第3話 転生したバカ

 神の元を去る。それと同時に視界が暗転する。急に視界に異変いへんが起きたというのに高木は焦ったりはしない。次に目が覚める時は、そこは異世界である。心の中でどんなことが起きてもいいように考えておく。



 しばらくして目が覚めた。本日3度目の目覚めである。高木は、気持ちを高揚こうようさせながら目を開き、自分の現在地を確認する。そこは崖だった。崖の上というだけでも危険だというのに、追加で崖は今にも崩れそうだった。


「ふぅはっっはっあああっぁああっああ゛あ゛あああ゛!!!」


 高木は危険だと察知し、すぐさま後退する。


「はぁ…まぁじで…危ないってぇ…あいつ、どこに生み落としてんだよ…流石に大丈夫だよな?」


 後退することである程度の安全を確保することができたと判断した高木は、今一度周囲を見渡してみる。


 自身の姿は、一度死んだはずなのに全くと言っていいほど同じ姿だった。今は顔を確認することはできないが、身長、体格は死ぬ前とほとんど同じといっていいだろう。


 シュランによると一応は新たな肉体ということであったが、高木自身にマッチするように作られたのだろうか、今までの肉体と遜色そんしょくなく身体を稼働かどうさせることができる。


「これが神の力ってやるやつかぁ…すげぇなぁ~」


 それに、外傷など、体に異変はない。強いて言うのであれば、服装は制服のままだった。だがそんなことは高木にはどうでもよかった。


 自身の姿をある程度確認し終えた高木は、次にこの崖の先を観る。


「すげぇぇぇぇぇぇ!!!」


 空気がけそうなほどの大声である。

 視線の先は、見渡す限りの森であった。崖の下には、巨大で綺麗な湖、そして遠くには何か大きな西洋チックな巨大建造物も見えた。

 おそらく、この異世界の都市や遺跡の類なのだろう。


 そんな日本では絶対に見れないような、神秘的かつ自然豊かな風景と建造物に高木は、中学生どころか小学生並みの反応をしてしまう。


「こ…これが異世界ぃ!!はぁ…興奮するなぁ…すっげぇぇぇぇ」


 グルゥグググルルルウ


 異世界の美麗びれいな景色に感動してるのも束の間、背後から狼のような猛獣もうじゅううなり声が聞こえた。姿は見えないが、数はおよそ5体程度。直感で何となくわかる。

 どうやらその猛獣は全て高木を狙っているようだ。


「…あれ?これ…やばくね?」


 思考する暇を与えることなく、その猛獣たちは高木に襲い掛かってくる。


 「う゛あぁぁぁぁあああ゛ぁ逃げろぉぉぉ!!!!」


 高木は異世界に来て早々狼に襲われてしまった。一心不乱いっしんふらんに森の中を逃げ回る。

 不幸中の幸いというべきか、狼の足は速くない。高木の足の速さでもなんとか距離きょりを保てる程度だ。強く地面を蹴っているせいか、制服が泥でグチョグチョに汚れてしまっている。 

 そんな逃走劇とうそうげきを続けること数分、高木はあることに気づく。  


「俺…全然疲れないな。」


 身体の違和感いわかん。高木は一切の疲労ひろうを感じないのだ。高木は確かに体力はある方だったが数分間全速力で走って、全く息が切れないほど体力があるわけではない。


(どういうこと?ここまで走って、息が切れんことある?)


 高木は早々に未知が自身を襲ったが故に忘れてしまっていた。シュランとの対談によって叶った自身の純然たる願いを。



 そう、高木は最強の存在となったのだ。それに伴い身体能力基礎スペックが上がっていることに気づいていない。今の高木の体力は生前の頃の100倍程度はあるだろう。だが依然いぜんと高木はそのことには気づかない。

 スタミナ云々うんぬん以前にもっと追求するなら、倒すことも可能だが、普通に考えて異世界で早々に襲われてしまっては逃げざるを得ないだろう。



〜数時間後〜



「はぁ…はぁっっ…」


 100倍の体力を持ってしても数時間も全力逃走すれば、流石に体力の底が見えてくる。

 先程追ってきた狼は、やはり異世界の獣といったところか、あれだけの競走かけっこを通しても、体力の底が見えてこない。

 もしくは狼種ウルフでかつ、相当の体力を持っている生物と異世界早々に出会ってしまったかだ。


(あれ…おれ死んだ…?まじかぁ、折角異世界にこれたなら、もうちょっと楽しみたかったなぁ。)


 高木は死を覚悟した。三途の川もちらほら見えてきたころ合いだろう。輝かしい晴天せいてんに見守られてるわけでもなく、美しい夜空に照らされてるわけでもない。素朴そぼくで、孤独こどくに高木の人生は二度目の終わりを迎えるのだ。


 徐々じょじょに視界がフラつき、倒れそうになる。そのまま足に力が入らなくなり、その場に倒れてしまいそうというその時。途端とたん、ピコンと音がする。

 既に高木は地面に突っ伏しているが、音の出所を向いてみる。

 そこにはよくゲームなどで見るような、ステータス画面ウィンドウに近しいものが表示されていた。


「は?…何これ?」


 高木はその存在のことを認識はできていた。だが焦りや、体力の困憊こんぱいにより、正しく把握できなかった。だが高木は目にした、そのこの状況を打破しうる可能性を持った能力ちからを 


「まじゅ…つ?」 


 高木は生前、厨二病ちゅにびょう気質であった。厨二病ちゅうにびょうならば、誰もが夢見ていたであろう。『魔術まじゅつを使えるようになりたい!!』というあわい理想を。

 高木は、その言葉に反射ともいえるほど無意識むいしきに反応した。

 何かに取りかれてしまったのではないかと思われるほどゆらりと、腕だけをその魔術まじゅつが書かれた地点に伸ばす。

 同時に、最後の本の少し残った風前の灯火微かな意識での中、その魔術の名前を復唱詠唱する。


「ふぁい…やー…ぼーる」


 その言葉に呼応するかのように、何もなかったはずのてのひらから火の球がとんだ。その火球はあり得ないほど莫大ばくだいな圧を放っている。

 森の木々を軽く凌駕りょうがするほどの質量サイズを圧縮させたような覇気オーラ。さらに、火球それは勢いよくその狼のもとへと飛んで行く。


 てのひらから火球が勢いよく発射され、その火球が狼に着弾すると、花火にも負けず劣らず派手に爆散ばくさんした。

 数匹の狼の群れは、跡形も残らず消し炭となった。幸いにも、森の中でも開けた場所に位置していたので、木々に火が燃え移ることはなかった。

 高木はその狼らしきものが存在している位置を消えゆく意識の中確認する。もう自身を危険にさらす脅威きょういはいないのだと安堵あんどし、全身の力が抜けたように眠りにつく。


「――――――――すか?」


 気を失う直前、声を聞いた。それは日本語だった。高木は近くに人がいると知り、安堵あんどを加速させる。気を失うにも至るほどに。高木は木々のせせらぎに身を任せ、地面へと倒れこむ。。

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