第2話 一人の勇者

「ん…」


目が覚めるとそこは綺麗な緑の絨毯が揺れる丘にいた


「ここは…」


そこは見覚えのある丘だった

ミュラの墓を建てたあの丘だ


「目が覚めたか」


目の前にはリリスが立っていた

リリスの黒く長い髪は風になびいていた

そんなリリスを横目に丘の下の見える街を見渡し懐かしさを感じる


「昔の街並みだ…」

「それはそうであろう、貴殿は妾とともに過去に戻ったのだ」

「そっか」


自身の服装と今いる場所を見ていつに戻ったのか悟った


「勇者候補として集められる前か」


あれは5年前、17歳で神の信託を受けた日に王都に連れてこられてしばらくたった日のことだ

教会や、王国騎士団での指導に嫌気がさし、この丘に逃げてきたのだ

その日だったあの子にあったのは


「何をしているの?」


突然後ろから声をかけられた

振り向くとピンクの長い髪を揺らしながら近づいてくる一人の女性がいた


「ミュラ…」


その姿を見た時、あふれ出す思いが止まらなくなった

自分に力がなかったから、自分の手で命を奪った世界で一番大切な人


「え…そうしたの突然…私の名前も何で知ってるの…?」

「あ、いやごめん、目に誇りが入って…君は有名だからね」


俺は勇者と言われていたが、当時は他の勇者候補生と比べて能力が低かった

対して、ミュラは史上最高の勇者の呼び声が高かった


なんで、あの時ミュラは俺を選んでくれたのか…


「ふーん、まぁいいわ、あなたがいなくなったから、神父様に探してくるように言われたのよ?」


そういうとミュラは俺の横に腰を下ろした


「はぁ、いい気持ち!」

「俺を連れ戻すように言われたんじゃないのか?」

「少しくらいいいじゃない、指導続きじゃ疲れちゃうじゃない」

「まぁ、確かに」


現金なものだと思った

ミュラを失った気持ち、守れなかった不甲斐無さは消え、

隣にミュラがいる喜びが溢れてきそうだ


いつの間にかリリスは消えており、ミュラと二人

何を喋るわけではないが、心地よい静かな時間が過ぎ去ってゆく


心地よさから体を大地に預け、ゆったりしていると瞼が重くなっていく

風の音と草の鳴く音とともに


そして、優しく柔らかい感触が頭を包む


…柔らかい?


そこで体を急いで起こす

振り向くと正座をしたミュラがいた


「あ…あの…もしかして膝枕してもらっちゃってましたか…?」

「してません」


ミュラはパッと顔をそらした

いや、その反応と恰好はしてますやん…とツッコミたくなる

それより、こんな過去あったっけと思い返すが記憶にない


そんなことを悩んでいるとふとあることに気づく

白く光っていた太陽がオレンジ色に輝いていたのだった


「やばっ…ミュラ早く戻らないと神父様と教官に怒られるぞ」

「うん…」


ミュラは相変わらず、そっぽを向いていた

少し振り返った時ミュラの顔はオレンジにそして少し赤く照らされていたように見えた


俺らは、急いで寮に戻り神父様、教官、寮長に謝った

ミュラは今までの行いと俺を連れ戻すという名目から一切怒られなかったが

俺はというとさぼりでこってり絞られた


説教が終わり部屋に戻った時には、夜が更けていた


「はぁ、疲れた」

「ずいぶん遅かったの」

「リリス⁉」

「何を驚いている?」

「どこに行ってたんだよ、てかなんで俺の部屋がわかった」

「妾がどこへ行くのも自由であろう、それに二人きりにしてやった感謝をしてもらいたい」

「まぁ、いいや、そんなことより、過去が少し変わってたんだが」


先ほど感じた疑問をリリスに投げかける


「それはそうであろう、過去といえど貴殿が少しでも違う行動をとれば世界の全てが変わる。むしろ変わらなければバエルは出てこない。」


少し間をおいてリリスは続ける


「変わる未来があれば、変わらない過去もある」

「どういうことだ…?」


リリスは不敵な笑みを浮かべただけだった

そのあとのことは何も答えてくれない

そして、静かに部屋から消えた

疑問は残るものの一日の疲れからベットに入った瞬間、深い眠りに落ちた


翌朝、目が覚め支度をする

相変わらずリリスはどこへ行ったか見当はつかない

まぁ、こちらとしては過去のやり直しだ

リリスがいようがいまいがやることは変わらない

唯一の不安は、今日がいつなのか分からないことくらいだ


身支度を整え、王国騎士団の駐屯地へ向かう


寮から駐屯地へ向かう商店街はまだ、眠っていた

この道を何度も通った懐かしさを感じながら歩く


しばらく歩くとひときわ大きく、強固な建物が見えた

駐屯地だ

その駐屯地へ入る人影がぽつぽつと見える

見知った、いや、見たことがある顔だった


当時の俺は、勇者候補の中での最低の人材

他の誰も絡もうとせず、自分一人殻にこもり不貞腐れていた


昔のことを思い出し、感傷に浸っていた

過去を思い出しつつも、教官の待つ訓練場に向かう

訓練場にはすでに準備を整えた生徒で溢れていた

俺がついたのは最後のほうらしく、ついた直後に教官が現れた


「静粛に!全員そろっているな、では、先日いったように今日は、今後行動を共にするパートナーを選んでもらう!」


…はい?

