第9話 セレスの晴れ舞台

「──────ここに、魔法大会の開催を宣言する!!」


 長々とした学園長の挨拶の終わりに、魔法大会の始まりが告げられる。学園長の言葉にやって来たお客さんは地面が揺れるほどの大歓声を上げる。


「わぁ……す、すごいね……」


 そんな光景を見て私は驚きと共に少しだけ引いていた。こんなに大勢の人が一か所に集まること自体初めてだというのに、全員が全員大きな声を張り上げているのだ。戦慄しちゃうのも無理はない。


「……これを前にして魔法を披露するって考えると今からお腹が痛くなってくるわね」


「だね」


 開会式が終わると同時にコンテストが始まる。魔法大会は二日の日程で行われ、一日目がコンテスト、そして二日目がトーナメントという形になっている。つまりもうしばらくしたら私たちの出番がやって来ると言う事になる。


 楽しみだ、という気持ちに嘘はない。しかしそれと同じくらい緊張の波が押し寄せてくる。リラックスしないとと思う度にどんどん体に力が入ってしまい、凄まじい勢いでメンタルと体力が減っている感覚を覚える。まだ始まったばかりだというのに……お、恐ろしや。


「レイは出番が来るのはまだだいぶ先よね?」


「うん、結構後の方だね。セレスは……」


「私もまだ先よ。だから出番が来るまでは他の人を観戦しましょ?」


「賛成!」


 



 魔法大会は想像以上にレベルが高いものだった。基本的に参加しているのが上級生だからというのもあるが、どの魔法も工夫が見られ非常に個性的な物ばかりだった。土魔法で作り上げたゴーレムに取っ組み合いをさせてみたり、氷魔法で大きな木を生やしたり、風魔法で空を飛び華麗な舞を披露したりと多くの出場者が自分の強みを最大限に発揮していた。


 綺麗な物、ど派手な物、面白い物。普段お目にかかれないような魔法に観客たちの熱はどんどんヒートアップしていく。盛り上がることはとてもいいことだと思う。が、もしここで観客たちが冷めてしまうような魔法を披露したらと思うとゾッとしてしまう。こんな大勢の人から白い目で見られたら一週間は寝込んじゃう自信がある。


「そろそろ私の出番ね……ふぅ、それじゃあ行ってくるわねレイ」


「頑張ってセレス!全力で応援するから!!」


 緊張のせいだろうか、いつもよりも険しい表情のセレスが席を立つ。こんな大勢の客の前で魔法をするのだから致し方ないだろう。ただ緊張のせいで自分の思うような魔法が使えなかった、なんてことにはなって欲しくない。……でもまぁセレスなら何とかなりそうな気もするんだけどね。


「さぁお次の出場者はなんと今大会で両手で数えるほどしか参加を許されていない1年生の子です!!」


 司会進行の紹介により会場が「おお」と驚きの声を上げ、それと同時に一層「頑張れ!」という野次が増える。これならセレスも100%の力を発揮できそうだ。


「ウンディーネの名を冠した可憐な少女は一体どんな魔法を見せてくれるのか!?エントリーNo.32!!セレス・フリュード!!!」


 「うおおおおお!!」と会場が大きな声で包まれる。私も彼らの声に負けじとセレスへと声援を送る。


 ……あれ、ていうかさっき司会の人ウンディーネの名を冠するって言ってたよね……。ま、まさか……一年生って全員二つ名呼ばれたりするの!?


 脳裏に自分の番がやって来た時の光景が思い浮かぶ。いや絶対白い目で見られる奴じゃん!!「何だそのだせぇ二つ名は!!」とか「コンテストに出る資格なんかねぇぞ!!」とか言われちゃう奴じゃん!?ま、まずい……まずいよ!?葬儀屋とかいう物騒な二つ名から別のものになって欲しいからコンテストに出るのに……って今はそんなことを考えてる場合じゃない、セレスの応援しなきゃ。


 頭をよぎった地獄の光景をぱっと散らし、目の前の友人の応援に専念することにした。


「セレス―!頑張ってー!!」


 私の声に気が付いたセレスは、私の方を向いてにこりと笑う。その可憐な笑みに観客たちがどよめく。おそらく今の微笑みでかなりのファンを獲得することに成功しただろう。セレス、なんて罪な女なの……?


 セレスが大きく息を吸い、吐く。数秒の沈黙が会場に訪れる。嵐の前の静けさ、この表現が今の状況に一番適しているだろう。僅かな沈黙の間、誰もが息をすることを忘れていた。それほどまでにセレスの生み出した静寂が場を飲み込んでいたのだろう。


 セレスが杖を構える。すると見る見るうちに大きな水の玉が出来上がる。一体何が始まるのか、どんな魔法を見せてくれるのか、観客たちの興奮のボルテージがどんどん上がっていく。そして──────


「気高き姿を見せてちょうだい、リヴァイアサン!」


 セレスが杖を振るう。するとブクブクと膨れ上がっていた水玉から卵が割れるように一匹の竜が生まれた。


「おおおおお!!」


 水龍の誕生に観客たちは驚きの声を上げる。水から生まれた龍はセレスの周りを嬉しそうにくるくると回った後に、無駄のない動きで観客の方へと飛んでいく。


「すげぇ!!」「竜だ!!」「こっちに来るぞ!?」


 会場のあちこちで興奮を抑えられないといった声が上がる。それも無理はない、何故なら目の前に龍がやって来たのだから。


「すごい……ってちょ!?」


 水龍は体をしなやかにうねらせながらこちらへ向かって飛んでくる。そして私の目の前にやってきて──────


「ふべっ!!」


 顔をべろりと舐めた。その結果私の顔と服は水まみれになってしまい、会場からは私の姿を見て笑いが生まれる。せ、セレスめ……。


 水流はその後も会場中を軽やかに泳ぐ。本当に生きているのではないかと思えるほどに滑らかに泳ぐ水龍はここが遊び慣れた故郷の様に楽しそうにすいすいと空を泳ぐ。そして一通り泳ぎ終えた龍は親であるセレスの元へとやって来る。セレスは水龍の頭を撫で、慈愛に満ちた笑みを湛える。


 そして水龍は彼女の周りをくるくると回った後、天へ向かって昇り始める。おそらくこれで終わってしまうのだろうと多くの観客たちが静かに水龍の最後を見届ける。


 龍は天に高く昇り、自分の姿を余すことなく観客たちに見せつけた後に、ぱっと弾けて消えてしまう。しかし、水龍は皆にあるプレゼントを贈ってくれたのだ。


「見ろ!虹だ!!」


 そう、最後の最後に虹を見せてくれたのだ。僕を見てくれてありがとうと言わんばかりの綺麗な虹の橋を会場に架けてくれたのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 これで盛り上がらないわけがない。会場は熱に狂う。ほとんどの観客が立ち上がり、セレスへ向けて大きな声援と拍手を送る。今日一番の声量だと言っても過言ではない程、会場は興奮が冷めやらなかった。

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