五 異世界での戦いに俺は武器なしで挑む

 ガザッ ガザッ ガザッ



 曇天のもと、軍隊が南に向かって進む。

 人々は不満や怒りを一切口にせず、新女王のためにと意気揚々としている。

 その様子を俺、金原春希は軍行の一番後ろから見ていた。

「なぁ、ポラリス。今更だけど、本当にフェルカドと戦うのか?」

 俺は軍の総大将になるポラリスに聞いた。

「領主は言ったことは取り消せないんだよ。だから、このまま戦うことになっちゃうよ~。」

 どうやら、彼女も本心では嫌がっているようだが、もうサイは投げられてしまった。

 どうすることもなく、ただ運命に従うしかない。

 くっ。

 俺は唇を噛んで我慢するしかなかった。

 王都ドゥーベで王殺しの疑いを掛けられた俺は、ポラリスのおかげでまだ首の皮がつながっている。

 その鶴の一声が、彼女の妹フェルカドと戦うこと。

 勝った方の主張が俺の殺生を決めれるという流れだったが、いつの間にか、新たな領主となるポラリスと、それに反対し政権を奪おうとするフェルカドの戦いと国中騒いでいる。

 まぁ、とりあえず戦争をすることになった俺達はマンズルームに戻って戦支度をした。

 兵士を持たない主義と言うポラリスはまさかの不戦敗かと思われたが、なんと町の人達が武器を片手に集まってくれたのだ。

 思いやりの町とも言われているが、まさか、思いやりで戦争に参加してくれる民がいるとは。

 思いやりって、ポラリスが民のことを思って政策をしていると思ってたけど、一方通行ではなかったようだ。

 だからって、なぁ。

 まぁいい、話を戻そう。

 戦う人員が集まったポラリス軍は、マンズルームを後にして南に向かっている。

 ちなみに、町の入り口にいる門番はお留守番。

 さすがに町を空き家状態とするにはいかないからな。

 もうじき湖に着くが、おそらくそこが決戦になると思われる。

 これはエルドラド卿の予想だが、説明を聞いたら納得するだろう。

 マンズルームにいれば意外かもしれないが、ドゥーベやヘレガルームではフェルカド派の兵士が多いらしい。

 彼女の呼びかけで、ドゥーベには多くの兵が集まり、北に向かって軍行しているという。

 そして、二つの町の真ん中にある、盗賊の出た湖が決戦の地になる。

 まぁ、ごもっともな内容だ。

 彼の言葉使いからは想像がつかないが、結構頭は切れるらしい。

 もっとも、楽しいことを求める、ノリで生きる人物なので頭脳プレイは珍しいとのことだが(スピカ談)。

 さて、そんな珍しいことをしたエルドラド卿は現在、軍の先頭を歩いている。

 二人しかいないポラリスの家臣で軍を動かすことができるのは彼のみ。

 不安あるがまぁ、大丈夫でしょう。

 湖に行くだけだからな。

 ポラリスのもう一人の家臣であり、俺の教育係件お世話係のスピカは緑のドレスの姫の隣に侍ている。

 つまり、ポラリスを挟んで俺とスピカは歩いているってことになる。

 ポラリスはロン毛馬に乗って移動中な。

 お姫様に自分で歩かさせる分けにはいかない。

 まぁ、以上のようにエルドラド卿が敵とぶつかる先方を、スピカ(と俺)がポラリスを守る護衛となっている。

 エルドラドの武器は槍だから敵の近くにいる必要があるし、スピカは銃だから後方支援が適任だしな。

「そう言えばスピカ。この世界に来てから銃を持ってるのお前しか見てないけど、レアものなのか?」

 まぁ、元の世界でもドラマぐらいしか見たことないけどな。

「レアどころの騒ぎじゃないぜ。これはお父さんが書き残したメモを見て、自分で作ったんだ。ボク以外の人間は持っていないから、戦場でも有利だぜ。」

「まじか。玉とか火薬とかも自分で準備したのか?」

「玉も作り方載ってたし、硝石も裏の森で見つけたぜ。」

「実はお前、何でもありじゃないのか。」

「私も、スピカが時々恐ろしいくらい何でもやってびっくりするよ。」

 ポラリスも会話に参加するが、その声はまだ震えている。

 意気揚々としている町の人がおかしいだけと言えば、まさしくその通りなのだが。

 総大将と実際に戦う人々と温度差があることはよくある話だが、上司が戦うのは嫌だと言うことは珍しいなぁ。

 ポラリスがそれだけ優しい心の持ち主ってことだ。

 俺のせいでこんなことをさせてしまって、胸が痛い。

 俺にできることなんて少ないだろうが、全力で彼女を守ろう。

 そう心に誓った。

 湖までは先日と違い、乗り物に乗ってなくて、さらに人が多い状態だから時間はかかったが、何とか北岸までは着いた。

 ここからさらに湖の左にある道を進むと王都に着くのだが、もうすでにフェルカドの軍が南側の岸に陣取っているので、この地がポラリスの本陣となるだろう。

 すでにエルドラドが準備してくれたし。

「イヒヒヒヒ、ポラリス、来るのが遅かったなぁ。もうすでに、フェルカド嬢の陣は完成しているようだぜ。」

「私達は三百人だから、『みんな~、ここが本陣よ~』と言えば、それで完成だよ。」

「確かになぁ。人数が少ないってのも、悪くはねぇ。」

 と談笑をするエルドラド卿とポラリス。

 いや、明らかに人数が少ないのは不利だぜ。

 戦闘体験なんてない俺だけど、それくらいは本で読んだ知識で分かる。

「で、フェルの陣の様子は? 人数の確認はしてるだろ、エルドラド。」

 銃を下ろして一息つくスピカ。

 意外と重いらしい。

「奴らも、俺様が来たすぐ後に来た。人数も三百五十から四百ってところだ。あんまり血が流れない戦いになりそうだぜぇ。」

「それは良かった。誰も怪我してほしくないからね。」

「それは難しいだろ…、って、フェルの陣も人数少ないんだな。」

 俺が意外な数字に驚く。

 千とか、万とかいて、圧倒的不利な状況から奇跡的に勝利するのかと思ってた。

「ウルサの領地に住む人は約五千人。そのうち、農業者が三千人、商人が千人だぜ。軍人や王族、城で働く従者全員合わせても五百人いないから、軍の規模はこんなもんだろ。」

「でっかい戦争ってなりゃ、農商者全員かき集めてやるからなぁ。そんな戦いここ二百年もないけどよぉ。この人数差なら、単騎突破でも可能性はあるな。」

 …、なんかヤンキー映画で、全校生徒集めて隣の学校に攻めるくらいの規模戦いだな。

 盛り上がりに欠けるが、なるべく平和に終わらせようと思ったらちょうどいい人数なのかもしれない。

 五、六人で取っ組み合いが一番いいけどな。

 まぁ、叶わないことを言っても仕方ない。

 それより今はこの戦いに集中だ。

「こっちの世界ではどんな戦術があるんだ? 俺はポラリスの護衛だから知っていたら対策がたてれるかもしれない。」

「そんな特別なのはないぜ。みんなで走って、敵と出会ったらドカンってなって。先に道作って大将の所に行ければ勝ちだぜ。」

「向こうはアルキバを先頭に、湖岸の道を走ってくるだろうよ。それを俺様が薙ぎ倒しゃあ、勝ちだな。」

「私の隣にいたら基本安全だよ。それこそエルドラドが負けない限り。」

 …。

 話だけ聞いてると、大将ありの騎馬戦にしか聞こえない。

 もちろん命がけになってる分、ことは大きいが。

「あとは、不利そうな陣営のタイミングで戦いが始まる、くらいかな。伝えないといけないことは。」

「こっちが人数的に不利だから、ボクらのタイミングで開戦だぜ。始まりの合図は大きな音だから、ボクの銃声が合図になるのかな。」

 ますます、騎馬戦みたいに聞こえる。

 取るものは帽子ではなく命だけどな。

「で、いつ始めるんだ? 向こうもこっちもみんな、戦いたくてうずうずしてるぜぇ。」

「いやいや、なんで向こうの人の様子まで分かるんだ、エルドラド卿。」

「えっ、春希、フェルやアルアル(アルフェッカとアルキバの二人のこと)の姿見えないの? スピカと一緒で目は悪いんだね。」

 おいおい、エルドラド卿やポラリスは数百メートル先がはっきり見えるのかよ。

 それとも、俺の目が悪くなっただけか?

 蝋燭の灯りで、勉強した影響がここで現れたか?

「大丈夫だぜ、春希。ボクのお父さんもポラリス達に視力は勝てなかったんだぜ。ボクもその血を継いでるから、遠くを見るのは苦手だね。」

 あぁ、良かった。

 俺の目が悪いわけじゃないんだな。

「さてと、嫌でも始めないといけないんだよね。みんな、聞いて。」

 ポラリスが町から来てくれた頼もしい仲間達に呼びかける。

「私はフェルと戦うのは嫌だわ。でも、彼女は私の大切な人を傷つけたの。悪いことをした子にはお仕置きしないとね。だから、フェルカド・ウルサを生きたままここに連れてきて!」

 オオーッ!