俺は驚愕した。

剣の勇者と魔法の勇者この二人一組で魔王を討伐するのだが、そのペア決めは王都を立つ直前のイベントであったからだ

とんでもない日に飛ばしてくれたもんだとリリスに悪態をつきたくなった


なぜなら…


「ではまず、ミュラ、前へ、お前には自分でペアを選ぶ権利がある」

「はい」


本来は力が均衡になるように自身と同程度の力の者同士が組むことになる

だが、ミュラは史上最高の魔法使い

誰であろうと力の差が出てしまう

だからこそ、自分が選びたい人間を選べた


「私のパートナーはカノンに」


その瞬間、全員がざわつきだす

それは勇者候補だけでなく、教官達もだ

それもそうだ、誰でもいいとはいえ最低の勇者候補だから


「教官!納得できません!剣の勇者として世代最高の私がいながらそんなやつなど!」

「セルシオ、静かにしなさい」


ミュラが史上最高の魔法の勇者として注目を集めているが、彼も世代最高の剣の勇者と呼ばれていた

ミュラがいなければ、一番注目を集めていたのは彼だろう


「平民の上に力も何もない、努力もしないこのような人間が彼女のペアになっていいわけがない!」

「今なんて言ったの?」


この後の展開はわかってる

ミュラがブチぎれてセルシオと一対一を行う

だが分が悪い

一対一の場合は剣のほうが有利だからだ

この当時は高速詠唱もない


それでもミュラは勝った

体をボロボロにしながら

なぜ、こんな俺のためにとは当時は思わなかった


そのせいで、色々な障害に悩まされたからだ

いや違うな、ただの嫉妬だった

彼女を一番近くで見て自分がいかに怠けていたか気づけた


「セルシオ前言撤回しなさい、私はあなたを許しません」

「それはできない!君は魔王を倒すために生まれた人間だ!そんな人間は義務を果たさなければいけない!」

「はぁ、それなら…」

「教官、セルシオと一対一をさせて下さい。多分、やらなければわからないと思うので」


再びざわめきが起こる

いつも静かだった俺が出てきたからだ


「カノン!今自分が何を言っているのかわかっているのか、そんな結果がわかっているもの許可など…」

「結果?」


静かに教官を威圧する

教官は息をのむことしかできなかった


「セルシオ、俺が勝てばいいんだろ?それで文句ないだろ?」

「誰に向かってそのような口を聞いている!」

「カノン!だめよ!あなたでは…」


心配そうに声をかけるミュラに伝える


「心配しないで見てて、君の隣は誰にも渡さないから」


ミュラから離れセルシオと対峙する

周りには人が多くいる


「全員どいてくれ、巻き込まれたくなかったら」


全員が静かによける


「教官時間の無駄なので、今からやらせてください、すぐ終わらせますので」


教官には有無を言わせない、

彼らは何か悟ったのか防壁魔法で俺らを囲った


「セルシオ準備はいいか?謝るなら今のうちだぞ」

「黙れ!聖剣召喚 エクスカリバー!」


セルシオは世界最高峰の聖剣を召喚し、俺めがけて斬撃をふるう

誰もが終わりと思った

だが、斬撃の先には誰もいない


そして、全員の眼には衝撃の状況が映し出されていた

聖剣を持たぬ、カノンがセルシオの横にいたのだから

拳を横に振り、拳の甲をセルシオの顔面に叩き込む


受け身をとれないセルシオは防壁に叩きつけられる


「なぁ、セルシオ…彼女は魔王を倒すことしかしちゃいけないのか?幸せになっちゃいけないのか?お前はあの子をなんだと思ってる?一人の女の子なんだよ。それすらわからない奴が隣に立って並ぶなんておこがましいんだよ」

「うるさい!魔王を倒すのは最高の誉れであり幸せなことだろうが!」


セルシオは再び迫ってくる

この程度の実力差もわからないのか…

今の俺だからわかる

子供と対峙するようなものだから

実力差をわからせるのも必要だ


「セルシオ、しっかりガードしろよ」


俺は、右手を高くつき上げる

「顕現せよ 、俺の持つすべての聖剣」


~聖剣輪舞~


空中に切れ目が入り、切れ目からは複数の剣が現れた

その剣はセルシオ目掛け飛んで行く

その全てはセルシオを少しだけ掠めるようにした


完全に腰が抜けたセルシオに戦意はもうないだろう


服を整え周りを見ると、畏怖を抱く目

絶大な力の前には人は尊敬ではなく、畏怖の感情を抱く


だがそれでいい、史上最高の勇者の肩書は彼女には重すぎる

過去を少し早めただけだ


今度こそ、助けられなかった命を救う

そして、彼女を幸せにする

どんな力を使おうと

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Alternation End~最強の勇者は賢者のために未来を変える~ たかてぃん @takatin1020

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