0010 Footsteps of Classical Horror

―――僕は一人で校舎の廊下を歩いていた。


 一歩を進む度に靴が立てる音は昼よりも大きく響く気がする。だが気のせいだ、校舎の大きさが変わりでもしない限り、常温下での反響音に大きな影響は無いはず…。


 それは幻覚じみた想像が恐怖を増大させているに過ぎず、僕は普段よりも五感を研ぎ澄ませながら一歩づつ廊下を進んでいた。


「…っ!」


 突然なにか大きな音がして、窓の外に懐中電灯を向ける………見えた影は、小さな生き物のようだった。


「たぶん、猫か……?」


 なんにせよ杞憂だったことは間違いない、僕は小さく溜息を吐く。こんなだと先が思いやられる……。


「……?」


 再び夜の学園を歩いていると、僕はある異変を見つけた。

 僕やエリーが昼間に居た、生徒のアンケート用紙を保管してある部屋に明かりがついているのが扉の隙間から見える。


 こんな時間に誰が……?


 僕は掌にコインを持ち、握り拳を安定させることで心許ない準備を整えるとドアノブに手を掛ける。


「…動くな!!」


「……っ!?」


 部屋の中に居たのは、エリーだった。


「なんだ、エリーか…」


「な、ななっなんだじゃ無いでしょう!!?…驚され死ぬかと思ったのだけど!?」


「ごめん、この異変の元凶が何か困るものがここにあって証拠隠滅にでも来たとばかり…でもこんな時間に起きて何してるんだ?」


「何って、昼と同じで異変の元凶を探す手掛かりを探してた!」


「こんな夜までか?」


「時間は関係ないでしょ。こんな状況なら少しでも早く解決の糸口を見つけなきゃ、私がここの聖女なんだから!」


「だからってこんな夜まで探さなくても良いと思うが…」


 人間は一日夜更かしするだけでも全力のパフォーマンス能力が半減すると言われる。そして日常的に十全な休息を取り最大限のパフォーマンスを発揮している人というのもあまり居ないだろう、それはただ寝てればいいという話でも無いからだ。


 睡眠環境以外にも食事や運動。そういった健康管理を独力で行う事が難しいからこそ、普段の生活で規則正しく寝ることがパフォーマンス維持においては重要なのであり…少なくともそういった合理的な判断を目の前の聖女様はしっかりと行えていないように見えた。


「シノの方こそ何しに来たの、忘れ物?」


「僕は…」


 エリーに偉そうな批判をした手前、実際には僕も同じような理由だという言葉を詰まらせる。

 結局僕は自分の観念を少し遅らせることしかできず、ラスティナの見ている紙の中にあったその一枚を持って彼女の前に突き付ける…それと一緒に昼に録音したレコーダーの音声も。


「ナニコレ、何も聞こえないけど?」


『…ぇ、シノってばぁっ!!』


「っうるさーいっ!!?」


 レコーダーの中から聞こえた自分の大声に怒るエリーの阿呆な姿を見てさっきの僕の溜飲を下げると、彼女に問い掛けた。


「これで、僕の言いたい事が少しは解ったかい?」


「何も分からないわよ!意地悪したかっただけ!?」


「…君の声だよ、突然大声が聴こえただろ?」


「そうだけど…なんで?」


「そこで今日の君が集めたこの用紙の内容だ」


「『誰もいない音楽室からクラシックが聴こえた』…どゆこと?」


「このレコーダーの音声が聞こえなかった瞬間、僕らが階段を登った先にあったのは音楽室なんだよ。それもこの用紙の日付、ごく最近の出来事みたいじゃないか」


 あの時、階段を登ってたのに前に進んでいる感覚が無かったのは音が無かったせいなんだ…でも、慎重に進んでいたせいで気付かなかった。


「……つまり?」


「音楽室に行って確かめれば済む話だ、外れなら次を考える」


「じゃあさっそく行きま…」


「待て」


 立ち上がって走り出し掛けたエリーは僕の待ての一言で犬のようにビタリと動きが固まる。言う必要が無いので心に留めておくがが、正直その一連の彼女の姿は面白かった。


「こんな暗い時間に行かなくても良い筈だろ…」


「でも…っ」


「いいかい、そもそも僕らはここに閉じ込められているんだ。つまり相手の後手に回ってる状態…この状況で昼間に仕掛けてこなかったことには理由があると思う。

 なら行くなら明るくなってからの方が都合は良いはずだ、違うか?」


「そう言われると、そうかも…」


「だから今日はこれくらいにして寝よう、明日はもっと大変かもしれないから…」


 僕は半ば強引にエリーを言いくるめて部屋から押し出そうとしたんだが、彼女は往生際悪く踏みとどまった。


「シノ…クゥちゃんが帰ってくるはずだからそれだけ待ってもいい?」


「…なんでそんなバツの悪そうな顔をするんだ」


「シノのことだから怒るかなーって…ダメ?」


「ここでクゥのこと待たなかったら逆に居ないこと心配されるだろ…」


 なし崩し的に僕も一緒にクゥの帰りを待っていたんだが……


「帰ってこない…」


「……仕方ないから、探しに行こうか…」


「う、ウソでしょ…クゥが戻ってくるかもしれないし、待ってちゃ駄目…?」


「だったら扉に書き置きでも貼っておけば良いじゃないか…それとも、一人で寮部屋に帰るか?」


「な、なんでそんな意地悪言うのぉ……」


 こうして、深夜の校舎探検が再び始まることになった―――


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