0013 Footsteps of Classical Horror Ⅳ

 暗く、冷たいコンクリートの階段が長く続いている。

 まるでこの世界では無い場所へと僕らが誘われているように、無言の時間を刻む三人分の靴音だけが暗闇の中に響いていた。


「…ここが、最下層……」


 長い階段を降りた先にあった赤い扉。


 その扉を開く瞬間はこの場の全員が緊張からか最小限の会話しか無かった。


 そしてエリーの手を伸ばされ、その赤い扉が開か―――






「ご機嫌よう、御客人の皆々様!!」


 学園の地下に広がる、広大な赤と黒の空間。

 それは僕の知るものの中から言葉を選ぶとするなら…コンサートホールのように思えた。


 そして僕らが居る場所から一番に目に入ってきた、スポットライトの一筋の光に照らされるステージでは一人の…人の形をした何かが立っていた。

 それは黒い…触手のような脚と腕がいっぱい存在して、二匹のタコをくっ付けて無理矢理人型にしたみたいな……その存在の顔の上半分を隠すカラスのようなオペラマスクがカラカラと風も無いのに揺れる。


……どうやらさっきの僕らを歓迎するような声も、その黒い人型から発せられた言葉みたいだった。


「だれ……?」


「ああ、これはこれは大変失礼致しました……ワタクシ、俗世にて『劇場支配人』という名で通らせて頂いております。」


「劇場支配人…?」


「本日はご来場頂き誠に感謝の意を…」


「話に付き合う気はないから……!!」


 ミハエルが啖呵を切り、その背中の鉄翼の砲門が劇場支配人と自身を呼称した存在へと向けられる。

 クゥとの戦闘の時にも立てることの無かった異常な爆音が彼女の翼からは鳴り響き、青い空に穴を空けた時以上の光線が劇場支配人に向けて放たれる…ことは無かった。


「っ!?」


「…『劇場ではお静か』に。マナーですので。」


 その存在の黒いタコ腕の一本が静かな所作で頭部らしきオペラマスクの下にあるだろう口元に当てられた瞬間、ミハエルの砲門に灯っていた炎が霧散したのだ。

 代わりにその空間に響き始めたクラシック音楽に、劇場支配人を名乗る存在はその腕を大きく拡げ天上を仰ぎ見た。


「貴方々の持つ『星紡』という物は実にスバラシイ……。

 ワタクシの力はこの限られた空間でしか効力を発揮しない限定的なものだったが……貴方々の御学友の持つ『星紡』はワタクシの力を更に一段階上へと引き上げたっ!!」


 ステージの袖から出てきた、僕らと同じ制服を纏った男の姿に僕は目を見開く。

 この孤立した空間を作り出したのは彼の星紡であり、今までも饒舌に語っていた劇場支配人は星紡の力とも全く結びつかない別の存在だという確信を得たのは僕だけじゃ無かった。


「劇場支配人、あなたは…『怪異』……?」


 ミハエルの問い掛けに劇場支配人はその真っ黒な口角を持ち上げ、三日月型の赤い口が今度はハッキリと見えた。


「確かに、そういった呼称を使われる方々もいらっしゃるようですね…『別次元の怪物』…『宇宙の法則を歪める存在』…『八百万の神々に名を連ねる者』…何れも…―――


 今度は劇場支配人の言葉が途切れる。

 それを止めたのは…劇場支配人の人で言うなら頬を完全に捉えたミハエルの目を疑うような速度の接敵から振りかざされた握り拳。


 当然、ミハエルの翼からは炎が出ていなかった。それでも尚ミハエルが劇場支配人の顔面を殴りつけるまでに対応出来た存在はここには存在しなかったのだ。


 ミハエルの拳は一撃では終わらず二発三発四発と的確に相手を打ち据えていき、終いには彼女の長い銀の尻尾が流れるように回転する勢いのまま華麗な七連撃で劇場支配人をステージの壁面にまで吹き飛ばす。


「良かった……貴方の隣に居る普通の人に全力を出したら危ないって、ミハエルは言われてたから……でも怪異あなたが相手ならどれだけ本気を出しても良いって、解ってる……!」


 僕は彼女のその言葉の意図がどういう物なのかを考えた。

…が、すぐにそれがいま必要のない思考だと切り捨てると僕はエリーとこのホールにある座席の後ろに隠れながら会話を試みた。


「さて、僕らがやるべき事は事前に打ち合わせた通りだよ聖女様」


「クゥの保護よね。シノが銃の確認をしてる間に私も改めて見てみたけど、やっぱり音楽室の前に落ちていたものはクゥのだったから…」


「でも普通、こういうのは護衛が危ない矢面に立って聖女様には安全な場所に逃げてもらうものだと思うんだけどね」


「シノが何を言っても私はここに来るつもりだったから」


「だろうね…僕もそれは承知してるから、もし置いてきたキミに勝手に動かれるよりは、こっちの方が遥かにマシだよ。後は…」


 エリーと座席の背もたれから顔を出してステージの方面を見てみると、そこには劇場支配人が立っていた…姿で。


「素晴らしく激しいアジタートな殴打の数々、並々ならない努力の伺える感涙モノですね……その強大な力でさえワタクシ相手には無力、涙ぐましい努力であるコト含めて、ですがね?」


……彼は恐らく、ミハエルの打撃音を消したのだ。

 僕の持っていた拳銃の『撃鉄』…ミハエルの鉄翼の『炎』…彼女が劇場支配人に向けた『打撃音』…そして『誰もいない音楽室の隠し扉』の音。


 どういう理屈かは解らないが、劇場支配人はそれらの雑音を『マナー』として消すことで、事象そのものを無くしているらしい。

 それこそが彼自身の口から出た、怪異が『宇宙の法則を歪める存在』と呼ばれる所以なのだろう。


 僕らがそれまで当たり前だと思っていた前提を崩してしまう、おぞましい怪奇を引き起こす異物という訳だ……が。


 相手は強大だけど、完全無敵という訳じゃない。だからこそ今回の事件では学園が別の場所に取り込まれた筈だから。


「劇場支配人、貴方はひとつ…まちがってる」


「ほう、どのような?」


「たしかに…ミハエルの拳では貴方にダメージを与えられない、かもしれない……。

 でも、ミハエルが貴方をなぐってボコボコにすれば、その間だけは貴方に何もさせないことができる……!!それは決して、涙ぐましい無意味な努力なんかじゃ、ない…!!」


「ハッ、ハハハハ……!これ以上被害が出ないよう、この空間で永遠にワタクシを殴り続けようと、そういうコトですか!?

……馬鹿馬鹿しく素晴らしい考えですねえッ!良いでしょう!!

 ワタクシもここに来る前にのコトは多少なりとも理解しているつもりです。ですから更なる絶望で、どちらの信念が先に折れるかを試しましょうっ!!」


 ステージの上部から降りてきた、先ほど校舎を破壊していた触手の親玉のような存在。それこそがこの場にいる劇場支配人の本体であると理解する。

 その前に立つミハエルという少女は僕らよりもよほど大きな銀の翼を持っているというのにも関わらず、その背中は相手に対して理不尽なくらい小さく見えた―――


 

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