 ポラリスの演説に気合の入った雄たけびが返ってくる。

 間髪入れずに、銃声が鳴り響く。

 こうして、ポラリス、フェルカド姉妹による壮大な姉妹喧嘩、もとい王位争奪戦の火ぶたが切られた。

 こちらの先鋒は予定通り、エルドラド卿。

 槍を片手に民衆を引き連れて走る。

 対する、フェルカド陣の先鋒は…、見えないからオペラグラスを使おう。

 これもカバンに入ってたものな。

 フェルの先鋒は予想通り、アルキバ卿。

 鍛え上げられた腕に、彼の背丈はある大斧を握りしめている。

 二人とも、近距離型の武器を使うのか。

 これはかなりの熱戦が繰り広げられそうだ。

 両陣とも気合ははいいているのだが、残念なことが一つ。

 湖岸に道が長すぎる。

 先鋒同士がぶつかり合うまで、まだ時間がかかりそうだ。

 たぶん、大河ドラマを見ていた方が手に汗握ると思う。

 それほど緊張感が無い。

 スピカなんて、今頃銃の手入れしてるし。

 そういえば俺の武器が無い!

 このままではあっさりやられてしまう。

「えっ? 春希の武器? ボク準備してないぜ。」

「じゃあ、どうやって戦えばいいんだよ。」

「男なら、その拳で勝利をつかみ取るんだぜ。」

 分かったって、スピカよ。

 少年漫画みたいなこと言われても、一般高校生は武器持ってる相手に勝てないぜ…。

 仕方がない、落ちてた木の枝を使うか。

「そう言えば、ポラリスは武器を持ってるのか? いくら平和主義でも、戦場では身を守らないといけないだろ?」

「それなら、心配ご無用だよ。私にはエルウエンがあるから。」

 ポラリスは緑の宝石が付いた杖を取り出す。

 先日、フェルが俺に襲いかかってきたときに、ポラリスが使ってたあの杖だ。

 彼女は杖をバトンのように回し始める。

 あぁ、ここが高校の体育館で、彼女が全校生徒に人気な先輩で、俺のためにバトン部の練習風景を見せてくれてるなら最高なんだけどなぁ。

 ここは異世界の戦場、この事実だけは変わらない。

 まぁ、いざとなったら、彼女自身が自分の身を守れることは分かって一安心だ。

 俺が足止め留守から、そんなこと起きないと思うが。

「本当は階段を登るときに使う杖なんだぜ。ポラリスは足腰弱いからな。」

「ちっ、違うよ。服が重いから、疲れやすいだけだもん。」

 スピカの一言に、ポラリスは顔を赤める。

 ポラリスって、こんな顔もするんだな。

 普段は落ち着いた雰囲気で大人っぽいと思うが、ころころと変わる表情を見てると子供っぽい。

 このギャップは彼女の魅力だ。


 ウオオォォォ


 俺がポラリスに見とれている間に、エルドラド達の様子に変化が起きた。

 ようやく、合戦が始まる。

 この戦いを通して学ぶことがあるなら、騎馬戦のフィールドは今のままでいいことか。

 あまり広いと、この戦いみたいに敵同士がぶつかるにも一苦労だ。

 ようやくぶつかる各陣の先頭にいるエルドラド卿とアルキバ卿が、互いを標的として認識したようだ。

「アルキバァ、てめえとは一度本気で戦ってみたいと思っていたが、まさか実現するとはなぁ。てめえを倒して、ウルサ一の武人は俺様だと証明してやるぜぇ。」

「エルドラド…、お前を、倒すっす。」

 奇怪な笑顔のエルドラド卿と真剣な眼差しのアルキバ卿。

 対照的な二人が激突する。

 斧を振り下ろすアルキバ卿の攻撃を、エルドラド卿は槍で受け止める。

 その時に起きた衝撃波が、周りにいる兵士を吹っ飛ばす。

 おいおい、周りに迷惑かけるなよ。

「さすがは、武芸に秀でているアルキバだなぁ。俺様が攻撃を受け止めるので精いっぱいだぜ。やはりこうでなくちゃ、面白くねぇ。」

「…、攻撃を耐えている…、流石っす。でも、強い相手を倒してこそ、本物の武人。絶対に、負けないっす。」

 おいおい、ここまで話し声が聞こえてるぜ。

 どれだけ大きな声で話してるんだ?

 俺の心のツッコミは二人に聞こえることはない。

 二人はただ、戦いに熱中しているだけだ。

 一度間合いを取ったエルドラド卿は、相手より身軽なことを活かし、様々な角度から攻撃をする。

 アルキバ卿はその攻撃を全て防ぎながら、反撃の機会をうかがっている。

 彼らの攻防はまさに芸術的。

 そう感じられるほど、洗礼されていた。

「おっと、隙ができたぜ。」

 エルドラド卿が叫ぶと、槍を大きく回し敵に突っ込む。

 しかし、武芸で功績をあげていると言われるだけあって、アルキバ卿も強引な手段でこのピンチをしのぐ。

 無理やる斧を地面に叩き付け、クレーターを作る。

 周りで戦っていた兵士は敵味方関係なく、湖に飛ばされる。

「おいおい、化けモンか、てめえは。もうちょっとで、死ぬとこだったぜぇ。」

 言葉とは裏腹に、喜びながら上着を脱ぎ棄てるエルドラド卿。

 アルキバ卿も態勢を整え、斧を構える。

 再び始まった激しい戦いは目まぐるしく場所を移動し、双眼鏡で追いかけるのが不可能だ。

「春希はエルドラドみたいにならないでよ。」

「いや、ああはなれねえよ。」

 裸眼で二人の戦いを見つめているポラリスが、俺に呟く。

 そんな心配しなくても、狂人じみた言動に加え体力も武術も俺は持ていない。

 それともポラリスは、男は皆エルドラドみたいだと思っているのか?

「げっ、これはまずいぜ。ポラリス、春希、湖を見ろて。」

 かなり慌てているスピカが、湖を指さす。

 壮絶な戦いで吹き飛ばされた兵士が何人かいると思うが、そんな驚くことか?

 そう思いながら彼女が指さした先を見る。

 七十人くらいの兵を、アルフェッカ卿が引き連れて、泳いでいるだけじゃないか。

 綺麗なフォームだな。

 昔、国体に出たことでもあるのか?

