デルフィ

家のものがみんなそれぞれの部屋に戻ってそれぞれのやることをこなしていたころ、やはり彼女も自分の仕事にとりかかっていた。



のだが、アヴリルの仕事は文字通り次元が違ったのだ。



「ふぅ。やっと木戸が目を覚ましたのはうれしいけどこれからかなり忙しくなるわね。まずは木戸、もといデルフィのステータス強化、ユニークスキルのくじ引きも作らなくちゃね。と、その前にこの世界への転生者を選ばなくちゃね。ただし、話を面白くするために悪役として育てようかねぇ。さてさて仕事を始めましょーう」



そう、前述したかそもそも記憶がないが、アヴリル、もとい誤はこの世界の神であり、転生などの案内を行う管理人なのである。


そんな彼女が持つ権限は多岐にわたるが、国家転覆までいかないようなことであれば可能であるし、そんなことをしてもばれないようにしてしまえばいいので問題がない。


つまり大ごとをもみ消せるぐらいの力があるということである。



そんな彼女であるが、今は右手にとある槍を手にしていた。


「これは、ふむふむ。亡国の槍か。かっこいいわね。じゃあこれをアリスの主要武器として使えるようにしておこうかな。異世界に転生した高校生。体は男であるのにお嬢様として育てられることになった彼は亡国の槍を手にしこの世界を救うために動き出すのであった。うーん。いいわね!」



そんな感じに一人だ盛り上がっているのであった。



ともあれこれ以上はネタバレになるので内緒にしておいて。


さあお待ちかね、デルフィの話である。


 


時はその日の夜。


デルフィは眠りから覚め、ベッドの上に座っていた。



「ここは、どこ?って。いってももう元の世界には戻らないんだよね。ここは、テオトコスって世界なんだっけ。まだ全然呑み込めてないことばかりだけれど、目が覚めちゃったのはもう仕方ないよね。ちょっっと散歩しよう。」



辺りは暗い。



それは無理もないだろう。


ここは異世界で、技術が発展し、子供のころに描いていたSFが徐々に実現され始めていた前世とは違いここでは魔法が発展しているのである。


この世界の人々は有限な資源から生み出されるものではなく、時がたてばいくらでも復活する魔力というものであらゆるものを生み出して生きているのだ。



そこで私はふとこうつぶやいた。


「ステータスオープン」


これは異世界ものならお決まりの言葉だからね。



半ば恥ずかしげにそうつぶやくと、ふと目の前に青白い光が現れて目の前で四角いボードを形成した。



(わお、本当に出た。やっぱりここは剣と魔法の異世界なんだね。)



そのボードには、上から


名前


種族


性別


スキル


攻撃力


防御力


etc.


と書かれていた。


いたって普通のステータスだなと思いながらそのボードに触れようとすると、


ふと声がきこえてきた


{こんにちは}


「!だ、誰?」


そう戸惑っていると、またしても同じ声がきこえてきた。


{初めまして、私はこの世界の存在する女神の一人、アイリスです。}


(ん?もしかして頭の中に直接語り掛けてるのか?)



そう考えていると、まるで頭の中を読んでいたのかと思うような答えが返ってくる。



{そうですよー今私はあなたの脳内に直接語り掛けています。まだ詳しいことは明かせませんが私はあなた専属の案内人にして、従者でもあります。今後私はあなたにのみ仕え、あなたの命令にのみ従います。}



(なるほど、じゃあこれからよろしくね。早速聞きたいことがあるんだけれど、光の魔法や、空を飛ぶ魔法は使えるのかな?)



