三 異世界で生きてくために勉強するが、先生がこいつか

 スサァ



 地平線から太陽が昇り、世界を明るくする。

 闇に覆われた町は新たな一日が始まり、人々は活発に活動する。

 空は今日も雲一つない青空。

 いや、よく見たら二つくらいあるが、言葉の綾だ。

 気にすることもない。

 そんなことを思いながら、俺はまだベッドの上で寝ていた。

 寝ていた、と言っても爆睡しているわけではない。

 昨日とは違い、こうして家の中で、しかも暖かい布団に挟まれて寝れている喜びをかみしめているところだ。

 けしてだらけているわけではない。

 しかし、いつまでもこうしているのもポラリスに悪い。

 起きるか。

 柔らかい感触から離れることに残念さを覚えつつも、上体を起こす。

 まぁ、昨日とは違い体のあちらこちらが痛くないだけでもいい目覚めか。

 と、首を回していると部屋の様子が目に入る。

 昨日は暗くて分からなかったけど、見慣れない部屋だな。

 当然と言えば当然か。

 白い壁にじゅうたんの敷かれた床。

 凝った装飾のなされた家具や見慣れない置物まで。

 あれは本当に置物か?

 床から三本、棒が伸びて絡まっているように見えるが、異世界の物だ。

 勝手に触って壊しても嫌だから、見なかったことにしよう。

 しかしまぁ、俺の世界では高級そうなものがずらりと並んでいる。

 金銀や宝石がちりばめられているわけではないが、これらの装飾を作るにはそれ相応の職人が必要だろう。

 凄腕の職人が何十人、何百人もいないと思うから、そういた意味で貴重な家財がこの部屋に置かれている。

 まぁ、あくまで俺の見立てだが。

 それでも、この家にはこのくらいの物が置かれていて当然だろう。

 なにせ、ポラリスの家はこの町のランドマークであるお城だからな。

 そう、彼女はお姫様なのである。

 詳しい話は聞いてないが、彼女はこの町を治めている一番偉い人なのだとか。

 まぁ、約束通りの展開だな。

 ただ、町を治めていることに関しては『すげぇ』としか言いようがない。

 俺と同じくらいの年齢で、町を治め、人々により豊かな生活を送れるようにする。

 彼女にとっては当たり前なのかもしれないが、絶対俺にはできない。

 せいぜい、犬のしつけぐらいだ。

 しかし、いやだからこそ、この町が賑やかで、人々の交流が盛んなのも分かる。

 心優しき女王、ポラリスが努力の末、この平和の町を築いたのだろう。

 うん、絶対そうだ。

 ポラリスがこの町を治めているからこそ、今の町があるに違いない。

 うんうん、と頷いていると妙な音が鳴った。

 パフッ!

 と言えばいいか。

 かなり愉快な音がした後、部屋の扉が開かれポラリスが入ってくる。

「おはよう、春希。よく眠れたかな?」

「おかげさまで。固い地面と違って体が痛くならなくてすんだよ。」

「え~。それならこのベッドはいらなかったかな?」

 無邪気な笑顔が俺に向けられる。

 やはり、この笑顔はずるい。

 落ち着いた雰囲気があるポラリスは年上の雰囲気が溢れているが、笑っているときは子どもみたいだ。

 このギャップはどんな男でも虜にしてしまうだろう。

 俺みたいにな。

「そう言えばポラリス、俺に用か? ドアノックもなしだから急ぎか?」

 俺はベッドから降り、近づいてくる彼女に話しかける。

 しかし、彼女は首を傾けながらきょとんとしている。

「用事だといえば用事だけど、急ぎのことではないよ。それに、ドアノックが何かは分からないけど、たぶん部屋に入るよって合図だよね。それなら私したよ。」

 怒ってはいないけど、語尾に力が入るポラリス。

 マナーに自信があるんだけどな~、と言った感じだ。

 やっぱり怒ってないか?

 少し口をとがらせているし。

 でも俺聞いてないんだよなぁ、部屋に入る合図。

「あっ、そうか。春希の世界では、部屋に入るとき扉を壊れるくらい叩くんだよね。」

「そんな激しく叩かないんだけど。」

「私の世界ではこれを鳴らすんだよ。」

 ポラリスは駆け足で扉のところに戻る。

 俺もそっと付いていく。

 廊下に出た彼女は出入り口に置いてある三角柱の形をした箱を指さす。

「これがなったら部屋に入る合図。私の家は全部この音だから覚えておいてね。」

 そう言いながらポラリスは例の箱を踏む。

 パフッ!

