第8話 初めての高揚感

 うぉぉぉぉわぁぁぁぁぁぁ!!!!

 周囲は面白いもの見たさに、人が集まっていた。先ほどギルドにいた人たちや、この村に住んでいる老人たちに、若者たち。そして絶望的ぜつぼうていな表情を浮かべながら、頭を抱えているマーソ。

 そんな歓声たちの向かう先は一つ。


「じゃあ武器、魔術、何でもありの、相手が降参こうさんするまで、もしくは気絶するまでってことでいいか?」


 そういうと、そのガタイのいい男は背中に担いでいた斧のような武器を手に取る。


「……はいぃ…」


 そんな問いに力なく答えるのが、高木だ。高木は内心、とてつもなく焦っていた。あれは別に挑発ちょうはつの言葉ではなく、意識と関係なく言葉として出てしまっていたのだ。高木自身にもよくわからないが、戦う気どころか、あおる気すら元々なかったのだ。


(はぁ…戦いてくねぇ…ぐっ!!急にっ…腹がぁ…)


 別に腹など痛くない。これは一種の暗示思い込みだ。というのも当然なのだ。物体相手に対する魔術訓練は経験があるが、動く敵に対して魔術を行使したことはほとんどない。

 ましてや対人戦など、今まで一度も経験したことがない高木にとっては、心臓しんぞうてのひらの上で転がされているくらいまずい状況なのだ。


「一応聞いておいていいですか?本当に全力で行きますよ?俺も痛いのもですし、まぁ…やるからには負けるのも嫌なので。」


「あぁ!もちろんだ!というか手加減でもしやがったら許さねぇぞ?」


 なかなかにきもわっているようだ。あくまで対人戦、絶対に負けないなどという確証もないのに、全力を求めるというのは戦い慣れているということだろう。もしくは、高木が舐められているかだ。


「…先に謝っておきます。さっきは言いすぎてしまって、すいませんでした…全力で行かせてもらいます!!」


…なら、あれで行くか……)


 高木も内心で、ただで負けるわけにはいかないと、仮にも自分は世界最強の存在なのだと、自分自身を鼓舞こぶし、何とか気持ちを保つ。


 自身の全てをもって相手を制す。そのためには情報も重要である。試しに相手を解析鑑定してみる。少しでも、相手の情報を持っていた方がいいだろう。こういうところは頭が回るようだ。


(ふむふむ。名前はカイリバルね…はぁ?STR物理攻撃力VIT体力がどっちも400だと!?直接的な意味じゃないかもだけど、俺の4倍?バケモンじゃねぇか。それに、魔術も土と炎が中級まで使えるなんて…こいつ、口だけじゃなくて結構すごい奴だな。)


 もう一度、心が”敗北”という方向に揺らぎそうになったが、何とか平静を取りつくろおうとする。


「すー…ふー…よし、準備OKです」


 ある程度の心の落ち着きを取り戻した高木は戦闘態勢に入る。


「はーん…その構えもしかして、魔術師か?」


「そう…だったらどうするんですか?戦闘をやめたりするんですか?」


「いーんや、そういうわけじゃないさ。ただ少しで戦うのは珍しいなと思っただけさ。」


 そこで誰が決めたのかは知らないが、一人司会のような男が観衆の中から登壇とうだんする。


「それでは、これよりC級冒険者豪勢ごうせいのカイリバルと!…えーとお名前は?」


「…高木です」


「なるほど!それでは改めまして、これよりC級冒険者豪勢ごうせいのカイリバルと、名もなき冒険者高木との決闘けっとうを始めたいと思います。」


(俺…まだ冒険者じゃないけど、まぁいいか!)


「司会はわたくしマイノーが努めたいと思います」


 司会という存在と、あの拍子ひょうし抜けする態度に、少し気が緩みそうになる。高木はもう一度気を引き締め、カイリバルという男を見つめる。


「それでは…始めぇぇぇぇぇ!!」


「うおぉぉぉおぉぉぉ!!!」


 カイリバルはおそらく、武器から考えるに魔術は使わずすぐさま距離きょりを詰めて攻撃する超近接アタッカータイプなのだろうと、高木は予測した。

 だが真っ向勝負というやつだろうか、後ろに下がろうとせず、その場で魔術を行使してしまう。


「風切!!」


「おぉぉ!!これは凄い!何と勢いの強い風切だぁ!!」


 高木は魔力制御により、風切を圧縮あっしゅくさせて、尚且なおか威力パワーを死なない程度に落として発射した。だが手加減をしようとも、素材ものは変わらない。超絶の力を持った風切をカイリバル目掛けて放つ。練習の成果もあってか、風切はまっすぐと、カイリバルへと向かっていく。