「アルフェッカは、湖に落ちた味方を助けようとしてるのかな?」

「あの爺さん、そんな優しい性格してるのか? 俺はドゥーベの城で何回もにらまれたけど。」

「二人とも違うぜ。アルフェッカ卿はボクらがいる本陣に向かってきてるんだ。」

 まじか。

 思わず声が漏れていた。

 まさか、湖を泳いで渡ってこようとは…。

「どどどどどうしよう。奇襲をかけられてるよ。」

「アルフェッカ卿め。ボク達が思いつかないような作戦を機とも簡単に…。」

 いやいや、奇襲ぐらい当然だろ。

 待てよ、スピカから聞いた話だと、この世界の戦い方は正面衝突。

 軍を二手に分けて攻撃しようなんて思わないのかもしれない。

 流石に俺も、五百人に満たない兵力を二つに分けて、湖を渡ろうとは思わなかったなぁ。

 アルフェッカ卿、やってることは馬鹿っぽいがかなりの頭脳派だ。

 フェルに入れ知恵して、この戦いを起こさせたのもあの爺さんらしいからな。

 老巧ここに顕在ってことか。

「ポラリス、このままだと本陣が襲われる。あの爺さん達が上陸する前に、圧をかけないと。弓矢を使える人はいないのか?」

「え~、ここでアルフェッカを迎え撃つの!? 無理だよ、だって、ここには私達三人しかいないんだもん。」

「三人! 他の皆はどこに!?」

 無言で先鋒隊を指さすポラリスとスピカ。

 たしか、俺達の兵力って三百だったよなぁ。

 それで相手の方が多かったんだよなぁ。

 なら、全員で敵の本陣に向かおうってなるのも当然だよなぁ。

「って、なんで俺とスピカ以外行かせるんだよ。十人ぐらいこっちに残さないと、ポラリスになんかあったとき困るだろ。今みたいに。」

「そんな、怒らないでよ。私、戦うのも嫌なのにここまで来たんだよ。それ以上何かしろと言われても…。」

 今にも泣きだしそうなポラリス。

 俺にとっては当たり前のことを言ったつもりだったんだが。

 現代日本でゲームをやっていろんな知識を身に着けた俺と、コスモスと言う異世界で町を治めるのを努力していたポラリスでは、前提が違い過ぎるってことか。

「悪かった、ポラリス。今まで、お前に甘えてたけど、俺が何とかしてみせるよ。」

 俺は彼女に一言謝って、湖を見つめた。

 アルフェッカ卿率いる奇襲軍は約七十人。

 数百メートルを泳いでいるから、それなりに体力は落ちているはず。

 対してこちらは三人。

 しかし、一人は総大将のポラリス、もう一人が武器も戦闘経験もない俺。

 実質戦えるのはスピカによる銃撃だけど、彼女も接近戦は弱いとみていいだろう。

 どうする、いや、ゲームではどうしてた、俺。

 久しぶりに頭の中に選択肢が浮かぶ。

 一、 ポラリスを連れて、遠くに逃げる

 二、 ポラリスを連れて、エルドラド卿率いる先鋒隊の所へ逃げる

 三、 ポラリスを連れて、湖に逃げる

 四、 俺だけ逃げる

 五、 逃げずにここでアルフェッカ卿の軍を迎え撃つ

 今考えられるのは、このくらいか。

 だが、選択肢四は論外だな。

 一を行うこともできない。

 一はポラリスの敗走を意味し、この戦いに負けたことになる。

 これは避けなければならない、彼女のために。

 三は奇策と言えるだろう。

 いくらアルフェッカ卿でも、これには驚くだろう。

 しかし、敵を驚かせるだけで、それ以上のことは何もできない。

 それどころか身動きが不自由となり、敗北につながる危険が高くなる。

 俺の最善策は二だと思う。

 主戦場にポラリスを連れていくので危険度はますが、その分仲間が多くいるところでもある。

 上手に彼女を守りながら敵陣突破すれば、勝つ可能性も見えてくる。

「よし、ポラリス。エルドラド卿の所に…。」

 俺は途中で、言葉を切った。

 いや、目に入った光景を見て、言葉が出なくなったのかもしれない。

 エルドラド卿はアルキバ卿と戦い続けている。

 他の兵士も相手に負けじと頑張っている、

 しかし、戦線が明らかに下がってきているのだ。

 一歩、二歩、とゆっくり、しかし、確実にフェルカドの軍がポラリスに近づいている。

 くっ、このままだと戦線が崩れるのも時間の問題だ。

 そうなればポラリス軍は壊滅状態。

 そんなところに彼女を連れて行けない…。

「春希。アルフェッカ卿達が浅瀬まで来たぜ。もう、何人かは上陸しかかってる。」

 スピカの声で我に返る。

 湖を見ると、確かにアルフェッカ卿の軍は目と鼻の先まで来ていた。

 エルドラド卿達も心配だが、今は目の前にいる敵に集中するしかなさそうだ。

 選択肢五を実行に移す。

「俺は湖岸で爺さん達を足止めする。スピカはここから銃で俺の援護をしてくれ。ポラリスはこっちに近づいた敵兵を杖で気絶させてくれ。後、スピカが銃に集中できるように、こいつの周りの敵もな。」

 俺は覚悟を決め、一段低くなっている湖岸に向かう。

「分かったぜ。任せな。でも、死ぬんじゃないぞ、春希。」

 スピカは銃の準備をしながら、俺にエールをくれた。

 ポラリスは黙ったままだが、エル何チャラと言う名前の杖を構える。

 一応、俺とポラリスはまだ喧嘩した状態か。

 それなら、彼女がふてくされた表情をするのもしょうがないか。

 まぁ、今は彼女を守るために戦うのみ。

 湖の岸は、海の海岸のように砂浜になっている。

 俺は足を少し取られながらも、波打ち際に立つ。

 装備は木の枝しかないが、それなりに太いのを選んだし、最悪この辺りにも落ちている。

 どんな奴でもかかってこい。

 アルフェッカ卿の小隊はまだ浅瀬に着いたところで、走りながらこちらに向かっているが何人かはもう目の前に迫ってきていた。

 そのうちの一人が俺に気付き、襲いかかってくる。

 ここは先手必勝、そして注目を集めここで時間を稼がなければ。

 相手の頭めがけて、木の枝を振り下ろす。

 肝心な相手は鎧を付けているので、大きなダメージを与えるのは無理だが、何発か叩いたら気絶してほしい。

「とりゃぁぁ。」

 気合を入れようと叫んでみたが、間抜けな声だなぁ。

 俺が振り下ろした木の枝は、相手が持っていた剣に防がれた。

 それどころか、ぽろっと切れてしまったではないか!

 ええっ、この世界の木の耐久力、弱すぎる。

 いや、剣の切れ味が良すぎるのか。

 だが、そんなことはどちらでもいい。

 なんせ、俺はピンチなのだから。


 ドン


 大きな音とともに、俺を襲おうとした兵士が倒れる。

 足から血が流れており、銃で撃たれたのだろう。

 俺は援護射撃をしてくれた、スナイパーを見るために振り返る。

「よそ見している暇はないぜ。相手は疲れているから、体当たりでも何でもしてやるんだ。」

 スピカは一瞬微笑んでくれたが、再び銃を構え引き金を引く。

 一人、また一人と敵兵は倒れるが、誰一人として絶命はしていない。

 これがスピカの、いやポラリス軍の優しさだ。

 俺も、だれ一人殺すことなくこの戦いを終わらさないとな。

 決心を胸に湖を見ると、アルフェッカ卿軍の本隊がすぐそこまで来ていた。

「やってやるぜ。」

 波しぶきをあげながら立ち向かう俺に驚いたのか、それとも日本語に驚いたのか分からないが、敵兵の歩みが止まる。

 その隙をついて、俺はタックルをかます。

 数百メートルを泳いだだけあって、疲れがたまっていた相手は一度倒れると起き上がってこない。

 更に倒れた勢いで後ろの人もドミノみたいに倒れるから、見た目以上に俺がやっていることは少ない。

 一心不乱に近くの人をプッシュ、プッシュ、プッシュ!

 しかし、俺一人でこの戦線を食い止めれない。

 だが、俺の攻撃を避けて走る人達は、スピカの餌食となる。

 よし、この調子なら何とかなるぞ。

 あと半分をしのげば、この奇襲を乗り切れる。

「まさか、あなたがここまでやるとは思いませんでしたよ。」

 白い髪をかき分けながら、指揮官のアルフェッカ卿が現れる。

 ずぶ濡れになっているが、正装である銀の装飾を付けた燕尾服である。

 ここは戦場だから、ちゃんと防具付けろよ。

 俺も元いた世界から持ってきたジャージだけど。

 明らかにこっちの方が動きやすいし。

 そんなツッコミをしようと思ったが、睨まれてるからやめた。

「あなたに一定の評価はあげましょう。でもここは戦場、小生の前に立ちはだかるのなら消えてもらいます。」

 アルフェッカ卿は鞭を取り出し、俺に攻撃をする。


 バシンッッ


 乾いた音が木霊する。

 いてえ!

