第13話 お祭り騒ぎ

 ギルド内は、すみスライム討伐報告をしに来ていた冒険者たちで、溢れかえっていた。想定よりも大量のスライムの討伐報告に、忙しそうにしていた。冒険者が騒がしく、報酬の予想の話など、ランクの昇格に関する話をする。いわゆるお祭りムードというやつである。


「…来たのはいいけど、何もすることないね」


「…そうですね、忙しそうですし帰ります?」


「まぁまぁ、思い出作りとでも思えばいいじゃないか」


「そうだなぁ。確かになんか祭りムードっぽいし、とりあえず残っとくか。」


 そうして、しばらく、ギルド内のベンチで時間をつぶしていた。皆で他愛もない話をしながら時間をつぶしていると、冒険者の数がどんどんと減っていった。


 どうやら、討伐報告が終わったようだ。

 だが、ギルド受付の人々は、未だに忙しそうに、体を動かしていた。気になった高木は、ベンチを立ち上がり。受付係の人へと、話をしに行こうとする


「高木さん?どこ行くんですか?」


「なんか、受付係の人が気になって。ちょっと話してくる」


「そうですか、いってらっしゃい」


 軽く手を振る動作が、どこか様になる。今まで友人気分で話していたが、マーソの容姿はいわゆる儚げな美少年だ。再確認させられる。




「スライム討伐の報告って終わりましたよね?今、何してるんですか?」


「そうですね、実は想定以上のすみスライムの粘液が手に入ったので、一定数は王都に納めて、残りは『料理を作ってパーティーでもしないか?』という話になっちゃいまして。パーティーは冒険者さんたちの要望だったんですが、ギルマスが承諾してしまったんです。」


 パーティー、本当に祭りムードだったのかと納得する高木だった。だが、それ以上に高木は、そのパーティーに興味をそそる要素があった。


「その、すみスライムの料理って誰がするんですか?」


「それが、まだ決まってなくて…」


 高木はニヤリと口角を上げる


「それじゃあ、そのスライム、俺に料理させてくれませんか?」




「すみスライムが食えるなんて、夢みてぇだな!俺たち庶民には一生手が出せないものだと思ってたぜ!」


「それに、このパーティーでランク昇格の話もあるみたいだしよ。いやぁ楽しみだぜ。」


 ギルド内は、スライム討伐にかかわった冒険者たちでにぎわっていた。ギルド内だけでは、スペースが足りなかったので、外にも臨時のテーブルと椅子を用意する羽目にまでなったらしい。


 一方マーソとイロハも、パーティーに参加していた。だが、マーソの方は気が気ではなかった。


「高木さんの料理…不安だ、心配だ、おいしいのか?正直、料理上手いと思えないし、そんなのを大衆たいしゅうに渡してもいいのか?」


 高木のいつもの行動を目の当たりにしているマーソは、高木が料理ができるのか、という心配ばかりを口に出していた。机にうつ伏せて、ぼそぼそと話している。


「まぁまぁ…うん、とりあえず、豪散あいつを信じとくしか…ないかね」


 あのイロハも、高木の料理に不信感ふしんかんを抱いている。失礼なのは当然だが、それ以上に今までの高木の行動が悪いのも確かだ。


「お、マーソ!!ここにいたんだな!探したぜ!」


 この登場が、悪魔の顕現けんげんとなるか、天使の降臨こうりんとなるか。未来は高木にさえ分からない。


「いやぁ…すみスライムの粘液って、すげぇおいしいな!!この世界って調味料が足りないのかとか思ってたけど、まじおいしかったわ、いやぁ自信作だよ!今回の料理は。」


 高木によると、すみスライムの味は前世の世界でいう醤油のようなものだった。それは、前世の世界の醤油と比べてもほとんど遜色そんしょくがない。それどころか、もしかしたら自分が味わってきた醤油よりおいしいかもしれない、と思ってしまうほどであった。

 食文化が進んでいない異世界だとしても、さすがは高級物だなと思った。


「自信を持ってくれるのはありがたいんですが、えっと、料理ってできるんですか?正直、あまり料理が得意なような感じはしないというか…」


「あれ?言ってなかったっけ。俺、実は父親がいなくて、家には母さんしかいなかったんだ。だから母さんは、仕事に明け暮れて、家事をする暇がなかったんだ。そんな中、俺が12歳くらいになったころかな?家事をするようになったわけ。その中で、料理もするようになって、次第に母さんにも褒められるようになって、料理が好きにもなっていったんだ。」


「あっ、うっ…おおん…そ…そんな過去が…あの、すみません。料理が下手とか言ってしまって。」


「…一瞬でも疑っちまったあたしが、バカだったってことか…謝罪しゃざいしてもしきれないよ。」


「いいよ、別に。お!来たぞ俺が作った料理!じゃあ、謝罪の代わりとして俺の料理しっかり堪能たんのうしてくれ!!」


 ギルドの受付係の人が、料理を配膳はいぜんしていく。そして、その中には箸があった。高木は、調理場で箸を見たとき正直驚いた。

 異世界に箸があるがあるものなのだな、と思った。そして、この世界の人にとっても、一般的に使われているようだ。もうあれだ。ここ、ほとんど日本だなと高木は思う。


「これは、俺の故郷の料理、俺が最も自信をもって出せる一品の一つ…だ!!」


 出汁巻き玉子。日本の家庭に親しまれてきた料理である。異世界にも卵があり、出汁を抽出できそうな草もあった。草を煮込み、出汁を取る。卵を泡立たせないように溶きながら、スライム汁、出汁を咥えていく。それを三回に分けて、くるくると巻く。色はスライム汁が、思った以上に黒かったことから、少し醤油を入れすぎたような見た目になってしまった。


 おそらく異世界に玉子焼きなどないだろう。誰もが警戒し、食べないだろう。そう思っていた。だが、皆、料理がテーブルに届くと、すぐさま箸をとり、玉子焼きを口に運んでいく。


「うんまぁぁぁぁい!!」


 一人が声を上げる。そして、また一人と声を上げる。


「うめぇぇぇ!!何だこれ!これがすみスライムの味なのか!?」


「いや、確かにそれも関係しているかもしれないが、この玉子焼きを作った調理師コックの実力も相当なものだぞ!!ここまできれいな断面だんめんに、後味に出汁の風味が広がるし時効の味。それになんだ!?このふんわり感、今まで食ってきた玉子焼きとは別次元のふんわり感だ!」


 大衆は、高木が作った玉子焼きに魅入みいられてしまっているようだ。箸が止まらない。カチャカチャとそこかしこから、箸が合わさる音がする。


 マーソとイロハも、箸をかつかつと鳴らし、玉子焼きを口に運ぶ。


「どう?うまいでしょ?俺の自信作」


 高木は二人に視線を向ける。


「こりゃ…一本取られちまったね。ここまで美味い料理は味わったことがないよ。」


 イロハが、高木の料理を絶賛する。明らかに良い家庭で育ったと思われるが、そんな彼女に褒められるのはなんだかむずがゆい。


 対してマーソはというと。


「おい、しいです…」


 玉子焼きを口に含んだ瞬間、頬を伝うほどの涙を流した。


「え!?だ、大丈夫か?」


 マーソに駆け寄り、背中をさする高木。その様子を遠方から眺めているイロハ。この一夜限りの祭りは、この村での一種の伝説として語り継がれるだろう。


 この後は、ギルドマスター直々にランク昇格の儀があり、一人の冒険者がC級冒険者となった。次第に人数が増え、酒を片手にする人も増えた。今宵こよいは、高木至上しじょう最大の祭りとして幕を下ろしただろう。

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