{残念ながら、現在取得されている魔法は創造魔法のみとなっているのであなた様自身の魔力を引き換えにしないことにはご主人様がお望みの魔法を使うことはできません。魔力30を消費して二つの魔法をご取得なさいますか?}



「うん、それでお願い。それと、頭の中でしゃべるのは難しいから人がいないときは口でしゃべるね」



{かしこまりました。それでは創造魔法を行使してください。}



俺はアイリスの声に従い、人生初の魔法行使に取り掛かった。


「こんな感じかな?世界よ、神よ、大地の精霊たちよ、願いを聞き入れよ、此処に言葉を紡ぐはこの世界を救いし救世主なり。我求める。創造せよ、生み出せ、我が魔力と引き換えに鳥のような力、そして光を与える力をもたらせ、クリエイト!」



そういうと、願いを聞き入れてもらえたのか、体が一瞬重くなる感覚と引き換えに、目の前のステータス画面に「飛行術」「光魔導」の二つが現れた。



{見事です、ご主人様。まさか何を詠唱するかさえ創造して見せ、実際に魔法を行使して見せるとは。ともあれこれでお望みでありましたスキルを手にすることが出来たと思います。さあ、空へと向かいましょう}


「うん、行こうか。FRY」


俺がそう唱えると、体が浮き始めた。


だがそれは身動きできない状態ではなく、どうやら四方八方上やらしたやらどこへでもまるで泳ぐかのように動けるのだ。



俺はそう確信し、星のきらめきが見える窓の方へと体を向けた。


まだ部屋の中にいるというのにそのきらめきは感動さえ覚えるほどに神秘的に照らされている。


俺は窓の取っ手に手を伸ばしそのまま窓を開けた。



直後、さわやかで柔らかい風がカーテンをなびかせる。



「すごい。」



{きれいですね。今夜は特に。さあ、行きましょう。}


「お待ちください。私も連れて行っては頂けませんか?」


「え?」



突如かかった声に振り向くと、いつの間に起きていたのか、二人のメイドのうち、キャロンが目を覚ましてこちらを見つめていた。



「てことは、止めないんだね。いいよ。いこう」


今夜は特別にね。



ーーーーーーーーーーー



なんやかんやあり三人(?)で空を散歩することになったので、え、じゃあ俺はこの子を抱えて飛べばいいの?なんて思ったりしたんだが、そんな心配はすぐに晴れた。


どうやら彼女も飛行系の魔導を持っているらしく


「心配には及びません、私も空を飛ぶことぐらいは体得済みでございます。」


だとか。


素晴らしいね、空飛べるなんてね。



と、まぁ困惑や驚愕がありながらもことは進み、俺たちは空にいた。



「きれいだ。」


「ご主人様の方が美しですわ」


「そんなことないよ。私、こんな景色を見るのは初めてですもの。」



俺が口調に気を付けながらもそう発言すると、なぜかキャサリンは眼をそむけた。


なんだなんだ。



まぁいいや。そんなことよりもこれ、やばいんだって。


本当に言葉で表せられないほど美しいんだよ。


眼下にはアルヴェーヌ邸の庭が広がっているのだが、その全貌は屋敷よりはるか高くに来たというのに見渡しきることが出来ない。


もはや、庭などではなく大草原である。


更には庭をよくよく見てみるといくつも建物があり、もはやこれ城では?と思えるほど大きく荘厳な建物も見える。


俺が不思議がってそれらを見ていると、俺の考えていることを読み取ったのか、キャサリンが説明をしてくれた。


曰く、これらは現在アルヴェ-ヌ邸で過ごしている家族が建てた建物であるらしく、それぞれが違った様式の建物であるのはそういうことらしい。


その説明に対して、


「てことは私もいずれ建物を建てることが出来るの?」


と、問うと、


「その通りでございます。しかもあなた様はこの家でも特に魔力量が多い方であられると奥様からお聞きしています。おそらくここにあるどの建物よりも素晴らしく大きな建物を作ることが可能なのではないかと思います。」