 鞭が当たった腕が赤くはれている。

 こんなの何発か食らったら、青あざになるぞ。

 圧倒的に不利だ。

 相手は離れたところから攻撃できるのに、俺は近づかないと何もできない。

 くっ、何か状況を打破するものは…。

 足元を見ると、木の枝が落ちてた。

「これだ!!」

 木の枝を拾った俺はアルフェッカ卿に投げつける。

「この様な攻撃で、小生をどうにかできるとでも。」

 枝は予想通り、白髪の爺さんの鞭で簡単に薙ぎ払われる。

 あまりの簡単な攻撃に呆れたのか、アルフェッカ卿はため息をつく。

 だが、すぐさま驚きの表情へと変貌する。

「もらった!!」

 俺は木の枝を囮にして、爺さんに詰め寄っていたのだ。

 まさかこの程度の小細工に引っかかるとは、智将も大したことないな。

 渾身の右ストレートをアルフェッカ卿に顔に叩き込んだ。

 やったぜと笑った俺だが、さっき敵が見せた驚きの顔をすることになる。

 よろけて後退したアルフェッカ卿だが、倒れることなく俺をにらむ。

 どうなっているんだ、この爺さんの体力は。

 湖を泳いで、そのあと男子高校生に殴られたんだぞ。

 それなのに、覇気が衰えるどころか増している。

「さすがは異世界の者。小生の知らない戦いをする。味方にいれば頼もしき存在です。しかし、あなたはフェルカド嬢に歯向かう危険因子。ここで始末しなければ。」

 コスムルグ語で話してくるから、途中から何言ってるか分からなくなったが、やばい状況なのは感じている。

 実際、彼は俺の足に鞭を巻き付け、転ばせにかかった。

 小さな水しぶきを上げて、倒れる俺。

 その顔をアルフェッカ卿が踏みつけてきた。

「まさかあなたにここまで苦戦すると思いませんでした。軍としても、個人的にも。そこであなたには絶望をしながら、死んでもらいましょう。ポラリス嬢を御覧なさい。」

 言われるがままにポラリスを見ると、彼女はスピカとともに敵兵に囲まれていた。

 どうやら、俺がアルフェッカ卿と一対一で勝負している間に、他の兵が二人のもとに向かっていたようだ。

「ボクの武器だと、ここまで接近されたら意味ないぜ。ポラリス、足手まといになってごめんね。」

「大丈夫、私が何とかするから。」

 もはや戦う気力を無くしたスピカに、ポラリスは優しく答える。

 しかし、その表情は曇っている。

「諦めるな、スピカ。銃口を持って、持ち手で相手を殴れ。それで充分武器になる。」

 叫ぶ俺の口に水が入る。

 ちょっとむせたが、これで彼女達の身を守れるなら安いもんだ。

 スピカもまだ望みを持てると知ると、いつもの元気を取り戻す。

「銃にそんな使い方があったなんて知らなかった…。これでボクも百人力だぜ。」

 俺が言ったように銃を持ち、振り回すスピカ。

 十数人に囲まれていたが、一瞬にして蹴散らす。

「ほう、彼女もここまで戦えるとは。小生も驚きが隠せません。だが、もうこの戦いも終わりでしょう。」

 アルフェッカ卿は目線を少しずらす。

 俺もつられる様に、爺さんの目線の先を見つめる。

 そこには絶望があった。

 傷つきながらも立っているエルドラド卿。

 しかし、満身創痍の彼は、もうアルキバ卿と戦うことは無理だろう。

 戦線も崩れていて、フェルカドの軍が津波のようにポラリスへ雪崩れていく。

 それは、その光景は、敗北を表していた。

 もはや、スピカがいくら敵を倒そうとも、無尽蔵に湧いてくる。

 銃を持っていること以外は普通の女子中学生と変わらない彼女は、敵兵に簡単に取り抑えられてしまう。

 それは年齢の近い領主も同じ。

 杖で応戦していたポラリスも捕まってしまった。

 頭を地面に擦りつけられ、動けないようにする。

 そして敵兵は剣を高く振り上げ、狙いをポラリスの首に絞る。

「さぁ、これからウルサの歴史が変わりますよ。」

 アルフェッカ卿は少し物寂し気に語る。

「ポラリス!」

 俺は叫ぶことしかできなかった。

 悔し涙を流しながら、叫ぶしかなかった。

 だがまぁ、軌跡は意外と起きるものだ。

 空から何かが、ポラリスのもとに落ちてきた。

 大きな音と砂埃を周囲にまき散らす。

 ついでに周りにいた人々も。

 敵兵はもちろん、スピカも俺の隣に飛んできた。

「なっ、何だ? あれ、春希。いつの間に移動してきたんだ?」

「お前が吹っ飛んできたんだよ。」

 爆風でバランスを崩したアルフェッカ卿を押しのけて、俺はスピカの隣に座る。

「で、何が起きたんだ、スピカ。空から何かが降ってきたように見えたけど。」

「ボクが知りたいくらいだぜ。勢いよく何かが降ってきたけど…。大きさは、人くらい?」

「俺に聞くな。踏みつけられてて、空は見れてないんだ。」

「ボクだって、髪の毛で遊ばれてたんだぜ。そんなはっきり見れてない。」

 お互い、顔を見合わせる。

 まぁ、俺はスピカの髪型も同時に確認したが。

 髪を結んでいた飾りはとられていて、ツインテールが無くなっている。

 髪を下ろすと、少し大人っぽく見えるな。

「…、これはいったい何ごとです!?」

 アルフェッカ卿もようやく起き上がる。

 年取ってるんだから、無理しなくていいぜ。

 てか、ずっと寝ててほしかった。

 叶わなかった希望は胸にしまい込んで、再びポラリスがいたところを見つめる。

 だんだん視界がよくなり、彼女の様子が見えてくる。

 驚きのあまり腰を抜かしたポラリスは、その場でへなへなと座っている。

 どうやら彼女は、爆風で飛ばされてなかったようだ。

 そして、最も靄がかかっていたところからも、人影が見える。

 靄が無くなると、人影の正体が明らかとなる。

 金色の髪は短く切りそろえられ、その人物が男だと物語っている。

 顔も美形で、その高い鼻と青い目から欧米人のような印象を受ける。

 背は高く、服装も彼の長所を目立たせている。

 だが、彼で最も目立つところは、手に持っている武器。

 エルドラド卿やアルキバ卿と十分に渡り合える大きさを誇る大剣。

 剣を持った彼のたたずまいは、まるで漫画の主人公のようだ。

 カッコいい。

 正直な感想だが、それよりも込み上げてくる言葉がある。

「誰だよ、あいつ。」

「ボクも、知らないよ!」

「スピカも知らないのかよ!」

 どうなっているんだ?

 確かに、彼はポラリスを助けてくれた。

 危機的な状況を、心強い仲間が助けてくれる。

 物語ではよくあるパターンだが、今回は違う。

 正体不明の青年だ。

 物語のお約束と違う!

 敵とも味方ともわからない青年は、辺りを見渡す。

 まだ状況が呑み込めてないようだ。

「ここは…、どこだ!?」

 彼は驚きを隠さなかった。

 いや、隠すことができなかった、と言うべきか。

 だが、その気持ちは分かるぞ。

 俺もこの世界に来たときは、自分がどこにいて、なんでこの場所にいるか分からなかったもんなぁ。

 彼も空から降ってきたばかりで、困惑していても当然だ。

 まぁ、敵じゃなくてよかった、本当にそう思う。

「ワ~オ! かわいい子ちゃん見っけ! 世界広しと言えども、あなたのように美しい人は初めましてだ。」

「えっ、え~と…。助けてくれてありがとう。でも、いきなり詰め寄られても困るかな…。」

 がしっと彼に手を握られたポラリスは苦笑いをする。

 最早、困惑を笑顔で隠していると言った方が正しいか。

「オレとしたことが、自己紹介を忘れてた。オレはフォルフォード・マースアワー。緑多き自然と可愛い女の子を愛するミスター・アメリカンだ。フォルって呼んでくれ、お姫様。」

 フォルフォードと名乗った彼は、ポラリスの右手の甲に軽くキスをする。

 な、な、な、何やってるんだ、あいつは。

 ポラリスにキスしたぞ!

 手の甲とは言え、許されるのか!?

 って、あいつ自分の子とアメリカンって言ったよな。

 スピカに確認しようとしたが、ポラリスに従軍していたマンズルームの人々の歓声に俺の声はかき消されてしまった。

「おおお、緑とはポラリス様を象徴する色。そしてポラリス様は可愛いお方。これは事実上の告白か!?」

「顔もよく、スタイルもばっちり。さらにキスをするとは、だ・い・た・ん。助けてくれたこともあるし、これはポラリス様も惚れたわね。」

「しかも、彼が持っているのは、聖剣、レーデグンドではないか!レーデグンドを持てるのは伝説の剣士のみ。そんな方が、味方になってくれるとは。これで、この戦いの結果も変わって来るぞ。」

 おいおい、誰もフォルフォードが仲間になってるって言ってないぞ。

 しかし、辺り一帯は『フォル』コールで大盛り上がり。

 彼は一瞬にして、ポラリス軍の英雄となった。

「わっはっは。人気者になってしまって、困った困った。」

「お調子者なんだね、フォルフォースは。」

 ポラリスは珍しく悪意を込めた、物の言い方をした。

 少なくとも、俺にはそう感じられた。

 それを証拠に、冷たい目をしている。

 これは嫉妬をしているのか、それともほかに意味があるのか?

「これはこれは、場の空気が変わってしまいました。このまま戦いを続行するのも難しいでしょう。」

 アルフェッカ卿が不愉快そうに呟く。

 まぁ、彼からしたら勝利の目前で水を差されたわけだ。

 当然の反応だろう。

 俺としては、アルフェッカ卿の反応が見れて安心してるが。

「さて、決戦の続きは明日にいたしましょう。ポラリス嬢にお伝えください、せいぜい最後の夜を楽しまれるようにと。」

 水浸しの爺さんは、陸路で自分の陣へと戻り始めた。

 兵士達も文句言うことなく彼について行く。

 エルドラド卿とアルキバ卿も一時休戦と感じたのか、各々の陣へと歩く。

 とりあえず、ポラリスとフェルカド姉妹の争いの決着は、突然現れた戦士によって引き伸ばされた。

 それと同時に、俺は抗えない運命に呑み込まれた。

 だがこの時、その事実に誰が気付けただろう。



 ムジジジジジ



 湖岸で休む人々を、虫の音が癒してくれる。

 傷ついた人々は、自分で、あるいは他人の力を借りて手当てをしている。

 だが、誰も死んでも重傷も負ってない。

 あのエルドラド卿ですら、体力は消耗しているものの至って健康である。

 今も奇妙な笑顔をしながら、声を出して笑っている。

 彼の周りには多くの人が集まっている。

 いや、人々は彼の周りではなく、新たに加入した英雄に集まっている。

 英雄の名はフォルフォード・マースアワー。

 彼はわずか一瞬にして、マンズルームの人々の心をわしづかみにした。

 その功績に加え、ルックスと人柄がさらに彼の魅力をあげている。

 だが、俺は別の意味で彼のことが気になっている。

 ミスター・アメリカン。

 フォルフォードは確かにそうやって名乗っていた。

「スピカ。アメリカって国、知ってるか?」

 珍しく薄着になっている隣人、スピカに俺は尋ねる。

 てか、それ下着じゃないよな?