 軽快な音が再び鳴り響く。

 あぁ、確かに聞いた。

 ポラリスが部屋に入ってくる前に確かに鳴ってた。

 となると俺は不本意ながらも、彼女を怒らせたことになるのか。

「ごめんな、ポラリス。気に障ること言ったよな…。」

「う~ん、知らなかったことだから仕方ないよ。でも、これから生活するのに言葉も文化も分からないのは大変だよね…。ずっと私が隣にいることも無理だし。」

 やっぱりか。

 考えるポーズをしているポラリスを見ながら、俺はそっと肩を落とす。

 何も分からない俺にサポートする存在は必要だ。

 その役ができるのは、ポラリスしかいない。

 だって、日本語分かるの彼女だけだもん。

 だがポラリスだって自分の仕事があるはずだ。

 ずっと俺に構ってるなんて無理だよな…。

 こんな可愛い子が一緒にいてくれたらと言う願望も砕け散る。

 あっ、でももう一人いるぞ、日本語が分かる人が。

「なあ、ポラリス。日本からこの世界に来た人がいるんだよな。その人なら言葉は絶対に通じるし、この世界のことや文化も教えてもらうことができる。一度は会ってみたかったし、ちょうどいい機会じゃないか?」

「あっ、えっとね。その人、死んじゃったんだ…。」

「…。それは悪い話題だったな。すまない。」

 気にしないでと彼女は手を振るが、それで忘れれるほど俺もお気楽ではない。

 なんか、朝から気まずいこと言ってばっかりだな。

 昔から悪い癖だとは言われていたが、異世界に来てまでこうも連発するとは。

 しょんぼりしている俺を見て、ポラリスは困惑した表情を見せたが、それは一瞬だけ。

 何かひらめいたようで。

 晴れ晴れとした表情となる。

「安心して、春希。亡くなった彼くらい日本に詳しくて、私よりも適任な子がここにはいるわ。その子に春希のことお願いするから、彼女を頼って。」

 おお、急に風向きが変わったぞ。

 俺の面倒見てくれる人がこの城にいるとは。

 しかも女性のようだ。

 これは期待していいやつか?

「そうと決まれば早速お願いしないとね。」

 善は急げ、を体で表したようにポラリスはこの場を去ろうとする。

 よろしく頼むよと俺も手を振り、彼女を見送る。

 しかし、何か忘れているような…。

 あっ。

「ポラリス。俺に用があるんじゃなかったのか?」

「えっ。」

 足を止め振り返る彼女と目が合う。

 何のことと言いたげな表情だ。

 だが突然、いや漸く自分が俺のもとに何をしに来たか思い出したようで、再び彼女が俺のもとに駆け寄る。

「そうだったわ。春希を呼びに来たの。」

 息を荒げながらも、胸の前で指を合わせるポラリス。

 そして、とびきりの笑顔で俺の手をとる。

「朝食の準備ができたの。食堂まで案内するわ。」

 ゆっくりと俺の手を引きながら、彼女は歩み始める。

 俺は自分の服装が三日間も制服のままだといまさら気づいたが、彼女の隣に並び、食堂に行くことにした。

 長い廊下と豪華な階段を下りて、食堂の前にたどり着く。

 俺がいた階の部屋と比べたら貧相な扉に見えるが、自分の家と比べたらとても買えるようなドアではない。

 ただまぁ、他の扉と違うのに理由でもあるのだろうか。

 そんなことを思っている隣で、ポラリスは入ってと言いながら扉を開く。

 部屋には想像通りの、いやそれ以上に長い食卓に純白のテーブルクロスが皺を付けることなく掛けられている。

 椅子は何脚あるんだと思ったが数えるのを諦めたくなるくらい多い。

 そのような光景を俺は目にすることはなかった。

 食堂は俺の想像とは遙かに下のレベルで作られていたのだ。

 立派な城にこの光景は、見るものすべてを唖然とさせるだろう。

 八畳くらいの広さの部屋に長い食卓ではなく、直径三メートルぐらいの円卓が置かれている。

 椅子は四脚としっかり数えられる。

 まぁ、部屋の壁に掛けられている絵画や壁際に置かれている家具、オブジェは立派なものだが。

 普通の家では見られないが、ドラマでならぐらいの部屋である。

「…。ポラリス、ここが食堂?」

「そうだよ。ちょっと分けあって今のスケールに改造しちゃった。」

 改造しちゃったって、簡単に言うけどそんなことしていいのか!?

 それともこのお姫様は意外とわがままなのだろうか。

 普通に机に向かう彼女に、疑いの視線をぶつける。

 そこから目線を机に向けると、座席についている男性が目に入る。

 格好は、やはり城にいるにはふさわしく思わせる正装ぷっりだ。

 なにせ彼は燕尾服なんて着ているのだから。

 年齢は40代に見え、結婚式に参加した新婦の父親感が出過ぎだ。

 しかし、装飾品や髪型で、誠に残念な男となっている。

 茶色の髪は微妙な長さで口には無精ひげ。

 肩や胸元には階級を表す装飾をしているかと思えば、銀色のチェーンだ。

 腰辺りにも太めのが捲かれているから、なんだかなぁ。

 極めつけはパイプ煙草。

 禁煙がうたわれているこのご時勢に、しかも若い子が住んでいるにもかかわらず部屋で吸うとは。

 それとも俺の感覚がずれているのだろうか、異世界人だし。

 苦笑いしかできない俺に、パイプ煙草のおじさんの隣に立ったポラリスが話し出す。

「彼はエルドラド・グアタビータ。私の家であるウルサ家に仕える五卿の一人だよ。好色魔で言葉遣いも汚い所があるけど基本はいい人だから、春希とは仲良くなれると思うよ。」

「リューフェレンベ ランゼ。イヒヒヒヒ。」

 お嬢様が紹介してくれた男は奇妙な笑い声をあげる。

 ポラリスはこの男、エルドラドと仲良くなれるって言うけれど、俺自身はとてもそうは思わない。

 てか、何で仲良くなれるって思ったんだ?