なるほどね。てことはここに夢の、昔から何度も思い描いていた水没系の建造物が立てられるんだね。


これは期待値高いよ。



ふむ、気になるし一度降り立ってみるか。



ふわり。


そんな音が聞こえてきそうなほど優しく降り立った。



そんなことより、


「これはすごいね。気持ちいい。」


「ええ。ご主人様、このような景色を見ることができるのも今のうちくらいでしょう」



これはすごい


そんな言葉しか出せないほどだ。


あたり一面が草。


草原だ。


頭上には無数の星が見えており、その中でも圧倒的なサイズと輝きを放つ月のような存在が見える。


これは、神秘的だな。


前世で見た滝と森の織りなすファンタズミックすら超える美しさがここにあるのだ。


本当に言いあわらせないほどなんだ。


でも確かに、じぶんは異世界にいるんだと感じさせてくれる。


「ほしい・・・」


「どうなさいました?」


「ふふふ、なんでもないよ。ただただ私は感動しているんだ。この景色を目に焼き付けるためにね。」


しかし少し冷えるね。心地よいけれど、身体を壊すわけにはいかない。


「キャロン、こっちへおいで。少し、身体を休めよう。しばらくこの景色を眺めていたい反面、私は暗闇が怖いんだ。」


「かしこまりました。ですがご安心を。ここは大草原と見紛うほどに広いですが、ここも庭。魔物なんぞの類は入れぬように結界が張られたいます。」


「それでも、ね。さ、こっちにおいでよ。」


「はい。」



少し可愛いいところが見えてきたかな。



まあ、時間はたっぷりとあるからね。



俺は近くに生えていた木の下に向かい、体を休めるためそこに足を伸ばして座り込んだ。


ちなみに近くに寄せたキャロンはというと、私の上に座らせている。


話がしたい、でもそばに誰かのぬくもりを感じていたいからとまるで抱き合うかのように、向き合う姿勢で座り込んでいる。


状況が違えばそっちに話は向かうかもしれないけれど、今はとにかく人のぬくもりが欲しい。



「ご主人様、さすがにこの姿勢は、」


「しっ、今は喋っちゃダメ。ただ、私の話を聞いて欲しいんだ。」



私の純粋なお願いに彼女は耳を傾けてくれたようだ。


ならば話そう。今の気持ちの全てを。



「もう君は気づいているかな。私はね、この世界の生まれではないんだよ。あなたがながいあいだしたがってきた


中身は今、外の世界からやってきた私の中にいる。でも死んではいない。これを覚えていてほしい。いいかな?」



コクリ。



「じゃあ話を続けるね。私が今一番ほしいものについてだ。私は今ぬくもりがほしい。愛がほしい。確かな愛がほしいんだ。私は、さっきも言った通り外の世界からやってきたんだ。つまり、元の世界に家族を置いてきてしまったんだ。そもそも私がここのいるのは私の日常を突然破壊した理不尽のせいなんだ。


私は正直何かを人のせいにすることなんて嫌いだ。でも、こればかりはどうしようもない。私は前世で、殺されたんだ。その理不尽に。」



静かに話を聞いてくれているキャロンがわずかに震えたように見えた。



「私自身、殺された時のことははっきりと覚えている。あれは、そう。好きな人を救うために勇気を振り絞ってそいつの目の前に背を向けて立ったんだ。目の前にいた彼女を救うためにね。確か、「俺がお前を救う。」なんてくさいセリフを言ったっけ。正直死ぬ覚悟なんてものもなかったけれど、君だけは救いたいんだって気持ちでね。私はその気持ちがあったからこそその直後の痛みにも衝撃にも耐えられたんだと思う。でも、最終的には体が穴だらけになっちゃったんだ。


もう、どうしようもないくらいに怖かった。


死の恐怖が今でもこびりついているよ。


そんな私はね、自分が命をかけたというのに目の前で流れ弾を受けて死んでしまった彼女を見て笑ったんだ。恐ろしいだろ?私がかけた命はこんなにも意味がなくて軽いものだったんだと。神は、運命の神は最初から私を見捨てていたんだと。


心の底から笑ってしまったよ。」



キャロンは返事もせずただ震えていた。涙を、流しているのか?