 上も下も際どい所まで見えてるぜ。

 だが、本人には自覚がないようで、普通に俺の質問に答える。

「春希の世界の大国だろ? ボクらが想像つかないくらいのスケールだとお父さんが言っていたぜ。」

「フォルフォードは自分のことをアメリカンと言っていた。」

「アメリカ出身ってことだろ。つまり、彼も異世界の人。しかも春希と同郷だぜ。」

「日本人とアメリカ人が同郷扱いされるのは、かなり珍しいけどな。」

 同じ地球人って括りが無いと難しい。

 その括りができるのは、たぶんスピカとポラリスだけだろう。

 俺は腕を組み、フォルフォードを見つめる。

 いや、睨むと言った方が正しいだろう。

 俺はそれだけ、不機嫌なのかもしれない。

「みんな、今日はありがとう。そしてお疲れさま。」

 優しい笑顔で人々を癒してくれるポラリス。

 彼女は兵士の様子を全員確認してから、本陣の中心であるここに戻ってきた。

 三百人も見て回ったのか…。

 流石、思いやりの町の女王だ。

「さてと、一仕事終わったし、フォルフォードには私の寝室に来てもらおうかな。」

 その場にいた人間が全員驚く。

 そしてすぐさま盛り上がる。

「おいおい、ポラリス。日を跨ぐから夜陣を張って、お前用のテントも準備したが。まさか、夜伽に使われるとはなぁ。だが俺様は賛成だぜ。しっかりできるまで楽しみな。」

「違うよ、どうして夜伽になるの! エルドラドにも来てもらうよ。」

「何ぃ。俺様も対象だったのか!? しかも男二人を相手するとは、かなり高ぶってるようだな。」

「エルドラドって、時々嫌らしい発想しかしないよね。私がそんな女に見える?」

「まさかぁ、処女神ですら驚く純潔の持ち主だろぉ。」

「じゃぁ、夜伽の話はお終い。」

 ポラリスは一息つく。

 残念ながら、俺は彼女とエルドラドのおっさんが何話してるか聞き取れてないからな。

 感想が言えない。

「じゃぁ、二人とも行きましょう。スピカと春希も来るんだよ。」

 最初の一文はコスムルグ語で、二文目は日本語で話すポラリス。

 バイリンガルってこんなこともできるのか。

 これはカッコいいな。

「呼ばれたから行こうぜ、春希。でも、何話すんだろうな。そうそうたるメンバーだぜ。」

 スピカの呼びかけに俺は答える。

 だが、彼女の言うようにメンバーは上位階級の三人と俺、フォルフォード。

 何を話すんだ?

 ポラリスが寝るテントに着いた俺達は、五人とも床に座る。

 女の子一人が寝るスペースしかないのでかなり狭い。

 実際、スピカは俺の上に座っている。

「さて、会議を始めたいけど、その前にフォルフォード。あなたはコスムルグが分かるの?」

 主催者、ポラリスによって会議が始まる。

 フォルフォードは爽やかな笑顔で彼女の質問に答える。

「コスムルグ? ああ、ここの言葉のことだな。オレは英語で話してるつもりなんだが、どうやらコスムルグに変換されてるようだ。ちなみに、みんなが話してる言葉も、オレには英語で聞こえてるぜ。」

「なら、日本語は?」

「日本語? ああ、ジャパニーズのことか。それは変換されてないな。でもなぜ、ジャパニーズが?」

 んっ?

 俺はスピカに通訳してもらってるが、フォルフォードは勝手に変換済みなのか!?

 ずるいぞ、スピカも大変なんだぞ。

 なぜこんな不公平が?

「それは、おいおいね。じゃぁ、改めて自己紹介してもらおうかしら。それから、ここのことをどれくらい認識できてるかも。」

 話を進めるポラリスに、フォルフォードは従う。

「オレはフォルフォード・マースアワー。アメリカ、ノースカロライナ州から来たぜ。ここは異世界の認識だけど、あってるよな。」

「春希と同じ基準だと、そうなるね。」

「ハルキ?」

「俺のことだ。俺は金原春希。日本出身だ。」

 片言のコスムルグ語で俺は自己紹介する。

 続く様に、スピカが口を開く。

「ボクはスピカ・ヴィルゴ。階位は伯。今は春希のお世話係兼教育係も担っているぜ。」

「俺様はエルドラド・グアタビータ。よろしく頼むぜぇ。」

 二人も自己紹介を済ませる。

「二人のことは、何故かこの世界に来たときに、噂話程度だけど情報が頭に入って来た。いや、二人だけでなく、この世界の人全員かな? それに歴史や文化、現状も何となくだが分かる。」

 うっ、羨ましすぎる。

 俺が一週間かけても、話せないわ、戦い方知らなくてやらかすわ、ポラリスを怒らせるわで苦労してるのに、彼はもうすでに俺が持ってないもの全てを習得しているのだ。

「ただ、ハルキ。君のことは初めてしった。それに、同じ世界の人がいるってのは、心強いぜ。」

 満面の笑みをフォルフォードは俺に向ける。

 笑顔には無邪気さが溢れていて、不機嫌な俺の心に刺さる。

 俺はとても良い人そうな彼に、最初からいろいろ知っているだとか、みんなの人気者になっていたりとかで嫉妬している。

 それが、かなり恥ずかしくなってきた。

 居心地が悪い。

 あと、スピカが普通に重いから足が痛くなったこともあって、この空間から逃げたい。

「しっかし、てめえもすげえなぁ。聖剣、レーデグンドを持ってるなんて。俺様は想像上の剣だと思ってたぜぇ。」

「有名らしいな、ミスター・エルドラド。オレは気づいたら持ってたんで、意識はしてなかったけど。ただ、この剣のおかげでポラリスを守れたんで、有ってよかった。それに、明日も戦うみたいだし、この剣を使う機会も多そうだ。」

「イヒヒヒヒ。そうだなぁ、戦力も増えたし明日のことについて話してえな。」

 会話が弾むエルドラド卿とフォルフォース。

 ポラリスもそうだねと、言ったし話題は明日のことになる。

 当然フォルフォースも俺と同じく、戦争の知識は持っていた。

 まぁ、彼もゲームとかで得た知識なんだろうけど。

 それを活用して、わずか三百人しかいない軍団を動かす作戦を考える。

 会議は当然コスムルグ語で行われるので、いくらスピカがいようとも俺は置いていきぼり状態になる。

 …。

 もう、潮時なのかもしれない。

 そう感じた俺は、あることを決意した。

「スピカ、用事ができた。ちょっとどいてくれないか。」

「? 催した?」

「立場が逆なら、セクハラだぜ。」

 俺は苦笑いをして、テントを後にする。

 会議は白熱していたので、俺が出ていったことに気付いているのはスピカだけだろう。

 それでいい。

 兵士達も騒いでいるが、夜になり寝ている者も多い。

 これなら好都合だ。

 誰にも気づかれないように、いや誰も気づかないまま、俺は陣を離れていく。

 そう、俺はポラリスのもとから去ることにした。

 言葉も分からないし、歴史も文化も考え方も違う。

 戦場では戦力にならないどころか、戦争を起こすきっかけになった人物。

 それが俺なのだ。

 そんな人物が、これから国を一つまとめる女王のもとにいて良いのか。

 答えは明白だろう。

 それに、俺がいた世界の知識はフォルフォードも持っている。

 日本とアメリカでは傾向や思考が違うかもしれないが、使ってるものはほぼ同じ。

 俺と彼が持っている物の違いがあるのだろうか。

 いや、ないだろう。

 唯一、俺の強みだった異世界人であることも、フォルフォードの登場で無くなった。

 もはや、俺が彼女のもとにいる意味はなくなった。

 疫病神は消えよう。

 そう決心した。

 決心はしたんだが、陣を離れれば離れるほど足取りが重い。

 何か後悔ややり残したことがあるのだろうか。

 …。

 ありすぎるな。

 でも、それをしていたら俺はポラリスから離れれない。

 なら、今のタイミングが一番だろう。

「待って、春希。」

 俺を呼び止める声がした。

 声でだれか分かったが、俺は彼女無視して歩く。

「待ってよ、春希。」

 彼女は俺の後ろから抱きつく。

 息をかなり荒げているから、かなりのスピードで走ってきたんだろう。

「私に何か言うこと、ないの?」

 彼女はもう離さないと言わんばかりに、強く俺を抱きしめる。

「ポラリス…。」

 俺は、思わず抱きついてくれる人の名前を口にしていた。

 そして、言うべきことも考えた。

 奇襲を受けてると分かったとき、本陣を手薄にしたポラリスに怒ったことか?