 そんな疑問を持ちながらも、ポラリスに促され椅子に座る。

 そして俺の向かい側に彼女が、左手にエルドラドが座る配置となった。

 待てよ、見た目こそ最悪だが、エルドラドもこの国に仕える大人。

 敬意を表してエルドラド卿と呼ぶべきか?

「あっ、彼のことを多くの人はエルドラド卿って呼ぶよ。私は昔から呼び捨てだけど。」

 さらっとポラリスが答える。

 どうやって俺の心を読んだと言えるくらい、タイミングが良すぎる。

 それとも、俺の顔は何を考えているかがはっきり表れているのだろうか。


 パフッ!


 突然、愉快な音が部屋に響く。

 同席者は平然としているが、慣れてない俺はビビる。

 鼓動が速くなっているのを感じながら扉を見ると、別の所から音がした。

 この部屋、ほどほどな広さの割には扉が二つもあるのか。

 俺が見ていない間に開かれた扉から、ワゴンを押しながら少女が入って来る。

 中学生くらいで八重歯がチャームポイントだな。

 背はポラリスより一回り小さいくらいか。

 服装はやはりドレス調で、彼女は紫色をベースとしている。

 髪も同じく紫で、ツインテールがぴょこぴょこしていて可愛い。

 てか、俺は女の子見て可愛いとしか言ってない。

 あれ、俺も実は好色家?

 よし、そうだとは思われないように、ファッションにフォーカスを当てよう。

 彼女のドレスはポラリスと比べて短い。

 スカート丈は一目瞭然で、ポラリスは足首くらいまで長いのに対して彼女は町の人と同じミニスカートだ。

 よく見たら薄い生地のカバーみたいなスカートも少女は穿いているが。

 袖の長さも七分で袖口もポラリスほど広くない。

 流石に、丈の長さは合っていてへそを出していることはない。

 まぁ、全体的に動きやすさを重視している印象だ。

 今、配膳を行っているくらいだから、メイドみたいな立場の子なんだろう。

 それなら。服装もビジュアルより機能が大切になる。

 もちろん、見た目も大事だが。

 彼女は程よいバランスを保った格好だ。

 こんな可愛い子なら家にいても良いかと思ってしまう。

 あっ、また可愛いと言ってしまった…。

「フフッ、春希。この子のこと気に入っちゃった?」

 またも、ポラリスが俺の心を読んだように話す。

 会話を聞いてか、少女も手を止め俺を見る。

「紹介するね。この子は…、」

「ボクはスピカ・ヴィルゴ。ポラリスから君のことは聞いてるよ。でもまさか、ボクのような子が趣味だとは思わなかったよ。複雑な気分だけど、よろしく。」

 スピカと名乗った少女は、スカートの裾をつまみ軽くお辞儀をする。

 流暢な日本語。

 ポラリスも綺麗な発音だが、どうしても外人と同じで母国語の発音が混じっている。

 だが、スピカはそんな様子が見られない。

 もちろん、たったの数ことで判断するのは早すぎるかもしれないが、この子はポラリスよりも特殊な存在だ。

 って、待て待て。

 話し方に気を取られたが、酷い言われようをされている。

「勝手に少女趣味にしないでくれ。俺はノーマルな人間だから。」

「ボクに言われてもねぇ。それに、異世界の人のノーマルはボクらにとってはアブノーマルかもしれないんだぜ。」

「確かに。」

 俺は目測中学生の女の子に論破されてしまった。

「スピカ、春希に意地悪しないの。」

 ポラリスは温厚な口調で注意する。

「ごめんね、春希。スピカはからかい癖があって。本当はこの中で一番日本のことに詳しいんだよ。」

「えっ、どゆこと?」

 片言な日本語で返事をする俺。

 それを見たスピカは、勝ち誇ったように笑う。

「ボクのお父さんは春希と同じ日本人。つまり、世界を超越したハーフになるんだぜ。ここのことはもちろん、日本の都道府県だって言えるぜ。」

「まじか。」

 レベルとしては小学生と同じだが、これは俺が日本で育ったからそう思うだけだ。

 彼女は外国の、更に言うと異世界の都道府県を述べることができると言うんだから、その小さな胸を張っていいことだ。

 俺は中国の省すら言えないのに。

「グ フー ヌーク?」

 今まで蚊帳の外だったエルドラド卿が会話に加わる。

 いや、加わると言うよりは、大きな独り言か。

「ジェガリー。 ニャーラ ヌーク ヂ ヂクレット。」

 ポラリスがスピカに空いてる席に座るように促す。

 四人分の朝食を配膳し終わった彼女は、どさっと腰かけ一息つく。

「おまた。これで屋敷の人全員そろったし、エルドラドもお腹すいたみたいだから食べようぜ。」

「えっ。ああ、この城にいる要人は全員ってことか?」

 日本語で小言を言うスピカのセリフに、俺が疑問を抱く。

 女王様がいる城の総員が四人ってことないよな。

 城を守る門番とか、白いひげが特徴の執事さんとか。

「残念ながら、ここには私達四人しかいないの。」

 少し表情の曇ったポラリスがそっと呟く。

 なんか、悪いことでも言ってしまったか!

