0012 Footsteps of Classical Horror Ⅲ

「うわぁー…」


 教室を覗き込んでその惨状を前に声を上げたのはエリーだった。

 教室を仕切る壁は破壊されて穴が開き、そこからは何部屋も向こうにある教室の椅子や机の残骸がモーセに割られた海のように左右へと分かれていて、黒板は落下した結果割れている物まであった。


 恐らく、一瞬の出来事だったんだろう。

 僕やエリーが廊下を走っている間に聴こえた様々がものが崩れ壊れる音、あの一分に満たない時間でこの惨状が作り上げられたのだと思うと…僕はこの事件を起こした元凶は……人では無いのだろうという疑惑が大きくなっていた。


(それとも星紡という物はあんな怪物を出すことまで可能なんだろうか。

 現にナナセ大司教が教会を顕現させる力を持つのであれば、建物の代わりに怪物を出すことが不可能とは思えない、が……)


 僕は自身の手元にある銃に視線を向ける。

 あの黒い怪物が居なくなったあと、しっかりと確認してみたが銃は正常だった。


……正常だったのに、発砲が行えなかったのだ。


「…? どうしたのシノ?」


「……いいや。ここまで来たら相手だって悠長に待ってるつもりなんか無いだろうし…行こう。」


 夜の校舎は少し前より心做しか明るく感じた、月明かりのお陰なんだろうか。


「それにしてもよくミハちゃんはここに来れたわね?」


「…それ、シノちゃんの銃の音…聴こえたから……」


「ああ…」


 ミハエルが言ったのは僕がエリーを助けるために射撃した一度目の発砲音だろう。


……僕は素直じゃないから。今のエリーの隣にミハエルが居ること、そして向こう見ずな彼女がクゥの痕跡に不用意に近付いたおかげで僕が生きているらしい偶然への感謝を言葉には出来なかった。

 大切なことは胸の内にしまっておく、なんて言い方をすれば素敵に思えるかもしれないけど……案外相手がわかってると思っていたことも声にしないと伝わらなかったりする。


「どしたの?」


 特にこの聖女様に関してはそうだと言える、このアホそうに疑問符を浮かべるヤツに救われた…その全部が偶然であったとしても、コレは紛れもない聖女なんだと認識を改めさせられた。


「…何でもない。音楽室に辿り着いたよ」


 聖ミシェラ星術学院、そんな大層な名前の学園にある音楽室には見慣れたグランドピアノから名前も知らないような、そもそも楽器なのかも分からないものまで並んでいる。

 ただ、今回に限ってそれらの楽器に興味を示す必要は無かった。


「……この部屋が『誰もいないのにクラシック音楽が聴こえてきた』場所だね」


「そうね…確かに、誰もいないみたいだけど…」


 さっきまではクラシック音楽が聴こえたが、僕やエリーの逃げていた時間があれば充分この場所から逃げおおせることが可能だろう。

 問題なのは、その誰かが『どこに』逃げたかという点だ。


「……両脇には窓のある校舎の建物構造から考えて…怪しいのはこの方面か…?」


 校舎の端にある音楽室の奥に置いてあるグランドピアノのさらに奥の壁、様々な音楽家の肖像画が飾られる壁を叩いてみる。


 ゴッ……ガーーー……ガガガ…ッ…コンコン…コンコンコンコン……


「シノ、ナニソレ。」


「打診棒。」


「あーダシンボウね!!ダシ・ンボウ!!




……えっと、教えてくれても分かんない」


「どちらかと言えばダシン・ボウだね……、壁を叩いて音を聞く為に使う棒状の道具。

 そしてこの辺りの音が軽い、だからこの先に繋がる仕掛けが部屋の何処かに…」


「…成程、この先に道があるのね!じゃあここからはこの美少女聖女名探偵ラスティナに任せて頂戴っ!!」


 仕掛けを解くために部屋の中を移動していた僕は名探偵気分になっていたせいで、少し時間が経ってからラスティナの妙な自信にイヤな予感を覚えた瞬間にはもう遅かった。

 それはエリーが勢いよくミハエルの名前を呼ぶ声とミハエルがその準備をするのがほぼ同時だったからであり……僕はその仕掛けの謎の足掛かりを得る暇もなく校舎の壁がまた一枚破壊される光景をがく然と眺めることしか出来なかった。


「名探偵ラスティナは…こんなまどろっこしい謎解きなんかやってられないわ!よくやったわね、ミハちゃんっ!」


「うん、壊すことは任せて……!」


 ミハエルとエリーの前に空いた大穴の先には、コンクリートの壁に囲まれた下へと向かう折り返し階段があった。

 試しに階段の上から下を覗いてみると階段は軽く見ても三階層以上…しかしその最下層は暗闇で見えず、僕にはこの階段を降りることが取り返しのつかないようにも思えた。


「……行こうか」


「ええ!」


「うん…!」


 僕の掛けた声に二人ともらしい返事を返してくれる、それだけがこの異様な状況において僕を安心させてくれていた。


「…ところでエリー、さっきのアレは怖くなかったのか?」


「アレはオバケじゃないもの、オバケは触れなくてどうしようもないから怖いの!!」


「そ、そっか…」


 この奥に恐らく学園を街から孤立させた元凶が居る。

 その確信に近い予感は僕に気を引き締めさせ、無意識に手のひらに篭める力を強くさせた。


 果たして鬼が出るか蛇が出るか……いや、そのどちらかであればまだ可愛いものなのかもしれないな―――


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