 だがカイリバルは寸前のところでその渾身こんしん風切かざきりかわす。


「……あっぶねぇ…ふん、やるじゃねぇか。これほどまで精度も威力の高い風切を見たのは初めてだ。だが!そんな単調な軌道きどうじゃ俺を仕留めることはできないぜぇ!」


「高木選手の風切をしっかりと躱す!!魔術師は一度の魔術で仕留めきることが多い短期決戦たんきけっせん特化だという話をよく伺います。なので、カイリバル選手が詰めてしまえば、なかなかに厳しい状況なのではないのでしょうか!!」


 おそらくカイルバルも熟練じゅくれんの冒険者。珍しいと口に出してはいたが、魔術師との協力、もしくは戦闘経験もあるだろう。そんなカイルバルに褒められるのは、今になると少し頬が緩みそうだったが。


(うるせぇなぁ!!あのマイノーとかいう野郎…騒音ノイズが過ぎるだろ…ダメだな、集中しないと)


 対人戦、司会などという状況になれない高木はすぐに気が散ってしまうが、何とか気を保つ。何のひねりもない正面からの攻撃じゃ効かない事が分かった。高木は後方に下がり、また魔術を行使する。


「グッッ…ならこれならどうだ!!」


「初級水魔術【水の鎧アクアアーマー】!!そして…初級氷魔術【氷の盾アイスシールド】!!」


 高木は、その身に水で生成したよろいまとい、左手に氷の盾を生成する。


「…初級とはいえ、2属性を同時に操るとは。まぁ、口だけじゃねぇってことだな。やるじゃねぇかぁぁ!!」


「おっほぉぉ…すげぇ…すげぇ!!こんな田舎町でこんな高水準レベルな戦いが見れるなんてよぉ!!」


 マイノーの声はとうに高木たちの耳に入っていなかった。マイノー自身も、とうに解説を務めれるほどの語彙ごいは残っていなかった。この場にいる者すべてが、ただ共鳴騒がしくしているだけだ。


 カイリバルは一瞬驚いたような表情を見せたが、瞬時に高木へと向かってくる。そして高木に対して、その斧を振り上げ、斧を振り下ろす。


まばた厳禁げんきんだぜぇ!!」


 ガァァッッァァァンッッッ


 だが高木もその行動に反応し、アイスシールドで受け止める。それを見た、カイリバルは、即座に次の攻撃を始めようとする。やはり魔術師相手には、速攻が良いのを熟知している。カイリバル自身も、これで確実に仕留めたかと思った。だが、次の攻撃も高木に止められてしまう。


「へへ…やるじゃねぇか。俺の攻撃を受け止めれる魔術師なんて、そうそういねぇのによぉ!!なんだか楽しくなってきたぜ。」


 そう、テンションを上げるカイリバル。そして加速度かそくど的に上がり続ける攻撃速度スピード。はたから見れば、カイリバルのその猛攻もうこうに、高木が防戦一方という状況に見えるだろう。

 だが実際は違う。高木は狙っていたのだ。相手がひるむ、一瞬の淀みチャンスを。魔術を、敵へと確実に当てるための。


「はっはぁぁぁぁ!!!どうしたんだぁ!!お前の力はこんなものなのかぁ!?これじゃ防戦一方だぜ!!さぁ、早く反撃して来いよ!!」


「おぉぉカイリバル選手の猛攻だぁ高木選手、盾で防ぐことしかできないのかぁ!!」


 こうも挑発を続けるカイリバルであったが、反撃してこない高木や、異常いじょうな硬さの氷の盾アイスシールドに、カイルバルは、内心焦っていた。その綻びを、高木は見逃さなかった。


「……っ!!油断…天敵ぃ!!」


 盾を捨て、カイリバルの最後の斧攻撃を避け、高木は氷の盾を持っていない方の手をカイリバルへと突きつけ


「!!まさか…おまえ!!3属性も同時併用できるのか!?」


「初級雷魔術【電気注入エレキショック】!!」


 拳を突きつけられたカイリバルは、泡を吹いてその場に倒れる。


「なんだいありゃ…辺境へんきょうの村であんな凄い奴と会えるなんてね」


 区別することなど不可能な歓声に交じり、一人の愉快な運命がそう言葉を溢す。

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