0009 小休止の夜

―――学園が突如としてドーム状の異空間のような場所に閉じ込められてから訪れた初めての夜。

 僕は昼間一緒だったメンバーで学園に併設されている寮に集まり、この学園の生徒に振る舞うための料理を作っていた。


「いつもだったらナナセ大司教達がこの役をしてたと思うと、とんでもない重労働だね…」


「仕方ないじゃない。あのとき学園に居た私達だけが閉じ込められたみたいで、七星さんどころか色んな人が居ないみたいだから…」


 数キロの重さはあるだろう野菜を一食で何箱も使う必要があり、それを運ぶだけでも僕の身には堪える。

 僕なんかはこんなに苦労しながら一箱を運ぶのに、横を見ると昼間にあんな運動していたクゥとミハエルはまだまだ元気が有り余っているらしい。クゥなんか鼻歌を歌いながら野菜を運んでいた。


「まったく、子供の元気さに巻き込まれる側はほんと参るね…」


「シノも数ヶ月くらいしか年変わらないでしょ…」


「……、早生まれの可能性ぐらいはあるだろ?」


「だったらいま貴方の誕生日を照らし合わ…」


「さて、お腹を空かせた人達のために料理をしないとね」


「誤魔化した…」


「やっぱりあの大人数の用意を考慮すると鍋で一気に調理できるような…カレーとか…いやでもなぁ…」


「カレー…!」


 僕の言葉を遮ったのは、ミハエルのどこか浮ついた声だった。

 そういえばあの時は他に色々と聞きたいことが多すぎて流してしまっていたが、辛いのが好きって屋上で自己紹介の時に言ってたんだったか…。


「カレーが好きなんだ?」


「うん、辛いものって食べるとたまに火を吐く人がいる…でしょ?

 ミハエルも辛いもの食べたら、もっと凄い炎を出せる気がする……!!」


 火を吐く人はあくまでも比喩的な表現であって、流石に気のせいなんじゃないかと思ったけど。

 今日一日を通して口数の少ないように見えたミハエルがここまで瞳を輝かせながら力説を続ける姿は微笑ましさすら覚えるもので、結局僕の口から出てきたのはつい少し前まで思っていた現実的な言葉では無く、柄にも無い『じゃあせっかくだから、ミハエルの好きなカレーを作ろうか』という声だった。


「うん…お肉いっぱいにする……!」


「えーシノずるい!私もオムライスが食べたいっ!」


「あ!?」


 僕は予想してなかった方向から聴こえた言葉に驚きの声をあげてからようやく、自身の考え無しに出した言葉によって状況は既に手遅れだという事実を悟る。


「じゃあクゥはハンバーグで!」


「それとそれとデザートにはりんごアイスがー…」


「馬鹿馬鹿そんなのまで用意するヒマある訳ないだろ…―――









―――…ああ、疲れた……」


 幸い、寮は学園に併設されていたお陰で僕はこうしていつも通りの部屋で休むことが出来る訳だけど……。


「エリーみたいな事を言いたい訳じゃないけど、行動あるのみ…しかないよなぁ…」


 まず、最悪の場合としてこの閉鎖空間を作り出した存在が外に居る場合、僕らは助けを待つしか出来ないわけだけど……。


「それは考えにくい。わざわざこんな場所に閉じ込めるからにはこの空間の中で達成したい目的があるんじゃないかと思うけど…」


 もしその状況下でもひとつだけ方法を思い付くとしたら、ミハエルが空に空けた穴の向こう側…でもこんな普通じゃ無い場所の外が普通とも考えられず、あくまでも最終手段としか今は言えない。


「とりあえず、明日からは学園の外も見てみるしか…」


 そういえばと、ポケットの中に入れっぱなしになっていた小型ボイスレコーダーを取り出す。


「最近はこんな親指と人差し指で摘めるようなサイズでもコイン一枚で買えるんだから、もの凄い便利だよね…」


 まぁ、大抵の人は携帯端末の機能があるから要らないって言うんだけど…。


「僕は便利だと思うんだけどなぁ…」


 そんなことを言いながら録音のスイッチをONにする。




―――…エリー』


『な、なによ…』


『僕の服を掴むのは良いんだけど、少し力を緩めてくれないか?』


『そ、そう言って私のこと置いてくつもりでしょ…!』


『違う、時々エリーのネイルが刺さって痛いんだ…』


『あ、そういう…』


 音声は、玄関口の閉じた後からか。

 本当に念の為という理由で録音を始めたので、特におかしな音は入っていない。職員室で先生と会話するエリーの声もそのまま聴こえて来たせいで、またあの時の笑いが込み上げてくる。


「……?」


 音が聞こえない、故障か…?

 一度耳からレコーダーを離して見るが、しっかり音声は再生されているようだ…もう一度耳元に近付け…


『…ぇ、シノってばぁっ!!』


「っ!!!!」


 耳が痛い、慣用句的な意味でなく、物理的に。

 まさか彼女が居ないところでこんな振り回され方をするとは思わず、それがエリーでもないのに手に持ったレコーダーを耳から離して睨み付けてしまった。

 

「………。」


…いや、幾らラスティナが怖がっていたからってこんなに静かな事があるか?

 それも授業中に声を掛けてきて、あんなにも鬱陶しい声が聞こえないなんて事…。


「この場所は…――っ!!」


 まさか、なんて事が頭の中に思い浮かぶ。今から向かう必要がある…よな。仕方ない……。

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