第10話 眠りし記憶

 高木は夢を見た、それは生前の記憶。家族と仲睦なかむつまじく暮らしていたころの記憶だ。


『高木君。君はすこやかに育ってくれればそれでいいからね。』


 この声は、俺の父さんの声だ。父さんは俺の物心がつく前にどこかに行ったという話だ。声すらも聞いたこと無いはずなのに…なぜ俺はこの声が父さんの声だと分かったんだろうか。


 夢の中でそんなことを考えていると、俺にどうしようもできないほどの眠気がおそってくる。

 そして高木はその記憶の中の眠りにより、目を覚ます。


「父さん…」


 高木は父の事を思い出す。母から聞いた話だと、俺が1歳になる誕生日の前日に姿を消したらしい。行方不明として警察に届け出たりもしたが、結局見つかることはなかった。


「…父さんどうしてるんだろ?…思い出せない…なんでだ?さっき夢に見たはずなのに」


 せっかく久しぶりにちゃんとした寝床だというのに、まったく心が晴れやかではない。窓の外を見ても雲一つない快晴だというのに、俺の心はわだかまっている。


「とりあえず体起こそう…あれ?」


 体を起こそうと、体を動かす。だが思うように体が動かない。というより、頭が痛い。それもズキズキとするような頭の痛さじゃない。なにか、頭を押さえつけているような重さだ。


 周囲を確認する。高木の頭はベッドに置かれていたはずだが、なぜか床に置かれていた。体はベッドに置き去りなのだが、頭だけが床に置かれている。どうやら、夢のせいで、寝相ねぞうおがさらに悪くなっていたようだ。


 そんな時、マーソが寝室に入ってきた


「あ…高木さん、おはようございます。」


「……何の用だい?今僕はとてつもなく忙しいんだ。用がないなら…いんや、茶番ちゃばんはいいか」


 この態勢で忙しいはずなど毛頭ないが、 奇抜きばつな態勢でマーソに声をかける高木。恥じらいは持たない。持ってしまったら恥ずかしくてまともに話せなくなってしまうからだ。


 マーソが来たことにより、速攻で体を起こす高木。


「そういえば…さっきの俺の話聞こえてた?」


「いえ…聞こえませんでした。というか誰かいたんですか?」


「あぁ…ちょっと言い方悪かったな。独り言だ独り言。まぁ、聞かれてないならよかったわ」


「そ…そうなん…ですか。あ、朝食の用意が出来てるので後で食べておいてください。家主として申し訳ないのですが、僕は用事があるので同席どうせきできません。」


 平静へいせいを装っているものの、表情からは困惑が読み取れる。まぁ一般人からしたら寝起きに独り言というのも変な話である。


「わかった!後で降りるわ」


 高木がマーソに告げると、マーソは部屋から出る。部屋から出たのを確認すると、高木はもう一度ベッドに横たわる。


(あぁ暇だなぁ…旅立ちの時まで、マジすることないなぁ…まぁとりあえずトレーニングでもしようかなぁ…とりま先にご飯だけ食べるか。)


 高木はベッドから立ち上がり、マーソ家のリビングに行く。そこには誰もおらず、机の上にぽつんと置かれた朝食だけが空間に溶け込んでいた。


 料理は汁物のようで、ポトフのように汁の中に具材が煮詰められたものであった。高木は机のそばにあった椅子に腰を掛け、用意された食器を自分の手元に寄せる。


 森の中での生活で、自分で料理まがいのことをしてはいたものの、異世界の食事を食べるのは初めてだ。期待と不安感が心を揺さぶるが、食卓上のスプーンを取り、スープを掬う。そして、口の中へとスープを入れる。


「ふむふむ…これがこの世界の料理の味か…」


 味自体は、素朴そぼくな味ではあるものの食材本来の味を引き立てた、良い意味でサッパリした味。口当たりがいいなどの特徴があるが、悪く言えば味が薄い、とにかく味が薄いといったような感じ。


(期待よりは美味しいけど…味が相当薄いな、調味料が少ないのかな?ま、元気は出たしとりあえず外行くかぁ!!)


 食器を片付け、いつもの日課をこなすために高木は家の外へと出る。


「冒険者達は早く用意しろぉ!!狩りの時間フィーバータイムが始まるぞ!!おい!!そこに突っ立ってるやつ!!お前冒険者だろ?早く準備しろ!」


(あ?なんかすごい騒がしいな?それに、冒険者?なんだろ。)


 外はどうやら、いつも通りの街の風景とは少し違い、町民たちが冒険者へ呼びかけをしているようだ。


 そんな怒号どごう交じりの呼びかけに高木は混乱していた。そんな中高木に向かって走ってくる人物が見えた。男性なのか女性なのか区別できない容姿。


「って、マーソじゃん!どした?」


「はぁっ…えっと…冒険者ギルドの緊急きんきゅうクエストです!!この町の近くの森に、墨粘着性魔物すみスライムが出たらしいです!!」


「すみスライム?なにそれ?おいしいの?」


「はい!!とてもおいしいです!!」


「へぇー…うんうん」


 本当においしいらしい。だが、どの程度のおいしさなのだろうか?朝食べたポトフと思われるものよりもおいしいのだろうか?と高木は思う。


 高木は自身の欲に飢えていた。ふかふかベッドによる安寧あんねい。中学男児から頭角を現し始める大人のたしなみ。そして、濃厚な味わいを堪能たんのうできる絶品料理。だが、睡眠もたしなみも、ある程度は我慢できるようになった。ただたったひとつ、に関しては話が変わる。高木はハングリーにだけは常に飢えているのだ。

 

 高木は、好奇心のままにマーソに問うだろう。


「じゃあ、そのすみスライムってどのくらいおいしいの?」


「えっと…前提ぜんていとして、スライム種を討伐した時に得られる液体が、とても高級品でして、貴族たちに有名なんです。その中でも最高峰さいこうほうの味の液体を分泌するスライムが、すみスライムなんです。」


「じゃあ、そのスライムを討伐するために冒険者が駆り出されてるってことか。興味が湧くな!どんな味なんだろうな?よし…行くかぁ!!スライム討伐!」


 高木はスライムの味に興味が湧いた、ただそれだけの理由だが、高木はギルドへと足を進める。口から流れ続けるよだれをぬぐいながら。


「あっ、ちょっ…考えてから動くのが早すぎますってぇ!!」

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