 スピカも表情が硬くなっている。

 言葉が分からないエルドラド卿だけが、奇妙な笑顔を浮かべている。

 まずいな、何とかして空気を換えないと。

「よし、ご飯にしよう。って初めて見る物ばかりだなぁ。どうやって食べるんだ?」

 明るめに言ってみたが、どうだ?

 これで皆が反応してくれたらいいのだが。

「そっ、そうだね。スピカ、紹介してあげて。」

 ポラリスも上手く乗ってくれた。

 分かったぜとスピカも乗ってくれる。

「左の茶色のがパン。右のはスープ。真ん中のは本日のメインディッシュ、肉。デザートの果物は皮で包んでいるから中身を取り出せよ。後はおまけだから適当に食べていいぜ。」

「説明、雑過ぎじゃないか?」

「それなら、ちゃんと説明しようか? アウ ノーフェル ゲッテ、…。」

「スピカ、意地悪したらだめだよ。春希もごめんね。私達もご飯の説明を日本語でするのは難しいの。」

「そ、そうか。そうだな。俺が悪かった。食べ方やテーブルマナーも聞いときたいけど、やっぱり説明は難しいか。」

「それは心配しなくていいぜ。道具もナイフとフォーク、スプーンに似てるし、マナーも似たようなもんだよ。いつも通り食べかたで、大丈夫だぜ。」

 生き生きと語るスピカ。

 やはり話しやすいことだからか、自然と表情もよくなっている。

 ポラリスも満面の笑みで説明を加える。

「食べる前に一つだけ儀式があるけどね。日本で言うところの『いただきます』かな。ここでは『ニャーテット』と言ってから、カップに入っている水を飲むの。折角だし、今からやりましょ! エルドラド、ゼントール ヌーク。」

