第5話 セレスぅ……

 学園生活にも慣れ始め、今日も今日とて楽しい日々を送っていた。村での生活と比べると料理はおいしいし寝床もあったかいし、何か欲しいものがあったら市場に行けば大体物が揃うしでとても快適な生活を送ることが出来ていた。


 もちろんお金に余裕があるというわけではないため贅沢をしたり、目に留まったものを衝動的に買うなんてことはできないのだが、それでも何不自由ない生活を送ることが出来ていた。これと言った不満もない……と言いたいところなのだが私には大きな大きな不満が一つだけあった。


「あれが噂の葬儀屋?」

「そうそう、何でも貴族を燃やそうとした挙句自分の身体も燃やそうとしたらしいよ?」

「私実際に見てたけど本当にすごかったよ……正直今生きてるのすら怖いもん」


 廊下を歩くだけで前から横から後ろから、ありとあらゆる方向から奇怪なものを見るような視線が送られてくるようになったのである。非常に居た堪れないからやめて欲しい。


 私はヒソヒソ話をしている群衆から逃げるように早歩きで教室へと向かう。


「なんか機嫌悪そうじゃね?」

「おいあっち見るな!燃やされるぞ!」


 早歩きしたことが裏目に出てしまったらしく、先ほどよりも周りからの視線が痛かった。だが私はなりふり構わずギアを上げ急いで教室へと歩いた。


「おはようレ──────って急にどうしたのよ!?」


「ううぅ……セレスぅ……!!」


 教室に着くや否や私はセレスのお腹当たりに抱き着き頭を擦り付ける。私のメンタルは既にボロボロになっていたのである。セレスママに慰めて貰わないとやってられないよぉ……。


「ちょ、ちょっと!?こんな場所で抱き着かないで!誤解招いちゃうでしょ!?」


「セレスぅ……」


「そ、そんな捨てられた犬のような目を向けないでよ!心が痛むじゃない!?」


 うるうるとした瞳をセレスへ向け、何とか構って貰おうとしたがそろそろ授業が始まるからという理由で甘やかしてもらうことは叶わなかった。が、お昼休みにちゃんと話を聞くからそれまでいい子にしててと言われたため、私はお昼休みまでの間はとてもいい子に過ごしました。


 普段居眠り常習犯の私が起きていることに驚きを隠せなかった先生が「今日は珍しく起きてるんだな」と言ってきたときに「セレスが良い子にしてたらご褒美をあげるって言ったので」と返したら隣にいるセレスが「誤解を招くでしょ!」と声を荒げながら頭を叩いてきました。ママ……どうして……。


 ちなみにその後セレスが葬儀屋を従えている葬儀屋よりもヤバいやつなのでは?いう噂が立ち、セレスにお説教を喰らうことになるのだがそれはまた別のお話。





「それで?一体どうしたのよ」


 珍しく良い子ちゃんで過ごした私はセレスと外でご飯を食べることになった。普段は学食で食べるのだが人目に付きたくないと言ったらセレスがいい感じの木陰へと連れてきてくれました。セレス、すごい、セレス、私のママになって。


「その……このことは誰にも話さないでね?」


「……ええ、もちろんよ。もし国王陛下に話すよう言われても絶対に黙ってるわ」


「あいや、そこまで深刻なことじゃないよ?……まぁ私にとっては深刻なんだけどね?」


 急に神妙な顔つきになったセレスにそこまで気を張る必要はないと伝える。


「そう、でも友達の悩みを簡単には漏らさないからそこは安心してちょうだい」


「うん、セレスは大丈夫だって信頼してる」


 彼女の言葉を聞いて私はにへらと笑う。なんと良き友人を持ったのでしょう、お礼に今度火の素晴らしさを教えてあげようか??


「っ!?そ、それならいいわ。……それで?話って言うのは一体何のこと?」


「セレスはその……私の二つ名について知ってる?」


 二つ名、それは優秀な魔法使いに与えられるもの。その人の戦い方や使う魔法によって様々な異名を与えられる。二つ名のついた魔法使いはそうでない魔法使いよりも待遇が良くなるし、世間からの評判もすこぶる良いらしい。しかし巷では畏怖や尊敬の対象としてではなく侮蔑の対象としてつかわれることもしばしばあるとか。なんとも面倒なシステムだなぁと思うのは私だけだろうか?


「ええ、もちろん知ってるわよ。葬儀屋、でしょ?」


「それなんだよ!!」


 私は葬儀屋と口に出したセレスへ向けてビシッと指をさす。いきなり大きな声を出されたからかセレスはびくりと体を揺らす。うん、もの食べてる途中にいきなりおっきな声出してごめんね?


「……それって……葬儀屋の事?」


 咀嚼していたものをごくんと飲み込んだセレスはこてんと首を傾げながら忌々しい私の二つ名を呼んだ。


「そう!!」


 私の最近の唯一の不満は二つ名の事についてである。この時期から二つ名が付くと言うのはかなり珍しい事例であり、それだけ優秀な魔法使いであることの証明である。私が優秀だと言うのが知れ渡るのは良いのだ、もっと私のことを褒めて欲しい。


 しかし、しかしだ。その二つ名が『葬儀屋』というのは納得しかねる。ザルドを授業でボコボコにし、魔法の実験で一回死にかけた次の週くらいからこの二つ名が一気に浸透していたのだ。


「そうかしら……まぁ確かに少し物騒ではあるけれどかっこいいと思うわよ?」


「え……セレスってもしかしてちゅうに──────」


「何か言ったかしら?」


「イエナニモイッテナイデス」


 鋭い視線を送られ、私はすぐさま言いかけた言葉を撤回する。怖い、怖いよセレス。


「レイは自分の二つ名が嫌なの?」


「嫌だよ!!だってこれじゃまるで私が人殺しみたいじゃん!!??」


「それはまぁ……否定できないわね」


「セレスの二つ名はさぁ?綺麗とか美しいとかそういうイメージを抱くでしょ?」


「まぁ……そうね」

  

 ちなみにセレスにも二つ名が付いている。『ウンディーネ』という私とは比べ物にもならないほど素晴らしい二つ名が。納得は出来るけれど正直羨ましくて仕方がない。


「それに比べて私の二つ名を聞いたら物騒だとか、怖いとかイメージ抱くでしょ?」


「まぁ……否定はできないわね」


「それが嫌なのおおおおおおお!!」


「レイ!?ちょ、くすぐったいから!!」


 私は朝と同じようにセレスのお腹に抱き着き頭をぐりぐりと擦り付ける。


「私もセレスみたいに可愛い感じの二つ名が欲しいよおおおおお!!」


 声を荒げる私の頭をよしよしと撫でてくれるセレス。なんて慣れた手つきなのだろう、もう私セレスの子になる。一生セレスに甘やかされて生きていきたい……。


「うーん……二つ名を変えたいね……まだ世間に広まってるわけじゃないし大丈夫そうだとは思うけれど、今すぐにでも変えたいのよね?」


「出来れば明日にでも!!」


「それは無理よ」


「うわああああああああん!!!」


「ちょ、だから抱きつかないでってば!……でもそうね、葬儀屋って言うイメージを払拭する必要があるから……」


 ついにセレスママが私のことを無視して考え始めた。まぁでも頭は撫でてくれてるからいいや。えへへへへ……。


「そうだ!ねぇレイ、今度開催される魔法大会に出てみるのはどうかしら?」


「……魔法大会?」

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