第2話 希望の光 絶望の光
「ん…」
目が覚めるとそこは綺麗な緑の絨毯が揺れる丘にいた
「ここは…」
そこは見覚えのある丘だった
ミュラの墓を建てたあの丘だ
「目が覚めたか」
目の前にはリリスが立っていた
リリスの黒く長い髪は風になびいていた
そんなリリスを横目に丘の下の見える王都の街を見渡し懐かしさを感じる
「昔の街並みだ…」
「それはそうであろう、貴殿は妾とともに過去に戻ったのだ」
「そっか、俺は過去に戻ってきたのか…」
しばらく、なつかしさに浸る
ミュラが生きている世界か…
生きているという嬉しさだけで涙があふれ出てくる
今すぐ会いたい
「ちなみに今は何年なんだ?」
「あの時から5年ほど前に戻っておる」
「そっか、ミュラに会いに行きたい」
「会いに行くのか?」
「うん、行ってくるよ」
そういった瞬間、リリスは口角をあげた
「何、笑ってるんだよリリス」
「いや?何でもない」
5年前か、王都を出立している頃か
日付さえわかれば、どこにいるか分かる
この丘から少し先に行った自分の故郷で確認すればいい
自分の家にもしばらく帰っていなかったし
「行こうかリリス」
立ち上がり、お尻をはたき、故郷の街を目指した
故郷には歩けば2時間もあれば着くだろうが、早くミュラに会いたかった
今まで鍛えた力を使い草原を全速力で駆け抜ける
昔は遠く感じたこの距離も今の俺には近く感じる
いや、心が軽やかだから、気持ちが晴れているからか
30分ほど走った森の中である事に気付く
「あれ…この森って」
「どうしたのだ?」
「いや、この森って故郷の街より先にある森だったはず…」
久しぶりに来たせいで迷子になってはるか先まで来てしまっていた
「まいったな…」
「まぁ、よいではないか」
「こんなに速く走ったつもりはないのに…」
自身の力がここまで強くなっている事にこんなことで気が付くとは思わなかった。
この森でまた走ったら、また迷子になりそうで怖かったから歩いて外に出ることにした
「貴殿はこの森が自身の故郷の先にある森とよく気づいたのぉ」
「そりゃ、わかるよ…だって…」
だって、この森はミュラと初めて一緒に訪れた森だったから…
王都を出てこの先の街に進軍している魔王軍と戦うためにこの森を通ったから
森を通るときに魔獣に出会って、俺は腰が抜けて動けなかったな…
ミュラが一人で魔獣を倒してくれて、情けなさと不甲斐無さで悔しかった
その後はミュラに心配されたのが悔しくて、逆ギレして
思い出して恥ずかしくなってきた…
恥ずかしさで顔が熱くなってきた
だが、そんな恥ずかしさもその直後に無くなる
「だって…それでどうしたのだ?」
「あぁ、ここは…」
その瞬間、一瞬で臨戦態勢に入る
近くで魔獣の気配がしたからだ
「リリス!魔獣だ!行くぞ!」
「なぜ妾もいかねばならぬ?貴殿一人で事足りるであろう?」
「まぁ、確かにそうだけど」
仕方なく一人で魔獣の気配のする方へ向かう
木をかき分け先に進む
魔獣ともう一人、人の気配がする
かすかに人と魔獣が視認できるほどの距離に近づく
どうやら、苦戦しているようだ
交戦地まで道が開けた
一気にスピードを上げて加勢する
「間に合えよ…顕現せよ!フラガラッハ!」
魔獣を射程圏内に捉え、聖剣フラガラッハを手にする
魔獣と交戦している人は魔獣の攻撃を受け止めたが、その衝撃で尻もちをついている
距離は10mほど、届く
「すべてを切り裂け…フラガラッハ!」
渾身の力を込めて剣を振り下ろす
刀身からは目には見えない斬撃が繰り出される
耳を突き刺すような音を轟かせ、斬撃は魔獣に向かう
魔獣もその音に気付くが気づいた時にはもう遅い
斬撃は魔獣の片腕を切り落とす
切り落とされた衝撃で森全体を揺るがすような声で咆哮する
その隙に人と魔獣の間に割って入る
「大丈夫ですか!」
後ろをちらっと見るとかぶっていたフードから長い髪がチラッと見える
女性?女性が一人でこんな森の奥地に…
そんなことを考えていると
目の前の牛のような頭を持つ魔獣をミノタウロスが
激しい咆哮を上げながら向かてくる
けれど…
「遅いよ」
振り向きざまに振り下ろす
ミノタウロスはそんなものお構いなしに突き進んでくる
だが、ミノタウロスの視界は左右で徐々にずれ始める
ずれ始めたときに異変に気付いたのだった
自分自身が人間に切られたのだと
「グ…オォ」
真っ二つ切り裂かれたミノタウロスは無残に地面に横たわる
フラガラッハを仕舞い女性に手を差し出す
「大丈夫でしたか?怪我はない?」
「ありがとうございます…怪我も特には」
女性が手をつかみ返し立ち上がりながらそう答えた時、フードの中から顔が見えた
顔を見た瞬間、言葉が出てこなくなった
ずっと会いたかった、ずっと謝りたかった
そして、世界で一番愛した女性がそこにはいたから…
目から溢れそうになる思いをぐっと堪える
「ミュラ…」
この名前をずっと口にしたかった
その人を前に
ようやくできた
その嬉しさが止まらない
だが、そんな思いはすぐに消え去る
「あの…なんで私の名前を知っているんですか…?どこかでお会いしましたか…?」
「え…?」
一瞬何を言っているのかわからなかった
なんで…
忘れてしまったのか?