「フー リュー トグゥム。 イヒヒヒ。」

 ポラリスの呼びかけにエルドラドは嬉しそうに答える。

 もともと奇妙な笑顔をしてるから、常に笑っているようにしか見えないけどな。

「それではみんな、カップを持って。ニャーッテト。」

「「「ニャーッテト。。。」」」

 城主の掛け声で賑やかな朝食の時間が始まった。



 トサッ



 綺麗な白いカバーがかけられたベッドにダイビングする。

 勢いがよかったからか深く沈むが、それで壊れることはない。

 さすがは高級品。

 心地よい柔らかさと反発力を兼ね備えている。

 朝食を終えた俺は、現在ポラリスが貸してくれている部屋に戻ってきている。

 まぁ、あんなおいしいご飯を食べたのは初めてだ。

 流石は異世界と言う感じで、初めての味や食感ばかりだが、日本でも探せばありそうな料理でもあった。

 スピカが作ったと言っていたから、たぶんポラリスやエルドラド卿にも俺に対してもおいしく頂ける味付けをしたのだろう。

 さすが、世界を超えたハーフ。

 たぶん彼女のお父さんと共に見つけた味なのだろう。

 先人に感謝しなければ。

 さてさて、こんなところで油を売っている場合ではない。

 俺はベッドから降り、自分が持ってきた荷物の整理を始める。

 と言っても、リュックサックしかないが。

 町で買った山盛りの果物はここに来た時にポラリスに全てあげた。

 俺が持っていても、ただ齧りつくしかないからな。

 おいしく調理されることを願って、彼女に託した。

 もしかしたら、今日のご飯にも早速使われていたかもしれない。

 自転車はさすがに部屋に持ってくることはできないので、ガレージに置いてある。

 ガレージと言ってもめちゃくちゃ広くて、俺の家くらいだ。

 そうそう、俺をここまで導いてくれた(?)うさ耳犬のミケは、普通に俺らと同じ空間で暮らしているらしい。

 要は、廊下ですれ違うこともあれば、食卓で共にご飯を食べることもある、ってことだ。

 それなら今朝も食堂にいたのではと思われるが、ミケはまだ寝ていたらしく、ポラリスが起こすのをやめたらしい。

 私は甘い飼い主かなと彼女は言っていたが、俺はその優しさが魅力だと思っている。

 さてと、朝ご飯のことを思い出していたらカバンの中身を全部出し終えた。

 床に並べられた教科書を見ると、授業の光景を鮮明に思い出すが、もう受けることはないだろう。

 まぁ、勉強から逃げたことにはなるが、異世界に転移となれば仕方ないだろう。

 てか、俺はこの世界で生きるために、やらないといけないことが多いだろう。

 言葉が通じないのはかなり大きいし、文化や常識だって学ばなくてはならない。

 だって、ずっとこの部屋に引きこもっているわけにはいかないからな。

 いくらポラリスがお姫様で、厄介者が一人増えても構わない状況だとしても、引きこもりはなぁ。

 せめて悠々自適に過ごす日々を送りたい。

 自分で畑を耕して、自分の手で魚を釣って…。

 自給自足の生活かな。

 ただ、何をするにしても知識がいる。

 どんなものが食べることができて、どんなルールがこの世界にはあって、それで多くの人と仲良くしたいからな。

 学校ではあまり友達がいなかったが、折角の新天地だ。

 人生のやり直しとまではいかなくても、新たな道を進むことはできるだろう。

 少なくとも、ポラリスとは仲良くやれそうだ。

 やっぱり何でも受け止めてくれる女の子はいいなぁ。

 でも、イエスマンならぬイエスウーマンでもなさそうだから、そこがまたいい。

 みんなの意見を聞きつつ自分の考えを発す、町を治める者として大事なスキル、いや、町を治める者としてなされた性格かもしれない。

 スピカは気が強そうだが、孤高な雰囲気はない。

 愛情込めて育てられたんだろうなぁ。

 いいお父さんだ。

 同じ日本人として嬉しい限りだ。

 俺もそうなりたい、まず彼女探しからだけど。

 エルドラド卿は分からないなぁ。

 やっぱり言葉の壁は大きい。

 頑張って覚えよう。

 どうやって勉強するか、指針も何もないけど。

 とりあえず、ポラリスかスピカに聞きながらになるか。

 あの二人しか日本語分からないし。


 パフッ!


 愉快な音が鳴り響く。

 えっと、ドアノックの替わりだから、俺に用事がある人が来たわけだ。

 ドアに目を向けると、しれっとした顔でスピカが部屋に入ってくる。

「あなたの心の恋人、スピカ・ヴィルゴだぜ。ポラリスからの伝言を預かったから来た。」

「自己紹介の枕詞が独特だな。おまえ、そんなキャラだったのか。」

「んっ? ボクみたいなカワイイ女の子からからかわれたら、男なんていちころってお父さんが言ってたけど。違った?」

 何教えてんだと心で突っ込みながら、スピカに返事をする。

「確かにその教えは間違ってはいないが、すべての男に当てはまるわけではない。まぁ、俺が気に入るのがあるかもしれないから、毎回変えてみるのもありじゃないか?」

「ふ~ん。そんなもんなんだ。じゃぁ、一人称がボクっていうのが萌えるのも同じく、人によって違うの?」

「それでみんな喜ぶなら、女の子の一人称はボクしかないぜ…。」

「日本人って難しいな。それとも春希が特殊なだけだったりして。」

 何かをたくらんだような笑顔でスピカは俺に顔を近づける。

 俺は床に座っていたから、ちょうど彼女は前屈みになった姿勢だ。

 これが胸の大きい子なら俺は狼狽えてたかもしれないが、相手は中学生の体型。

 萌える要素なんてこれっぽちもない。

 いや、少女趣味のあるやつにとっては、天国か。

 クラスに公言していたやつがいたような…。

 忘れた。

 まぁ、顔が思い出せないクラスメートのことを考えるよりも、彼女が預かっている伝言の内容を聞こう。

 こっちの方が大切だ。

「まぁ、スピカ。ポラリスからの伝言ってなんだ?」

「伝言と言うよりは報告、かもしれない。」

 彼女は一言述べると、一歩下がって姿勢を正す。

「本日より、ポラリスから金原春希のお世話役兼教育係の役を仰せつかったスピカ・ヴィルゴです。改めてよろしく。」

 スカートの裾を摘み、軽くお辞儀をする。

 その姿は彼女の教養の高さを物語っていた。

 ただのボク娘ではなかったみたいだ。

 まぁ、ポラリスと共に過ごしているからなぁ。

 自然と教養が身についているのだろう。

「ボクの仕事はこれ以外にもあるから四六時中一緒に居れはしないけれど、困ったことがあったら何でも言うんだぜ。すぐに解決してやるからな。」

 自信満々の目でスピカは語る。

 彼女もこう言っていることだし、さっそく困ったことを解決するか。

 カバンの中に入ってた恐ろしいものの処理を。

 ただまぁ、これを全部スピカにやらせるのも悪いからなぁ。

 肝心の所は自分でやるとしよう。

「なぁ、スピカ。お願いがあるんだが。」

「ん? 何?」

「台所の場所を教えてくれないか? 実は放置して三日目になるお弁当箱があるんだが。」

「…。」

 明らかにごみを見るような目で俺を見つめる。

 お前は俺のお世話係じゃなかったのか、スピカ!