「昼のことは本当に俺が悪かった。ごめん…。俺は自分の常識でものを話してた…。」

「…。許します。許すから、私と一緒に帰ろう、春希。」

「…、俺はもう戻れない。」

「えっ? どうして? 私がまだ怒っていると思ったから、一緒にいるのが嫌だったんでしょ? もう許したから、ううん、春希が注意してくれてよかったよ。ねっ、帰ろう。」

 手をほどき、ポラリスは俺の正面に来る。

 そして、慈悲にあふれた笑顔で俺を見つめる。

 ただまぁ、違うんだけどなぁとどうしても思ってしまう。

 まぁ、彼女にとっては、俺がいなくなる理由って怒られてると思ってることしか思いつかないんだろう。

 ここで、胸の内をぶつけて走り去るのもいいかもしれないが、また喧嘩したみたいになるにも嫌だし、簡単に話してポラリスに納得してもらおう。

「ほら、俺がいると大変だろ。スピカは勉強に付き合ってくれるから自分の時間が減ってるし、エルドラド卿もおしゃべりするだけでも時間と労力がかかる。ポラリスだって、色々困ってるんじゃないか。この戦争だって俺が引き金になってるし。」

「それはサヨナラしようとした理由? みんなそんなこと思ってないよ。スピカも春希の世界のことが聞けて喜んでたし、エルドラドも男が増えたって。私も迷惑だなんて思ってないよ。この戦いも、アルフェッカの適当な理由によるもの。春希がいなくても起きてたことだから、気にしないで。」

「優しいな、ポラリスは。でも、今まではポラリスの言うとおりだけど、今は違う。フォルフォードが来たからな。あいつの方が俺より楽しい生活になるんじゃないか。」

「もしかして、妬いてる?」

 ポラリスは少しかがむような姿勢で、俺を見上げる。

「かもな。だけど実際、俺は何もできない。それどころか、ポラリスや皆を危険な目に遭わせている。こんな疫病神みたいなやつ、いない方がいいだろ。」

「春希は何もできないことないよ。」

 彼女はそっと、俺の手を握る。

「春希は迷子だったエルベーグ、ミケを見つけてくれたよ。それに、日本の魅力を教えてくれたし、今日の戦いでもアルフェッカと戦って私を守ってたよ。」

「俺は…、結局ポラリスを守れなかった。フォルフォードがいなかったら、ポラリスは死んでたんだぞ。それなのに、守ったと言えるのか。」

 俺の口調はだんだん強くなる。

 しかし、ポラリスは俺の手を握り続けている。

「春希は、できなかったことを数えているから、何もできないと思ってるんだよ。できたこと、自分がやったことを数えてみたら。」

 そっと、ポラリスの唇が俺の唇に重なる。

 一瞬の出来事だったが、暖かくて柔らかい感触が唇に残っている。

「私と口づけできる男なんて、そうそういないよ。」

 彼女は人差し指で俺をつつく。

 わざとやっているのか、天然なのか分からない。

 ただ、分かることは俺の心臓の鼓動が、人生で一番速くなっていることだ。

「それに、この話ができるのはあなたと私だけ。ほら、未来にも春希しかできないことができたよ。」

 少し恥ずかしそうにポラリスは笑う。

「特別な思い出だよ、二人だけのね。」

 特別、か。

 確かに特別だな。

「ねっ、帰ろう、春希。そしてこれからも特別な思い出を作ろう。」

「…、そうだな。」

 俺はこの一言しか言えなかった。

 いや、心の中でも気持ちがはっきりしていなかった。

 だが、彼女と一緒にいることに、何故か躊躇いがなくなったことだけは分かる。

 俺はポラリスとともに歩き出していた。



 スワアァ



 一瞬強い風が吹いたかと思うと、すぐに消えてなくなる。

 戦場二日目の湖岸は、気まぐれな風が遊んでいる。

 朝日はもうとっくに昇っており、水面をキラキラと照らしている。

 そして、ポラリス軍の兵士も希望に満ち溢れた目を輝かせている。

 なんて言ったって、聖剣、レーデグンドを構え、自分達の主にゾッコンの救世主、フォルフォードがいるのだから。

 俺は未だに、彼にいい感情を抱いていない部分もあるが、昨日ポラリスとやったことを思えば心に余裕がある。

 さて、昨日の夜プチ家出をしてポラリスに連れ戻された俺は、普通に夜を過ごした。

 まぁ、寝るぐらいしかやることないんだが。

 ただ、スピカが淋しいなら一緒に寝てやるぜって、抱きつくもんだから寝返りが打てなかった。

 一週間振りに首が痛くなる寝方をしたな。

 そんな個人的な問題で戦争は止まることなく、開戦の準備をしている。

 布陣は昨日とほとんど変わっていない。

 湖の北側にポラリス、南側にフェルカド。

 先陣をきるのも、エルドラド卿とアルキバ卿だ。

 変わったところと言えば、エルドラド卿が指揮する軍にフォルフォードが加わったこと。

 そして、ポラリスの護衛に10人費やしたことだ。

 昨日の反省を生かした結果だ。

 10人で足りるかと思うが、フォルフォードがいるからなぁ。

 フェルの軍も彼対策に相当人員を割かなければならない。

 そこから昨日のような奇襲はないと考えた。

 考えたのは全部エルドラド卿だけど。

 エロエロ魔人のような性格しているのに、なんで軍師もやってるんだ?

 そのうえ、軍を率いる指揮官も兼ねている。

 あのおっさん、存在が謎すぎる。

「険しい顔してるけど、考え事?」

 ポラリスが突如、俺の目の前に現れる。

 まぁ、俺はポラリスの護衛係だから彼女が近くにいるのは当然だけど。

 急に現れないでほしい。

 驚くからな。

 あと、昨日のことも意識してしまう。

 目線はどうしても彼女の唇にいってしまう。

「ん? どうしたの、春希。私の顔に何かついてる?」

「…、いや。それよりどうしたんだ。」

「春希こそ、どうしたの。もう戦い始まったよ。」

「まじか。」

 おっさんのこと考えてる間に、運命の決戦が始まっていたとは。

 いつの間にスピカは銃を撃ったんだ?