まだ会う前だったのか?
色々沸いたが何もわからない
「あ…カノン…」
思考回路が正常に処理されず、わずかに出てきた言葉が自分の名前だけだった
ミュラはそれを聞いた瞬間にハッとしたように
「あ!カノンのお知合いですか!だから、知っていたんですね!」
意味が分からない、カノンなら俺なら目の前にいるじゃないか…
「カノンにこんな強いお知り合いがいたなんて…なんで黙ってたのよ…
あ!そうだ!カノンに剣の稽古つけてあげてください!あの子ったら才能ある癖に何もしなくて…」
ミュラが何か言っている
その言葉達は耳に入った瞬間に外に流れていく
カノン?なんだカノンって…
誰のことだ…
カノンは俺だ…
「あの…大丈夫ですか?もしかして怪我されてたり…」
「あ、だ、大丈夫…ちょっと、考え事をしてて…」
精一杯の作り笑顔で答えた
頭の中は思考で溢れてる
聞きたくない、見たくないでも聞いておきたい、見て確かめたい
二つの思いが交錯する
言葉にするな、結果は分かってる
だめだ、だめだ、だめだ、だめだ、だめだ
頭の中では分かってるこれを聞いて実際に見てしまったら、自分は立ち直れなくなる
でも、理性の静止を本能が突き通る
「その…カノン君…に会えない?」
「?」
「あ、いや、カノンに久しぶりに会いたくて…」
「あ、そういうことですね!カノンのところまで案内しますね!」
ミュラに先導してもらい、その後をついていく
体全体が心臓になったかのように鼓動が大きくなる
そんなことはないと自分に言い聞かせる
嫌な気持ちが頭を支配する
そんなことはないということがないとわかっているから
その気持ちを否定しようするほど嫌な気持ちが強くなる
だんだんと近づいているのが分かる
もうすぐそばにいるのだと
「あ!カノン!」
「ミュラ!あの魔獣を倒したのか!?」
木のそばで座っていたカノンが立ち上がって近づいてくる
「ん-ん、この人が倒してくれて助かったの!」
「この人って?」
「え?私の後ろに…あれ?いない?」
「幻覚でも見てたんじゃないのか?」
「違うよ、本当にいたもの…それより、あんな凄い人と知り合いってことなんで黙ってたの?」
「知り合い?誰だろ…それより夜になるから野営の準備しよ!」
二人は夜に備えて野営の準備を始めた
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「はぁ、はぁ、はぁ」
今までと比べ物にならないくらい全力で足を回す
何かを振り払うかのように
森の中を風よりも早く駆け抜ける
森を抜け草原を目的地もなく駆け抜ける
空は先ほどとまでと変わり冷たい白い光が地面を照らす
その姿を映す水面を見つけた時、走るのをやめ、膝をつく
「あぁ…やっぱりそうか、そうだったのか」
水面に映る22歳のままの自分の姿を見て改めて現実を突きつけられる
「なんで言ってくれなかった!!!」
「聞かなかったのは貴殿であろう?」
後ろからどこからともなく近づいてきたリリスに怒鳴る
「どうして…どうして!」
「そんなにあの
「奪うなんてできるわけないだろ!俺はあの子に…」
「生きててほしい、幸せになってほしいだけ…と?本当か?」
その言葉に反論できなかった
俺はあの子に生きてて欲しいし、幸せになってほしい
だが、その裏に俺はミュラと幸せになりたい
そう思う気持ちがあった
その気持ちを出せばこの時代のカノンは?
ミュラはどちらを選ぶ?
ここは本当に過去なのか?俺がいなくなった時代のミュラはどうなる?
「ふむ、雨が降ってきたみたいだな」
その雨は翌朝まで降り続けた
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