エピローグ 異世界の脇役者

 チャプン ククク キュッ



 桶に溜められた水で食器を洗う。

 数日放置されてた皿の汚れは、簡単に落ちない。

 それでも細い指は一枚一枚丁寧に洗う。

 ここはマンズルームの城のキッチン。

 この城の主であり、ウルサ領の新しき女王のポラリスが当たり前のように食器を洗っている。

 その隣で、俺、金原春希は彼女の様子を見守っている。

 なぜ、こんな状況になってるかと言うと、フェルカドとの戦いが終わったあたりまで話がさかのぼる。

 ポラリスに降伏したフェルはお咎めもなくヘレガルームに帰った。

 いや、お咎めはある予定だが、正式な発表は後日となっている。

 そして、見事勝利した俺達ポラリス軍は、マンズルームに帰ってきた。

 兵士として従軍してくれた町の人々は、怪我をしたものの元の生活に戻っている。

 そして、俺達も元の生活に戻って、こうしてのんびりしているわけだ。

「え~。暇じゃないんだよ、春希。」

 ポラリスはすねた顔をする。

「私はお父さんの葬儀の準備や新女王としての即位式があるのに、春希が失敗する洗い物を代りにしてるんだよ。」

 いや、失敗したわけじゃないんだ。

 そもそも、その食器はアルフェッカ王の危篤を伝える手紙が来た時に、使っていたもの。

 つまりは三日、四日前のものだ。

 作ってたご飯はミケが勝手に食べたみたいだが、さすがに皿洗いまではしてくれてない。

 王都に行ったり戦争をしていた俺達はようやく、洗い物ができる時間を得たわけだが、異世界生活に慣れるためと担当が俺になった。

 まぁ、元の世界ではやったことあるし、この世界流を覚えるだけだろとポラリスに指南されてた目下、皿を落としてしまった。

 いや、油で手が滑ったんだって。

 俺をドジっ子扱いしても、嬉しくないだろ。

 とまぁ、そんなわけで、忙しい(?)ポラリスが代りに皿洗いをしている。

「なぁ、ポラリス。葬儀や即位式はどこでやるんだ? やっぱりこの城なのか?」

「ドゥーベの城だよ。祭壇や即位のパレードの準備はレグレスがやってくれるから、二、三日はマンズルームにいれるよ。」

「お前、案外暇じゃないか。」

「え~。口上書考えないといけないから、忙しいよ。」

 苦し紛れのためか苦笑いをするポラリス。

 確かにポラリスも大変だろうけど、レグレス卿に比べたらなぁ。

 てか、傷跡のある顔にサングラスをかけているコワモテのおっさんが、葬儀やパレードの準備って似合わないな。

「それに私、もう一個仕事があるんだよね。」

 手を止めることなく、ポラリスは話続ける。

「就任式が終わると、女王になるからドゥーベに住むことになるの。それで引っ越し準備もしないとね。」

「そうなのか。」

 口では意外と言いたげな発言をしたが、考えてみれば当然か。

 ポラリスはウルサを治める女王になるわけだから、政治の中心地であるドゥーベに移り住むのは当然のことだ。

 慣れ親しんだ町とお別れするのはつらいだろうが、これが旅立ちなのだろう。

「引っ越しはエルドラドに手伝ってもらうからいいんだけど、それ以上に大きな問題があって…。」

「? 引っ越しも一大イベントだけど、それ以上の問題?」

「そう。私がいなくなった後、誰がマンズルームを治めるか。これだけは考えとかないと町のみんなが困るわ。」

 …、確かに!

 領主がいなくなるってことは政治が滞る。

 そうなれば、町に住む人達の生活は脅かされる。

 国の一大事だが、解決できるいい案が思いついたぞ。

「ウルサ家には五人の『卿』がいるんだろ。誰かにやってもらえば。」

「今は四人だけどね。でも、いい考えかも。適任なのはエルドラドかな。」

 全然適任に聞こえないのは俺だけか?

 町が年中お祭り騒ぎになって、滅びそうだけど!

「でも、女王って本当に大変なんだな。今まではマンズルームのことを考えてたら良かったけど、これからは領全体を見ないといけないもんな。」

「全体も見ないといけないけど、台所も見ないといけないから忙しいよ。」

 珍しくポラリスがからかってくる。

 だから、普通にやれば俺だって食器洗いできるって。

「でも、人事は大まじめに考えないと。フェルに心配されるような案は出せないね。」

「そうだな…。」

 人事と聞いて、少し不安が出る。

 フェルカド達は今後、どんな扱いを受けるのだろうと。

「なぁ、ポラリス。フェル達ってどうなるんだ?」

 思い切って聞いてみたら、彼女はあっさり返す。

「どうなるって、どうもならないよ。今まで通り、ヘレガルームを治めてもらうけど。」

「本当にお咎めなしなのか!? それはそれで問題が起きそうだが。」

「これが私のやり方。これだけは譲れないよ。」

「いやぁ、まぁ、ポラリスがいいんならいいんだけど。それにフェル達も今まで通りなら安心できるな。」

 一つ心配事がなくなってホッとする。

「でも、エルドラドやスピカは昇級しないとダメかな。女王の直属の部下になるからね。それに世間ではフォルフォードが騒がれてるから、彼にも何かしないといけないかな…。」

 俺を心配そうに見るポラリス。

 まぁ、確かに俺は彼に劣等感抱いてるけど。

 お姫様救って、みんなに持てはやされて。

 それに対して、俺は何したってレベルだし、ポラリスしか相手してくれないし。

 だけど、俺も大人にならないとな。

「フォルフォードもポラリスが雇ったらどうだ。異世界人を二人も従えている女王なんて他にいないだろ。」

「それはそうだけど…。春希はそれでいいの?」

「全然、平気。あっ、でも、俺も雇ってもらうからな。いつまでも客人だと居心地悪いからな。」

「分かったよ。じゃぁ今から、春希は私の部下ね。」

 優しく微笑むポラリス。

 だが俺には、何かを達成できた時の笑顔にも見えた。

「では早速、春希にお勤めを言い渡すよ。」

「おっ、おお。」

 唐突に言われるから驚いた。

 お勤めってなんだ?

 夕食の買い出しか?

「まず、コスムルグをしっかり習得すること。次にコスモスの文化を身につけること。それから、歴史や常識、今の世界の状況を学んでもらうわ。先生はスピカね、もちろん私も手伝うよ。」

「ん? それって今までと一緒じゃないか? せっかく雇ってもらったのに、客人と同じ扱いされるのか!?」

「フフフ。だって、春希にはゆくゆく私を支える柱になって欲しいからね。そのためには、今頑張ってもらわないと!」

 食器洗いが終わり、手を拭いたポラリスは俺の手を握る。

「これからもよろしくね、春希。」

 今までで一番眩しい笑顔を、俺に向ける。

 私を支える柱、か。

 そう言えば、フェルは自分のことをポラリスを支える柱とか脇役者とか言ってたなぁ。

 一国を守る異世界の女王を助ける主人公には憧れるが、ポラリス・ウルサと言う人物の波乱万丈な人生の一脇役者として彼女に尽くすのもありかもしれない。

 しかも、俺はただの脇役者じゃなくて、異世界からやってきた脇役者だ。

 いや、第三者から見れば『異世界の脇役者』だ。

 案外悪くない口上句だな。

 さて、異世界の脇役者としてポラリス、お前を輝かせる。

 決心を胸に、笑顔で返事をする。

「こちらこそよろしく、ポラリス。」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界の脇役者 -This is A Story of Supporting Role : He is from Different World- 白下 義影 @Yoshikage-Shirashita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