告の通り怪異の居た空間では何度かエリ…聖女様との会話が出来なかったせいで少し過敏になってしまったみたいです。」
「そうでしたか…いえ、そうですよね。レシュノラさんはラスティナと同い歳だと言うことをときどき忘れてしまいそうなくらい、落ち着いていましたから…。
報告では閉鎖空間の街には人が居なかったと聞いています、そのような異常事態を目の当たりにしたのではさぞ心細かったでしょう……?」
「い、いえ…」
「大司教である私が居ながらこのような事態を招いてしまったにも関わらず、事件を解決をして貰えたのは聖女様の護衛であるレシュノラさんやクナウティアさんにどれだけ感謝を述べても足りません。
これからは主への祈りに加えて、お二人に向けて祈る時間も…」
「いやそこまでして貰わなくて良いです、本当に。ところで校舎の復旧はどうなっていますか?」
「校舎の損壊が特に酷かったのは三階でしたね。ですが幸い怪我人はなく、壊れたのも柱ではない壁面だったので私の星紡で教会の壁を顕現させることで緊急補修を施しておきました。
業者様にも朝早くから検査をして頂き、安全上に問題は無いと聞いてはいますが、校舎三階は順次修復をしていく予定となっています」
「…本日の授業は校舎で行われるのですか?」
「いいえ、数日間は生徒の安全を取りリモート学習を中心に行う予定となっています。
しかし最近はAiアシスタントでリモートの顔映像を偽装する生徒が居たり、特にグラウンドは穴の空いた影響の復旧工事が大規模になる為、体育関係の授業は運動場をお借りすることになり送迎バスを移動になったりと…様々な問題がありまして…。それ以外にも…いえ、今すべき話をしましょうか。
えっと、レシュノラさんの情報端末にもここ数日の学院の予定は生徒連絡を通して行われていませんでしたか?」
「ああ…今朝は怪異の潜んでいた現場に居た方々の健康診断や各所への連絡などに奔走していましたから」
「閉鎖空間を創り出す星紡の力を持ったキボシさん、でしたね。無事に保護されたと聞いています。
報告ではやむなく意識を奪う必要があったと聞き及んでいますが、健康診断の結果はどうでしたか?」
「それが、僕やクナウティアとほぼ同じで後遺症は無いそうです。既に目も覚ましていて、ミハエル…対怪異作戦を立案した新しい護衛によると、もし悪影響があっても数日中には自然に体内から抜けていくものだと…。
彼女の翼や炎は元から持っていたものだが、星紡の力によって変質したのだと語っていました…すみません、僕も詳しくは把握出来ていません」
「そうでしたか、解りました。レシュノラさんや聖女様に些細な体調不良があれば直ちにご相談を、これは被害者であるキボシさんの安全にも関わる仕事だと認識してください。
その場合やや変則的ではありますが、学生以外の護衛をそちらに回しますので。」
「はい、では僕からの報告は以上です。後は普段通り聖女の護衛に付く予定ですが、ナナセ大司教から何か指示があればお聞かせください。」
「ではミハエルさんについては引き続き、それとなく気にかけてあげてください。聖女様が選んだとあれば私が議論を挟む余地はありませんが、身元不明である事実は覆りません。
私から見て彼女が怪しくないと言えば嘘になります…ですが、本日からは学院寮に入寮する手続きも本日中に済ませる予定ですので。新しい場所での生活はやはり不便があるでしょうから気にかけて欲しいと…騎士団の副団長さんにもそうお伝えください」
「解りました、では失礼します」
僕がその場をあとにしかけた時、背後から呼び止められて足を止める。
僕が振り返ると、そこには顔を隠すように遮っていた半透明の黄色いベールの奥にあったナナセ大司教の今までの冷たい表情が柔和なものに変わっていて。ナナセさんは彼女のベールと一体になっている白い帽子を外してから言葉を続けた。
「これは仕事ではなく、休憩時間の素顔のひとり言だと思って聞いて欲しいのですが…私もエリーと同じく、今回のように貴方のことは頼りにしています。
ですが、だからこそ貴方に頼りきりになってはいけないと思っていますので、何かお力になれることがあれば遠慮なく私を頼ってくださいね。
……もしお疲れになったり、そうでなくとも是非ここに遊びにいらして下さい。ここにはお茶とお菓子くらいしかありませんが…私にとってはエリーと同じ、可愛い弟妹みたいなものですから」
ナナセさんの大人びた表情が柔らかな笑顔を浮かべ、その後光みたいに優しい金色のナチュラルなストレートロングが揺れる。
その金の色合いやドレスのような大司教の衣服も相まって、ナナセさんの笑顔には快活なエリーにはどうやっても出せないような上品な美しさが存在していた。
「…有難う御座います、ナナセさん。」
僕は形式的な感謝の言葉だけを残し、部屋を後にする。
ナナセ大司教…彼女は普段、教会の指揮を執っていると言っていい存在。ラスティナはあくまでも聖女でありお飾りなので、事実上の教会の様々な動きを把握してるのはナナセ大司教になるだろう。
彼女は…大司教としてのナナセさんは厳格で物静かだけど、よく透る声のお陰か彼女が話し始めると場が静かになるんだ。
でも、彼女はこうやって司教帽子を外すと花が開くみたいな笑顔を見せる。寮生活をしている人にはナナセ大司教としての彼女よりも、エプロン姿でよく笑うナナセさんの方が慣れ親しんでいるかもしれない。
そんなナナセさんの大司教としての姿とのギャップにやられる人も多いと聴くが……。
「……む?」
「………」
部屋の扉を閉じて振り返った時、そこには一人の少女が立っていた。
背丈から見て…初等部か中等部の子供にしか見えないので確信は持てないが、こんな白髪の少女を寮で見かけた記憶は無い……。
それでも僕が彼女の存在を疑問に思ったのは、それだけ目の前に居る少女が特異な姿をしていたからだ。
肩まで届く白髪に、満月のような丸くて黄色い瞳。
そしてその少女が纏っている黒白の修道服…いや、この場所に引き摺られてその言葉が出てきてしまったが、どちらかと言うとメイド服か?
そんな彼女はどこか最近みた気のするこてんとした素振りで小首を傾げ、そのシャープな目元をにっこりとさせてあたかも知り合いみたいに人懐っこく笑いかけてくる。
僕の知り合い、では無いと思うが……。
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