「思えば私の前世はひどく無価値なものだったのかもしれない。


17年生きた私の前世は最初からいばらの道だったんだろう。いや、私が自らの手でことごとくその道を歩いていたんだろうさ。


私は弱さゆえに自分より劣る人間を蔑んだ。


時には蔑まれ続けた。


時に喧嘩をし


幾たびも逃げ続け、


家出を繰り返し、


国家公務員のお世話になり、


たくさんの人を悲しませ、


裏切り、


憎み、


妬み、


自らにも他人にもナイフを刺した。


自分を殺し続けた。


夢を話し、その夢を叶えるために親が出してくれたお金さえも無駄にし


いつまでも成績が出ない状態に私はまた逃げ続け、


後からやってきた後輩たちに心底舐められ、


常に下に見られてきた。


きっと私の両親が離婚したのも私が原因なのだろう。


私の姉が家を出て母の元に行ったのも原因はこんな私にあるんだろう。


父が毎日のように私に暴言を吐き、お前のためだと力でねじ伏せようとしてきたのも私の間違った選択が原因なのだろう。」



キャロンはとうとう泣き声を漏らしてしまった。


無理もないか。こんなクズ人間の話、こんな幼い子には受けとめきれなかっただろうか。


いや、俺がいつまでも悲劇の主人公振っているからこんな考えに至るんだろうな。


ああ、つくづく俺はクズで自分勝手だな


この世界に来て、せっかくやり直そうと思っていたのにな。



「話が長くなってしまったね。私はこんな価値のない人生を送ってきた人間だ。それでも私のそばにいてくれるかい?答えによってはすぐにこの屋敷を出て行ってーー」


「なりません。たとえご主人様が前世でどんなにひどい生き方をしていたって関係ありません。だって最後には愛する人のために命を捧げたのでしょう?そこに優しさが溢れていますよ。大きな大きな優しさが。私はご主人様を、たとえどんなに辛くても、そばにい続けると誓います。だから、もう泣かないで。」



なんと。私は泣いていたのか。いつの間に。だけど、目の前の彼女は全てを打ち明けた私に対してずっとそばにいると答えたのだ。あぁ、涙が止まらないよ。



私は照れ隠しにとそのままキャロンを抱きしめた。



暖かい。シルクでできたメイド服は触り心地が良く心が洗われるようだ。


さらに石鹸のいい香り、そして何よりも人間の温かさが伝わってくる。


太ももの上に座らせていた彼女の熱が、接吻の距離に思えるほど近づいた彼女の吐息が、幼い体からは考えがつかないほど頼り甲斐のあるその体が、すでにお互いは生命を育むにも近しい姿で抱きしめあっている。密着する体。


彼女はさらに照れ隠しなのか何なのかわからないと言った状況でメイド服を脱ぎ始めた。


「ご主人様。契約をさせいただきます。どうかじっとしていてください。」


ぼんやりとした星の光にのみ照らされた草原の隅で、2人の生命が交わる。



薄暗闇の中、すでに服を脱ぎ切ったキャロンは抱きしめていたデルフィの服を脱がせ始める。



前世ではただ人類の繁栄のため、もしくは快楽のためと行われていたそれが、この世界では契約の意味を持つのであった。


これだ、これを求めていたんだ。


私はその温かさに安心を覚え、抱きしめ返してくれる彼女に体を預けて


どんどんと溢れ出してくる涙を我慢することなく出した。


声もあげた。その声は自分でも驚くほどに幼く、弱く聞こえた。でも構わない。私には彼女がいるのだから。



私はそのまま体の自由さえも明け渡すのであった。







(契約完了。デルフィヌスの封印が解除されました。変わりまして以下の効果を生涯発動します。


不老 感度倍増 視覚強化 並列思考 体力自動回復 )






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