 エッチなお願いならそんな目をして当然だと思うが、三日目の弁当箱だ。

 しかも自分で洗おうと思ってるんだぞ。

 その思いが伝わったのか、彼女はため息をつき俺が持っていた弁当箱を取り上げる。

「本人が臭うと思ってたら、持ち物までこの様か。まっ、これはボクが洗うから、春希はシャワーでも浴びなよ。そこにあるから。」

「えっ、俺そんなに臭ってる!?」

 驚愕の事実だ。

 確かに風呂に入っていないとはいえ、嫌な顔をされるとは。

 もしかして、ポラリスも気づいて…。

 あ~、臭い男って思われるなんて、最悪だぁ。

「そこまで落ち込まなくてもいいぜ。匂いに対する感度はこの世界の人は低いからさ。ボクが感じていても、ポラリスもエルドラドも気づいてないよ。」

「お前に感じられている時点で、十分最悪だけどな。」

「おっ、ボクを乙女扱いしてくれるんだ。嬉しいぜ。」

 彼女は手を振りながら部屋を出ようとする。

 臭い弁当箱を早く洗いたいのだろう。

 かくいう俺も早いとこシャワールームに…。

「待ってくれ、スピカ。一緒にシャワールームに来てくれ。」

「えっ…。ボクと一緒に入りたいのか…。そのお願いはさすがに引くぜ…。」

 ドアノブに手をかけた彼女は、ゴミよりも酷いものを見る目で俺を見る。

「違う、違う。誤解だ。俺はシャワーの使い方を知りたかっただけだ。信じてくれ。」

「なんだ、そんなことか。」

 必死に弁解する俺に、スピカはため息をつく。

「基本は春希の世界と変わらないぜ。蛇口の栓が二つあるけど、今の時間はどっちも水しか出ないから、びっくりして死ぬんじゃないぜ。」

 そして彼女は部屋を後にした。

 雑な説明だなぁ。

 いや、こんなものか。

 実際、俺が家のシャワーの使い方聞かれても、こうなりそうだなぁ。

 流石に、蛇口栓は赤がお湯で青が水が出るって言うけど。

 そんなことを考えながら服を脱ぎ、シャワー室に入る。

 立派なシャワーと浴槽があって、シャワー室って言うよりは高級ホテルの風呂場だな。

 さてさて、水しか出ないのが残念だが、シャワーを浴びるか。

 えっと、栓は赤色と白色があるが、まぁ、どちらを回しても結果は同じらしいので両方回す。

 これはあくまで個人の趣味だ。

 気にしないでくれ。

 しっかし、気持ちがいいもんだ。

 久しぶりに浴びるシャワーは水でも問題ないな。

 体中の汚れが落ちてるのが分かるぜ。

 途中でポラリスやスピカが入ってきたらどうしようかと思ったが、ここは客室の風呂。

 ラブコメのお約束みたいな出来事が起きた方が、ビビる。

 まぁ、エルドラド卿は正直どっちでもいい。

 気にならない。

 そんなことを思っているうちに、洗えるところは洗えたので、シャワー室を後にする。

 そして、脱衣所でとんでもないことに気が付いてしまった。

 タオルや着替えが無い。

 いや、まだ着替えはいい。

 何日も同じものになってしまうが、制服を着ればいいのだから。

 しかし、タオルが無いのは問題しかない。

 何故か。

 タオルが無かったら俺は何で体を拭けばいいのか。

 まさか、乾くまで裸でいるわけにもいかないので、困ったものだ。

 だが、救いの手はすぐ横から差し出された。

「はい、春希。洗濯したてのフカフカタオルだぜ。」

「ありがとうな、スピカ。って、なんでここにいる!?」

「えっ? やっぱりシャワー室まで入って欲しかった? そんなにボクと混浴したかったのか…。」

 慌ててタオルで下半身を隠す俺に、スピカは呆れたのかため息をつく。

「あっ、裸はエルドラドのを見慣れているから、気にしなくていいぜ。」

 何見せてるんだ、あのおっさんは。

 普通に犯罪だぞ。

「って、なぜお前は、俺が一緒に風呂入ってほしいと願っている発想をするんだ。逆だよ、逆。なぜここまで入ってきているんだ?」

「ああ、そんなことか。」

 スピカは納得したように手を叩く。

「春希のためにタオルや着替えを準備したんだけど。着方を知らないだろうから教えようと思って。そしたら、自然とここになるぜ。」

「自然にここにはならない。」

 今度は俺がため息をつく。

「服の着方って、エルドラド卿見たから想像はつくけど。俺の世界と変わらないだろ。流石に、下着まで準備されているのは驚いたけど。」

「お父さんの見て、作ってみたんだ。でも、ゴムが無いから苦戦したんだぜ。新品だから気兼ねなくはいて、感想を教えてほしいな。」

「機会があったらな。」

 うやむやな返事をして、俺はスピカが準備した服を着る。

 カッターシャツやズボンは俺の世界と同じ形をしていた。

 ボタンは独特なデザインだけど、異文化交流って考えると面白い。

 一番苦労したのはベルトだ。

 ひもが四本あり、こればかりはスピカに聞かないとベルトとすら気付かなかった。

 どうやら、一番太いのを腰に巻き付けて、ピンバッチみたいなバックルで留める。

 残りの三本のひもは装飾のようだ。

 三角形の模様が入っていてとてもオシャレだが、果たして俺は似合っているのだろうか。

「やったじゃん、春希。とても立派に見えるぜ、裸と比べて。」

「誰だって、裸と比べたら立派に見えると思うけど。」

 悲しい褒め言葉にツッコむ。

 逆に裸の方が似合う人を見てみたいくらいだ。

「なぁ、スピカ。やっぱりこの飾りベルトは、俺みたいな人には似合わなから変えてくれないか? 町の人達は俺のと大差なかったし、そっちの方が…。」

「それはできない注文だぜ。」

 スピカが困った顔で俺を見つめえる。

「この国では、身分によって服装が決められてるんだ。庶民は薄着、肌が見えるような格好と決められている。階級が上がれば上がるほど、逆に肌を隠さなくてはならない。ボクとポラリスでもだいぶ差があるだろ?」

