0004 加減知らずの決戦

―――昼休み。


―――校舎の外からは生徒の賑やかな声の数々が聴こえてくる。


―――中学生の頃から変わらず無邪気に、或いは少し大人になって夢とともにサッカーボールを追い掛け走り回る人達。そんな喧騒を横目に図書室で本を借り、たとえ宇宙船に乗っても味わえないような遠い異世界を旅する人達。

―――またあるいは、友人同士で流行りの趣味を共有してあーだこーだととにかく楽しそうにする人達。


―――いわゆる青春、実のところ僕はそういった賑やかな雰囲気が嫌いではない。


「ほらシノ、そんなゆっくり歩いてたら見逃しちゃうわよっ!」


「階段を降りてるんだから手を引っ張らないでくれよエリー…」


―――あくまでもその雰囲気が嫌いじゃないだけで。その賑やか過ぎる雰囲気に巻き込まれるのは正直、僕には眩し過ぎるから遠慮したいけど。




 そんな僕らの後ろから、そして僕らの降りる階段の横を二段飛ばしで通り過ぎていく男子の集団から聴こえてくる声はとても興奮しているみたいだった。


「何でそんな急いでるんだよ〜!?」


「だからさ!騎士団の副団長が久しぶりの決闘だってよっ!!」


「あの副団長とケンカする命知らずがまだ居たんだ…」


「それがさぁ!相手は転入生なんだよっ!!」


「え、転入生?転入早々に何しでかしたの…!?」


「いやでも副団長の騎士団も割とルールに厳しいらしいから、何かしたのかも…」


 いつの間にか転入生として拡がっていたらしいミハエルの噂をエリーに話題として振ってみると…。


「シノ、知らなかったの? 休憩時間中も他のクラスの色んな子がミハエルちゃんを見に教室の前まで来てたんだから」


「生憎、僕はずっと外を見てたからね。誰かさんのせいで。」


「へぇ、シノを怒らせるなんてよっぽどの人がよく居たものね?」


「…、そうだね。怒っても仕方無いって僕に思わせる辺り、よっぽどだと思うよ」


 今日は朝からバタバタして、勝手にペット感覚で学園に天使を連れてくる馬鹿が居るし、そもそも天使と言うのも見るから普通では無い。

 かと思えば学園では三人(昨日までは二人)しか居なかった聖女の護衛のうち二人が喧嘩を始めたのに当の聖女様はこの呑気なんだ。

 平和ボケしてる、まぁ……平和ボケしているな…。


 僕が考えるのも面倒になった頃にエリーと校庭のグラウンドに出てくると、ざわめきの中から聞こえたひと際大きな声はクゥのものだった。


「危険ですから、グラウンドには入らないでくださいねーっ!!」


 野次馬の生徒達をエリーが聖女という権力よりもただのパッションで割って前に出ると、グラウンドは広大な土の真ん中に出来た窪みを中心に、地割れが起きている。

 そんな亀裂の中心地に立っていたのは、生徒達を巻き込まないように声を張り上げ走り回るクゥとは対称的に静かなミハエルだ。


「……」


 集中している、だが彼女の鉄翼からは時々赤い炎が噴き出している。なんて言えばいいか、ミハエルの姿は活性化する火山の赤いマグマが吹きこぼれる様を見ているようだった。

 対するクゥも警告が終わり、ミハエルに相対するように立つとその額に生えた紫がかった黒角から、動きやすさを重視して纏めたポニーテールの先端まで全身を電撃が帯び始める。


 彼女…クナウティア・フェリスはその黒いツノや尻尾から分かるように、普通の人間では無い。ブラックサンダーユニコーン人種…という、ユニコーン人種の中でも特異な種族の出自だという。

 たしか彼女の所属する騎士団の団長が幼いクゥを拾い、それからはずっと騎士団のアイドル兼 愛娘として可愛がられていたらしいが…聖女であるエリーと年齢が近いことから聖女護衛という大役に抜擢されたらしい。


 騎士としては真面目かつ快活で親しみやすい性格をしているんだが…クゥは決めたら真っ直ぐに突き進み続ける、ぜんまい仕掛けの車の玩具みたいなところがある。


 だから今回も理由は解らないが、ミハエルの何かが彼女の逆鱗に触れてしまったんだろうか。


「ではミハエルちゃん、お相手…願いますっ!!」


「あ、おねがいします…!」


 僕がエリーに袖を引かれてグラウンドに視線を戻すと、ちょうど決闘が始まるようだった。

 騎士らしく一礼をするクゥとそれを見て慌ただしく頭を下げるミハエル、彼女達の姿はどこまでも対照的だ。


 だが、その二人の動きが一致した瞬間があった。


「全力で行きます!雷走っ!!」


 クゥの体から発せられていた雷が周囲の地面に飛び散るほど強まった瞬間、飛行機のエンジンのような轟音が響き渡る。


「見てシノ、赤くなったっ!!」


 エリーがそう言ったのは、ミハエルの髪の色のこと…だったと思う。

 僕がはっきりと見ることが出来たのはミハエルが一瞬前まで居た場所を走り抜ける紫の雷と、彼女の赤く燃える残像。


 驚くことにミハエルは殆どロケットエンジンのような仕組みの直線機動を翼の角度を調整することで、クゥが繰り出す雷を器用に避けながら接近していた。

 おおよそ普通の人間とは言い難い試合模様だが、その初動はお互いに譲らないと言ったところか……?


「…っ!!」


 そして遂にクゥの目の前にまでミハエルが接近しようとした瞬間、クゥの身体からグラウンドの全域に駆けていた雷がビタりと止む。

 僕の目からは確かに彼女らが肉弾戦へと移ろうとする構えの姿勢が確かに見え、その反応速度に殆ど差は無いように見えた…が。


「雷装!!」


 ミハエルの拳を思いっきり額で受けたクゥから、ミハエルの全身へと電撃が走る。

 そして次の瞬間、雷に打たれたように動けないミハエルの無防備な腹部をクゥの真っ直ぐな握り拳が振り抜こうとしていた。


「全力でッ、行きます…っ!…雷…槍ッ!!」


 鈍く、重い音を立てて金属の塊のようなミハエルを軽く数十メートルは吹き飛ばす。

 普通だったらあんな人外じみた一撃を食らって起き上がれる人間は中々居ない、現に彼女の対決相手が命知らずとまで称される圧倒的な戦績がそれを物語っていた。


 しかし手応えの違和感からかクゥの体から再び地面を雷が走り抜け、その内の一本が遠くに居るミハエルを捉えようとしたが…またあのエンジンのような高音とともに彼女の姿は消え、僅かな残り火だけがそこには存在していた。


「…っどこに!?」


 その、油断とも言えないような油断によってミハエルを見失ったのはクゥだけでは無かった。

 この大人数の野次馬が居ながら、彼女の姿を捉えきれたのはほんの数人だっただろう。なぜなら彼女が居たのはこの一瞬で太陽に紛れてしまえるような、遙か空の上。


 太陽の光に照らし出される黒い影だけが彼女の存在を悟る僅かな手掛かりなのだから、クゥが瞬時に上を向きミハエルを見つけたのは本当に鋭い嗅覚を持っていたのだろう。


「…やっばいかも…!!」


 まるで太陽から降り注ぐような、大口径の炎。

 ソレは地面に衝突した炎の散った、余波の熱気でさえグラウンドの端に居る僕らが顔を背けたくなる熱さで。

 僕からはちょうど炎の柱によってクゥの姿が遮られ、その姿を見失ってしまった―――

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