「ボ~っとしてるやつから、戦場では死ぬんだぜ。ボクが誤射してたら春希は今頃、血だらけだぜ。」

「そんな不吉なこと、口にするなよ…。」

 紫のドレスをまとった少女、スピカは俺をおちょくる。

「で、春希。今日はどんな戦いが起きると思う。ボクはフォルフォードが無双すると踏んでいるぜ。」

「そう考えるのが普通だな。」

 オペラグラスを手にした俺は先方の様子を見る。

 まだ両陣とも、長い湖岸の道を走っている。

 だが、その速度や人数比はかなり違う。

 エルドラド率いるポラリス軍は昨日より人数も減って、軍行の速度も遅くなっている。

 怪我人は参戦してないし、昨日の疲れもあるからな。

 当然のことだろう。

 しかし、アルキバ卿率いるフェルカド軍は昨日と同じ、いやそれ以上のスピードでこちらに向かっている。

 なぜだ、なぜそんな不可解なことが起きている。

「…、春希。双眼鏡貸してくれない。ボクも見たいんだけど。」

「ああ、だけど倍率は悪いからな。あんまり期待するなよ。」

「ボクの視力は、春希よりはいいと思うぜ。」

 俺からオペラグラスを受け取ったスピカは嬉しそうに覗く。

 多分、初めて使うんだろうな。

 そりゃあ、わくわくするだろう。

 しばらく覗いていたスピカだが、何かを見つけたようで俺に返した。

「なんか分かったのか?」

 俺は彼女に尋ねる。

「ああ、フェルの先方隊は昨日と同じと思わない方がいいぜ。武人のアルキバ卿だけじゃなくて、知略のアルフェッカ卿もいる。」

「あの爺さんが参加してるのか。元気すぎるだろ。」

「それに、昨日の奇襲に参加していた人達も先方に加わってる。フォルフォードをだいぶ警戒してるみたいだぜ。」

 それで人数が増えてたのか。

 もともとフェルの軍の方が人数多いからな。

 二百対三百くらいの割合か。

 こちらが不利な状況は変わらない。

 しかし、わずか二百人しかいないポラリス軍から一人で抜け出し、アルキバ卿に突っ込んでいく人物がいた。

「オレがポラリスを守る!」

 意気揚々としているアメリカン、フォルフォードだ。

 聖剣を大きく振り上げ、跳躍する。

「ふんぬ!」

 アルキバ卿も大きな斧で応戦する。


 キィン


 金属同士がぶつかり合う音が湖に響き渡る。

 そして、今日も周りの兵士は吹き飛ばされる。

 それどころか、体勢的には有利なアルキバ卿も吹き飛ぶ。

「つ、強い…。でも、負けないっす。」

 起き上がった武人は聖剣使いに立ち向かう。

 武器の大きさや本人の体格もあってか、アルキバ卿の動きは速いとは言えない。

 しかし、繰り出される攻撃の一つ一つは重く、フォルフォードも受け止めるのにいっぱいいっぱいのようだ。

「イヒヒヒヒヒヒ。二人で対決中悪いが、そいつは俺様の相手だぜぇ。」

 ようやく戦線に合流したエルドラド卿がアルフェッカ卿に襲い掛かる。

 兵士達もついに激突し、戦場は激しさを増す。

 二対一と不利な状況に追い込まれたアルキバ卿だが、フォルフォードが意外なことを言い出した。

「ここは任せたぜ、エルドラド。オレはこのまま軍を突っ切って、フェルカドのいるところに向かう。」

「そんなことは、させないっす。」

 アルキバ卿の攻撃より速く、フォルフォードは走り去った。

 そして、彼は追いかけることができない。

「昨日の続きをしようか、アルキバァ。」

 地獄の使者のような笑顔を浮かべて、エルドラド卿は槍を振るう。

 斧使いと槍使いの決戦が再び始まった。

 今日も風圧で飛ばされる周りの兵士を不憫に思いながら、アルフェッカ卿を探す。

 白髪の老人はフェルカド軍の真ん中で指揮を執っていた。

 フォルフォードを見つけ出せと騒いでいるが、これだけ人が密集していると難易度はかなり高いはずだ。

 遠くから戦場を見ている俺ですら、もう見失っている。

 現地にいる人は運よく出くわさない限り、見つけるのは無理だろう。

 しっかし、暇だなぁ。

 大将の護衛は大事な役目だが、主戦場と離れていると緊張感がなくなってしまう。

「春希、暇そうだな。」

 スピカが俺の隣に来る。

「そう言うお前だってあくびしてるだろ。」

「ボクの仕事は狙撃だぜ。狙う相手がいないと話にならない。」

「手持無沙汰なのは、私達以外にもいるみたいだよ。」

 簡易的な椅子に座ってるポラリスは足をゆっくりバタつかせながら会話に加わる。

 この姫が一番緊張感無く暇を持て余している。

 昨日死にかけた場所なんだぞ!

 それとも、ここまでタフな心臓を持ってないと国を治めることはできないのか?

「フェルも退屈そうにして。湖を簡単に渡れたら、フェルの所に行けるのにな…。」

 ため息をつくポラリス。

 その思いの真意は俺には分からない。

 だが、彼女を湖の向こうの妹に会わせたい。

 そんなことを思ってしまった。

 思ってしまうと、まぁ、方法を考えるよなぁ。

 実際、渡っていいか分からないけど。

 渡る方法は色々あるよなぁ。

 一、 昨日のアルフェッカ卿のように泳いで渡る

 二、 橋を作って渡る

 三、 船を使う

 四、 空を飛ぶ

 五、 湖を渡るのは無理なので、陸路でポラリスをフェルの所に連れていく

 まぁ、五は今やることじゃないよなぁ。

 肝心な道が戦闘中で、ポラリスは近づくことすら避けるべきだ。

 それに道なき道も盗賊がいる場所だ。

 ピンチの時以外は通らない方がいいだろう。

 二、三、四は物を作らないといけない。

 そんなことをしている間に、この戦いは終わるな。

 じゃぁ、一か。

 気乗りしないなぁ。

 だって、アルフェッカ卿と同じことするだけだし。

 それに、エルドラド卿が、

「ポラリスやスピカの服が濡れてスケスケだから、いろんなもん見放題だぜぇ。」

 とか言いそうだもんなぁ。

 それに労力がかかりすぎる。

 てか、アルフェッカ卿はとんでもない作戦考えられたな。

 ポラリスの護衛が十人いたら、昨日の結果もだいぶ変わってたぜ。

 まぁ、無理ってことか。

 はぁ。

 珍しく妙案が思いつかなかった俺はため息をつく。

 常に妙案が思いついているかと言われたら、微妙だけどな。

 どうにかならないものかと湖を見る。

 すると、船が岸に泊まっていた。

 木の小舟が何艘もこの北側の岸に。

「会いたかったっぜー、おれの神様!」

「げっ、なんでお前がここにいるんだよ。」

 スピカの背後から抱きついたのは、この湖を縄張りとしている盗賊の頭。

 どんな顔や名前だったかは覚えてないが、この話し方だけは印象に残っている。

「昨日神様がここにいるって聞いたから、慌てて駆け付けたんだぜー。こうして抱きつくことができて、嬉しいっぜー。」

「離れろよ。春希も何とか言って欲しいぜ。」

「お前らって、意外と語尾、似てるよな。」

「そんなこと言えって、ボク言ってないぜ!?」

 だって、本当にそう思ったからなぁ。

 この間、襲われたときは分からなかったが、二人で会話してると似ている。

「そろそろ放してあげて、リブラ盗賊団の団長、ブラキウム・リブラ。それとこの間、私をおばさん扱いしたこと、忘れてないんだからね。」

 少し口を尖らせているポラリスが出てくる。

 彼らにいい思いをしてないから、当然怒っているのだろう。

 流石に空気を呼んだのか、ブラキウムもスピカを放す。

「それで、御用があるから来たんでしょ? それとも、スピカに会いたかっただけ?」

「それも目的の一つだっぜー。だが、あんたが妹と戦ってるって話も聞いてるっぜー。しかも、苦戦してるらしいって聞いたっぜー。そこで、神様が属するあんたに協力しようと来たわけだっぜー。」

 おいおい、ポラリスをあんた呼ばわりしたの、世界であんたが初めてじゃないか。

 俺は時々、お前って心で言ってるけど。

 しかし、そんな疑問よりもブラキウムに聞きたいことがある。

「おっさん。湖に浮かんでる船はおっさん達の船か?」

「そうだっぜー。定員五人の船が全部で二十二隻だっぜー。」

「それって、俺達も乗っていいのか?」

「お前みたいなちんちくりん、乗せる義理がないっぜー。」

 ちんちくりん!