 確かに、言われてみればそんな気がする。

 町の人達は海にいる時のように露出度が高かった。

 逆にポラリスは顔や手など、一部しか肌を露わにしていない。

 しかしまぁ、階級で服装に違いが出るとは。

 スピカは一生ミニスカのままなんだろうか。

 年を取ったら似合うか心配だが、なんか似合いそうな気がする。

「どこ見つめてんだよ。」

 スカートの裾を押さえるスピカ。

 それを見て気付いた。

 俺は目線を動かして、スピカの手を見たわけではない。

 となると、俺はスピカのスカートを見つめてたのか。

 たしかに、怒られるわけだ。

「で、話し戻すけど。」

 彼女はまだ顔を赤めていたが、服装の話がまだあるらしい。

「女の子は服のバリエーションが多いから長さ変えるだけで良かったんだけど、男は一定ラインで皆の同じ格好になるからな。それで、装飾で階級分けをしてるんだぜ。」

「へぇ、鎖でじゃらじゃらの格好が、正装だと?」

「卿の階位についている人はみんな、銀の鎖を付けてるぜ。エルドラドみたいにいっぱいつけてる人は珍しいけど。」

 珍しいのかい!

 階級を表すなら付けてなければならないが、やはりあのおっさんは度が過ぎてるようだ。

「ちなみに、春希は客人として準備させてもらったぜ。異国の客人なら粗相を犯しても、みんな大目に見てくれるからな。」

「粗相なんてするか、と言いたいところだが、確かに俺は知らないことも多い。考えてくれてありがとうな、スピカ。」

「お世話係として、当然のことだぜ。でも、大きな事件だけは起こさないでくれよ。ボクもそれなりに高い階位にいるけど、擁護しきれないこともあるからな。」

「えっ、お前もお偉いさんなのか。」

 突然のカミングアウトに驚く。

 だが、彼女は小さな胸を張りながら一言。

「伯の位を有してるからな。この国だと、エルドラドの次に偉いぜ。」

 まぁ、人は見かけによらないと言うことか。

 しかしまぁ、伯がどれくらい偉いかは知らないが、この城においては、スピカはどう見てもメイド。

 下端は大変だなぁ。

 そんなことを思いながら、俺とスピカは脱衣所を出る。

 汗を流したことだし、サッパリしたな。

 さて、荷物の整理も実際、弁当箱を洗いたかっただけだから暇になったなぁ。

「…、スピカ。俺は何をしたらいいんだ?」

「ボクに言われても困るぜ。客人だから、自由にくつろげば?」

 そうだよなぁ。

 いつもは学校に行って、さんざん勉強させられていたが、いざ手持無沙汰になっても困るわけだ。

 腕を組みながら、俺はベッドに腰掛ける。

 スピカも困った表情をしながら、椅子に座る。

 座るのはいいが、背もたれを抱えるように座るのは乙女としてやめた方が良いぜ。

 足を広げているから、パンツが丸見えだ。

 まったく、ポラリスを見習ってほしいもんだ。

 優しくて、上品でもあって、あと可愛い。

 あれ?

 でも、昨日も普通に夜夜中に一人で歩いてたよな。

 付き人もなしで。

 てか、そもそも城に、姫と階位持ちの三人暮らしって言うのも変な話だ。

「なあ、スピカ。ポラリスって何もんなんだ?」

 突然の質問のせいか、それとも質問の内容のためか、スピカは目を見開く。

 ただ、彼女が驚いた理由は後者のようだ。

「何言ってんだ、春希。ポラリスはボクらの国の姫だぜ。」

「それは知ってる。いや、そうなんだろうなと思ってたが正しいか。でも、なんて聞けばいいんだ? ポラリスが俺のイメージしているお姫様と違うと言うか、何というか。」

「春希の疑問に答えれるかは分からないけど、昔ばなしでもしようか。」

 スピカは椅子から降り、俺が座っているベッドに歩む。

 そして、トスッと可愛い音をたてて俺の隣に座る。

「春希の世界って、神様が作ったんだろ? ボクらの世界、お父さんはコスモスって呼んだんだけど、コスモスも神が作ったんだぜ。」

「唐突に、何の話だ?」

「昔話をするって言っただろ。ちゃんと人の話を聞いとけよ。」

 頬を膨らますスピカ。

 起こった姿も可愛いが、俺は怒られないといけないのか!?

 さっきの流れだと、ポラリスの小さいころの話じゃないのか?

