0003 観察
―――改めて、観察を試みる。
「……?」
血のような暗い赤髪、身体を覆う銀の鎧と一体になったような翼と尻尾に、制服と足具の間の僅かな隙間から見える白い肌。
機械のような見た目とは裏腹に尻尾は自然な形で揺らめき、時々本当に鳥が飛ぶ前の準備運動をしているかのように翼を羽ばたかせる。
「あの……なんかヘン…?」
特にその顔はガスマスクが顔の鼻から下の口元を覆っているせいか彼女の表情の変化は少なく、その精巧な機械のように均衡のとれた目元は焔を閉じ込めた宝石ような瞳が特徴的にも関わらず僕は彼女から冷たい印象を受けた。
しかもガスマスクから伸びた管は不思議なことに銀翼と直接繋がっているらしく、翼の生えている背中の付け根や人間には無いものが生物のように動く姿はガスマスクや翼を含めて彼女がまるで元からそういった生物だったと…そう言わざるを得ないような根拠のひとつとして存在していた。
彼女の銀色の翼は一見鳥のような形状だが、よく観察するとその羽は左右で併せて六つの管のようなものがガスマスクと繋がる管に集約されているようで、僕はさながらバグパイプの仕組みを眺めているような気分になってくる。
「…あ…ち、近い……」
そんな彼女の紅い瞳は黒目が猫のように縦長で、その理由を猫に倣うなら…まさか夜行性……?
「シノっ!ミハエルちゃんが困ってるでしょ!!」
「あ、ああ…」
彼女のあまりにも人間離れした姿はラスティナに怒られるまでつい、興味心に逆らえずにまじまじと観察してしまった。僕が離れるとホッと胸を撫で下ろしているようで、見た目のゴテゴテしい機械…と言うには妙に人間らしい仕草だと思った。
「もうシノったら、お昼休みだからってそんな事してちゃお昼ご飯食べ損ねちゃうんだからね!」
「いや僕は少食だからそんなに食べなくたって…」
今の時間は授業のひと段落した昼休み、学校の屋上には僕を除いて目の前の二人しか居らず、その片方も素直に人と呼んでいいのかは怪しい姿だった。
「さっミハエルちゃんもこっちに来て、お昼ご飯を一緒に食べましょ?」
「いいの…?」
「勿論よっ!」
「わぁ……!」
そう言ってシートを広げた聖女の隣に鉄翼を畳んでちょこんと座る彼女は僕の想像に反して素直で……というかあの機械みたいな身体で食事って
「と言うかエリー、勝手にその…天使様を学園に連れてきて良かったのか? 学生服まで着せて……」
授業中も、いくら聖女様のワガママだからってあんなのがオーレリアと一緒の椅子に座っていたおかげで先生も授業がしづらそうだったし、僕も隣の席からは目を背けたくて仕方が無かった。
…今更だが、後ろの子はあんな大きな鉄の翼があって前が見えていたんだろうか。
「当たり前でしょ! この学園で聖女の私に逆らえるヤツなんて居ないんだからっ!!」
「……君がそう言うと冗談に聴こえないから。」
と言うのもこの聖ミシェラ星術学園と言う場所は目の前にいる聖女オーレリア・エヴァーラスティナ・ソフォルの所属する、ルルエル教団という団体が設立した学校だった。
彼女が多く人に呼ばれる『ラスティナ』という名前も彼女が聖女として教団から授かった聖名であり、僕も普段は回りに合わせて彼女をそう呼ぶようにしている。
……こういった時にエリーと呼べと命令したのも彼女自身だが。
このように馴れ馴れしい人柄に反して非常に権威ある聖女とはいえ、しかし学生であることに変わりないのでさっきみたいに授業の邪魔になれば先生にはもちろん普通に怒られる。
だからラスティナの今の言葉は冗談だろう……半分くらいは。
「やっぱりここに居ましたかっ!」
僕は勢いよく開かれた屋上のドアとその声に面倒事の気配がしたと思った瞬間にはもう遅かった。
「決闘を挑みます!エリちゃんの護衛 兼 騎士団副団長として…貴女にっ!!」
烏の濡れ羽色、ミハエルの翼を見ていたせいでそんな言葉を思い浮かべる髪をなびかせるその少女の額には真っ直ぐな黒い一本角が生えていた。
「……ミハエルに?」
指をビシりと指されたミハエルは自分のことを指差しながら首を傾げていたが、マイペースそうな彼女にはこの突然の状況が飲み込めているんだろうか。
「あ、ミハエルちゃんと言うのですねっ!…じゃなくて!!
では改めてクゥ…でもなくてこのわたし副団長クナウティア・フェリスと、エリちゃんの護衛としてどちらが相応しいか決闘して貰いますっ!!」
「決闘…戦うの?」
「そうですっ!!エリちゃんも見ててくださいねーっ!!」
「ええ、なんだか解らないけど応援してるわ!」
「いやエリー、そんな激励なんかしてる場合じゃな…あっ!」
クゥは僕が止める間もなく要件だけ伝えると校庭で待ってますからとだけ言って、屋上のフェンスを軽々と飛び越えて下に行ってしまった…彼女には一度、階段がなんの為にあるか考えて欲しいが……。
「楽しそう…!」
クゥの奇行に意識が逸れた瞬間、今度は反対から物凄い熱気と共に飛行機か何かが飛ぶような爆音が耳を劈く。
しかし僕は隣にいたミハエルの翼が本当に炎を吐き出した驚きよりも、なんだか面倒な事に巻き込まれたと思う気持ちの方が強かった。
「さっシノ、私たちも早く下に降りましょ!」
「あ、ああ…」
それでも相変わらずエリーは前向き、いや考え無しだ。
僕はそんな彼女のことを羨ましく…は流石に思わないけど、護衛が二人とも行ってしまったので仕方無く聖女様に続いて屋上を後にした。
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