第8話 緊張

 時間はあっという間に過ぎ、ついに魔法大会の日が訪れた。普段はあまり良くない寝起きも今日だけはとても良く、普段目覚める時間よりも30分早く目が覚めてしまう。


「緊張する……けどそれ以上にすごく楽しみだなぁ」


 体がいつもよりも固くなっているし、心臓の辺りがそわそわして落ち着かない。緊張とワクワクが織り交ざり、居ても立っても居られない気分だ。


「まぁちょっと早いけど……いっか!」


 朝ご飯を食べ、身支度を整えた私はいつもよりも大分早い時間に家を出る。セレスと待ち合わせをしているがこれならかなりの余裕を持って着きそうだ。早く着きすぎたら着きすぎたで周りを散策するとしましょうかね。


「お、嬢ちゃん今日の魔法大会に出るのかい?」


「はい、実は今日初出場です!」


「そりゃめでてぇな!緊張するかもしれねぇけど頑張れよ!」


「ありがとうございます!頑張ります!」


 魔法大会は自分が想像するよりもかなり大きなイベントらしい。会場へ近づくにつれ街の活気がどんどん良くなっていき、杖を持って歩いているだけで色々な人から声を掛けられた。セレスに一種のお祭りのような物とは聞いていたけれど本当にお祭りみたいだなぁ……。


 寝起きで感じていた緊張はどこへやら、私の心はもう既に楽しみという感情で一杯になっていた。


「ふんふふんふふ~ん」


 ワクワクを抑えきれなかった私は鼻歌を歌いながらスキップで会場へと向かい始める。この行動のせいで後に多くの人から声を掛けられることになるのだがそれはまた別のお話。


「おお……すごーい!」


 周りの目など一切気にならない上機嫌さのおかげか、あっという間に学校へ着いた私は様変わりした学園の様子に驚きを隠せなかった。来客用に様々な装飾が施され、色々な所で屋台の準備が着々と進められていた。


「あれ……レイ?」


「え、セレスだ!おはよう~」


「ええ、おはようレイ。今日は早いのね、集合時間までまだだいぶ時間があるわよ?」


「いやぁ今日はなんだか早く目覚めちゃってね……というかそれを言ったらセレスだってまだ時間に余裕があるよ?」


「ふふ、実は私も早く目覚めちゃったの。家で待ってるのもなんだか落ち着かないし、だったら待つことになるけど早く行こうかなって思ったのよ」


「私もおんなじ。居ても立っても居られなくなっちゃった」


 私とセレスは笑いあう。ワクワクが止まらないのはどうやら私だけではないらしい。


「ねぇねぇセレス!まだ時間もあることだし色々見て回らない?……って言っても屋台とか全然開いてないけどね」


「確かに。でも普段の学校と違う姿が見られるのは新鮮だし、色々見て回るのも楽しそうね」


「お、じゃあ決まりだね!早速出発だー!」


 私とセレスは普段とは違う光景を楽しむために学園内を散歩することにした。普段は絶対にしないような飾りつけや、これから始まるであろう魔法大会のために屋台の準備をする多くの人達。いつも通っているはずなのに初めて来たようなとても不思議な感じだ。


「やべっ!」


 声のする方へと振り向くと屋台の準備をしていたおじさんが食材の入った箱を落としかけている光景が目に入る。私は急いで手をかざし、箱が落下しないように風魔法で支えてあげる。


「わりぃ嬢ちゃん!助かった!!」


「次は落とさないように気を付けてねー!」


 手を振りながらそう声を掛けるとありがとうと言う感謝の言葉と共に手を振り返してくれた。


 その後も


「はい、おばあちゃん」「ありがとねぇ」

「火点いたよおじさん」「すまねぇ嬢ちゃん、助かった」

「うわっ!?」「ほい、セーフ!」「ありがとう、助かった!」


街を散策していると中々火が点かなくて困っている人、先ほどと同じように物を落としそうになった人など今日だけで数週間分の人助けをしたのではないかと思えるほど困った人を助けることになった。皆緊張してるのかな……?


「そろそろ時間だし会場に行こっか。いやぁそれにしてもまさかこんなに人助けをすることになるとは思わなかったよ~」


「……ねぇレイ」


「ん?どうしたのセレス」


 時間も時間なため会場へ向かおうかとしたその時、セレスから声が掛かる。彼女の声に反応し振り返ってみるとそこにはいつにも増して真剣な表情のセレスがいた。


「レイはどうして火属性魔法にこだわってるの?レイなら火属性以外にもたくさんの属性を使えるしどれも磨けば最高峰の物になる。それなのにどうしてレイは火属性にこだわるの?」


 人間はネガティブな思考が一度よぎるとそれがちょっとした緊張であれ、不安や心配などの大きな闇へとどんどん足を引っ張られて行ってしまい、自分でもらしくないと思う考えや言葉がふとした瞬間に出てしまう時がある。おそらくセレスは今その状況に陥ってしまってるのだろう。


「あっ……ごめんなさいレイ、やっぱりなんでもな──────」


「ううん、教えてあげる!私がなんで火属性魔法にこだわってるのか」


 私は大きく息を吸い、ニッコリと笑顔を浮かべる。


「それはね──────」


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