0016 エピローグ『ノラネコの序曲』


 


―――学園のグラウンドに亀裂が入り、地面が輝く。偶然その音を聞き空を見上げた人々は一様に世界の終焉を見たかと後に語った。


 この世の終わりとも取れるような地響きと共に地面が割れて現れたのは人とも動物とも呼べない異形であり、空へと浮かんだ彼の者は悪魔を指し示す明星の星が登る刻を目前にして地の底から這い出たよう思えたからだ。


 ただ、人々がその怪物が夜闇に紛れるなか迷うことなく見つけることができたのは、その化け物と同時に地上へと現れた存在がもうひとつ存在していたから。


「……ッ!!」


 それは夜闇の中でも太陽の如く煌めく、鋭く尖った勢いの焔によって作られた六翼。

 その光は夜闇を取り込んだように大きな怪物に対して絶望的なまでに小さな光だったのかもしれない。然し、その輝きは相対する怪物を夜闇の中から照らし出して尚足りないくらいに強く輝いていた。


「素晴らしい…輝き……!」


 怪物の上に飛び乗ったその存在は逆光の中で手を広げ、遥かなる空の向こう側に拡がる宇宙を見上げる。


 彼の先に拡がるのは幾千の暗闇ではなく、まだ夜にも関わらず赤く染まり始めた朝焼けのような空。幾億の星々が次々と輝き始め、暗い夜を赤く照らしだしてゆく光景。

 もはや彼にとって音が届くかはどうでも良かった、その高鳴る声は自身の為だけに叫んでいたのだから。


「フフフ…劇場の支配人ではなくなった今ッ!

 端役としての生を、全力でまっとうすることに致しましょうっ!!」


 半透明の羽を持つ巨大な黒い生物から生えた無数の腕のような何かが伸びて焔の翼を持つ天使へと迫るが、その焔の翼は迷いなくただ速く空を駆け、純粋な加速のみによって追っ手を振り切りその巨大な生物の本体へと肉薄した。



―――飛翔し、翻り、勢いを増し、赤は白く輝き、光の粒子がその背の翼へと集約される。


 無数の黒い腕が交差し限界まで迫った少女を小さな炎ごと抱き締めるように呑み込む一瞬、あれだけ周囲に響いていた空をつんざく炎の音が掻き消え…そして、巨大な白い光の柱が轟音と共に空を昇り、黒い大きな影を貫いた。


「…ワタクシの負け、ですか。フフフフフフ…幻想怪奇の肉体ではアナタの力をここまで引き出す事しか叶わなかった事だけが無念でなりません……。

 今回は本当に良い音色を聴くことが出来ました。また何れ邂逅の機があれば…その時は本当の音色を聴かせて頂きたいものです…では、また……」


「……ッ!!」


 数秒間勢いを増し続け空を照らした光の柱が止むと、そこには夜空を覆っていた黒い影に大きな穴が空き、割れた雲の向こうには朝日が昇っていた。

 劇場支配人の残骸が眩い光に照らされ、黒い塊が風に吹かれるように消えてしまうと……まるであれは夢では無かったのかと、そう思うくらい呆気ない最期だった。


 朧げに空を見上げる存在には信じ難い光景であると同時に清々しささえ覚える、鮮やかな濃淡の暁天。



―――…勝利。


―――誰一人として、欠けては得られなかった、勝利。


―――ただその景色に、ぐっと握り込んだ拳を突き上げた。














―――…はい。」


 月明かりの中で規則的な硬貨を弾く音が響き渡る。

 弧を描いて宙を回転する銀貨が月光を反射して輝き、そのあとを追って真っ黒なネコが飛び上がった。


 硬貨は左の掌から右へと吸い込まれるように真っ直ぐ飛んだり、猫の届かないような高さで弧を描いたりしながら何度か行き来していたが、猫の鋭い一撃がコインを弾き遠方へと転がっていくと猫はもう動かない硬貨相手に周囲を飛び回りながらちょっかいを掛けていた。


『…の時刻を以て、計画は次の段階に入る』


「……。まだ時期尚早、という判断が下されていた筈ですが。」


『状況が変わった。お前も知ってる事だが、最近は聖女の護衛として…金属の翼を持った少女が任命されたと』


「ミハエル、ですね」


『我々の悲願は知っているな。彼女は我々の足掛かりにさせて貰う』


「…それはつまり」


『聖女ラスティナを殺し、我々の聖女をそこに立たせる。

……解るな? 作戦が成功すればお前は今まで通りに聖女護衛任務・・・・・・が継続される、だがもしもの事があれば…』


「割に合わない仕事じゃないか?…僕は作戦の合否に関わらず現状維持だなんて」


『…果たしてそうか? 聖女には権利がある筈だ、かの浄天以外の天使をも現世に顕現させる力が…それとも我々の悲願に興味は無いか?

 目先の報酬が欲しいという意味であれば、我々が教団の実権を握る事で様々な融通が可能になる筈だ。決して悪い条件では無い。作戦の成功の暁には聖女共々お前の好きにすれば良い、我々の聖女がそこ地位に立っていれば、それで構わない。


 尤も、お前に拒否権は無い。選択の線引きはとうに過ぎている、既に賽は投げられたのだよ…ノラ猫・・・


 プツリと無線が途切れてしまうと僕は毎回使い捨ての小型無線を落とし、足で踏み付けて破壊する。


「………」


―――稲妻による機動力と格闘戦に長けた同僚である騎士団の副団長。


―――教団で唯一聖女と対等に近い扱いを受ける裏で、騎士団の団長に引けを取らない実力と噂される大司教。


―――そして未だ底の見える気配すら無い、怪異を沈めた炎の天使。



 エリー、聖女の君が僕を救ったのは間違いだった。

 何故なら君が大切にしているその全ては等しく、僕の『敵』なんだから―――


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