 生まれて初めてちんちくりんって言われたぞ。

 しかも、ちんちくりんってへなちょこって意味じゃなくて、背の低い人のことを馬鹿にしてる意味なんだぜ。

 確かに俺の身長は170cmないし、フォルフォードもエルドラド卿もアルキバ卿も、そしてブラキウムのおっさんもでっかいけど。

 ちんちくりんって言われるほど、俺は小さくないぞ。

 くぅ、涙が出そう。

「ボクが乗りたいって言ったら?」

 俺の傷を慰めることなく、スピカがブラキウムに尋ねる。

「そりゃぁ、好きなだけのせてやるっぜー。」

「じゃぁ、ボクが春希と乗りたいって言ったら?」

「神様がお願いなら、死んでも叶えまっせー。」

 俺を船に乗せるだけで命かけるなよ。

 まぁ、ありがとう、スピカ。

 これで、俺の考えが実行できる。

「ポラリス。リブラ盗賊団の力を借りて、向こう岸に渡ろう。そしたら、フェルカドに会える。お前、フェルに会いたいんだろ。ならチャンスじゃないか。」

「えっ、でも、フェルの周りにも護衛はいるし。それに、私が湖を渡っている間に襲われたらそれこそ終わりだよ。」

「だから、ブラキウム達を雇うんだよ。あいつらの力を借りて、フェルの所に行こう。」

「…。」

 ポラリスの表情は困惑を表していた。

 一国を担う次期女王が盗賊と組んでたってなったら、一大スキャンダルだもんな。

 それに、フェルの近くまで行っても返り討ちにあう危険もある。

 だが、俺はポラリスがフェルカドの所に行きたいと思っている。

 だから、その願いが叶うように協力したい。

「危険なことは俺が全部引き受ける。だから、お前の気持ちに素直になれ、ポラリス。」

 ポラリスの肩をつかみ、俺は訴える。

 しばらく考えてたが、彼女も首を縦に振る。

「いきましょう。でも誰も傷つけたらだめだよ。特にフェルは、フェルカドとは私が決着をつけるわ。」

 決心したのか、表情が引き締まるポラリス。

 そして、ブラキウム達の船にポラリスと俺達護衛十人、そして盗賊達が乗り込む。

 盗賊の船は船尾に櫓が一つ付いていて、人力で動かすようになっている。

 俺が乗った船は他に、ポラリス、スピカ、そしてブラキウムが操縦士としている。

 移動スピードは決して速くないが、泳ぐよりは早いし楽だ。

 ブラキウムは大変そうだけど。

「誘っておいてなんだけど、フェルの陣に無帽に突撃してますってことないよな。相手の戦力分かってるよな。」

「心配はいらないぜ。見たところせいぜい50人。ブラキウム達が加わってくれたから、数に大きな差はないぜ。」

「あぁ、神様が俺の名前を言ってくれたっぜー。もう死んでもいいっぜー。」

「「死ぬなよ。」」

 珍しく、俺とスピカがハモった。

「心配があるなら、ハダルかな。彼の弓の腕はそこそこよかったよね。」

「あ~、そんなやつがいたな~。忘れてたぜ。」

 ポラリスが不安そうな顔をするが、スピカは落ち着いている。

「ハダルって弓使いがいるのか?」

「ハダル・ケンタウルス。ボクと同じ伯の階位を持ってるぜ。そこそこな弓使いなのは事実だけど、ボクの銃と比べたら格段に劣るぜ。」

「銃と弓比べたら、銃が勝つだろうよ。」

 ハダルって人に同情する。

 いくら弓の技量を上げようとも、比較対象が銃ならなぁ。

 飛距離、威力ともに負けてしまう。

 あとは命中率だが、スピカの腕前はブラキウム達と戦った時に証明している。

 たぶん、階級持ちで最も不憫な扱いを受けてる人だな…。

「やあ、楽しそうなことしてるな。オレも混ぜてくれよ。」

 はらりと、フォルフォードが船に舞い降りる。

 おいおい、ここは湖の真ん中だぞ。

 どうやって、ここまで来た。

 てか、よく無事だったな。

「アルフェッカが血眼になって探してたのに、よく見つからなかったね。」

 ポラリスも同じことを思っていたようだ。

 フォルフォードは困ったように頭をかく。

「彼もしつこくて。どんなに逃げたり隠れたりしても、追いかけてくるから。そんなときにみんなが船に乗ってるのを見つけたから、剣で飛んできたわけだ。」

 どうやって剣で飛ぶんだよ。

 団扇みたいにパタパタするのか?

 しかし、そんな疑問を持ったのは俺だけのようで、みんなは話を進める。

「アルフェッカ卿は執念の塊みたいなもんだぜ。ボクは目を付けられたくないね。」

「参ったな。それで、みんなは何してるんだ?」

「フェルの所に向かってるの。盗賊の力を借りてね。」

「昨日受けた奇襲を今度はこっちがやろう、みたいな? 大胆な発想だ、オレも参加させてくれ。おっと。」

 いきなりフォルフォードは剣を振る。

 飛んできた何かを弾き飛ばしたようだ。

「ハダルの射程距離に入ったようだぜ。ボクが相手してるから、みんなは上陸の準備をしてて。」

 銃を構えるスピカ。

 もう、岸まで近づいたのかと思っている間に、彼女は引き金を引いていた。

 この距離なら俺の肉眼でも敵が見える。

 普通に避けやがったぞ、あの弓使い。

 いや、スピカの腕はいいからタイミングさえ合えば避けれるのか。

 彼もスナイパーに通ずるものを持っている。

 呼吸さえ合えば、できることなんだろう。

 不憫な奴って言ってすまなかった。

 しかし、フェルの陣から攻撃してくるのは、ハダル伯以外にも多くいる。

 矢やら石やらが雨あられのように降ってくる。

 矢は分かるが、石ってなんだよ。

 その辺に落ちてるからってじゃんじゃん投げるなよ。

 痛てえ。

 こっちに飛んできたから、腕でガードしたけどかなり痛い。

 血も出てるし、こんなの何発も食らったら死人が出るぞ。

「さすが合戦だっぜー。盛り上がってきたから、この勢いのまま突っ込んで上陸するっぜー。野郎ども、覚悟はできてるっぜー?」

「神様のためなら、命にかえてでも。」

 さすがロリコン。

 威勢がいい。

 矢が当たってるのに、平然としている。

 かくいう俺も、石のせいでかなり負傷してるけどな。

 無事とは言い切れないが何とか湖岸までたどり着き、フォルフォードとリブラを筆頭にフェルの陣へ切り込む。

「ここで一番強いやつは誰だー。」

 フォルフォードが近くにいた敵を倒しながら、奥へと進む。

 そんなこと言っても、わざわざ出てくるか?

 と思ってたが、小柄な男がフォルフォードに前に現れた。

 一人だけ燕尾服着てるし、皮の装飾を付けている。

 多分この人がハダル伯だろう。

 弓矢を構えて、剣の戦士を狙うが簡単に吹っ飛ばされる。

 だが、すぐさま立ち上がりフォルフォードに食らいつく。

 執念で動くさまは、正義のヒーローを連想する。

 だが、執念が強い人は彼だけじゃなかった。

 緑のドレスをまとった女王も危険を顧みず戦場を駆け抜ける。

「ポラリス! 駄目だ、ボクは囲まれて動ない。春希、ポラリスのことを頼む。」

「神様がピンチだっぜー。野郎ども、死んでも神様に傷一つつけさせるなだっぜー。」

 上陸後すぐに敵に囲まれたスピカをブラキウム達が助けに行く。

 狙撃手としてのスピカは恐ろしい存在だが、接近戦だとか弱い女の子だぞ。

 大人が大勢で取り囲うんじゃない。

 それにロリコン盗賊団も集まるから、お祭り騒ぎだ。

 まぁ、スピカの無事は祈っとくとして、俺はポラリスを追いかける。

 戦場が混乱しているためか、案外彼女に気付く人は少なく、ほとんどポラリスを襲う者はいない。

 それでも、まったく攻撃されないってことはないので、その都度緑の宝石が付いた杖で撃退している。

 おかげで俺は彼女を追いかけるしかやることがない。

 しばらくは迷走しているように思っていたが、緑のお姫様はお目当てのモノが見つかったようで、一目散に走り出す。

 最初は想像でしか行先に自信がなかった俺も、そのシルエットが見えて確信に変わる。

 青い髪をポニーテールで結んでいる姫、フェルカドだ。

 初めて会ったときよりも、冷たい目をしている。

「…、姉さま。」

 静かに呟いた彼女の言葉には、何かを決意した意志が含まれてた。

 そして、そっと立ち上がり、青の宝石が付いた杖を構える。

 そしてそのまま姉妹は激突、ってことはなくポラリスが立ち止まる。

「どうしたの、姉さま」

 フェルは静かに尋ねる。

 その問いにポラリスも静かに答える。

「決着はついたよ、フェル。」

「姉さまには、そう見えるの?」

「フェルの陣はかなり深いところまで攻め込まれてる。たぶん、他の人がここに来るのも時間の問題。もう、決着がついたも同然だよ。」

「まだ、分からない。」

 小さい声だが、フェルの言葉には力がこもっていた。

「わたしはまだ、戦える。そして生きている。まだ、わたしは終わってない。」

「だから、降参して。それで全部終わるよ。」

 緑の姫君は青の姫君に優しく語る。

 だが、フェルは珍しく声を荒げた。

「ダメ、それだとダメ、姉さま。わたしはハルキを罵り、姉さまを裏切り、人々を死に誘う戦争を起こした。そんな、極悪な人物を降伏で許そうだなんてダメ。わたしはこれからも、姉さまの前に立ちはだかる。どちらかが死ぬまで、ずっと。それでも、姉さまはここで決着をつけないで、わたしに降伏しろと。」

「そうだよ。」

 ポラリスはフェルカドを抱きしめる。

「私はフェルのお姉ちゃんだよ。悪いことしたらお仕置きするけど、私のために死ぬなんて、そんなことさせないよ。」

 ん?

 どういうことだ?

 話が見えない。

「昨日のフェルの兵士を見てたら分かったよ。本気じゃないって。もちろん、本当にフェルが女王になって欲しいと思ってる人もいると思うけど。」

「それでもわたしは…、姉さまを殺そうと…。」

「私を守りたかったんでしょ、フェルカド派の人から。私もいざとなったら戦う王になれるって、みんなに教えたかったんでしょ。それに春希がお父さんを殺したなんて、思ってないんでしょ。ただ、そう考える人をフェルと同じ陣に組めば、負けて主張できなくなるもんね。ぜんぶ、私が女王になったときに、反対する人をいなくしようとしたかったんだよね。」

「わ、わたしは…。」

「大丈夫、フェル。ここまで私が有利な状況を作ってくれたんだもん。でもね。」

 一息ついたかと思うと、ポラリスはフェルにデコピンをした。

「春希の悪口を言った罰だよ。これでお仕置き完了。ねっ、終わりにしよ。」

「わたしは、姉さまを支える存在。姉さまがこの国を守る主役なら、わたしは脇役。なのに、主役を脅かす脇役者なんて、いたらいけない…。」

「…。ごめんね、フェル。でも、私、あなた以上に輝くから。フェルがどれだけ活躍しようとも、わたしが女王にふさわしいとみんなが思うように頑張るから。」

「ね、姉さまぁ。」

 フェルカドはポラリスの胸で号泣した。

 どうらや、この戦いは俺の容疑を決めるものでも王位継承の争いでもなく、妹が姉のために計画した思いやりだった。

 ただ、その表し方が不器用だっただけ。

 ただ、ポラリスは彼女の思いに気付いたのだろう。

 そして、その思いに応えるべくしてここに来たのだろう。

 ポラリスは女王としてふさわしい優しさで、フェルカドを抱きしめる。

 その様子を見届けた俺は、立ち去ることにした。

 居づらかったこともあるが、この戦いの終わりを告げるために。

 そして、二人だけの時間を過ごすために。






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