 しかも、昔話って神話の時代って区分じゃないか。

 そんなあやふやなものを言われてもなぁ。

 と感想を述べても、スピカは聞き流して話を続ける。

「ボクらが住んでるこの大地は、三人の神様が岩をどれくらい遠くまで投げれるかって競争をしたときに使われた岩なんだぜ。そこに、神の子であり、ボクらの先祖である人々が住み始めたんだ。」

「この国の成り立ち、ショボくないか。」

 俺のツッコミはまたもスルーされる。

「住んでた人々は数を増やし、文明を築いた。そして数多の集落ができたんだ。しかし、それは同時に争いを起こすことになったんだ。」

「貧富の差が生まれたってことか。」

「そう。そして、争いに勝ち残った家が三つ。三つ巴の状況では膠着状態になったんだろうぜ。それから色々あったんだけど、この三家がこの地を治めることになったんだ。」

「あいだ、飛ばすなよ。」

「いいじゃん。本題と関係ないんだから。それで、どこまで話したっけ。そうそう、東の地を治めるのはカニス家、西の地がギグヌス家。そして、中央の地を…。」

「ウルサ家。つまりポラリスの先祖ってわけだ。」

「そう。それが五百年前の話。」

 なが!

 長すぎる。

 歴史としても長いが、何より今までのが前振りだろうから、そのこと自体長すぎる。

「それで、スピカ…。肝心のポラリスはいつ出てくるんだ?」

「今から今から。」

 少しおちょくるように話すスピカ。

 俺はだんだん疲れてきたんだが。

「ウルサの一族が治める地をお父さんはウルサ領と名付けたんだ。ウルサ領は北に山、南に海を有した小国って感じかな。そして、ウルサ領には三つの町があるんだぜ。」

「三つ。それってここ以外に二つあるってことか。」

「そう言うことだぜ。最も北にあるのがマンズルーム。おさはご存知ポラリス。」

 へぇ、マンズルームって町の名前だったのか。

 と、馬車の爺さんの言ってたことを思い出す。

「南には港町、ヘレガルームがある。そこはポラリスの妹、フェルカドが治めてるんだぜ。」

「へぇ、ポラリスには妹がいたんだ。会ってみたいな。」

「それは…、と思うぜ。」

 スピカが呟いたが俺には全部聞き取れなかった。

 しかし、何もなかったように彼女は話を続ける。

「最後に、二つの町の中央にあるのがドゥーベ。ここはポラリスとフェルカドの父で、現国王であるアルカイド王が治めている。王は領全体も治めてるけど。」

「ポラリスのお父さんか。どんな人なんだ?」

「政治力は今一つだけど、人を見る目は確かだぜ。ボクのお父さんもアルカイド王に拾ってもらったし。」

 へぇ、政治力は今一つの王で、国って成り立つんだな。

 まぁ、長所はあるようだし、それを生かして国の運営を任せているのかな。

 まぁ、話を戻すか。

「それで、ポラリスがいずれ王の座を継ぐだろうから、今こうして田舎町で修業も兼ねて頑張っているわけか。」

「そう聞こえたなら、ボクの説明が悪かったかな。それとも春希が鈍感?」

 何だか、バカにされている気がする。

 ただ、なんでバカにされているか分からないから、悔しい。

「春希はただの鈍感みたいだけど、誤解されてたら困るから言っとくぜ。アルカイド王は春希が言った通り、ポラリスに王の座を継がせる気だ。」

「たぶん兄弟の中で一番上だろ? それが自然な流れだろ?」

「長子相続はボクらの世界でも普通だしな。でも、それが必ずしも行われるとは限らない。」

 スピカは顔をしかめる。

「誰かが、ポラリスを王にしたくないって言ってるのか?」

「最近、ウルサ、ギグヌス、カニスの三家の勢力図が変わろうとしている。それにこの三家以外の国の動向も怪しい。そんなご時勢に、優しいポラリスを王にするのはいかがなものだと。それを言っているのが、フェルカドの家臣団だから、他の思惑もあるだろうぜ。」

 多くの人の思惑が交錯する世界。

 それが政界と言うのか。

 腹黒そうなおっさんとかいそうだな。

 俺には縁遠い世界だと思っていたが、こんな身近になるとは。

「一番の理由は、ポラリスの家臣団が、出身不明のエルドラドと異世界人の娘であるボクってことだろうね。」

「確かに、五百年続く王族の家臣団とは思えないな…。」

「はっきり言われると、ボクも傷つくぜ…。」

 ハァっと、スピカからため息が漏れる。

「色々話したけど、今のポラリスは田舎に押し込まれてるってことだぜ。しかも、ろくに援助をもらえない状態だし。」

 切ない顔をしながら、スピカはドアに向かって歩く。

 そしてドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。

「しゃべりすぎたかな。春希はあんまり気にしないでほしいぜ。ポラリスも哀れな目で見て欲しくないだろうし。」

 そう言った彼女は、部屋を出る。

 ドアがゆっくり閉められてたが、ひょこっとスピカが顔だけのぞかせる。

「そうそう。言い忘れてたけど、明日からこの世界の言葉を勉強したり、ボクの手伝いを通して文化も学んでもらうぜ。覚悟しとけよ。」

 バンッと指で作った銃で俺を撃つ。

 かわいらしい姿に胸は撃たれたが、それよりも彼女が言った事実が胸に刻まれてた。

「なんか力になれないかなぁ。」

 ベッドに倒れた俺の言葉は、頼りなかった。









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